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神玉戦記  作者: ななや
1.始まりの契約編
17/21

第17話 契約



 「まずは、あなたの名前を伺いましょう」


 パルフェリアは、言った。


 「フェン。………フェナレシオ・トーア」

 「キュ、キュキュイ、キュ!」


 フェンが答えると、膝の上の一角兎が鳴いた。

 フェンは、一角兎を見下ろして、「まだ、名前はないって、わざわざ言わなくても………」と、呟いた。

 パルフェリアは、少年と一角兎を、微笑ましくも、優しく見つめた。


 「フェナレシオ、フェンと呼べばいいかしら?」

 「あ、はい……」


 パルフェリアの声に、フェンは、顔を上げる。

 まだ、涙の跡はあったが、泣いてはいない。青身を帯びた不思議な緑色の、真っ直ぐの眼差しが、パルフェリアを見た。


 「良い目ですね。リーネトールは、良い者を選びました」


 パルフェリアは、満足そうに頷いた。


 「さぁ、そこのイスに座りなさい」


 気付けば、フェンのすぐそばに、赤地に銀糸で装飾された美しい椅子が置かれていた。

 フェンは、一角兎を抱き上げて、そのまま立ち上がると、その椅子に座った。膝の上に、一角兎を乗せる。


 「まずは、あなたとリーネトールの〈契約〉をしましょう。あなた達は、一心同体。

 フェン、あなたの魂はリーネトールに預けられ、“役目”を終えるそのときまで、あなたは“不死”になります」

 「役目?不死?」

 「そう。不死といっても成長や老いが無いわけではありません。そこは、それぞれの契約する神の裁量によりますね。

 ただ、老いに関しては、どの神々も、ほとんど止めてるも同然にしてるようですが。

 後は基本的に普通の人間とあまり変わらないと聞いています」

 「死なないだけってこと?」

 「肉体が欠損した場合は、再生すると聞いてます。大きな怪我や命に関わる状態の場合の治癒力や回復力も、かなり高いそうですね」


 パルフェリアは、首を傾げた。

 どうやら、情報源が他にあるらしい。


 「“役目”については、神々(わたくしたち)としては、フェイゼローゼンを倒すというより、彼に宿った邪神の分身の消去、あるいは、封印です。

 人間たちの目的とは、少々異なるかもしれませんが、最終的には“同じ”でしょう」

 「はぁ………」


 フェンは、曖昧に頷いた。

 どうやら、神々の側と人間の側で、多少の目的の違いがあるらしい。


 「それで、“契約”の印なのですが、どこにしましょう?」


 にっこりと、楽しそうにパルフェリアは、微笑んだ。フェンは、一瞬、何を言われているのか分からず、きょとんとした。

 今までの凛とした、威厳に満ちた空気から、一転、パルフェリアの、どこかしらウキウキした雰囲気に、フェンは、唖然とした。


 「男の子ですもの。カッコ良く、目立つ場所がいいかしら?力を出すときに、光るとか?

 額とか、頬?……あ、でも、顔はちょっと、勿体ないわ。あなた、お肌が綺麗だもの。

 じゃあ、そうね。手の甲とかありがちかしら?」


 嬉々として、どこからか“資料”を取り出したパルフェリア。

 「他の契約した神や知り合いから、いろいろ教えて貰ったのよ~」と言う、パルフェリアの手には、手書きの〈HOW to 契約〉だとかヒーロー漫画だとか、いろいろと怪しい本や資料があった。

 フェンは、がっくりと脱力する。


 「キュ、キュイキュイ!キュキュ?」

 「あら、そうなの?じゃ、あなたは、耳がいいのね?なかなか良いと思いますわ」


 フェンの膝の上の、一角兎が、何故か、ノリノリで参加する。どうやら、パルフェリアのこのノリに慣れているらしい。

 まるで、親子か、姉弟のように、「耳なら右にする?左?」「キュキュッ!」「あら、胴体は、いただけないわ」などと、やりとりを交わしている。

 フェンは、しばらく、呆然と、2人(?)のやり取りを見ていたが、自分の意志とは無関係に決まりそうな空気に、慌てて、口を開いた。


 「あの、あまり、目立つ場所は嫌かも………」


 パルフェリアの視線に、フェンの声が小さくなる。あらかさまに、パルフェリアの表情が残念そうな、悲しげなものになったからだ。

 フェンは、助けを求めるように、一角兎を見下ろした。


 「キュキュ、キュイキュイキュ?」

 「ええ、本契約の印は、流石に曝すのは危険ですもの。“心臓(むね)”の位置に付けるのが一番かと思ってますわね。私の印も一緒にそこにする予定ですわ」

 

