第18話ーエピローグ 新しい魔法師
《契約》編は、これで終了です。
閑話(その後の話)を一話挟んだ後、新章に入ります。
拙い文章でなかなか上手く表現できず、分かりにくい所もあるとは思いますが、ここまで読んで下さりありがとうございます。
これからも精進しつつ、ちまちまと続きますので、宜しくお付き合いくださいませm(_ _)m
時間は遡る。
フェンが、柱の中に消えた、しばらく後に、〈契約の祭壇〉に現れた男がいた。
濃紺の長い髪を高く結い上げた、長身の魔法師、アルトリウスである。
彼は、不機嫌そうに、祭壇を一瞥すると、ぐるりと周りを見回した。
「チッ………!遅かったか………」
誰の姿もない祭壇で、アルトリウスは、舌打ちして、呟く。
「おや、珍しい客人だな?」
不意に、祭壇の台の上に、緩いウェーブの金髪の、神経質そうな男が現れる。
アルトリウスは、その男を見て、固まった。
「…………っ?!はぁっ?サナトール?!」
驚愕におもわず、アルトリウスは声を上げる。
目の前の男は、行方不明中の“魔法師”だったからだ。
「違う、違う!ただ、単に、私が今とれる姿がコレしかないのだよ。緑玉の」
「あ?……………ひょっとして、お前、“ガイド”か?」
慌てて、手を振って否定する男に、アルトリウスは、男の正体に気付いた。
そして、深い溜め息と共に脱力する。
「今回の〈適合者〉には、身近に亡くなった人間がいないらしくてね。不本意だが、この姿をとるしかなかった。はやり、不評だったよ」
怖がらせてしまったよ!と、残念そうに首を振る男。
あの夕日色の髪の子供は、戦場の町に生まれて育った割には、性格が真っ直ぐなのといい、近しい身内に死者が出ていないことといい、幸運な環境で育ったようだ。
アルトリウスは思った。
「まぁ、知り合いは、たくさん看取ったり、亡くしたりしているようだがね」と、ガイドが付け加える。
「それはそうと、少し遅かったようだな」
「嫌みかよ」
ガイドの言葉に、アルトリウスは、憮然とした。
これでも、背負っていた負傷者を、中央神殿にあるウェルテイトに預けて、かなり急いて来たのだ。
あの遺跡から、この〈黒の神殿〉へは、ある階層にある転移陣を使えば来れるのだが、なにぶん、その階層が深い為に、そこまで行き着くのに時間が掛るのだ。
ガイドは、肩を竦めて、苦笑した。
「まぁ、しばらく待てば、結果は分かるさ。
柱の中の世界は、基本的に時間の流れが異なる。
君の時も、何十日も、柱の中の世界で過ごしていたはずなのに、こちらに戻ったら、2、3日程度だったろう?
今回は、かなり好条件だから、おそらくそんなには掛からないだろう」
「は!……………どうだかな!」
アルトリウスは、祭壇の台を背に、床に腰を下ろした。そして、懐から懐中時計を出す。
「0時だ。…………真夜中の0時まで待つ。それ以上は無理だ」
「そうか、残念だな」
アルトリウスの言葉に、ガイドは頷いた。
それからしばらくの間、沈黙が落ちる。ガイドは、祭壇の台に立ったまま、アルトリウスは座り込んたまま、時間を待つ。
アルトリウスは、何度か、懐中時計を見る。
針は、既に23時半を過ぎていた。まだ、なんの反応もない様子に、アルトリウスは、無言で苛立つ。
が、ふと、傍に立つガイドを、アルトリウスは見上げた。
緩くウェーブの金色の髪、線が細く、知的で学者っぽい、神経質そうな男の姿が、視界に入る。
どう見ても、サナトールにしか見えない男に、アルトリウスの眉が自然と寄った。
「おい、ガイド!」
「ん?なんだね?緑玉の」
アルトリウスの呼び掛けに、ガイドが首を傾げて、アルトリウスを見下ろした。
祭壇の上に立つ男と視線が合うも、アルトリウスは、気まずげに視線を逸らす。
「………サナトールは、死んだのか?」
少し躊躇うように、アルトリウスは、考えていた可能性を口にした。
ガイドは、この〈契約の祭壇〉の“システム”だ。人間の姿をもっていはいない。
ゆえに、ガイドは、基本的に相対する〈適合者〉の、身近で亡くなった人間の姿をとる。生きている人間の姿はとることができないらしい。
