第10話 リルネ
学校の修了制作の締切が12月半ば。
後、1ヶ月もない修羅場です(T_T)
作業に追われて、ひょっとすると、12月半ばまで更新が途絶えるかもしれませんが、ご容赦ください。
リルネーシェ・フラウ・プルヴェートは、この[王国]の第3王女だった。
艶やかな赤金髪に、明るい翡翠色の目の、麗しい美少女である。
現王には、正妃の他に3人の側面妃がいた。子供は、全員で8名。男5人、女3人で、リルネーシェは、女子の末っ子だった。
8人兄弟の、7番目。
だが、下の弟は、ほぼ同じ年で、“弟”という感覚はなかった。
長男と長女が、正妃の子供。二男・三男・四男が、第二妃の子供。次女とリルネーシェと五男の弟が、第三妃の子供だ。
四番目の側妃がいたが、リルネーシェの母親を含めて、高位貴族出身なのに対し、彼女は、一介の町民に過ぎなかった。多少の面識はあったが、ほとんど会う機会はなかった。
王女として、不自由のない幸せで平穏な生活を送る日々。
遠い荒野で、今なお続く長い戦争が行われているなど、リルネーシェには想像もできなかった。
転機が訪れたのは、リルネーシェが5才のとき。
[帝国]の南、内海を挟んだ「オルヴィア商国]へ旅することになり、保養地として名高い高地の町に半年近く滞在した折、リルネーシェは、1人の少女と出会った。
美しい銀色の髪と深い菫色の瞳のリーチェという少女と友達になったリルネーシェは、その半年間、彼女と深い友情の絆を結んだ。
だが、その友情は、無残に引き裂かれる。
リーチェは、“敵国”である[帝国]の皇女だったのだ。
十数年前に、表向きは[和平条約]を結んだ[帝国]と[王国]だが、その交流は一部でしかなく、未だに深い敵対関係にある。
片や、[王国]の第3王女。片や、[帝国]の第1皇女にして帝位後継者。
簡単に会うことも、親しく話すこともできない立場に、リルネーシェは嘆いた。
リルネーシェにとって、リーチェは、初めての友達であり、唯一、対等に付き合える親友だった。
リーチェは、リルネーシェに言った。
「戦争を終わらせよう」
「和平条約を偽りではなく、“本当”にすればいい。[帝国]も[王国]も、元は一つの国だったのだ。戦争がなくなり、両国が仲良くなれば、私たちも気軽に会えるだろう?
幸い、私もリルも、王族。………不可能ではない」
リーチェは、皇帝になって、国を変えるのだと言った。
リルネーシェには、そんなリーチェが眩しく見えた。だから、“約束”をした。
2人だけの“秘密の約束”だった。
リルネーシェは、王都に戻った。
最初は、自分も王になろうと思ったリルネーシェだったが、それには、敬愛する兄たちと争わないといけない。リルネーシェには、できなかった。
それ以上に、リルネーシェは、自分には“王”の器はないと、理解していた。
ならば、別の道で力を得て、王を支えることにした。力が無ければ、王とて、リルネーシェの言葉に耳を傾けない。王の側で、国を変えるほどの権力と実力がなければ、戦争を終わらせることなど、なし得ない。
王位継承権も低く、強力な後ろ盾もない、“ただの王女”でしかないリルネーシェには、なんの力もなかった。
リルネーシェは、考えた。
リルネーシェが、王の側まで上がるには、“王女”の地位など意味がない。
“女”の身で、上にあがれる可能性は、〈軍部〉にしかない。実力主義の〈軍部〉は、王に対しても、強い発言権を持つ。
幸いなことに、リルネーシェには、強い魔力と高い魔術の才能があった。
兄弟の中では、リルネーシェが一番魔術の才能が高かった。いうなれば、それしか、リルネーシェの“武器”はなかった。
王都などで、上位魔術師になるには、10年以上の長い修行と多額の資金、魔術師への伝手などが必要になる。しかも、年功序列思考が根強く、よほどの実力者でなければ、若い魔術師は叩かれ、潰されるという。
