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神玉戦記  作者: ななや
1.始まりの契約編
12/21

第12話 試練の森

ぼちぼち再開します。


 「森って、木だけじゃないんだ……」


 フェンは、倒木の上に座り、溜め息を吐いた。

 空は、変わらずに淡い金色に満たされている。周りは鬱蒼とした木々が立ち並び、やや暗い。地面を覆う草花。低木の茂みが点在し、土の見えない地面は、あちこち隆起し、非常に歩きづらい。

 地面を這うような木々の根も、歩きづらい原因の1つだ。


 僅かに歩いただけで、フェンは、疲労困憊した。

 オマケに、森に入ってから、視界が悪い。

 目指す建物ーー城の姿も見えず、フェンは、方向を見失っていた。


 「森って、厄介だな」


 これなら、見晴らしの良い荒野の方が、どれだけマシだろう。

 フェンは、思った。

 

 「おいおいおい、なんでこんなところに、子供がいるんだ?」


 呆れたような声が、森に響く。

 フェンが声の方を見れば、少し離れた場所に、1人の青年が立っていた。

 20才過ぎくらいの青年だ。肩辺りまで伸びた金茶の髪に、水色の目。線は細いが、それなりに鍛えられたがっしりとした体格をしている。

 額に赤のバンダナを巻き、白いシャツに青いズボン、半袖の赤く、やや丈の長めのジャケットを着ている。靴は、ブーツだ。

 肩に、荷物らしい袋を掛けて、呆れたように、フェンを見ていた。


 「誰?」

 「誰って、お前こそ誰だよ?」


 青年は、ぼりぼりと頭を掻いた。


 「僕は、森の中の白い建物に行く途中なんだけど、お兄さん、場所分かる?」


 フェンは、青年から返された質問に答えずに、逆に訊いた。

 名前は、魔術師にとって大切なものだ。

 だから、たとえ愛称だったとしても、簡単に名乗らないのが、鉄則である。


 「………オレの質問は無視か。

 っていうか、“白い建物”って、城のことか?方向が全然違うじゃねーか。しかも、なんで“道”じゃない場所を歩いてるんだよ?!」

 (あ、あれって、お城なんだ)


 話には聞いていたが、あれが“城”らしい。フェンは、“砦”に似てるなぁと、見当違いの感想を抱いた。そして、森に“道”があったことにも、初めて気がついた。


 「……………。ひょっとして、お前、森って初めてか?」

 「……………」


 フェンは、視線を逸らした。

 あらかさまにバレバレである。青年は、「あ~………」となにやら呻いて、深く溜め息を吐いた。


 「まぁ、そういう奴もいるわな。明らかに、お前、森に慣れてないし……」

 「お兄さんは、慣れてるね」

 「そりゃ、ま、一応、地元だからな。何年も住んでりゃ、嫌でも慣れる」


 青年は、肩を竦めて言った。


 「じゃあ、お城の場所も分かる?」

 「当たり前だろ?

 姉貴が、城で働いてるからな。森の道には、詳しいぜ?今日も、今からむかえに行くところだ」


 フェンの言葉に、青年は、意気揚々と答えた。

 2人の間に、沈黙が落ちる。


 「あ~、ちょっと待て!」


 フェンが、どう切り出すべきかと悩んでると、青年が、声を上げた。

 そして、「あ~」「う~」と、唸りながら、頭を抱える。

 フェンが、なにかを言おうとしかけると、「待て」というように、フェンに掌が向けられた。


 「わかった!お前が言いたいことは、分かった!あれだろ?城まで行きたいんだろ?!」

 「えーと、うん、まぁ、そうだね」


 フェンは、頷いた。

 青年は、フフンと得意げに胸を張る。


 「だろーと思ったぜ!この森は、迷いやすいんだ。道も、森のあちこちに迷路のようになっててな、別名〈試練の森〉って言われている。

 お前みたいなチビガキが、1人で行くには無理な場所だ」

 「そうなんだ?」


 (森って、迷うんだ。“迷宮(ダンジョン)”みたいに、危険な場所なんだ、きっと!)


