第1話 (8)
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バレッツは己の主人であるヴィンセントの命令通り、見世物小屋の主人や従業員を倉庫へと閉じ込め、待機していた。
合成獣や絶滅危惧種と呼ばれる生き物たちは、テントの中から連れ出した。国王に報告する時に研究者たちに差し出す為だ。
上手くいけば合成獣の解体、絶滅危惧種の保護計画が進むだろう。
それより、とバレッツは態度にこそ出してはいないがヴィンセントのことが心配だった。
フードの中に入っている懐中時計に目をやる。ヴィンセントと白髪の青年が出て行ってからすでに2時間が経とうとしていた。
(…まさか、まさかということはあるまい…そうだ、隊長に限ってそれはない…だがもし、もしも隊長の身に何かあればーーーー)
「皆に会わせる顔がないーー!!!!」
「おいうるせえぞ」
頭を抱えるバレッツの脳天に鉄拳が下される。バレッツは違う意味で頭を抑えることとなった。
「た、隊長…?亡霊?」
「お前、自分の主人を勝手に殺すな。あと、その行き過ぎた"過保護"をどうにかしろ」
バレッツはその強靭な身体つきや顔、おまけにヴィンセントをサポートする良き副隊長としてウェルシエル王国では名が売れていた。しかし、それはただの表の顔。本当の彼は幼き頃から面倒を見ていたヴィンセントのことが心配で仕方がないただの一兵士なのである。
バレッツは未だに響く頭を無理やりあげ、ヴィンセントとーーその後ろにいる白髪の青年に目をやる。
二人とも目立った怪我がなく、バレッツは胸を撫で下ろした。
「さて、国に鳥を飛ばせ。動物たちやゲス豚野郎の迎えを呼べ」
「了解、隊長」
バレッツは一礼し、馬車へと向かって行った。
「…合成獣や他の動物たちはどうなるんだ?」
青年が少し不安を残した顔で、ヴィンセントに問いかける。
ヴィンセントはああ、と積まれた檻の、今は静かに眠る彼らに目を向けながら言葉を綴った。
「安心しろ。国の研究者チームが最善を尽くして彼らを元の場所に帰してくれるさ」
それより、とヴィンセントは振り返る。
「お前、名前なんて言うんだ?いろいろ不便だ」
「名前、………は、ない」
少し考え込むように、言い辛そうに青年は呟いた。ヴィンセントはさほど驚きもせず、ない?と首を傾げる。
「名前も、この夢園に閉じ込められる約3年、それ以前の記憶がないんだ」
ヴィンセントの整った眉がピクリと動いた。
「覚えているのは…誰かに自分の力を"奪われた"ってことぐらいだ」
「はあ?奪われただと?!」
軽く言った青年に、ヴィンセントは食いつくようにして大声を上げる。
青年の力とは恐らく"浄化の力"だ。人間という種が浄化の力を持ったとは聞いたことがない。いや、浄化の力自体現実的な話ではなかった。語り継がれる言い伝えでしかなかった。
しかし、今ヴィンセントの目の前には浄化の力を使う人物がいる。喉から手が出るほど欲しい奴なんて山程いるだろう。
今、この時でも瘴気の侵食は続いている。しかし、浄化の力さえあれば瘴気なんて屁でもない。この青年はそう言う輩に力を奪われ、その拍子に記憶も欠落してしまった可能性が高い、とヴィンセントは思案する。
「記憶がないから、俺の帰るべき場所も…わからない」
どこか遠くを見つめる彼にヴィンセントはあまり考えず、あっさりと言葉が溢れた。
「じゃあ、俺のところに来いよ」
「……え」
青年は綺麗な青い目を丸くして、ヴィンセントの言葉に疑問符を浮かべる。
「お前、俺の従者になれ」
ニヤリ、と怪しい笑みを浮かべるヴィンセントに、青年は冷や汗が出た。
「俺は国王の命令通りにこの世界の異変を調べている。俺と共に行動すれば、お前の力と記憶が取り返せるかもしれないだろう?」
