第11話 再会
お待たせしました。
光に満ちた空間の中、満開の桜の大木があった。
フェンは、なんとなく、その桜の大木を目指して歩いた。桜の傍まできたフェンは、名前を呼ばれた気がして、桜を見上げる。
桜の木の上にいたのは、フェンが密に憧れた少女ーーリルネだった。
「リルネ?」
信じられなかった。
リルネは、赤金髪の艶やかな髪を肩で切りそろえていた。澄んだ翡翠色の瞳が、フェンを見下ろして、みるみるうちに潤む。
透き通るような白い肌に、細い身体。純白のシンプルなワンピースが、とても似合っていた。
「フェン!…………どうして?!」
ポロポロと、リルネの目から涙が流れる。
リルネは、腰をかけていた枝から飛び降りた。かなりの高さなのに、リルネには、重さがなかった。ふわりと優しく舞い落ちるリルネを、フェンは、慌てて抱き止めた。
抱き上げているのに、重さが無い。実体が無い。
リルネの腕を、フェンの手がすり抜けた。
リルネは、泣きじゃくりながら、フェンの首に両手を回してしがみつくように、抱きついた。
フェンは、リルネをしっかり抱き締められなかった。背中に回した腕に、リルネの温もりはない。
(あぁ…………。そうか)
フェンは、リルネの身に起きた事実を察して、目を閉じた。
フェンが〈候補生〉の下級生の時に、失踪した“彼女”。
〈天才児〉クラスに選ばれた“彼女”だ。
神々との契約が可能とされる〈適合者〉に選ばれても、当然ともいえるだろう。
「フェンも、選ばれたのね」
リルネが、フェンを見た。
失踪当時、15才だったリルネは、おそらくそのままなのだろう。
フェンは、13才になり、昔よりは背が伸びたが、それでもリルネに届かない。頭一つ分近く差がある。なので、普通に立ったリルネは、フェンを見下ろす形になった。
「リルネ…………」
フェンは、何も言えなかった。
おそらく、かなり情けない顔をしている自覚はあった。リルネは、そんなフェンに微笑むと、優しくフェンの頭を撫でる。
「わたしは大丈夫。フェン、しばらく見ないうちに大きくなったね。
もう、上級生なんだ?」
「う、うん………」
「そっかぁ。フェンは、今まだ13才?順調に上級生になれば、そのくらいだよね?
じゃあ、あれから4年は経ってるんだ」
リルネは、納得げに頷く。
フェンは、何を言えばいいのか分からず、戸惑った。あまりにも、リルネが変わらない態度なので、余計に混乱する。
「相変わらず、初級魔術以外は隠してるんだ?」
姉が弟を窘めるような、ちょっと、からかうような笑みを浮かべて、リルネは言った。
「う、うん………。あ、でも、ここに来る前に、中級の攻撃術、使っちゃった………」
「なんで?あ、あの“実習”ね?!……おかしいわね?あれは、上級生2年目以上を対象にしてるし、しかも、内容的に15才以上って条件あるから、フェンは参加できないはずよ?」
「え?そうなの?」
「15才以下の〈型〉の判別は、別の方法があるわよ。成長期前の子供にはハード過ぎるし、変なトラウマになって、戦えなくなるとか、リスクが大きいとか、外聞的に体裁が悪いとか、色々理由はあるわね」
リルネの言葉に、フェンは唖然とした。
だが、確かに、魔法師の1人がフェンを見て、怪訝な反応をしていたことを思い出す。
リルネは、少し考えて込み、1つの可能性に思い当たる。
「軍の上層部が絡んでるわね。おそらく……」
軍上層部の狡猾な老人たちなら、リルネの素性も把握しているだろうし、おそらく、フェンの事も知っているに違いない。
万が一、“生贄”として死んでも、現行的に問題なく、もし、“契約”できれば、軍にとって有益にしかならない。
なるべく“神”の気に入る条件に沿った〈適合者〉足りうる者で、かつ、〈候補生〉で〈型〉無し。
それがたとえ“王家”の人間なら、言うことはない。旧〈魔法帝国〉の王家は、大元は、神の血筋だ。
〈王国〉の王家は、その流れを受け継ぐから、“遺跡”の神々に気に入られる可能性は高い。
リルネは、勝手に出奔した王女。
フェンは、存在すら知られてない庶子。
どちらも、いなくなっても問題がなく、上手いことに軍属に入ってるから、表向きの“言い訳”など、簡単に捏造できるだろう。
「そう。……そういうことなのね……」
軍上層部にとって、リルネは、最初から格好の獲物だったのだ。
リルネは、自分がいかに“子供”で、周りをみていなかったかを、改めて思い知った。
リルネは、あまりに知らなすぎた。
王城で、軍部を束ねる老人たちの醜悪さも、狡猾さも見ていたはずなのに。
“王女”としての立場を疎み、捨てたのは間違いだったのだと、今なら分かる。
リルネは、“王女”として立場を確立させながら、上を目指さなければならなかったのだ。
(今更分かったところで、もう、後の祭だわ)
リルネは自嘲する。
間違いだらけで、後悔の多いリルネの短い人生だが、全部が悪かったわけではない。
(リーチェに会えたことも、フェンに出会えたことも……………)
そう、悪いことだけではないのだ。
王女として生活していれば、フェンに出会うことはなかっただろう。
リルネにとって、掛け替えのない“大切”な弟。
(フェンだけは、わたしが絶対に護るわ)
リルネは、決意した。
フェンは、まだ、肉体を失ってはいない。まだ、間に合うのだ。
自分にはすでに失われた、この温もりをフェンが失ってしまうのは、どうしても許せない。
自分は、どうなってもいい。
だが、目の前の幼い少年だけは、たとえ神に楯突いてでも、なんとかして現世に帰そう。
(たとえ、私の全てを犠牲にしても!)
