第1話ープロローグ:悲喜劇の街
始めてみました。
生温く読んでくださいm(_ _)m
そこは、見渡す限りの荒野を前にした砦の町だった。高い城壁に無数の物見台が立ち並び、何人もの兵士たちが厳しい眼差しを荒野に向けている。
荒野から砂塵と共に乾いた風が吹く。
高台に造られた灰色の城塞は、まるで無機質な巨大な岩のようだ。その城塞の裏側、その麓にへばりつくかのように、雑多に作られた町がある。
長い戦で、集まってきた傭兵やあぶれた兵士、彼らを目当てに商人や行商人が来る。そういった旅人たちを目当てに宿を営む者がでる。酒場ができる。娼婦が来る。そうやって、需要と供給に応じて、殺伐とした戦場の前線基地に町が生まれた。
そこは、雑多であった。
木造、あるいは石造りの貧相な建物が軒を連ね、その間を露天の布の屋根が隙間を埋めるようにひしめく。一応の“区分け”はされているが、美しい宝石と無骨な武器と食料が無造作に並べ置かれたような雑多さがある。
命の価値が軽く、重い。
殺伐としているのに、深い人情が潜む。
力なき者には厳しい現実があるのに、まるで熱に犯されたような甘い幻想がつきまとう。
矛盾だらけの剥き出しの“何か”を内包して、町は、荒廃と熟れ爛れた賑わいを生み出していく。
砦町〈プラウティス〉。
誰が呼んだのが、“悲喜劇”などという洒落た名前は、まるで町が内包する様々な矛盾を嘲笑うかのようだ。
「あのさ、“プラウティス”って元は人名なんだぜ?」
年若い青年が、剣の素振りを終えて、それを見ていた少年の横に腰を下ろす。
背が高くがっしりと鍛えられた体格の青年は、少年からタオルを受け取ると、身体の汗を拭う。赤みの強い赤茶色の短髪と鋭さを宿した明るい翠の瞳、顔立ちはなかなかに精悍で男前だ。どこか爽やかで、鋭いながも、ふと人懐っこそうに緩む目の光に母性本能を擽られそうである。
実際、若手の中では、飛び抜けた剣術の才能とその実力に、青年は、幅広い女性たちに人気だ。
「“悲喜劇”を最初に定義したんだが、使ったんだかっていう奴。いつの間にか、本来の単語より“プラウティス”が定着しちまったらしい」
「へー、そうなんだ?」
少年は、相槌を打つ。
まだ、あどけなさを残す少年は、夕陽色の髪をしていた。光で微妙な色合いを生み出す茜色は、青年の髪とはまったく異なるものだ。深く鮮やかな色の髪は、やや長めの短髪だ。日焼けして浅黒い青年と違い、少年の肌は透き通るような白さだ。不健康な色ではなく、健康的な澄んだ白さである。その瞳は、翠というより青の混じった青緑色で、奥に金色が散りばめられた不思議な色合いだった。
成長期を過ぎた青年に比べると、成長期前らしい少年は小柄であどけない印象が強い。
このプラウティスでは、一般的な鍛えられた兵士そのものな青年に対し、細身の体格の少年の方が異常だった。暗灰色に銀の縁取りが施されたローブ姿も、戦場の中の町には合わない出で立ちともいえる。
だが、少年のような格好の者は、数が少ないだけでいないわけではない。
汗を拭き終え一息付いた青年は、水筒を取ると、中身を仰ぐ。次の瞬間、ぶーっと中身を吐いて、むせた。
「げほっ!………………こりゃ、塩多すぎだろっ?!」
「あー、今日、それ作ったの、多分、メーラだ」
「あの人に料理当番回すなって!材料勿体ない上に、前線でた方がマシな地獄飯になるんだぞっ?!」
「あはは、今日、僕は砦に上がるから、夕食は城の食堂なんだ」
少年の言葉に、青年は「俺も、今日は砦に上がるかな?」と、やや真剣に呟く。
2人が“砦”と呼ぶのは、高台にある堅牢とした城塞のことだ。
戦争が始まってから、すでに50年近く。近年は、互いににらみ合ったままの小康状態が続き、大規模な戦いが少ないとはいえ、この地は、最前線に位置する。
そう、戦いがないわけではないのだ。