「いや、まあ、そうかもしれないが、………なぜそこまでする必要がある?」
青年は呆れたように、そして訝しげな目をヴィンセントへと向ける。
記憶がある3年間の間、自分を欲する人間なんて腐るほどいた。それは青年の青い目や容姿に惹かれた者だけで、彼の本質なんて誰も見ていない。力を奪った輩も、浄化の力が欲しかっただけなのだ。
(コイツも所詮、その程度か)
青年は自嘲する。
鳥籠から出ても自分に行く宛など、ないのかもしれない。
「なぜ…か、それは俺が最強だからな」
「は?」
最強だから、とヴィンセントは言った。確かに言った。青年は思わず聞き返そうかと思ったが、それをなんとか飲み込んだ。
「きっとお前はいろんな奴に狙われる。力を奪った奴もまた奪いに来るかもしれない。それらから俺が守ってやるよ」
ただし、とヴィンセント右手の人差し指を立てて前に突き出す。
その気迫に青年は思わず後退りする。
「お前の浄化の力を貸して欲しい。これから先、その力が必要になるだろう……交換条件だ」
「交換条件……」
(やっぱり、こいつも、力が目当てか…)
青年は口を噛みしめる。
みんな同じ
考えていることは、同じ
ヴィンセントは青年の顔を見て、目を細め、優しく、空を仰ぎ見ながら言葉を紡ぐ。
「未来はひとつじゃない。でも何通りもあるその道を何時かは一本だけ選択しなきゃいけない。その時の自分に応じた、最善の道を」
ヴィンセントは青年に言いながら、自分にも言い聞かせた。
忘れないように、今は亡き両親の言葉を。
「結果的にそれが善に転ぶか悪に転ぶかなんかわかんねえけど、後から"ああすれば良かった"なんて後悔はしたくない。それがもう手遅れになって、もう二度と戻らないかもしれないからな」
青年は顔を上げる。
ヴィンセントの言葉が胸の奥へと染み渡る。今までに見てきた"人間"とはどこかやはり違う。
ヴィンセントは青年の顔を見て、再びニヤリと笑った。
心の底から
本心で
「俺は今、最善の道を選んでいるつもりだよ」
「最善の、道」
青年はヴィンセントの言葉を信じたかった。今までの人間とは一越したこの男に、ついて行きたいと思えた。清々しいほど真っ直ぐな金色の二つの瞳を見て、彼が本心から言っていると、わかったから。
「……わかった、お前と一緒に行ってやるよ」
なんだよそれ、とヴィンセントは笑いを零した。
つられて青年も笑う。今まで笑うということをしたことがなかったが、それは案外簡単で、それでいてとてもいいものだった。
***
「お前の名前は、今日から"スイレン"だ」
「すいれん?」
国の者が迎えに来るまでの間、遅めの夕食を摂っていた。焚き木を囲み、バレッツが作った温かいスープとパンを囓る。
バレッツは一人早めに済ませ、今は再び倉庫の見張りをしていた。
「昔、湖で咲いている綺麗な青色の花を見つけたんだ。その花の名前がスイレン」
「…おい、まさか俺の目が青いからってその花の名前つけたのか」
「ビンゴー」
ウインクしてパチンと指を鳴らすヴィンセントに、青年はため息が漏れた。
「やっぱり付いていくの止めようかな」
「おい待て話せばわかる。違う名前を考えるから」
安直な考えがダメだったか、とヴィンセントは顎に手を当てふむふむと考える。
「いや、それでいいよ。名前」
「あ、なんだよ。気に入ったのかよ」
どこか嬉しそうに話すヴィンセントを青年は無視する。
青年は立ち上がり、両手を大きく広げ深呼吸する。
世界が、変わった
そんな気がした
少なからず彼の"世界"はヴィンセントによって変わったのだ
青年ーー新たな名をスイレンは、振り返りヴィンセントを見て微笑む。
「これからよろしくな、主人」
「こちらこそ、従者」
炎は強く淡く、二人の顔を照らした。