 パルフェリアは、一角兎に頷き、そう答えた。

 一角兎は、フェンを見上げる。


 「キュキュイ、キュー……」

 「諦めろって…………。うーん、せめて腕にできない?」


 首を横に振りながら鳴いた一角兎に、フェンは、せめてもの抵抗を見せた。

 腕なら、一応、隠せなくはない。

 すると、パルフェリアが、ぱぁっと顔を輝かせて、両手を合わせる。


 「あら?いいわね、それ。

 右……いいえ、左の手首から肘までの辺りにしようかしら?

 リーネトールは、右の耳にしましょう」

 「は………………?」

 「“絆”って感じでいいと思うのよ」


 ね?と、同意を促されて、フェンは、困惑した。

 正直、頷きたくないが、雰囲気的に頷ずかざる得ない空気だ。

 そうしましょう!と、有無を言わせずに立ち上がったパルフェリアは、フェンと一角兎へと、自分の手を出した。

 パアッと、フェンの膝の上の、一角兎が銀色に光り始める。その光が、フェンを包み込む。フェンと一角兎を中心に、床に、光が円を描き、不思議な模様が浮かび上がった。

 フェンは、一瞬、意識を失った。

 フェンの身体から、光の玉が飛び出し、ゆっくりと一角兎の中に入る。すると、一角兎の右耳に、大きく銀色の模様が浮かび上がった。

 どことなく、一角兎を模したような印とその周囲を細かな文字らしい模様の円が二重に囲む。二重の縁は、内側に吸い込まれるように消え、印だけが残った。

 同時に、フェンの身体を銀の光が包み、全身に、細かな文字のような模様が浮かび上がっていき、次第に消えていく。

 フェンの、左手首の外側に、小さな紫玉が現れて、それを起点に手首の周りに円を描くように、二重の細かな文字のような模様が赤く刻まれていく。

 紫玉の上、腕の外側に、リーネトールに現れたのと同じ、一角兎を模したような銀色の印が現れ、それを囲むように、赤く美しい模様が、肘辺りまで、たタトゥーのように刻まれていく。最後に、肘の手前に、ぐるりと赤と青の線が、シンプルな唐草のように、絡み合った。

 一瞬、リーネトールとフェンに刻まれた銀色の印が強く輝いた。


 フェンは、意識を取り戻した。

 突然のことに、何が起きたのか、分からない。

 ただ、身体が動かない。なんとか開いた目だけを動かして、一角兎を見れば、意識が無いようだ。

 

 (…………光?……僕が光ってる……?)


 意識が朦朧とする。フェンは、遠くから、パルフェリアの声を聞いた。


 「名残惜しいですが、このまま、一気に“本番“にいきましょう。“契約”は、契約者に負担がかかるもの。まだ、幼いあなたでは、きっと辛いはずです。

 フェン、私の声は聞こえているはずですね?

 私たちの“核”となる“紫玉“は、〈菫色の一角兎(リーネトール)〉と私、〈紫黒の蜘蛛(パルフェリア)〉の両方との契約になります。

 私の本来の“認定者”は、あなたの“対“。

 リルネーシェです。彼女の魂は、死んではいません。あの“最終試練”は、彼女の“覚悟”を試し、あなたの“意志”を試すもの。

 “大人”はときに、己自身を犠牲に、“子供“に未来を託すもの。彼女は、自分の全てを賭けて、あなたを助けたいと望みました。その“意志”と“覚悟”を、彼女は、見事に示しました。

 そして、フェン。

 あなたは、もう、自分自身が、あなたのこれから歩む道が、あなた1人のものではないと、知っていますね?