リルネーシェは、王都で魔術師になる道を、“無駄な時間”と切って捨てた。
その代わり、地方はどうなのかを調べた。
そして、今もなお戦場になっている地方では、優秀な魔術師を得て戦力にするために、才能ある子供を見いだし、短期間で使える魔術師に教育すると知った。しかも、軍属を前提にしているので、才能があればよいのだ。費用の大部分は軍部が持つ。
〈見習い〉または〈候補生〉で、基礎や初級魔術を学び、〈下級魔術師〉で、中級魔術以上を学びながら、半軍属となり、一部の実務にも携わるので、給料もでる。そうやって、軍部での規律や仕事、専門知識なども学び、〈中級魔術師〉で、正式な軍人となる。後は、実力次第だ。
リルネーシェは、“王女”である自分を捨てた。
“リルネ”と名を変えて、彼女は、単身、城を出て、難民に紛れて、[帝国]との国境であり、緩衝地、戦場でもある辺境の荒野まで旅をした。
“悲喜劇”という滑稽な名前の町は、戦場の直中にある町だった。
平和な王都が、霞むような強烈な町だった。
生と死が剥き出しになったような町だ。本能と品性が混在する奇妙な町でもあった。
あらゆる矛盾が複雑に絡み合い、時に醜く、時に美しく、時に無様に、時に神々しく彩られる町だった。
その町で、リルネは、軍が、“砦”と呼ばれる町の城塞が行う魔術適性検査を受けた。
まだ、7才だったせいで、〈天才児〉クラスという、英才教育の特別クラスに入れられた。
そこには、すでに2人の少年がいた。
リルネと同じ7才の少年と1つ年上の少年だ。
リルネは、そこで必死に学んだ。必死に学んで、2人の少年になんとかついていける程度の学力だった。リルネは、思い上がっていた自分を恥じた。
リルネは、優秀な才能を持っていたが、“天才”ではない。才能の違いを見せつけられた。
2人の少年は、魔術も勉強も、リルネより遥かに優秀だったのだ。
リルネは、密かに自信を喪失した。
だが、“約束”の為には、魔術師になり、軍部で上位まで上り詰めなければならない。
リルネは、必死に努力したが、すべてが空回りしているように、上手くいかなかった。
リルネが、9才になったある日、小さな男の子が〈導師〉の老人に連れられて来た。
5才で、町の魔術師適性検査を通ったという。
綺麗な茜色の髪と複雑な青緑色の目をした少年で、幼くて少女のように可愛かった。
リルネは、その幼い少年に好印象を抱いた。
フェンと言うその少年は、まさに“天才”だった。
魔力の質はこれ以上なく上質で、量も桁外れに大きい。さらに、その魔術の才能と記憶力の良さ。
まるで綿が水を吸収するかのように、どんどんと新しい魔術を取得し、新しい知識を学んでいく。
しかも、本人は、“遊び”の延長として捉えていた。周囲がそう仕向けたのもあるだろう。
リルネは、内心、フェンに嫉妬した。
だが、それ以上に、リルネにとって、フェンは教えがいのある子供だった。
フェンは、自分の才能に驕ることなく、素直だった。リルネの話もきちんと耳を傾け、ときに、リルネの気づかなかった指摘をくれた。
リルネにとって、フェンは、二番目にできた大切な“弟”になった。
やがて、フェンはリルネを抜いて、少年たちと学びあうようになったが、リルネには以前のような嫉妬はなかった。
むしろ、誇らしいくらいだった。
フェンは、リルネに、日常でもよく懐いていた。
“砦”に住む少年たちと違い、リルネとフェンは、町暮らしだったから、毎日、一緒に通った。
フェンは、賢いがゆえに、何かをしようとすることを諦めてしまう傾向があり、リルネには、それが心配だった。
それは、少年たちも同じだったらしく、フェンに注意することがあったが、フェンは、よく理解してなかったようだ。
