第5話:下級魔術師の暴走劇
シリアス展開、再挑戦(`・ω・´)キリッ
「ぐはぁっっ!!」
「ウギャアァァァっっ!!!」
暗い廃墟の壁に大量の血飛沫が飛び散る。ドサリと、床に落とされた少年は、腹に大きな穴を開けて絶命していた。光を宿さない空虚な目が、虚空を恨めしげに睨む。
彼の足元には、2つの遺体。1つは、全身真っ黒に焼き焦げ、見るも無残な姿だ。
「これで、あと、4人…………」
返り血で手を赤く染めた青年は、呟く。
「私は……………」
どこか茫然と彼は呟くも、言葉にはならない。
ふらりと、青年は歩き出し、血に濡れた廃墟を後にする。
その後に遺された遺体は、金色に輝き始める。遺体が次第に溶けて金色の粒子となり、宙に流れ消えていく。幾ばくも経たない間に、そこには何一つ残さず、二つの遺体は、姿を消した。
その意味を、青年は、まだ知らない。
* * * * *
「……………つ、疲れた」
「今、午後8時。あと4時間だね」
廃墟の建物の1つ、その物陰に座り込むゼヤンとフェンは、持参した携帯食を食べていた。
あれから、遺跡内を歩き回ったが、さすがに10人以下という少人数だけに遭遇が少ない。
時折、魔術攻撃の音や馬鹿げたやりとりの声が響いたが、まぁ、なんというか、危機感のない戦闘と逃亡の繰り返しをする他の〈候補生〉たちに、ゼヤンは呆れた様子でスルーした。
それでも時間が経つにつれ、気配が無くなる感覚に、脱落者が増えているようだ。
なにも障害は、敵対者たちだけではない。モンスターが出るのだ。確かに、数は少ないし、倒せないレベルのものではないが、アンデット系は厄介だ。
「どこが“比較的安全”だ?がっつり襲ってくるじゃねーかよ?!」
「僕、モンスターなんて初めて見たよ」
このプラウティスのある戦場荒野には、何故か魔獣は現れない。なので、プラウティスには、モンスター討伐を生業にする冒険者たちは来ないのだ。
その代わり、戦場には、遺体を喰らう〈飢鬼〉や魂を喰らう〈浮羅目〉、無念から蘇る〈腐鬼〉など、この地独自の化物が出るらしい。
そのほとんどが、いわゆるアンデット系だ。
これらを倒す専門職もあるらしいが、“砦”では、浄化の魔術が使える〈治癒型〉の専門になる。
「しかし、お前、本当に“万能型”なのな」
この数時間、不意打ちがあっても、フェンは冷戦にその場に応じた魔術を使った。
攻撃も、防壁も使うし、ゼヤンへの治癒や補助魔術の展開、アンデットへの治癒魔術による浄化。
その威力や効果は、連続で発動させても、まったく衰えない。普通、型によっては差がでたり、連続発動による魔力切れや精神疲労で、威力や精度が落ちたりするのだが、フェンにはそれがない。
ゼヤンは、内心、舌を巻いた。
明らかに、フェンの魔術才能は特出している。
(なんで、こんなに才能ある奴が〈候補生〉のままなんだ?)
本人曰わく、使っついる魔術は、全部、初級魔術であり、それはゼヤンも分かるのだが、明らかに威力が違う。モンスターの中には、初級魔術では対応できないものもいたのに、あっさり倒してるのだ。
フェンの才能なら、飛び級して、さっさと〈下級魔術師〉になっていても不思議ではない。
(やっぱり、〈型〉が分かってないってのが問題なんだろうが、こいつを〈型〉に嵌める方が不利だろ………)
ゼヤンは、携帯食を頬張るフェンを見た。
過去に、全部の〈型〉を使える“万能”タイプの魔術師がいた前例はあるはずだ。
型としては、〈特殊型〉になるはずだ。
(おそらく、こいつも分かっている。でも、敢えて“隠している”のか………)
正直、勿体ないと、ゼヤンは思う。
だが、フェンは、賢いがまだ幼い。幼いゆえに、本人に思うことがあるのかもしれない。
それを知らないゼヤンに、フェンを責めることも、強制することもできない。
一方のゼヤンは、この戦いの中で、少しずつ自分の〈型〉を知り始めていた。
傍に、守る対象のフェンがいるからかも知れないので、確証は持てない。だが、ひょっとしたらと思い始めている。
元々、喧嘩上等で血の気の多いゼヤンだ。
今までそんなに重要視してなかった分野だけに、ゼヤン自身の困惑は大きい。
「しかし、シーダに会わないね。大丈夫かな?」
「まぁ、不真面目な連中ばかりだが、実習の意図は察してるし、本気は本気だから、ヤバいかもな。あいつ、そういう空気読めないし、意外に人見知りだから、オレら以外とあまり話とかしないだろ?」
「………それじゃあ、“殺し合い”しても死なないって知らない可能性もあるってこと?」
「…………いや、さすがに“噂”は知ってるだろ?オレたちですら知ってるんだぜ?すでに、下級魔術師に上がってるあいつが知らないなんて……………」
ゼヤンは口を閉じた。
視線だけでフェンに合図を送り、中腰で移動する。フェンも、食べかけの携帯食を腕輪にしまい、あとを追う。
ドアもない出入り口から、外を見る。
遺跡の中だからなのか、やや薄暗い外は明るさが変わらない。時計がなければ、何日過ぎても分からないだろう。
通りに、足を引きずりながら、脅えたように歩く〈候補生〉が1人。
ハァハァと息が荒く上がり、頻繁に後ろを何度も見ている。まるで、何かに追われているかのようだ。
「おい!」
「う、うわぁっ?!…………って、ゼヤン?」
ゼヤンは立ち上がると外に出て、負傷している少年に声をかけた。
眼鏡をした、茶髪緑目の、真面目そうな少年は、ゼヤンと比較的仲の良い相手である。
「あれ?イルセだ。大丈夫?」
「良かった!フェンも無事か」
「まぁな。怪我、酷いな。モンスターか?」
ゼヤンが、少年ーーイルセに治癒魔術を掛けつつ、聞く。
イルセは、ゼヤンの問いかけにハッと顔を上げ、逡巡したあと、困惑げに口を開いた。
「シーダが、いきなり攻撃してきたんだ!