 あなたもまた、彼女の“意志“に、見事に答えましたよ」


 「辛かったでしょう」と、慈愛に満ちたパルフェリアの声に、フェンは、目から涙が一粒、落ちたのを感じた。

 

 「ですが、これから歩む道こそが、本当の“試練”です。リーネトールと一緒に、歩みなさい」


 「あと、リルネーシェは………、“彼女“は、今、私と共にありますが、私とあなたが“契約”することで、彼女の魂の一部………分身体があなたの中に宿るでしょう。

 それは、あなたの中で眠り、いつか目覚め、自我を持ちますが、彼女自身(・・・・)ではありません。

 あなたの中の“彼女“は、いつの日か、私の中に眠る彼女自身(ほんたい)とあなたを結びつける存在になるでしょう。

 どうか、大切にしてあげてくださいね」


 「あなたは、これから〈菫色の一角兎(リーネトール)〉の持つ能力が使えるようになりますが、私の力は、あなたの中に託す“分身体(かのじょ)”が目覚めるまでは、使えません。

 ただ、フェン、あなたはまだ幼い。だから、精神異常に対する強い耐性の“加護”を、私から与えましょう」


 フェンを包む銀の光に、深い金色の光が重なった。床の陣も、別のものに変わっていく。

 パルフェリアに、巨大な紫黒の蜘蛛の姿が重なり合う。蜘蛛から、小さな光が出て、フェンの胸ーーちょうど心臓の位置に当たるーーに現れた紫玉に吸い込まれた。こちらの紫玉の方が、手首よりも大きく、力に溢れていた。

 紫玉の周りを、赤と青の線が互いにからみつくように囲み、円を描く。まるで、唐草のような美しい装飾に見える。

 その下に、蜘蛛を模したような金色の印が小さく浮かび、紫玉と印を囲むように、細かな文字のような不思議な模様が、青く二重の円を描くように浮かび上がった。

 それは、リーネトールとの“印”のときに、現れた文字模様の円と似ていた。


 「その胸の印は、私たちとの“本契約の印“と私との契約印です。

 本契約は、私たちを結びつける“核”のようなもの。神玉ゆえに、滅多に傷付くものではありませんが、あなたの“生命”の核でもあります。

 普段は、見えないように隠しましょう。

 ただ、私の力を使うときや、生命の危機にある時などは、浮かび上がり、現れるでしょう。

 十分に、お気をつけなさい」


 パルフェリアは、言った。

 いつの間にか、重なる巨大な蜘蛛の姿はない。

 パルフェリアは、淡い光に包まれたフェンと一角兎を、愛しそうに見つめた。

 そして、一瞬、目を閉じて、再び開くと、静かに口を開いた。


 「本契約は成されました。

 私は、精神を司るもの。現世に、常に実体化することができないのです。だから、私は、彼女(リルネーシェ)と共にあなたたちを見守りましょう。

 これから先は、あなたたちだけで、全てを乗り越えねばなりません。

 フェン、リーネトール。あなたたちなら、大丈夫と信じています。

 ……………………さぁ、現世(うつしょ)に還りなさい」


 凛としたパルフェリアの声が、広間に響いた。

 それに応じるかのように、フェンの身体と一角兎の身体が、宙に浮いた。

 朧気だったフェンの意識は、そこで途切れた。


 「あなた達に、天界の神々の長の御加護が在りますように」


 パルフェリアは、フェンと一角兎を見上げて、微笑んだ。

 次の瞬間、“世界“が、眩しい光に満たされていく。

 美しい広間も、城も、森も、桜の大木も、全てが役目を終えて、光の中に溶けるように消えていく。 

 城の外で、城の様子を窺っていたカイゼやエナンは、眩しいほどの光が城から広がっていくのを見て、互いに寄り添った。そして、互いに頷き、微笑み合う。

 そんな二人の姿も、溶けるように光に消えいった。

 全てが消えた場所に、解放された無数の魂が舞い上がる。満たされた光の中、それらは、上へ上へと上がり、ゆっくりと消えていった。



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