今回のように、身近な存在や親しい人が無くなった経験の無い者の場合は、姿を見せないか、前の〈適合者〉のときの姿をとるという。
だから、ガイドが、今、サナトールの姿をとっているているということが、アルトリウスの不安だった。
「いや、死んではいない」
きっぱりと、ガイドは言った。
密かにホッと胸を撫で下ろすアルトリウス。
「だが、生きている状態ともいえないのが、現状だ。どうなるかは、本人次第だが、な」
「……………!」
アルトリウスは、バッと顔を上げた。
だが、ガイドの言葉に、「そうか」と、呟き、俯く。
「私にもそれ以上は、分からない。
ただ、神と契約した以上、黄玉のも不死のはずだ。どんな状況でこうなっているのかは分からないが、再生に時間が掛かっているのか、あるいは、他に原因があるのか………」
「お前が分からないんじゃ、お手上げじゃねーか」
ふむと、顎に手を当て考え込むガイドに、アルトリウスが、呆れた表情で、溜め息を吐いた。
再び、沈黙が落ちる。
そして、大分時間が経った頃、ガイドに、がアルトリウスを見た。
さきほどから、アルトリウスは静かなままだ。
ガイドが、祭壇を背に座るアルトリウスを覗き込むと、アルトリウスは、こっくり、こっくりと船を漕いでいた。どうやら、静かだったのは、寝てしまっていたからのようだ。
ガイドは、それを見ると目を細めて、「やれやれ」と肩を竦める。
「おい、緑玉の」
「…………んごがっ!………って、はぇっ?!」
ガイドが、アルトリウスの頭を軽く突くと、ハッと、アルトリウスは顔を上げた。
完全に寝ぼけている顔だ。口から、よだれが零れている。
「もう、とっくに0時は過ぎてるが、大丈夫なのか?」
ガイドに指摘されて、アルトリウスは、よだれを袖で拭うと、まだ、眠そうな顔で、懐から懐中時計を取り出した。
そして、時計を見て、「あ~……」と、溜め息を吐く。
「ヤバ…い………、多分、ウェルの奴が、完全に怒ってるわ~………」
「まぁ、今、1時半だからな」
頭を抱えるアルトリウスに、ガイドが、そう答えた。
「仕方ないな~、帰るか…」と、アルトリウスは立ち上がって、大きく伸びをした。
祭壇も、柱も、レリーフも、何一つ異常が無いことを確認したアルトリウスは、はぁ…と、深い溜息を吐く。正直、帰るのが憂鬱である。
遅くなったのを、遺跡の3階層の街の中央広場にある神殿で待っているウェルテイトに怒られるのもだが、また、一人、“犠牲者”が出てしまったことを報告しなければならない。
しかも、今回は、まだ“子供”だ。
何も知らずに、この場所に放り込まれて、生死を懸けた過酷な“試練”を受けたのだ。
そう考えると、アルトリウスは、気が重かった。
「あー、じゃあ、帰るわ」と、アルトリウスは、祭壇の台に立つ男に振り返ろうとした。
その時、突然、壁のレリーフに嵌められた七玉のうち、黒ずみ沈んだ色をしていた紫玉が、強い光を放った。
「?!」
アルトリウスは、驚愕して、壁のレリーフを見た。
壁に嵌め込まれていた紫玉から美しい紫の光が、〈契約の祭壇〉の広間全体を満たすように、広がる。
同時に、アルトリウスの前の祭壇の台全体が、淡く深い金色の光に輝きだす。
「これは……っ?!」
「どうやら、ギリギリ間に合ったようだ。新しい“契約者”が戻ってくる………!」
祭壇の上から、ふわりと降りたガイドは、アルトリウスの隣に立つ。
紫玉からの紫の光と祭壇から発せられる金色の光が、広間全体に入り混じり合う中、ガイドは、満足そうな、嬉しそうな笑みを浮かべた。
アルトリウスは、周囲の変化を呆然と見回す。
祭壇の台から、仰向けに横たわった子供の姿が浮かび上がる。
茜色の髪の少年は、銀色の縁取りの施された黒灰色のローブを着ていた。魔術師〈候補生〉の制服だ。
今回の“特別実習”に参加した中では、最年少の少年である。
その特徴的な美しい色の髪と目を、アルトリウスは覚えていた。
少年は、意識がないのか、その目蓋は閉じられていた。
最初は、幻のように透けていた少年の身体は、祭壇の上に浮いたまま、だんだんと実体がはっきりしてくる。アルトリウスは、少年の身体に“契約”の印を探したが、見た目に、変わった所は無い。
