第7話:奈落と過去の夢
コカトリスは三流悪役!(`・ω・´)
コカトリスは、馬鹿だ。
鶏と蛇、2つ頭があるせいか、両方を別々に意識を反らせると、どちらもそちらへ行こうと身体を引っ張り合い、そして、頭同士が喧嘩するのだ。
それを何度やっても学習しない。
おかげで、フェンは、何度も逃げ延びることに成功しているが、何故か、コカトリスは追っている獲物の事は忘れないらしい。すでにフェンの姿が無くても、確実に居場所を察知して追ってくるのだ。
「どうせ鳥頭なら、こっちも忘れてくれればいいのに」
ある意味、質の悪いストーカーのような粘着質さに、フェンは辟易していた。
「9時40分…って、ゼヤンと一緒にいたときが8時過ぎだったのに、全然時間が過ぎてないってどういうこと?!」
もうそろそろ実習終了時間かと思っていたフェンは、深々と溜息を吐いて脱力した。
正直、この“追いかけっこ”に、そろそろ体力が尽きかけている。
見た目、軟弱、細い、もやしっ子と言われるフェンだが、〈候補生〉の授業は、半分は軍の訓練のようなものだ。魔術師だからといって、体力作りや運動能力を上げる訓練が免除されるわけではないし、剣や武術の訓練が無いわけでもない。
“砦”の魔術師は、“軍人”だ。
魔術専門とはいえ、魔術を使うにも体力は必要だし、身を護るぐらいの戦闘力が無ければ、この“前線”と呼ばれる苛酷な場所では生き延びれない。
敵味方入り乱れる無情で苛酷な戦場で、自分を護るのは最低条件である。
魔術師は、さらに術を構築する強い精神力と集中力や幅広い専門知識などが必要だから、本業の戦士のようなハード訓練というわけにはいかない。だが、それでもそこそこの体力は維持できるように、訓練が行われるのである。
つまり、フェンも、見かけこそは小柄で細いが、それなりに体力はあるのである。
でなければ、最低でも30分以上は続いているだろう、この“追いかけっこ”も、ここまで持続できない。ゼヤンと一緒にいたときならともかく、さっきから攻撃魔術を連続して使用し、さらに効果の切れた防御魔術や俊足の補助魔術を自分に掛け直したりしての、逃走だ。
しかも、その前からフェンは、昼間からほとんど休憩も無しにずっと動き続けているのだ。さらにいえば、対人戦闘やモンスターとの対峙など、慣れていない行為と緊張の連続である。
いくら、訓練でそこそこ鍛えていても、フェンは、成長期前の子供である。
大人でも疲労するだろう、この長時間の“実習”に、疲労しないわけがないのだ。
正直、フェンは、かなり疲れていた。
「コッケーーーーーッッッ!!!!」
背後から、鶏の雄叫びが響き渡る。
振り返れば、だいぶ距離はあったが、コカトリスが、大きく翼を広げてこちらを威嚇していた。
苛立っているその様子は、「このガキァ、いい加減に観念しろや?!」と息巻くチンピラのようである。
苛立つ鶏の背後に揺らめく大蛇は、逆に静かに揺らめいており、シュルシュルとこちらを見つめている。まるで、チンピラの背後に立つ、三流の知的悪役のようだ。
「………いい加減にしてよ…」
本来なら2メートルもある恐ろしいモンスターなのだが、妙に滑稽だ。
誰が当てたのか、変な配役が頭の中で成立してしまったフェンには、目の前のお馬鹿コカトリスは、恐怖の対象ではなく、ただの迷惑なストーカーにしか見えない。
「初級魔術じゃ、一撃で倒すのは無理だよね。ばれちゃうかもしれないけど、ここで決めないと後がヤバそうだから、僕も本気でやるよ」
フェンは、詠唱する。
〈候補生〉では習うことのない“中級”の攻撃魔術だ。
フェンの周囲に風が集まる。無数の大きな風刃を生み出して、対象を切り裂く攻撃魔術だ。
「コケーーーーー!!!!」
コカトリスも、今までと違うことに気付いたのか、勢いをつけて、フェンに向かって突進してくる。巨体の癖に、俊足だ。威嚇なのか、ばさばさと翼を大きく広げて、半ば飛ぶ勢いだった。
「“大風刃の突風”」
「コッコケーーーー!!!」「シャーーーーーッッ!!!!」
コカトリスが目の前にまで迫るタイミングで、フェンは、魔術を発動させる。
フェンの周りを渦巻く風が、複数の大きな刃となって、コカトリスへと飛び出していく。それを見ながら、フェンは、次の魔術の詠唱に入り、構築しようとする。
「……え?」
ガクンと、足元の支えが無くなったような浮遊感に襲われる。
一瞬、何が起きたのか分からない。足元を見れば、地面に、フェンを中心に1mほどの穴が開いていた。
おもわず、息を呑む。
