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神玉戦記  作者: ななや
2.下級魔術師編
21/21

第21話:アパート生活


 フェンは、規則正しい物音に目が覚めた。

 カーテンの隙間から朝日が入り込み、部屋をうっすらと明るくしている。

 見慣れない天井に、フェンは、一瞬、自分がどこにいるか分からなかった。

 横で、すぴすぴと眠る菫色の一角兎を見て、自分がいる場所を思い出した。焦って起きかけたフェンは、ぱったりとベッドに仰向けになる。

 

 六畳ほどの部屋だ。

 淡い緑色の毛布と木製ベッドに、勉強机と椅子、本棚にチェスト。青色のカーテンや、毛足の長いラグ。シンプルな男の子の子供部屋になっている。

 フェンは、しばらく寝転がっていたが、起き上がると、カーテンを開けた。ガラス張りの窓に、眩しい朝日が一杯に入ってくる。

 外は、緑の並木道が飛び込んでくる。川の向こうに広がるローンフィードの街並みが見えた。

 見慣れた白い積み木建物が並ぶ、乾いたプラウティスとはまったく違う景色に、フェンは、いつも綺麗だなぁと思う。

 ベッドから降りると、下級魔術師士官生の制服に着替える。初学年の〈緑枝)と2学年の〈黄枝〉の制服は、青を基調にしている。

 チェック地のズボンに白いシャツ、上着はコートのように裾の長いデザインだ。これは、魔術師のローブをイメージしているらしい。左側の襟が飾り襟となっており、洒落た制服である。そこに、臙脂の紐タイを留める。

 3学年の〈青枝〉と4学年の〈赤枝〉は、緑を基調にした制服で、最上級生は、黒灰色の軍服に似た詰め襟の制服になるらしい。

 未だ、スピスピと寝ている一角兎を抱きかかえて、フェンは、部屋を出た。


 部屋をでると広いリビングだった。

 中央に置かれた落ち着いたモスグリーンの、ふわふわしたソファーがコの字型にあり、その真ん中に四角いローテーブル。フェンの部屋側の壁には、大きな暖炉がある。その前のスペースには、毛足の長いラグと幾つものクッションが転がっていた。

 リビングの奧には、対面キッチンがあった。

 そのキッチンで、朝食の準備をしているのは、ウェルテイトだった。

 淡い金髪に紫の目の生真面目な美青年は、白いシャツと黒いパンツ、その上から水色のエプロンを着けていた。


 「ウェルさん、おはようございます」

 「おはよう、フェン君。悪いけど、顔を洗ったら、トリウを起こしてきてくれ」

 「はい」


 フェンは、廊下に出る。

 リビングに面した部屋は、もともと客室だったが、今はフェンの部屋だ。

 フェンは、学校の寮ではなく、半年ほど前から[特務機関]が街中に建てた“(アパート)“に住んでいるのだ。

 5階建ての“積み木”の建物は、プラウティスのシンプルで味気ない建物と違い、茶煉瓦の洒落たデザインだ。内装も、剥き出しの石ではなく、木調の美しいものだ。

 1階は、玄関に管理人室、小さなカフェに雑貨屋があり、2階、3階が単身者用のワンルーム、4階が、家族でも暮らせる2LDK~3LDKがある。

 最上階は、全体が1つの家になっており、階段を上がると長い廊下に、[特務機関]の医療室の室長が何故か陣取った2部屋に、アルトリウスの部屋、ウェルテイトの部屋、アガル少将の寝室と執務室、開かずの部屋と図書室がある。

 奥に洗面所兼脱衣場と広い浴室があり、5段ほどの階段を上がると半二階があり、リビングキッチンがあるのだ。

 実質、6階になるのだろうそこは、リビングから続く部屋が2つあり、その片側がフェンの部屋になったのだ。

 リビングキッチンは、土足厳禁なので、階段手前に靴箱が置かれ、靴を脱ぐようになっている。


 フェンが、洗面所兼脱衣場に入ると、寝ぼけた顔のアルトリウスが浴衣姿で、歯を磨いていた。

 いつもは結い上げている髪も、今は下ろしていて、細い切れ長の目も糸目ではない。


 時に、下階の人間も入りに来るためか、洗面所兼脱衣場も、隣の浴室もなかなかに広い。

 フェンは、浴室をここに来て初めて見た。美しい石タイル張りの広い浴室は、5つの洗い場に、大きな木製の浴槽があって、豊富なお湯が張られているのだ。

 広い浴槽は、1人なら泳げそうで、フェンは、入る度にうずうずしている。

 トイレは、共同が廊下に1つ、リビングに1つある。医療室長の部屋とアガル少将の部屋にはシャワールームと簡易の洗面所、トイレが付いてるらしく、簡単なワンルームになっているらしい。