俺は、一緒にいたヨウが咄嗟に庇ってくれて、なんとか逃げれたけど、正直、アレはない。至近距離からいきなり、攻撃魔術ぶっ放すって…………!
だけど、今は、それ以上にヤバいんだ!」
「なにがヤバいんだ?」
「シーダもかなりヤバいけど、ヨウをぶっ飛ばしたときに、傍にあった変な像にヨウの血が掛かって
………………?!」
「チッ!!」
ゼヤンがイルセを横に突き飛ばす。
同時に、飛んできた火炎弾がゼヤンに直撃し、ゼヤンを近くの建物の中にぶっ飛ばした。
「ゼヤンっ!!!」ーーーフェンは叫ぶ。
ハッと見れば、通りの先に佇む青年がいた。
淡いピンク色の髪の、美しい青年ーーー唯一、下級魔術師の証を持つ実習生。
「シーダ………?」
「フェン?」
虚ろな視線のシーダは、フェンに微笑んだ。その虚ろな笑みに、フェンはぞくりと得体の知れなさを感じる。
「ごめんね。フェン」
「シーダ、どうしたの?」
ゆらりと動くシーダが、低く詠唱していることに気づき、フェンは戸惑った。いつもと明らかに違う様子に困惑が隠せない。
シーダの前に、展開される幾つもの火弾に、フェンは、目を見開いて固まった。シーダのあまりの変わりように驚いてた為、咄嗟に防御術を展開することが出来ない。
「ッノヤロウッッ!!!」
ドカッッとフェンの背後の建物の壁が破壊され、何かがフェンの横を過ぎた。それは、勢い良くシーダに、展開していた火弾ごと当たり、後方に吹き飛ばす。
ガラガラと砂塵を巻き上げ崩れる建物の中から、頭から血を流したゼヤンが現れた。
「ゼヤン!!」
「っていうか、今、投げたのって、防御壁ぃ~?!」
ゼヤンに突き飛ばされ、道に転げたイルセが、起き上がりながら、驚愕に声を上げる。
ゼヤンが投げたのは、普通は攻撃を防御する為だけの防御壁だ。確かに、固定させなければ、移動は可能だが、防御壁を投げて攻撃した話は聞かない。
「あぁ?!あんだけ堅けりゃ、物理的に投げて攻撃もできるだろ?」
「まぁ、そりゃそうだけど………」
ゼヤンの言葉に、呆れるイルセ。フェンは、ゼヤンに治癒魔術をかける。
「シーダの野郎、完全に“暴走”してやがる。ああいう状態のときの奴は、攻撃魔術の威力が半端じゃないんだ。まったく、厄介な………!」
「どうするの?」
「決まってる!一度ぶっ殺して、頭冷やさせる!」
ゼヤンは、極悪人真っ青な笑顔で言い切った。
最初の攻撃が、相当頭にきているようだ。その笑顔に、フェンは顔を引きつらせ、イルセは、顔を青ざめさせる。
「おい、イルセ。お前、自分の〈型〉は分かったか?」
「え?うぇぇいっ?!…………多分、〈補助型〉だよ。あんまり使ってなかったから、今まで分からなかったけど、一番効力が強いし、使い易い」
おそるおそる、イルセは答える。
「なら、もう“殺し合い”は必要ないな。あとは、生き残りゃ、〈下級魔術師〉に上がれる。
だから、お前、フェンを連れて逃げろ。分かったか?!」
「え?え?………なんで?」
「ゼヤン、僕も行くよ!シーダを止める!」
戸惑うイルセ。フェンは、ゼヤンに声を上げた。
「ダメだ。ちびっ子にはまだ早い!