毎日のように、小規模の戦いは行われている。争う両国間に、十数年前に条約が締結され、休戦だの和平だの騒がれた時期もあったが、ここではなに一つ変わらない、生死と隣り合わせの戦場のままだ。
遠い王都は、煌びやかな繁栄と共に戦とは無縁の生活の日々が送られているのだろうが、彼らにとってこの地は、“水面下”ーーー知らぬ場所なのだ。
「フェン、砦に上がるって、ひょっとして、魔術師選抜か?」
「ううん。砦の魔術師選抜試験は、半年くらい後だよ。今回の召集は、“灰銀”だけ。イオ兄さん、何か知ってる?」
少年ーーフェンは、自分の着ているローブの端をつまみ上げた。
青年ーーイオは、その言葉に小さく唸る。
戦争で、近年、勝敗を決める大きな一因となるのが、“魔術師”だ。才能のある魔術師は、攻撃型はもちろん、防御や治癒など補助型でも足りるということはない。
元々、才能のある魔術師というのは少ない。こんな戦場では、貴重な存在ともいえる。
近年では、敵側も戦いに魔術師を導入してくるようになり、戦場の在り方がここ20年ほどで大きく変わった。それにより、魔術に対抗する手段の模索を余儀なくされた。
その結果が、才能ある魔術師の確保と教育である。
条約が結ばれても、暗黙の了解のもと、“水面下”の戦場の戦状の変化に、国としても魔術師の増員をしてはくれたが、生死のやりとりが激しい戦場にわざわざ来たがる者は少ない。
不足する魔術師の数は、イコール戦場の劣勢となる。敵の魔術師の攻撃によって、多くの味方兵たちが、戦いの場無く死んでいく。無駄死にだ。
敵の魔術師が、広域攻撃魔術を使えるとなれば、その被害は甚大であり、砦自体の存続も危ぶまれる。
それだけに“魔術師”の存在は脅威だった。
戦場の運命を左右する魔術師の不足。
砦が、それを補う苦肉の策としたのが、増員兵士としてくる奴隷たちや町で生まれた者、辿り着いた難民などから、魔術師の才能のある者を見つけ出し、魔術師として教育することだった。
最初は、質より数が必要だったのだ。
たとえ未熟な魔術師でも、数が集まれば大きな術を行うこともできる。
戦場の“魔術戦”への転換に、生き残る為に、砦は必死だった。
当初の混乱を乗り切り、互いに決着の付かない消耗戦を続け、今に至るが、魔術戦の厳しさはより深まるばかりだ。
フェンも、イオも、プラウティスで生まれ育った子供だ。イオは、町の娼婦の子供で、フェンは、町に流れ着いた難民の中に、母がいた。身重でたどり着いたフェンの母は、イオの母を始めとする娼婦たちに助けられて、フェンを生み、今は薬草の調合師として働いている。
町で生まれた子供は、5才と10才に魔術の適性検査を受けることを義務づけられている。
イオは、魔術の適性はあったものの術師になるほどではなく、兵士になる道を選び、剣術の才能を開花させた。今では、若手の実力のある戦士として、戦場で活躍している。
フェンは、魔術の才能があった。
潜在的な魔力はかなり大きいが、型が分からない。
魔術師は〈攻撃型〉〈防御型〉〈結界型〉〈補助型〉〈治癒型〉〈生活型〉〈特殊型〉〈固有型〉と8つの型に分かれる。
型が分からなくても、大きな魔力をもつフェンは、将来有望な魔術師候補生として選抜され、教育を受けてきた。その証が、フェンの着ているローブであり、その色から、“灰銀”と呼ばれる。
砦の魔術師は、〈見習い〉〈候補生〉〈下級魔術師〉〈中級魔術師〉〈上級魔術師〉に大きく階級が分かれる。
〈見習い〉と〈候補生〉は、ほぼ同じ“魔術師になれる素質のある者”だ。違いは、“一般”か“エリート”か、要は砦が選抜した“より才能を秘めた者”とそれ以外だ。
〈見習い〉は、〈二等魔術師〉〈一等魔術師〉を経て、〈下位魔術師〉となり、最高で〈上位魔術師〉となる。
〈上位魔術師〉は、初級魔術~中級魔術の一部を使える魔術師である。
軍階級で言うと、訓練生から軍曹辺りの扱いになるという。