その間に、壁から紫玉がひとりでに外れて、ふわりと、宙に浮いた。広間中に強く輝いていた紫の光が消える。
紫玉は、黒ずんで色を無くしていたのが、鮮やかな色となっていた。
内側から輝くような神秘な光を放つ紫玉は、大きく弧を描くように少年の上まで移動し、その胸元ーーちょうど、心臓の辺りに、すぅっと、静かに吸い込まれた。
そして、宙に浮いていた少年の身体が、ゆっくりと降りて、祭壇の台の上にそっと置かれる。
それと同時に、祭壇の台からの光が消えた。
今までの光景がまるで嘘のように、空間に、元の静寂が戻った。
「派手だな、おい……!!」
オレの時とは全然違うだろ?!と、唖然とするアルトリウス。
ガイドは、ただ、「うむうむ」と、満足げに頷くのみだ。
「“契約”の差だな。
紫玉の神玉は、2柱一対の特殊な神々が封じられている。契約も、他とは異なるだろう」
「っていうか、だ!!…なんか、紫玉が勝手に外れたぞ?いいのか?あれ?」
アルトリウスが慌てたように、壁のレリーフをを指差した。七つの玉が嵌め込まれた場所には、今は、4つの玉があるだけだ。3つがぽっかりと失われている。
ガイドは、言いたくなさそうに視線を逸らしていたが、アルトリウスの疑問の視線に、観念したように口を開いた。
「…………本契約をやると、ああなる」
「は?」
ガイドは、ぼそりと言った。
その意味を、一瞬、理解できなかったアルトリウスが、固まる。
「本契約?………オレたちの契約は?」
ギギギ…と、ガイドへ顔を向けて、アルトリウスが訊く。
「安心するがいい。緑玉のを始め、他の契約者の契約も、きちんとした契約だ。ただ、神が自分の全ての力、全ての存在を、契約者に託すかどうかの差だな」
ガイドは、無意味に胸を張って答えた。
アルトリウスは、首を傾げる。いまいち、分からなかったらしい。
「実質的に、何がどう違うんだ?」
「さぁ?」
アルトリウスが訊くと、ガイドは、首を傾げた。
アルトリウスは、その答えにおもわず、ガクッと転けた。
「ちなみに、橙玉と藍玉は、まだ、契約されていないのだが、どうやって外したんだろうな?」
「お前、遺跡のシステムのクセに、盗難機能、死んでるよな…………」
「失礼な!私は、あくまで“説明役”でしかないぞ?
それに、あの神玉を持っていても“契約”は出来ない。ここと同種の遺跡に入れば、ここに転移されるが、遺跡自体数が少ないからな。
次の契約は、難しいかもしれないな」
脱力し、呆れたように言うアルトリウスに、ガイドが、真面目な顔で言った。
その言葉に、アルトリウスは、「は?」と顔色を変える。
「ちょっと待て!今、聞き捨てならないことを言っただろ、お前っ?!」
おもわず、ガイドに掴みかかろうとしたアルトリウスだが、ガイドの姿が、忽然と消える。
ガイドに伸ばしたアルトリウスの手は、宙を切った。
「逃げるな!この馬鹿ガイドっ!!」
アルトリウスは、空間に向かって叫んだ。
「新たな契約者が戻った以上、要件は済んだだろう?早く戻らないと、赤玉のに、怒られるぞ?」
「都合が悪いと逃げるのな………」
ガイドの声だけが、祭壇に響く。
アルトリウスが、「馬鹿―――!!」「出てこいっ!!」と騒ぐも、ガイドは沈黙した。
その様子に「…ったく」と、アルトリウスは、大きく溜め息を吐いた。そして、祭壇の上に横たわる少年を抱き上げる。
静かに眠る少年は、見た目には、特に異常はなさそうだ。
「あ、“契約印”は、左手首なのか…」
少年の左手の袖口から、小さな紫玉と美しい赤色の紋様が見え隠れしているのを、アルトリウスは、発見した。アルトリウスは、腕に抱き上げた少年が、本当に新しい“契約者”だと、実感した。
おもわず、口元に笑みが浮かぶ。
アルトリウスは、ざっと少年の様子を確認すると、少年を腕に抱きかかえたまま、〈契約の祭壇〉の階段を降り始めた。
さっさと帰りたいが、この場所では、転移魔術が使えないのだ。
「5人目の、新しい“魔法師”か。
……これから宜しくな、少年」
アルトリウスは、ふと、少年を見下ろすと、そう呟いて微笑んだ。