 ちなみに、基本的にここは“男性寮”で、他に女性寮や家族向けの(アパート)が幾つかあるらしい。

 [特務機関]が持つアパートの中では比較的古い建物だ。[特務機関]棟からは近いが、街中には遠い位置にある。


 フェンは、本来、入学と同時に士官生の寮に入るはずなのだが、フェンがまだ13才と幼い為に、学校側から許可されなかったのだ。

 学生寮は、基本的に15才かららしい。

 そもそも、下級魔術師にしろ、士官生にしろ、ローンフィードの学校に入学する者で、15才以下というのは滅多にいないのだという。

 フェンのローンフィードにおける“保護者”は、アガル少将らしいので、フェンは、学校に入学しても寮に入らず、ここから通うことになる。


 「トリウさん。お早うございます」

 「ふぁよ~、ふへん……」


 フェンは、抱きかかえていた一角兎の顔に水を掛ける。隣のアルトリウスが、ぎょっとする。

 水を掛けられた一角兎は、ぱちくりと目を覚まして、プルプルと首を振った。

 

 「おはよー、レト」

 「キュー」


 フェンは、タオルで一角兎の顔を拭いた。

 “レト”は、〈菫色の一角兎(リーネトール)〉の名前だ。リーネトールの要望どおり、フェンは、一角兎に名前をつけたのだ。

 “菫色(ヴァイオレット)”だから、“レト”である。


 「びっくりしたよ~。なかなか斬新な起こし方だね~、フェン君」

 「レト、起こしてもなかなか起きないんだもん」


 フェンの頭の上によじ登ったレトをそのままに、フェンは、器用に顔を洗った。

 落ちない一角兎も器用だと、アルトリウスは、変に感心する。


 「そういや、トリウさんたちの契約神獣(神様たち)は、どうしてるの?」

 「うん?シルヴァット?寝てるよ~。

 うちの子は、だいたい、いつも寝てるんだよ」


 アルトリウスは、笑いながら言う。

 アルトリウスの“契約神”である銀色針鼠(シルヴァット)は、ポケットなどの狭い場所が好きらしく、だいたい、そういう場所で寝ているらしい。

 ウェルテイトの聖獣(ユニコーン)は、気性が荒く、気まぐれなうえ、“馬”なので、家の中では出せないらしい。


 「まぁ、神様もそれぞれだからねぇ~。レトみたいに、人懐っこい子もいるよね~」

 「キュ?」


 アルトリウスが、フェンの頭の一角兎を優しく撫でた。レトは、不思議そうに首を傾げた。

 

 「ウェルさんが、朝ご飯作ってるよ」

 「あ~、今日は、ウェルは朝からか~。料理だけは得意だから、助かるわ~」


 2人でリビングに行く。

 意外にも、この階の住人で家事が一番得意なのは、アルトリウスなのである。ウェルテイトは、料理は得意なのだが、他は壊滅的な不器用さを発揮するらしい。

 アガル少将もできなくはないらしいが、流石に“上司”であり、魔法師“長”に家事をやらせるわけにはいかない。


 「そういえば、医療室長さんって、どんな人?」

 「あ~、フェン君はまだ、会ってないのか」


 アルトリウスが、珍しく渋い顔をする。

 半年間、[特務機関]通いをしていたフェンだが、一応、極秘的扱いの為、一部の部署しか出入りしていない。

 とはいえ、フェン自体目立つ容姿なので、『アガル少将がスカウトしてきた将来有望な子供』という認識で、周囲には受け入れられている。

 それで良いのかと思うのだが、どうやら良いらしい。

 だだし、他の機関の上層部にバレるとヤバいらしいので、そのあたりは職員も、理解した上で[特務機関]内だけの“秘密”を楽しんでいるようだ。

 そんなわけで、フェンが知っている人間は少ない。一応、医療室も、フェンの身体のデータや健康管理、カウンセラーとして関わっているのだが、フェンは、未だに同居人の1人である“医療室長”に会ったことがなかった。