 フェンは、森について、誤解した知識を得たことに気づかなかった。

 ある意味では正しいのかもしれないが、フェンの中で、森=魔境というイメージに固まる。

 ちなみに、荒野の一部にも“迷宮”は存在するので、フェンは、〈候補生〉の“野外訓練”で行ったことがあるから、知っている。

 

「仕方がないから、連れて行ってやるよ。ただし、お前の名前を教えてくれたら、だけどな!」

 「え?名前?……僕は、フェンだよ」

 「そうか!ちなみに、オレは、カイゼだ!……………って、ええっ?!」


 あっさりと教えたフェンに、青年ーーカイゼは、声を上げる。

 どうやら、フェンが、名前をおしえるのを嫌がると思ってたらしい。


 「名前…………、フェン?」

 「うん」

 「…………。そうか…………」


 カイゼが、呆然と聞き直してきたので、フェンは、素直に頷いた。

 カイゼは、「調子が狂う」と、額に手を当ててたが、気を取り直すように、息を吐いた。


 「よし!フェン!……まぁ、約束だからな!一緒に連れて行ってやろう!」

 「やった!ありがとう、カイゼ!」


 フェンは、座っていた倒木から立ち上がった。

 カイゼの側まで、草を掻き分けて行くと、急に開ける。カイゼが、立っていた場所は、確かに地面が露出し、整地された“道”だった。


 (道って、本当にあったんだ)


 もっと注意深く森の外を歩いて回ったら、見つけていたのかもしれない。

 リルネを助けることに頭が一杯だったフェンは、内心、反省した。

 もっと冷静に考えて動いていたなら、こんなに疲れたり、余分な時間を捕らわれずに済んだかもしれない。


 (僕も、まだまだ未熟だな)


 もっと冷静に注意深く考えて行動しないといけないと、フェンは、気を引き締めた。



 カイゼと一緒に森を歩く。

 空の色は変わらない。時間の経過も分からない。

 フェンは、一度、自分の時計を出して見たが、止まったまま、まったく動いていなかった。

 

 森の道行きは、困難を極めた。

 何故か、高い崖を這い上がったり、橋の無い川を泳いで渡ったり、巨大な熊に遭遇して、カイゼが追いかけられたり、何故か、立て続けに仕掛けてあった落とし穴にカイゼが嵌まって落ちたり。

 洞窟らしい真っ暗な中を入って行き、2人して無数の蝙蝠に襲われたり。

 巨大な花の植物に襲われ、カイゼが触手に巻き付かれ食べられそうになったり。

 上半身が緑の肌の美女で、下半身が樹木というお姉さんたちに遭遇し、フェンが、美味しい木の実や甘い蜜の飲み物を貰ったりする傍ら、カイゼが、彼女たちが焚き付けたらしい大きな猪に追いかけられたり。

 何故か、急な坂道を下るときに、大岩が転がってきて、カイゼだけ巻き込まれ、転がって行ったりした。

 その頃になると、フェンも、カイゼがわざとそういう道を選んでいるのだと、気づいていた。

 その割には、酷い目にあっているのは、カイゼだけで、フェンは巧いこと避けたり、逃げたりしているのだが。

 

 普通に考えるなら、カイゼの姉が、城で働いていると言っていたのだ。迷いやすく危険な森でも、女性も通えるくらい安全な、城への道があるはずだ。

 カイゼに、どんな思惑があるかは知らないが、わざわざ危険な道を選んでいるのは、確かだ。


 (それに、さっきから、何かが付いてきてるみたいなんだよね)