頭脳がよくても、フェンは、ただの幼い子供だったのだ。それを、リルネも少年たちも見落としていた。
そうこうするうちに、いつの間にか、リルネと2人の少年との仲も良くなっていた。
リルネは、以前のような焦りがなくなった。
“約束”は覚えてるし、上に上がろうとする気持ちもある。だが、気持ちに余裕ができていた。
そして、それまで今まで見向きもしなかった町の様子や人々を見るようになった。そこにある、それぞれの事情。知らなかった現実。
リーチェとの“約束”だけを見ていたリルネは、自分がいかに無知な子供だったのだと、痛感した。
ある日、リルネは、1人の女性と再会した。
町民でありながら、王の側妃に上がった女性だ。 いつ王城を出たのかは知らない。おそらく、周囲の策略に巻き込まれたのだろう彼女は、プラウティスで薬の調合師をしていた。
彼女は、王城でみたときよりも、生き生きとしていた。
彼女を、フェンが「お母さん」と呼んだ。そのとき、リルネは、彼女の事情を悟った。
そして、フェンが紛れもなく、自分の“異母弟”なのだと、リルネは知った。
驚きはしたが、正直、リルネは嬉しかった。
“約束”の為に、“家族“を捨てた罪悪感があった。こんな辺境の地で、自分と繋がりのある人に出会えたことに、リルネは感謝した。
元側妃だったフェンの母親は、リルネに何も聞かなかった。ただ、リルネに「この子を宜しくね」と、微笑んで言った。
そのときから、リルネにとって、フェンは、唯一の“家族”になった。
だが、幸せな日々は〈天才児〉クラスの解散によって終わりを告げる。
11才になっていたリルネは、そのまま〈候補生〉になり、2人の少年は、飛び級で、正式な軍人になる〈中級魔術師〉に上がった。
リルネは、フェンを心配したが、なかなか会う機会が得られず、月日が流れた。
再会は一度だけたった。
フェンの元気そうな姿に、リルネは安心したが、才能のあるフェンが、町の子供たちと一緒に学校に通っていることに疑問を抱いた。
フェンほどの才能があれば、最年少の魔術師になっていても可笑しくはない。
クラスが解散した当時、フェンは、基礎、初級、中級までの、ほぼ総ての魔術を〈型〉に関係なく、習得していたのだ。学力も、専門知識も、すでに十分あったし、独学で魔術を改造するという、偉業すら成し遂げていた。
そんなフェンを、軍がきちんと評価し、把握していない事実に、リルネは、逆に驚いた。
なによりも、フェンは、“他と違う”ことに強い恐怖とトラウマを抱いてしまっていた。自分の才能を封じ込め、目立つことを嫌い、様々なことを諦めてしまっていた。
そんなフェンを、リルネは諫めたが、幼い少年の心の傷は深く、少年を変える力にはならなかった。
リルネは、自分に力が無いことが、歯がゆくおもった。
リーチェと約束”したあの日。
その“約束”だけで、リルネは、無我夢中で進んできた。
だが、戦場で生きる人々を目の当たりにして、リルネは、戦争を終わらせることが良いのか、悪いのか、分からなくなった。
もちろん、“戦争”は良くないと、リルネは信じている。
だが、様々な矛盾を抱く町での日々は、リルネに、自分が目指す目標のあまりの大きさ、難解さを思い知らされた。
それは、リルネ自身の在りようまでをも、考えたさせることになった。
“私は、はたして何がしたいのだろう?”
戦争を終わらせたいのは、[帝国]と[王国]の争いを無くしたいからだ。
それは、リルネの一番の友人であるリーチェと再会したい。気軽に会って話せるようになりたい。
そんな想いからだ。
だが、本当にそれだけでいいのだろうか?
リルネは、微睡みの中で、ふと、自分が意識を失っていたことに気づいた。
懐かしい過去の夢を見ていた気がする。
どれだけ、長い時間が過ぎたのだろう?