フェン、お前は多分〈万能型〉だ。珍し過ぎて、一般の魔術師の〈型〉には無いが、種類としちゃあ〈特殊型〉に分類されるはずだ。
お前は、イルセと一緒に時間まで逃げ伸びろ。いいな?」
「でも…………っ!」
「オレがアイツに負けるなんてあり得ねえ。要するに、お前、邪魔!分かったな?」
ポンとフェンの頭に手を置いて、納得できない顔のフェンに、ゼヤンは不敵に笑った。
フェンは、しぶしぶ頷く。
まだ治っていないイルセの怪我に、フェンが治癒魔術をかけて治し、2人で、シーダが飛ばされた方向とは別の方向に走り去るのを確認して、ゼヤンは、シーダにゆっくりと歩み寄った。
「起きてるんだろ?ちょっとは、頭冷えたかよ?」
倒れてるシーダに近づく。
そう言いながら、シーダを覗き込もうとして、腹部に衝撃を感じ、ゼヤンは笑った。
シーダの周囲の土が針状に伸び、ゼヤンの腹部を突き刺そうとしたが、ゼヤンの展開した防御壁に阻まれて通らずにいた。
倒れてたままのシーダと視線があう。
ギッと睨みつけるその鋭い眼光には、殺意があった。
次の瞬間、複数あった針が1つの長い棒に纏まり、ゼヤンを横から殴り飛ばす。ゼヤンは、そのまま建物の中にぶっ飛ばされた。衝撃に防御壁を展開したものの、横腹から殴られた攻撃は、防御できず、モロに入る。
「げほっ………!……ッタク!」
悪態つきながらも、何とか起き上がろうとして、ゼヤンは、ハッと顔を上げた。目の前に迫る幾つもの大きな火弾に、目を見開く。
その直後、遺跡の街の一部を破壊する巨大な火柱が上がった。
* * * * *
しばらくして、粉塵が舞う中、建物のあった場所を歩く人影があった。
崩れ落ちた壁や柱などの残骸が散らばる床に、赤黒い血が広がっている。そこに倒れた人影。
その傍に立ったシーダは、氷の槍を生み出す。
それを高く掲げて、倒れている人影に振り下ろそうとした瞬間、視界を隠す粉塵を押しのけて、巨大な不可視の壁が、シーダと氷の槍に直撃した。
だが、今度はシーダも警戒していたのか、吹き飛されず何歩か後退するのみだ。
「?!………なっ?」
だが、次の瞬間、シーダにぶつかってきた巨大な壁は解け、瞬時に縄状に姿を変えて、シーダに覆い被さってきた。縄は身体に巻きつき、シーダを拘束する。
「防御魔術には、こういう“捕縛”の応用もあるんだぜ?同じ手を二度も使う訳ないだろ?」
身体の自由を奪われて、もがくシーダの背後に、人影が現れる。振り向いたシーダの目には、あちこちから血を流した、ボロボロなゼヤンが立っているのが映る。
だらんとした左腕。片目も閉じられ血を流し、満身創痍だ。
「この“殺し合い”の目的は、最初のとおり、自己の魔術型を見いだすことだ。あとのは、付属だろ?
まぁ、斜め上な思いみして、頭に血があがってるお前は、その時点で失格だな。シーダ。
ちょっと考えりゃ、お前の〈型〉なんてすぐに分かるのに、いつまでも見ない振りしやがって。
いい加減、きちんと認めろ!」
ゼヤンが、厳しい口調で、シーダに言葉を叩きつける。
その言葉が図星だったのか、シーダの顔色が変わった。次の瞬間、浮いていたままだった“氷の槍”が、ゼヤンに襲いかかる。だが、それは、ゼヤンに届く前に弾かれた。
「………?!」
驚愕に目を見開くシーダ。
ゼヤンを囲むように張られた結界型の防御壁が、うっすらと存在を主張するように淡く光った。
「オレの〈魔術型〉は、〈結界型〉と〈防御型〉だ。“2つ持ち”なんて、自分でも信じられなかったが、お前のおかげで確証したよ。
これで、ようやくお前と並べる………」
ゼヤンは、最後の言葉を小さく呟くと、目を閉じた。
「さて、シーダ、ちょっと頭、冷やしてこいよ」
目を開いたゼヤンは、にっこりと笑顔で、右手のサバイバルナイフを掲げた。
その鋭い輝きが、シーダの目に大きく映った。
* * * * *
「……………ったく、疲れた!」
ゼヤンは、地面に大の字に寝転がった。
正直、自分に治癒魔術を使うことが出来ないくらいに、魔力はすっからかんだ。しかも、無理をしたせいか、体中あちこちが痛くて、意識を失うことも出来ない。
「……………あと、3時間か…………」
半壊しながらも健気に動いている懐中時計を取り出して、時間を確認する。
「フェンたちに合流したいところだが、少し休まないと無理だな。つか、オレ、このまま、時間まで保つかねぇ……………」
未だに出血が止まらないのだ。魔力が回復するのが先か、出血にゼヤンが意識を失うのが先か。
ゼヤンは、ため息をついた。
「せっかく、あと少しだってのにな」
そういって見上げるも、地下なので、暗い天井しか見えず、ゼヤンは、仕方なく目を閉じた。
シーダさん、大暴走。
ゼヤン、大活躍。
でも、戦闘シーンって、難しい……(´・ω・`)