次の瞬間、フェンは、声もなく、その穴に落ちた。
フェンの姿が、地面の穴に消え、穴がすぅっと音もなく閉じる。まるで、何事も無かったかのように。
その間に、ファンの出した大風刃の一部が、コカトリスの蛇と鶏の間を走り、蛇と鶏が分断される。
「ケーーーーーーーッッ!!!!」
まるで絶叫のような鶏の声が響き渡り、空中で、コカトリスの鶏も蛇も石化していく。
ゴトン!と大きな音を立てて、鶏だった巨大な石像と長太い蛇だった石像がそれぞれ地面に落ちた。
衝撃で、それぞれの石像にヒビが入り、一部が砕けたが、コカトリスだったそれは、沈黙したままだった。
* * * * *
ほぼ同時刻、暴走した〈下級魔術師〉を倒した“勝者”である少年を治療、回収して、中央広場の神殿に戻る途中だった、長身の〈魔法師〉が屋根の上で立ち止まった。
「!」
ハッと、負傷者の少年を担いだまま見つめた先は、街の南東。
しばらく、何かを探るようにそちらを見つめていた長身の〈魔法師〉―――アルトリウスの表情に、焦りと激しい怒りが浮かぶ。
「………〈黒の神殿〉が開いた!〈契約の祭壇〉に招かれた奴がいるっ!クソッ、迂闊だった!
……やっぱり、それが目的なんだな、糞ジジイども………っっ!!」
悪態づくように声を上げ、アルトリウスは、中心の広場の神殿へと駆け出した。
負傷者を神殿に送ってから向かっても、間に合わないかもしれない。だが、これ以上、“あそこ”で起きる悲劇は避けたかった。
そんなアルトリウスの思いと同じ様に、水晶から、ウェルテイトの憤った声が零れた。
「やはり、あの子は、“彼女”と同じ“生贄”か…………。なんど同じ悲劇を繰り返せば、気が済むんだ!!!」
* * * * *
昔の話だ。
フェンは、〈天才児〉のクラスに通っていた。
町の子供なら5歳で適性を見出され、選抜された者。他から来る場合は、10歳以下の同じく希有な魔術才能を持つ子供たちの為の英才教育クラスである。
20年前、戦術の変化で、魔術が重要視され、優秀な魔術師を得る為に設立されたクラスだ。その20年間で、たった10人しか〈天才児〉は出なかった。
フェンは、魔力の大きさで、そのクラスに入れられた。
そのときは、フェンを含めて4人がいた。
フェンは、魔力の大きさから特殊系または固有系の魔術・魔法を持っていると推測され、その開花を目標に教育された。その結果、魔術の基礎から、一般系の魔術型全ての型の中級魔術など、魔術に関する専門知識を中心に学習が進められた。
〈天才児〉クラスの子供は、皆、学習速度が速かった。
フェンも、様々な術の習得にも特に躓くこともなく、あっさりと覚え、ものにした。
フェンは、訓練とか学習、実習というよりは、いろんなことを覚えるのが楽しくて、遊びのような感覚でどんどん覚えていった。難易度が上がるほど、燃えた。細かな操作や威力、そういうコントロールにも拘った。魔術の〈型〉に関係なく、全部を同等に扱えた。中には、あまり使わない術というものあったが、マイナーな術式でもフェンは手を抜かなかった。
全部の魔術式をコンプリートしよう。
当時は、まるで子供がガラス玉を集めるような収集熱に火がついた状態だったのだ。フェンは、夢中になって覚えた。
そんなフェンに、年上の3人も、面白がっていろいろと教えた。
5歳から8歳くらいの3年で、フェンは、基礎・初級・中級魔術を全部習得した。それは、驚異的な早さだった。
そのころのフェンは、まさに〈天才児〉だったが、フェン自身には、実はあまり自覚は無かった。
フェンとしては、魔術の習得に関しては、“遊び”の延長のようなもので、楽しくて仕方がなかったのだ。完璧に習得すれば、導師のおじいちゃんや周りは褒めてくれたし、“彼ら”も対抗して習得して、どちらが先に習得できるかと遊んでくれた。
だが、年上の3人のうち。、2人が飛び級で魔術師になって、塔に上がった。
しばらくして、1人も〈候補生〉クラスに移った。
フェンに、特殊な能力が開花する様子はなく、“砦”側は〈天才児〉クラスの解散を決めた。
もともと、常設のクラスではないのだ。
もっと時間があれば、フェンに、上級魔術まで教えたかったと、担当の導師は言っていた。
たとえ、軍が望む“特殊な能力”がなくても、フェンの魔術の習得速度は異常だったし、8歳の子供としては、その知識も頭脳も、大人顔負けの才能を持っていたのだ。
実際、フェンは、そのころには、上級魔術の幾つかを独学していたし、魔術の改造にも手を出していたくらいだ。もう少し時間があれば、新しい魔術を構築していたかもしれない。