ここは一体、どこなのだろう。
次第に意識がはっきりしてくる。
リルネは、思い出す。
〈候補生〉の上級生に上がって2年目に、まだ、魔術型の決まっていない者を対象にした“特別実習”があり、リルネも参加した。
魔法師立ち会いのもと、“古代遺跡”の特殊な領域内での“殺し合い”。
特殊な術によって、死んでも生き返るとはいえ、余りに過酷な実習に、リルネは恐怖した。
だが、その途中、リルネは1人、〈黒の神殿〉という場所にいた。
出口を探して歩いた末、不思議な祭壇らしき場所に出た。
ガイドと名乗ったのは、かつて王城で過ごした幼少期に親しかった叔母だった。
ガイドは、〈適合者〉の親しくて、すでに死んでしまった人間の姿を借りていると言った。
リルネは、叔母が死んだとは知らなかった。
衝撃の事実に混乱するリルネに、ガイドは、淡々と、神々と邪神の戦いや、邪神と契約した邪悪な魔法師、〈黒の神殿〉と〈契約の祭壇〉の話などをした。
あまりに荒唐無稽な話ばかりだ。
だが、否定しようにも否定できるだけの材料を、リルネは、持ってなかった。
リルネは、自分が、神と契約できる可能性をもつ〈適合者〉であることを知った。そこは、そのための”場所”だった。
さらに、その場所から出るには、神と契約をする以外にないことを教えられた。
リルネは、絶望しかけたが、なんとか思いとどまった。
リーチェとの“約束”
大切な“弟”であるフェンの存在。
その2つが、リルネを支える全てだった。
リルネは、可能性を懸けて、示された棺型の柱の中に、自らの意志で進んだ。
記憶があるのはそこまでだ。
外に出た記憶はないから、おそらく、自分は、“契約”を出来ずに死んだのだろう。
神に会った記憶すらないのだ。
神に会う前に、すでに勝敗は決まっていたのだ。
リルネは、自嘲した。
リルネは、満開の桜の木の上にいた。
桜の太く黒っぽい枝に、腰をかけていた。服は、〈候補生〉のローブではなかった。着ているのは、シンプルな白いワンピースで、足は裸足だった。
身体が、まるで空気のように軽かった。意識していないと、本当に宙に浮いてしまいそうだ。
リルネは、自分の肉体がもう無いのだと気づいていた。
淡い金色の光に満たされた空間に、大きな桜の木だけがあった。桜は、満開で、淡いピンクに染まっていた。淡い色の花びらが、ちらほらと散り、静かに舞っている。
綺麗な光景だった。
リルネは、淡い金色の空に舞う桜の花びらに見入った。
ふと、リルネは、桜の木に歩いてくる少年に気がついた。
やや長めの茜色の髪は、光の当たり方によっては、燃える炎のような色にも見える。
透き通留ような白い肌に、そこそこ整った顔立ち、そこに輝く青緑色の不思議な色合いの目。
最後に見た時から、少し背は伸びているようだ。
幼かった顔立ちも、少年らしくなっている。
少年は、灰色の地に銀の縁取りのローブを着ていた。“灰銀”。〈候補生〉の上級生が着るローブだ。
「あぁ……………」
リルネは、泣きそうになった。
リルネにとって、たった1人の“家族”がそこにいた。大切な、リルネの“弟”。
会いたかった!という喜びと、なぜ?どうして?!という気持ちが、リルネの胸に押し寄せ、複雑に絡み合う。
「フェン……!」
想いが零れるように、言葉になった。
リルネの頬に、雫が落ちる。
その声が届いたのか、桜の木の下まで来た少年は、驚いたように顔を上げて、リルネを見た。
「リルネ?」
「フェン、どうして………?!」
戸惑うような少年ーーフェンの声に、リルネは、ついに我慢できなくなった。
桜の木から飛び降りて、下にいるフェンに、そのまま抱きついた。
慌てた様子で、リルネを受け止めた少年の暖かい手に、リルネは、まだ、フェンが生きているのだと知った。
フェンの言うところの“彼女”こと、リルネの過去と本人登場です。