今のリルネにできることは、それだけだ。
未練が無い訳じゃない。
後悔が無い訳じゃない。
だが、もう、目の前にある“存在“を切り捨てるような真似はしたくないのだ。
『貴女の“想い”。確かに受け取りました……』
「え………?」
不意に、リルネの脳裏に、女性の声が響いた。
「リルネ?どうしたの?大丈夫?」
なにやら真剣な表情で考え込んでしまったリルネが、急に声を上げたので、フェンは心配する。
リルネは、フェンを見た。
「今、声が聞こえなかった?」
「声?………ううん。何も聞こえないけど」
困惑げなフェンの言葉に、リルネは、フェンには聞こえなかったのだと判断する。
『貴女に“試練”を与えましょう。さぁ、おいでなさい!私の元へ………………!!』
女性の言葉とともに、風が吹いた。
凄まじいまでの突風が、リルネとフェンを襲う。 2人の周りを、桜の花吹雪が激しく渦巻いた。
「きゃ………っっ!!」
「!……リルネっ!!」
風が、実体の無いリルネの体を舞い上げる。フェンは、咄嗟に、リルネに向かって手を伸ばした。
リルネも、フェンに手を伸ばす。
だが、2人の手は、僅かで空を切り、リルネは風に飛ばされて、どんどんと離れていく。
「フェンーーーーーっっ!!!」
「リルネっ?!リルネっっ!!!」
フェンは、リルネを追って走り出す。
だが、リルネを連れた風は速く、フェンは、どんどんと離されてしまう。
やがて、体力が切れたフェンは、息を切らしながら、立ち止まった。思わず、力が抜け、膝が崩れる。地面に膝を着いたフェンは、一旦は、両手を地について地面を見たが、ぐっと顔を上げた。
なだらかな丘陵の下り坂の先に、森が広がっていた。後ろを振り返れば、丘の上に桜の大木があった。
桜の大木から、丘を下りる途中にフェンはいた。
再び、下へと視線を戻す。
丘を下った先には、鬱蒼とした深い森が広がっている。その森の真ん中に、白灰色の城がそびえ立っていた。
ちょうど、リルネが、風に連れ去られた方向だ。その城の奥でキラキラ輝いているものは、湖だろう。まるで、御伽噺に出てきそうな風景だ。
乾いた赤い大地と岩山の、殺風景な荒野で育ったフェンには、見たことのない風景だった。
「深い緑………これ、全部、ひょっとして木?こんなに沢山の木って、初めて見た。
じゃあ、これが、お母さんが言ってた“森”なのかな?」
フェンは、茫然と呟く。
緑の中の白い建物は、フェンの知る“砦”ーー城塞によく似ているが、横に広がり、高台にへばり付くような無骨な形の砦と違い、こちらの方が、スッと高く優雅で美しい。
「あのキラキラしてるのは、何だろう?」
フェンは、好奇心が疼いた。
おもわず、キラキラした目で、眼下の景色をみてしまう。
だが、すぐにそれどころではないと、フェンは立ち上がった。
「とにかく、リルネを助けないと!……多分、あの建物に連れて行かれたんだと思うし……」
見た感じだと、かなり距離がありそうだと、フェンは思った。徒歩では、1日で辿り着けないかもしれない。
フェンは、駿足の補助魔術を使おうとした。だが、詠唱しても、術が発動する気配はない。
「ひょっとして、魔術が使えない?!」
フェンは焦った。
自分の力量は、把握している。魔術が使えなければ、フェンはただの子供に過ぎない。
もちろん、〈候補生〉になってから、軍人としての体力作りや戦闘訓練、実戦など鍛えているので、普通の子供よりは頑丈だが、それでも、魔術が使えなければ、役に立たないのは変わらない。
再度、今度は中級の“飛翔”という補助魔術を試してみる。その名のとおり、空中を飛ぶ魔術だ。
一度、中級魔術を使ったせいか、中級魔術を使うのに躊躇いがなくなってきている。
これが自分以外に人がいたら、躊躇うのか、フェン自身も分からない。ただ、少しだけ、自分が変わってきているのは、フェンにも自覚があった。
「やっぱり、発動しない………」
フェンは、ガックリと肩を落とした。
これでは、時間が掛かるが、地道に歩いて行くしか方法はないだろう。
フェンは、ため息を吐いた。
リルネが心配だ。すぐにでも、助けに行きたい。
しかし、魔術が使えないのは、正直、痛い。
「仕方がないよ。使えないものは、使えない。時間を無駄にしてる暇は無いんだから、自力でなんとかするしかないよ!」
自分に言い聞かせるように、フェンは呟いた。
もう、諦めたくはないのだ。
正直、怖い。
唯一の魔術も無いのだ。
だが、それで諦めたら、自分は本当に前に進めなくなってしまうだろう。
「リルネ。待ってて………。必ず、行くから!」
フェンは、森の中に立ちそびえる、白灰の城を真っ直ぐに見つめた。
そして、城に向かうべく、森に向かって歩き始めた。
学校の修了制作が修羅場になりつつあります。
正直、泣きそうです(´・ω・`)