〈見習い〉は、全て一緒くただが、〈候補生〉〈下級魔術師〉はさらに細かく階級が分けられる。
〈候補生〉→初級生・下級生・上級生
〈下級魔術師〉→緑枝・黄枝・青枝・赤枝・銀枝
〈候補生〉は、魔術師になる前段階だが、〈下級魔術師〉は、軍の士官候補生に相当し、士官学校と同等の教育を、五年間、受けることになるらしい。
魔術としては、〈候補生〉は、基礎魔術、初級魔術を学び、〈下級魔術師〉は、“中級魔術”と“上級魔術”を学ぶことになる。
〈中級魔術師〉からは、正式な軍属魔術師になる。そのため、軍階級を得る。その代わり〈型〉別に、証を付けることを義務付けられている。
各型別の証:茶水晶(補助・生活型)・緑水晶(治癒型)・青水晶(防御型)・黄水晶(結界型)・赤水晶(攻撃型)・紫水晶(特殊型)・銀水晶(固有型)
さらに、勤務部署や軍階級なども、見分けが出来るように、それぞれデザインや色などが違う証がある。魔術師は、軍階級の他に、〈中級魔術師〉と〈上級魔術師〉に分けられる。
〈中級魔術師〉は、銀色の竜を象ったブローチで、そこに型の証の水晶と軍階級の色の玉が嵌め込まれる。配属部署証は、それぞれデザインが違うブローチだ。
ちなみに、〈上級魔術師〉は、金の竜のブローチである。
〈候補生〉や〈下級魔術師〉は、半年ごとに行われる試験に合格すれば、上に上がれる。だが、上に上がるほど、かなり難しいと言われる。
それでも、下級魔術師の半ばまでは、大半が上がれると言われているが。
「いいや、聞いてないな。選抜試験じゃなれば、この時期にわざわざ“灰銀”を召集するなんて、おかしいな?」
「“灰銀”っていっても全員じゃないみたい。〈型〉の決まってない上級生だけ。噂なんだけど、なんか“魔法師”引率で、遺跡での特別実習をするらしいって聞いたよ」
「はぁ!そんな話聞いたこと無いぞ?」
やや興奮げに話すフェンに、イオは怪訝そうに呆れた声を上げる。
「だいたい“魔法師”なんて、本当にいるかも怪しいんだぞ?表に出てきたのって、確か、8年前の〈遺跡攻防戦〉だけじゃん!」
「10年前の〈大魔法戦〉や13年前の〈天魔侵攻戦〉にも参加してるよ、兄さん」
「だいたい、砦で見たことないだろーが!」
「まぁ、それはそうだけど。あくまで噂だよ、噂!“魔法師”は、魔術師の頂点っていう人たちだから、普段は多分、砦にはいないんだよ」
「……………む。ま、まぁ、そりゃそうか…………」
イオは、がしがしと頭をかく。
“魔法”というのは、魔術よりも威力も効果も桁違いな本物の奇跡だ。魔術とは根本から異なるとされる。
その“奇跡の技”を扱えるのが、〈魔法師〉である。全ての魔術師の憧れである、最強の存在だ。
だが、その存在は、国々で秘匿され、大きな謎にもなっている。
「まぁ、いいや。とりあえず、2、3日実習があるのは本当だよ。もし行けるなら、“遺跡”に行きたいけど、あそこは〈上級魔術師〉でも許可がないとはいれないし、ね。
多分、型を決める為の実習じゃないかな?」
「確かに、そろそろ型を決めないと、試験に合格しても魔術師にはなれないだろうな」
「というわけだから、母さんに言っておいてよ」
フェンは、立ち上がって、服の埃を払った。
「ああ、水筒の中身の苦情を言うついでに、言っとくよ。気をつけてな!」
イオは、座ったまま、手に持っていた水筒を掲げて振った。水に柑橘系の果実汁と塩をいれた特製の果実水なのだが、あまりの塩の多さに飲めない代物と化しているらしい。
フェンの母メーラは、薬草の調合に関しては一流の腕を持つが、料理の類に関しては最低なのだ。だが、本人は無自覚らしく、なにかと料理をやりたがる。その被害は、フェンやイオを始めとする周囲が常である。
彼の言葉に苦笑しつつ、フェンは、砦への道を歩きだした。
それは、いつもと変わらない日常の中にあった。
イオ兄さんの出番はここのみなんだよ。
ごめんね(´・ω・`)