第19話ー閑話:日常への帰還
この閑話で、《始まりの契約》編、完全終了となります。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
次は、《下級魔術師》編ー軍学校が舞台になる予定です。主人公の成長とか、軍部のあれこれ、“敵”の姿もちらほらと出てくる予定で、今、必死にプロットを推敲しておりますので、もうしばらくお時間を下さい。
この話、まだまだ続きます。
更新が不定期で申し訳ありませんが、これからも出来るだけちまちまと頑張ります。
何卒、温かい視線で宜しくお願いしますm(_ _)m
ガタガタと、定期的に揺れる振動で、ゼヤンは、目を覚ました。
濃い茶色の天井に、窓から差し込む夕方の朱金の光が陰影を生み出している。
背中越しに感じる固いクッションは、座椅子だろう。頭には、タオルを巻いた簡易の枕、身体には、薄い毛布が掛けられていた。
どうやら、移動中の馬車の中だと、ゼヤンは、状況を判断する。
(あれが、深夜に近い時間だっただろ?あれから、何時間寝てたんだ、俺は……)
身体に視線を向ければ、腕などに包帯が巻かれている。どうやら、ある程度を治癒魔術で治したが、完全には治していないらしい。
よほどの状況でなければ、命に別状のない怪我には、魔術を使わないのは知っているが、身体を動かすと、あちこちが痛むのは頂けない。なにせ、怪我の大半が、打撲だ。
ゼヤンは、無意識に顔をしかめた。
とりあえず、起き上がろうとして、ふと、こちらを覗き込む気配に、視線を動かす。
水色の目と、視線が合った。
心配そうにゼヤンを覗き込んできた、淡いピンクの髪の青年は、ゼヤンが起きていることに気付くと、みるみるうちに、その目に涙を溜めて、ポロポロと泣き出した。
「………ゼヤン、ごめん。ごめんなさい!」
がばっと、頭を下げる。
ゼヤンは、一瞬、何のことだか分からずに困惑した。
だが、すぐに、あの“実習”の出来事を思い出す。
あの遺跡での変貌ぶりは、今は影も形もなく、ピンクの髪の青年ーーシーダは、情けない顔を晒していた。
「頭は冷めたかよ?馬鹿が」
「うん。…………本当にごめんなさい」
ゼヤンは、うなだれた幼なじみの、ふわふわした髪に手を伸ばして、その頭を撫でた。
「まぁ、これで、自分が厄介だと分かっただろ?きちんと向き合って、コントロールするんだな」
「そうね……。
〈攻撃型〉っていうよりは、完全に“暴走状態”だったらしくて、私、ほとんど覚えてないのよ。
さすがに〈下級魔術師〉を降格することはないけど、自己鍛錬のやり直しだわ」
しょぼんと落ち込むシーダ。
ゼヤンは、おもわず、笑みを零す。
「ゼヤン?」
「いや、これで“一緒”だな、と思ったんだ」
涙を拭うも、まだ潤んだ目のままで、シーダが、不思議そうにゼヤンを見る。
ゼヤンは、ニヤリと笑った。
「俺も、〈下級魔術師〉になれるからな。これで、また、並んだだろ?」
こんどは負けないからなと、ゼヤンが言うと、シーダは、しばらくポカンとしていたが、ようやく、ゼヤンの言葉を理解した。
ぱっと、シーダの顔が赤くなる。
「そっか!………生き残り……っ!ゼヤンも、〈下級魔術師〉になれるのね?!」
「おう、だから、今度は、俺が抜かすぜ?抜かされたくないんだったら、気合い入れて、頑張れよ………」
「うん!」
シーダは、涙を袖で拭うと満面の笑みを浮かべて頷いた。
その笑顔に、ゼヤンも、おもわず微笑む。
2人の間に、和やかな空気が流れた。
「………………って、なに、2人の世界を作ってんだーーーーーっっっ!!?」
