第1話 (6)
襲ってくるはずの痛みがない。
恐る恐る目を開ければ自分の周りの木々が倒されているではないか。
白髪の青年は顔をあげ、合成獣をみる。
すでに戦う力は残されていないのか、地面から起き上がることはせず、その巨体から瘴気独特の黒紫色のガスが立ちこめている。
ヴィンセントが剣を鞘に収め、心配した顔つきで駆け寄ってくる。
「おい、お前大丈夫か?」
「ここで待っていてくれ」
ヴィンセントの問いの返事はせず、頼りない足取りで合成獣に近付く。始めは止めようとしていたヴィンセントだが、すぐにそれは意味のないことだと悟った。待っていろ、と言われたのでヴィンセントは白髪の青年をただ見守る。
「さっきは、わざと外してくれたんだろう?」
青年は微笑みながら瘴気を物ともせずにその巨体に触れる。瘴気を発するものの近くにいれば伝染する可能性は十分にある。しかし青年はまるで気にもせず、合成獣の額を優しく撫でる。
すでに焦点が合っていない熊兵器は、苦しそうに呼吸をしていた。呼吸器官、神経、脳など身体の中すべてが瘴気で苦しめられている。
青年はその蒼い瞳を細め、そして優しく言葉をかける。
「最期まで一緒にいてあげる…だからもう無理はしなくていい」
ヴィンセントは目を疑った。
瘴気によって精神が崩壊したはずの熊兵器が涙を流している。口から漏れる力のない声が、嗚咽に聞こえる。ヴィンセントは自然と身体が勝手に動いた。ゆっくりと1人と一匹に近付く。
ゴメン、ナサイ… ゴメンナサイ…
「お前が謝る必要なんてない。悪いのは人間だ、そうだろう?」
青年は謝る合成獣に諭すように言葉をかける。なぜ謝るのかまでは分からなかったが、彼が謝る理由なんてない。青年は心からそう思っていた。
どうやら本当に白髪の青年は話をしているらしい、とヴィンセントは感心する。ヴィンセントは帯刀していた剣を鞘ごと腰から抜き、地面に置く。
「大丈夫、大丈夫」
荒かった呼吸がだんだんと浅くなっていく。苦しそうにしていたのが、今では静かに眠ろうとしているのだ。
「"汝の御霊が安らかに眠れますように"」
え?ーーとヴィンセントが顔を上げるとほぼ同時に、強い風が巻き起こる。しかしどこか暖かい、心がスッキリするような、そんな優しい風だった。その風に乗るようにして瘴気の毒ガスが一気に空へと流れていく。そして上空で収縮したかと思えば四散した。
ヴィンセントはその光景を見て唖然とする。
(瘴気を…"浄化"した?!)
瘴気を浄化できる人間がいるなんて今まで聞いたことがない。ヴィンセントは白髪の青年をじっと凝視する。
(見た目もどこか人間離れしている…だが"浄化"ができる生き物なんて言い伝えでしか聞いたことがない)
「ーーおい、聞いてるか?」
動揺が隠せないヴィンセントは青年に呼ばれているのに気付かなかった。ハッとした時には青年は不機嫌そうな顔でヴィンセントの顔を睨みつけていた。
「最後に、頼みがあるんだ」
「ーーは?」