 「会えば分かると言いたいけどな~。フェン君には、ちょっと教育上、問題だよなぁ~、あの人…………」

 「……………?」


 両腕を組んでブツブツ言うアルトリウス。

 珍しい反応に、フェンは、首を傾げた。

 そのまま、リビングに上がると、ソファーを囲むテーブルの上に、美味しそうな朝食が並んでいる。


 「うわぁ……」


 フェンは、目を輝かせた。

 アルトリウスが作る“桜湖国”風の、米という穀物を炊いた御飯に、味噌汁という変わったスープ、出汁巻きというふわふわの玉子焼といった朝食も珍しくて、美味しいが、ウェルテイトの朝食も美味しいのだ。

 ふわふわの焼きたてパンに、ハムとスクランブルエッグ、彩りの良いサラダに季節の果物。

 飲み物は、アルトリウスは香茶、ウェルテイトは珈琲、フェンはオレンジジュースかホットミルクである。

 

 「早く食べないと遅くなります。トリウ、今日は、学校までフェン君を送るのは、任せます」

 「はいはい、分かってる~」


 自分の席ーー飲み物で分かるーーに腰を下ろしたアルトリウスは、パタパタと手を振った。

 フェンも、自分の席に座るが、やや不服げだ。

 今日は、下級魔術師と中高等部士官生の合同の入学式なのだ。

 フェンは、1人で行けると思っているのだが、アルトリウスが同行するのは、すでに決定事項らしい。別に、入学式に参列するわけではなく、フェンが、学校まで行くのに迷子になる可能性が高いからである。

 道に慣れれば問題ないのだが、フェンは、初めての道に弱い。

 狭くてゴミゴミしたプラウティスに比べて、街の規模も大きく広いローンフィードで、フェンは、何度か迷子になっている。

 最近では、[特務機関]の建物からこのアパートまでの道のりは迷わなくなったが、よく道に迷うフェンは、周囲から“方向音痴“と認識されている。


 (でも、プラウティスに住んでいたときは、迷わなかったし、地図とかあれば、ちゃんと辿り着けるのに…………!)


 フォークを、八つ当たり気味にサラダに突き刺す。幼いとよく言われるが、それでも、フェンとて13才の少年である。それなりに複雑な年頃なのだ。


 「フェン君、今日は、入学式でしたね?」

 「うん。士官生と合同だってきいたよ」

 「今年は、それぞれ50名くらいずつだったはず~。量より質を厳選したみたいだね~」

 「その代わり、他に割り振られた人数が多いようですね。まぁ、珍しいことではありませんが」

 「それはそうと、フェン君、入学式はあまり緊張しないようにね~」


 にやりと、アルトリウスが笑う。

 入学式そのものが初めてなフェンである。昨日からそわそわしているのを、アルトリウスにからかわれ、フェンは、憮然とした。

 

 「……………気をつけます」


 フェンは、フェンの不機嫌な様子に、膝に降りてきたレトの毛並みをワシワシと撫でて、ボソリと言った。

 どうやら、ストレスが溜まると、レトの毛並みをモフモフしてしまうのが癖になっているフェンである。

 レトとしては、フェンに撫でられるのは大好きなので、特に抵抗はせず、「きゅ~♪」と上機嫌だ。


 「フェン君、食事中は、一角兎を撫でない!」

 「う……、ごめんなさい」


 ウェルテイトからの注意に、フェンは、レトから手を離すと、大人しく食事に戻った。


 「入学後の予定は、………ええと、明後日にオリエンテーションですか?」

 「う、ん。………本支部内をスタンプラリーしながら見学して回るんだって」

 「ああ、確か案内がつくんだよ~。下級魔術師の場合は先輩士官生かな?まだ、軍内の事とか詳しく知らないからね~」

 「え!そうなんだ」

 「下級魔術師2~4人に、士官生2人くらい?士官生の方はどうなのか、知らないけどね~」


 アルトリウスの言葉に、フェンが目を丸くした。そんな2人を横目に、ウェルテイトが口を挟む。


 「フェン君、本支部見学は、一応、気をつけて下さい。特に、[司令部]と[幕僚部]は、人材不足で、必死ですから、スカウトしようと声を掛けてくる者がいるかもしれません」

 「まぁ、良い人材を片っ端から[特務機関(うち)]に取られてるからね~」

 「しつこいようなら、アガル少将の名前を出して構いません。君は、我々の大切な“仲間(家族)”です。腹黒狸爺たちに、取られるわけにはいかない」

 「ヒュ~、ウェル、辛辣~!」

 