「ユド、空気、読もうよ?」
「ちょっ、押さないでくれっ!ヤバいから!」
「ゼヤン~~、悪いんだけど、目が覚めたみたいだから、場所、譲ってぇ~~~………っっ!!」
「つ、潰れるぅ~~」
シーダの後ろが大惨事になっていた。
狭い馬車の中、怪我人で意識の内部ゼヤンを寝かす為に、向かい合わせの座席の一列を使ったせいで、5人掛けの座席に8人が座るという状態だったようで、ぎゅうぎゅう詰めになった〈候補生〉たちが、それぞれに悲鳴を上げている。
上半身を起こし掛けたゼヤンが、半眼で呆れた視線を、他の〈候補生〉たちに向けた。シーダは、「あらあら」と振り向いて、のんびりと苦笑した。
「そもそもの原因は、“陸竜車”が使えなくなったことにあるんだよ!なんでも、お偉いさんが急遽使用することになったからって、オレたち置いて、さっさと帰っちまった!」
ガタガタ揺れる10人乗りの馬車の中、ゼヤンが起きて座ることで、なんとか、5人ずつ座れるようになり、一息をつく〈候補生〉たち。
ずっと意識が無かったゼヤンに、状況を説明しようと、何故が、ユドが話し始める。
「おかげで、1日で帰れる筈が、馬車で移動することになり、今日、明日と、2日は掛かるそうだ!」
何故か、ゼヤンの向かいの席に座り、両腕を組み、ふんぞり返るユド。
「ま、まぁ、一応、途中の軍施設の宿泊所に連絡入れてくれていて、今日はそこで泊まれるし、明日からの授業も“公欠”扱いにしてくれるそうだよ」
ユドの隣に座るイルセが、苦笑しつつ補足する。
その横から、口々に喋る他の〈候補生〉たち。
「さすが、陸竜!どんだけ早いんだよ?!」
「いいよな~。もう一度、乗りたかった!」
叫ぶのは、行きも陸竜に興味津々だった2人だ。
「そうそう、帰ったら、2日休みをくれるってさ!まぁ、後から精神的にくる場合もあるから、カウンセリングを受けるのは、必須だってよ」
「まぁ、そうなるか……」
イルセの言葉に、ゼヤンは頷いた。
たとえ、偽りでも、知り合いと殺す、殺されるの実戦をしたようなものなのだ。
トラウマになる者も出てくるだろう。
「そういや、負け組の敗者復活戦は、さ来週だと」
「ずいぶん、後だな」
「一応、魔法師様が来るらしいぞ?
おそらく、その関係だろうな」
「ローンフィードって、遠いのか?」
「えーと、確か、プライティスから馬車で3日か、そこらだったはず…………?」
「ふふふ、次は勝つからな!」
「いや、オレ、結局、分かる前にシーダに惨殺されたから、出れんのよ………」
「ザマァ………!」
「そういうお前も、型分からんまま死んだ組だ」
「なん、だとっ?!!」
好き勝手に喋る〈候補生〉たち。
(こいつらは、大丈夫だな)と、ゼヤンは呆れた。問題があるとすれば、シーダくらいだろう。
彼らかは、ゼヤンの意識が無かった間の話を纏めると、あの“特別実習”で生き残ったのは、ゼヤンとイセルの2人だけだという。
下級魔術師のシーダは、暴走の末、敗退したので、下級魔術師に据え置きのままだが、〈型〉が分かったので問題なし。
他の〈候補生〉7人のうち、〈型〉が判別したのは、5人だが、全員敗退組。
後日、その5人は、模擬戦を行い、2名が下級魔術師に上がれることになったらしい。
「そういや、フェンは?」
ゼヤンは、茜色の髪の少年の不在に気付いていた。周りを見回して訊けば、それぞれが困惑げに、顔を見合わせる。
「ゼヤンと別れた後、俺とフェンは、コカトリスに襲われたんだ。それで、バラバラに逃げたんだけど、なんか、フェン、途中で“罠”に掛かって、別の階層に飛ばされたらしい」
「トラップ?」
イルセが、口を開く。