 フェンは、カイゼの後ろを歩きながら、ちらっと近くの草むらを見た。

 途中から気づいたのだが、小さいなにかがさっきから、草むらなどに隠れて付いてきてるのだ。

 カサカサと、草むらが小さく揺れて、動物らしい小さな影が時折動く。

 それを気にしながらも、いい加減、カイゼに問いただすべきかなと、フェンは、カイゼの背中を見ながら思う。


 (いい加減、カイゼが可哀想だし……)


 満身創痍というか、ボロボロになったカイゼを見て、フェンは、哀れみの視線を向ける。

 ここは、魔術が使えないから、治癒魔術で治療することもできないのだ。


 「ここだ」


 カイゼが、足を止めた。

 森が途切れ、広大な湖が姿を現した。うっすらと霞がかり、きらきらと夕日色に輝く湖面。

 カイゼの前の岸から、古い吊り橋が奥に向かって、長く延びていた。遠くに向こう岸の森が、影のように見える。その中に、城の姿が、優美なシルエットと化して佇んでいた。


 (丘から見えた“キラキラ”は、これだったんだ……)


 丘を下るときに、フェンは、キラキラした湖面の反射を、城の奥に見ている。

 つまり、フェンたちは、森を大きく回り込み、城の裏側ーー湖まで出たことになる。


 「この吊り橋を渡りきれば、城に着く。見てのとおり、相当、古くてボロい。湖に落ちないように、気をつけろよ?」


 吊り橋の前で、カイゼは、フェンに向かって言った。


 「落ちたら、どうなるの?」


 フェンの疑問に、カイゼは黙って湖を指差した。

 見れば、湖面に鳥が一羽。

 次の瞬間、湖から巨大な魚が、口を大きく開きながら飛び上がってきて、湖面にいた鳥を丸呑みし、バッシャァァァアンッッッ!!!と、盛大に水飛沫を上げて、水面に消えた。

 

 「………………」


 フェンは、一連の光景を目にして固まった。

 美しい湖なのに、あんなグロい巨大魚が棲んでるのは、予想外だ。

 しかも、なかなかに凶暴らしい。


 「吊り橋には、あの魚を近づけない魔法が掛かっているらしいが、見ての通り、あのボロさだ。油断してると、足を踏み外して、ドボン!だ」


 カイゼが、淡々と説明する。

 フェンは、吊り橋を見た。確かに吊り橋は、かなりボロボロだ。吊っている縄も、何本かはすでに切れているし、底板も半ば朽ち落ちている。

 こんな状態の吊り橋を、渡ろうとする方が、おかしいくらいだ。

 おそらく、普段は使用してないに違いない。


 「カイゼ」と、フェンは、青年を見た。

 「なんで、わざわざ遠回りして、こんな危険な場所ばかり回るの?

 城に行くのに、もっと簡単な道があるのに……」

 

 ずっと感じていた疑問を、フェンは、口にした。

 フェンの言葉が予想外だったのか、カイゼは、顔色を変える。


 「気づいていたのかっ?!」

 「いや、普通気づくよ!!」


 愕然と、真面目な顔で、声上げたカイゼに、フェンは、おもわず叫んだ。

 どうやら、フェンが気づいていないと、本気で思っていたらしい。


 「くっ!………せっかく罠に嵌めたり、森の魔物に襲わせようとしたりしたのに!!」

 「…………うん。全部、カイゼが嵌まってたり、襲われたりしてたよね…………」


 カイゼの告白に、フェンは呆れて、半眼で、カイゼを見た。

 若干、哀れみの視線だが、なんだか、あまりにも空振りなカイゼの真剣さに、(ああ、こういうお馬鹿な人、いるよね?)と、生温い視線になる。


 「魔術の使えない魔術師なんて、只の無力な人間だ。オレの方が強い!死ねぇぇぇっっ!!!」

 「突然、変わり身早いよっ?!」


 突然、どこからか取り出した短剣を片手に、カイゼがフェンに向かってきた。

 振り上げた短剣を、フェン目掛けて振り下ろす。

 フェンは、冷静に、カイゼの攻撃を頭を下げて避けると、カイゼの後ろに回り込み、カイゼの背中に、蹴りを入れる。カイゼは、フェンの蹴りの勢いのまま、「ぶっ?!」と、顔から地面にのめり込んだ。