 真面目に言うウェルテイトに、アルトリウスが横から茶々を入れる。

 どのみち、フェンが[特務機関]に入ることは決定なので、バレても構わないらしい。

 ただ、フェンが、神玉に宿る神と契約した“契約者”であり、近い将来、新たな“魔法師”になることだけは、極秘事項なので、バレてはいけない。

 現在、“魔法師”を独占している形の[特務機関]だが、どの主要機関も、“魔法師”が欲しくて仕方がないらしい。特に、作戦遂行を指揮する[司令部]や作戦の実案提示や情報統制を行う諜報を兼ねた[幕僚部]辺りは、今でも、アルトリウスたちを狙っているのだそうだ。


 「諸君、お早う!私の飯はあるか?」


 バン!と、リビングのドアが開いた。

 入ってきた相手の姿に、「は?」と、フェンは固まる。アルトリウスとウェルテイトは、その人物を見て、深く溜め息を吐いた。

 入ってきたのは、美女だ。

 男物らしい大きめの黒色シャツ一枚という恰好で、ずかずかと入ってきた美女は、腰に届く長い銀髪に赤い目の、知的だが妖艶で、どこか肉食獣を思わせた。

 白い肌を惜しげもなく晒し、黒色シャツから扇情的なたわわな胸の谷間とブラジャーが覗く。

 太もも辺りまでしかないシャツの裾から、スラリと伸びた足が魅力的である。


 「今日は、アガル様はいないのか?残念だな……」

 「ここは、禁煙です!エニシア医療室長!!」


 どこから出したのか、煙草に火をつけて、気だるげに言う美女ーーエニシアに、ウェルテイトが、声を上げた。


 「なんだ。相変わらず口うるさいな、ウェル

は……」

 「子供の前で、その格好はないですよ。医療室長。それに、煙草も、です」

 「子供?」


 乱れた髪を掻き上げて、ふぅーと紫煙を吐いたエニシアは、ようやく、フェンの存在について気づき、目をわずかに見開く。


 「……………その子供、報告にあった“新しい契約者”か?これは、また、随分と幼いな……」

 「そう思うなら、煙草とその格好を改めてきて下さい。教育上、最悪です」

 「ふむ。………なら、仕方がない。出直そう」


 「私の飯は残していてくれ」と言い残して、エニシアは、あっさりとリビングを出て行った。

 呆然とするフェン。

 フェンは、隣で頭を抱えるアルトリウスに、視線を向けた。


 「……ここ、男性だけだって……」

 「……言うな。常識(それ)あの人(エニシア)に当てはめちゃ駄目なんだよ~………」


 テーブルに、顔を突っ伏すアルトリウス。

 食事を続けるウェルテイトも、ややげっそりしている。


 「アレ(・・)が、[特務機関]医療室長、エニシア・ランバート。アガル少将の、強烈筋金入りの信奉者(ストーカー)

 「ストーカー行為を止めることを条件に、ここに住む特例(権利)をもぎ取った猛者(・・)です」


 医療室長だけに、緊急時の怪我や病気の治療がすぐに受けられるという利点はあるものの、周囲をあまり頓着しない、あの性格に振り回される職員は少なくない。

 げっそりする2人に、フェンは、どう反応していいか、分からなかった。

 確かに、あの扇情的な姿で彷徨かれるのは、ヤバいなと思う。フェンとて、一応、男の子だ。

 プラウティスのイオの母親が営む娼館の“お姉さん”たちで、それなりに耐性はあるものの、エニシアの姿は、あざとくないが故に強烈だった。

 おもわず、アルトリウスたちに同情の視線を向けてしまう。


 「はっ!あの人が戻ってくる前に、フェンは出掛けなさい!急いで!」


 ウェルテイトが、はっと何かに気づいて声を上げる。それに、アルトリウスが「おう!」と、賛同し、食べかけの朝食をかき込む。


 「フェン君、遅刻したくないなら、急ぎなさい!」

 「う、うん!」


 フェンは、2人に急かされて、慌てて朝食を食べ始めた。


妖艶美女、エニシア医療室長、登場。

西域辺境軍(ウェスラガルド)の[三大魔女]の1人と言われている。自他共に認めるアガル少将の熱烈ファン(ストーカー)(笑)

ちなみに、フェンの住むアパートは、基本的に男子寮です。

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