その説明に、ゼヤンの眉間が寄った。
イルセが言うには、暴走状態のシーダに襲われたときに、飛んだ血で、石像だったコカトリスが復活したらしい。
コカトリスは、何故か、、イルセを執拗に狙い、ゼヤンと別れた後も追って来たのだという。
その話を聞いて、シーダが、再び、落ち込んだ。
ゼヤンは、気にするなと、落ち込むシーダの頭を、ポンポンと軽く叩いた。
「まぁ、それで、俺は、なんとか逃げれたけど………」
イルセが、申し訳なさそうに、頭を掻いた。
「後で、聞いた話なんだけどさ、その罠、大きな魔力が無いと発動しない罠だったらしい。
しかも、あまり人が入り込まない場所だったから、フェンが、コカトリスから逃げようとして、迷い込んだじゃないかって」
「ああ、あいつ、方向音痴だからな」
「え?マジ?!」
ゼヤンの一言に、数人が驚いた。
「放っておくと、興味を惹かれたものの方に、あちこち行くからな。典型的な方言音痴だな」
「子供か!」
「……いや、あいつ、まだ子供だから」
「好奇心旺盛なのよね。地図とかちゃんと持たせてあげれば、ちゃんと迷わずに行けるわよ?あの子」
半眼で言うゼヤンに、シーダが、苦笑を浮かべながら、フォローした。
そんな2人を見て、イルセが、「親子か?!」とおもわず呟く。
「確か、背の高い方の魔法師様が、迎えに行ったのよ。帰ってきたのは、明け方だったわ」
シーダがそう言って、首を傾げる。
シーダは、ゼヤンを負傷させた手前、彼の看病をしていたので、たまたま起きていたらしい。
「あー、1時まで待ってたけど、全員、怪我と疲労でかなりバテてたからな。
ホルン魔法師の転移魔術で、地上に戻って、前日にとまった施設に泊まったんだよ」
「そうそう。
爆睡だったわ、俺………」
事情の知らないゼヤンに、説明する〈候補生〉たち。それを横目に、シーダが、話を続ける。
「それで、フェン、特に身体とかに異常はないんだけど、飛ばされた場所がかなり危険な所だったみたいで、心配だから、目が覚めるまで魔法師様が預かるって、言われたの」
「それ、あらかさまにおかしくないか?」
「うーん。でも、見た目的には、本当に眠ってるだけにしか見えなかったわよ?」
「でも、あそこ、昼前に出たけど、フェン、起きてなかったよな?」
「うん。魔法師様たちと一緒の馬車に運ばれてたから、多分、ローンフィードに連れて行くんじゃないかな?」
「いいな、ローンフィード。
あそこ、西域国境防衛軍の支部あるんだよ」
「なにそれ?」
「お前、軍の正式名称くらい覚えとけよ!」
話が脱線し始めて、ゼヤンは、溜め息を吐いた。
「分かった………。まぁ、無事ならいい」
そう言って、深く座り直したゼヤンは、膝に掛けていた毛布を上まで引き上げた。
まだ、体調も本調子ではないのだ。宿泊所に付くまで、もう一眠りしようと、馬車の壁に寄りかかった。
「また、あっさりだな…………」
「いや、安心したんだよ。フェン、魔法師様と一緒だからね。きっと、すぐに帰ってくるよ」
「そうだな」
ゼヤンに気遣って、小さな声でひそひそと話し合う〈候補生〉たち。
それぞれ雑談したり、ふざけたり、いつもと変わらない彼らを見て、ゼヤンは、“日常”が戻ってきたような感覚を覚えた。
ゼヤンは、目を閉じた。
規則正しく揺れる馬車の振動を受けながら、ゼヤンは、これからのことを思う。
少なくとも、ゼヤンは、これから〈下級魔術師〉になるのだ。
〈候補生〉として過ごした日々は過去になり、新しい日々にバタバタするのだろう。そう思うと、少し寂しい気もする。
(そういや、フェンのやつは、どうなるんだ?)