 フェンは、無様に倒れたカイゼを見て、溜め息を吐く。

 魔術師である前に、フェンは、“軍人”だ。専門の兵士に比べれば、かなり劣るが、それなりの戦闘訓練や身体鍛錬を積んでいる。

 それに、プラウティスは、戦場の町だ。

 一般の町民でも、そこそこ戦闘に慣れている環境だ。そんな、戦争の町の人間からすれば、カイゼの動きは、明らかに大振りで、遅かった。


 「ぐぬぬ…………な、なじぇ………」

 「なんでって、まぁ、一応、軍属だし…」


 正式にはまだ、軍人でも、魔術師でもないが、フェンは、そう言って肩を竦める。

 地面に倒れているカイゼが、キッとフェンを睨みつけてた。そして、起き上がり様に、何かを投げつける。

 フェンは、それを避けようとして、足元の草を踏んでしまい、後ろに尻餅をついてしまった。


 「うわっ!」

 「隙ありぃぃっ!!」


 勢い良く立ち上がって、カイゼが、短剣を片手に、再びフェンに迫る。

 フェンは、慌てて起き上がろとするが、カイゼが投げつけたらしい実が、フェンの足元で弾けた。弾けた実から舞った粉を吸ってしまい、フェンは咳き込む。

 そんなフェンを見下ろして、勝利を確信し、短剣を振りかざすカイゼ。


 「キューーーーーーーッッッ!!!」


 森の茂みから何かが、鳴き声とともに飛び出してきた。

 それは、勢い良く横からカイゼを、垂れた長い耳で殴り飛ばす。カイゼは、見事に宙に舞った。


 「キュ、キュキュッ!」


 チャッ!と、草の上に軽やかに降り立ったのは、綺麗な菫色の毛並みの〈一角兎(ホーンラビット)〉だった。

 垂れた長い耳の先と手足の先だけが白い。丸い体型につぶらな金色の瞳。銀色のスッと伸びた一角が、額から伸びている。

 

 「可愛い……!」


 フェンは、その可愛らしい小動物を見て、目を輝かせた。初めて見る動物だ。

 「キュ、キュウ……!」と、一角兎は、フェンを見て鳴き声を上げる。

 そして、ポーンと跳ぶと、フェンの懐に入ってきた。温かく柔らかな毛並みに、知らず、フェンは目を細めた。そっと抱きしめると、モフモフした毛触りになんとなく心が和む。


 「さっきから付いてきてたのは、君だったんだね。助けてくれて、ありがとう!」

 「キューー、キュキュ!」


 ぎゅっと、一角兎を抱きしめて、フェンがお礼を言うと、気にするなというように、一角兎の長い耳が器用にフェンの背中を叩いた。

 フェンは、しばらく一角兎を抱きしめていたが、名残惜しそうに一角兎を地面に降ろすと、立ち上がった。


 「僕は、あの城に行かなきゃいけないんだ。この吊り橋は渡れないから、道を戻らないと!」

 「キュウ……、キュッ!」


 フェンが言うと、一角兎は声を上げて、身軽にフェンの身体に跳び上がり、フェンの頭の上に収まった。

 普通の兎よりも大きな一角兎だが、見た目よりも、それほど重くなかった。


 「ひょっとして、一緒に行ってくれるの?」

 「キュッ!」


 フェンの言葉に、一角兎は鳴き声を上げる。


 「ありがとう。じゃあ、一緒に行こうか」

 「キュウ♪」


 すっかり一角兎を気に入ったフェンは、頭の上の一角兎を撫でた。

 嬉しそうに鳴く一角兎。

 フェンは、一角兎を頭に乗せたまま、森の中へ歩き出した。


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