フェンは、まぎれもなく“天才”だった。
軍や砦が、フェンの“特殊能力”の開花に固執してなければ、フェンの“天才的才能”に気付いたかもしれない。そうなれば、フェンは、“彼ら”と同様、魔術師として塔に上っていただろう。
だが、フェンは、自分のその“異常な才能”の自覚が無かった。
クラスが無くなって、普通の学校に通うようになり、同じ年の友人やその周囲と日々を送るようになって、フェンはようやく、自分が周囲とは異なることに気付いた。
子供は、“異端”に敏感だ。
一時期、フェンは、孤立した。
家では、“兄”であるイオや幼馴染であるセルダがいたし、家族や周囲の人々も優しく、フェンに対して変わらない態度でいたので問題なかったが、フェンの異常さを、子供たちは怖がったのだ。
フェンは、“普通”になろうとした。
開き直るという手段もあったが、フェンにはできなかった。ただ、周りに合わせて、周りと変わらない“子供”でいるように努めた。それは、魔術を習得したり、知識を学んだりするよりも、フェンには難しいことだった。
それでも、フェンは、“普通の子供”である自分の、穏やかな日常を壊したくなかったのだ。
『フェン、君には、“力”があるのに、どうして使わないの?』
10歳になる前のある日、フェンは、“彼女”と再会した。
『その力を使えば、たくさんのものを護れるわ。今は無理なら、もっともっと学べばいい。君にはそれができるだけの能力がある。何故、諦めてしまうの?
その力があれば、この“戦争”を終わらせることだってできるはずよ?』
“戦争”が無くなれば、失う人はいなくなると、“彼女”は言った。
けれど、“戦争”よりもフェンが怖かったのは、“日常”が壊れることだった。
力を、才能を発揮すれば、人に怖がられる。“異端”は排除される。それが、フェンには怖かった。
母が、イオが、セルダが――――自分の大切な人たちが、自分を“化け物”のように見るかもしれない。
それが、なによりもフェンは怖かったのだ。
『フェン。君は、本当は、ちゃんと分かっているんだと思う。
考えなさい。本当は、何を護りたいのか。何がしたいのか。……君にしかできないことがあるから、君のその“才能”はあるの。他人と違うことを、怖がらないで…』
そう言って“彼女”は、微笑み、いつものようにフェンの頭を撫でた。
10歳になり、適性検査を受けて、フェンは〈候補生〉になった。そのとき、“彼女”は、もう上級生で、なかなか会う機会がなかった。そうこうしているうちに、“彼女”は、姿を消した。〈下級魔術師〉に上がったわけでもない。噂では、失踪したのだと聞いた。
フェンは、〈候補生〉になっても、変わらず、周りに合わせて、自分の才能を封印した。
“彼女”の言葉は、かつて、塔に上がった2人に言われた言葉に似ていて、心に痛かった。
「………僕は、本当は……」
自分の呟きで、フェンは目を覚ました。
懐かしくも苦い夢を見ていたような気がする。
忘れていたわけではないが、隠していたものが不意に表にでてきたような、そんな苦さだ。
フェンは、身体を起こして、自分の手を見た。
ずっと“封印”してきた―――使っていなかった“中級魔術”をあっさりと使えてしまった。
疲れていたせいもある。
余裕が無かったのかもしれない。
本当なら、あの程度のモンスターくらい、簡単に倒せたはずなのだ。幼い日々に学び習得した“知識”と“魔術”を、隠さずに使っていらならば、ゼヤンを1人で行かせることも、イセルと分かれて逃げることもしなくて済んだのかもしれない。
「いや、どうなんだろう?」
所詮は、結果論だ。フェンは、自嘲する。
こんな夢をみてしまったのも、おそらく、長く封じてきたものを使ってしまった影響なのだろう。
フェンは、考えを切り替えるように、頭を振った。
そして、ようやく、周囲に視線を向ける。
「ここは……?」
両端に円柱が並ぶ、広い通路らしき場所にフェンはいた。
円柱の奥の壁に灯りの炎が揺らめく。そのためか、視界は悪くない。だが、柱も床も、壁も天井も全てが、金属のような光沢を帯びた暗灰色だった。何の装飾もない無機質で殺風景な場所だ。
「神殿、みたいな感じだ」
広い通路の先に、うっすらと明かりが見えた。反対側は闇しか見えないので、フェンは、立ち上がると迷わず、明かりの見える方向へと、歩き出した。
フェン君のうだうだ回想。1人だと、あれこれ思い悩むタイプなんです。彼(´・ω・`)