ふと、気づく。
他の連中なら知っているかと訊こうと、目を開きかけたが、考え直す。
(まぁ、いいか。そのうち、嫌でもって分かる)
今、フェンが、下級魔術師になろうがなるまいが、あの“魔法師”が、フェンの隠した才能に気づかない訳がない。ひょっとすると、それで、フェンを連れて行ったのかもしれない。
薄情と言われるかも知れないが、フェンが下級魔術師になれば、狭い“砦”の中だ。また、会う機会もあるだろう。
ゼヤンは、思った。
その後は、途中で一泊して、無事に“砦”に帰り着き、ゼヤンは、念の為と医師の診察を受けてから、解放された。
実家で治療と療養しているうちに、〈型〉の分かった〈候補生〉たちの“試験”があったらしく、イルセが、報告しに来た。
どうやら、イルセの友人であるヨウが受かったらしい。もう1人は、ユドだったそうだ。
怪我がほぼ完治した頃、ゼヤンは、下級魔術師に上がる為の準備に追われた。
下級魔術師は、軍の士官候補生に当たる為、5年間、寮生活になるのだ。
ゼヤンたちは、変則的な入学となるが、授業的には十分追いつける範囲らしい。ただし、当分は、補習と課題に追われそうだ。
「ゼヤンは、どこになった?」と、訪ねてきたイルセが、訊いてきた。
ゼヤンは、その質問に首を傾げる。
聞けば、下級魔術師は、“砦”とローンフィードとイザリオンに分かれるらしい。
「“砦“と、聞いているな」
「そっかぁ~。俺は、“イザリオン”って、ローンフィードより南にある街だよ。ヨウとも別々になっちゃった………」
ローンフィードは、ウェスラガルトの本支部がある街だ。学校も、支部の敷地内に下級魔術師の学校と士官学校があり、一番広く規模も大きい。
イザリオンは、南部にある後援基地で、支部も含まれている。プラウティスよりも小さな城塞があるが、学校とは、離れているらしい。学校自体の規模も小さいらしい。
プラウティスは、“砦”ーー丘の城塞の敷地内に学校があるが、寮は、町郊外にある。
そんな話をイルセから聞きながら、ゼヤンは、ふと、口を開いた。
「そういや、フェンはどうしてるか、知っているか?」
「フェン?」
イルセが、きょとんとする。
「ああ、なんか、だいぶ前に町で見かけたよ。なんか、中級魔術師が2人、一緒にいたんだけど、なんだろな、あれ」
「下級魔術師に上がったとか、聞いたか?」
「いや……、声掛けてないんだ。ただ、ローンフィードに行くみたいな話をしてたな」
「ふうん」
それなら、ひょっとすると下級魔術師に上がったのかもしれないと、ゼヤンは思った。
まさか、下級魔術師になると、幾つかの学校に分かれるとは思ってなかったのだ。
(運が悪いな………)
こうなると、いつ会えるか、分からないだろう。
別れが別れだけに、気になるのだ。
まぁ、仕方がないと、ゼヤンは、溜め息を付いた。人の縁なんて、こういうものだ。
いざ、会おう、会いたいと思っても、なかなか会えず、ふとしたときに、思わぬ所で再会したりするものなのだと、ゼヤンは知っている。
幼なじみがそうだった。
激しい内乱に、それぞれ、家族と共に国を出て、会えなくなった。その後、プラウティスに辿り着いて、魔術の適性検査に受かって〈候補生〉になったら、再会したのだ。
ゼヤンは、引っ越し荷物を運び出す途中、ふと、空を仰ぎ見た。
乾いた空気の雑多な町に、変わらない青空が広がっている。内乱の中、見上げた空と同じ色だ。
変わっていく日常を、ゼヤンは歩いていく。
(フェン、また、会おうな………)
ゼヤンは、変わらない色の空を見上げながら、茜色の髪の幼い少年と、いつか、再会できることを信じて、1人微笑んだ。