第1話 (3)
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再度馬車を走らせる。
荷車の中ではヴィンセントが今は亡き盗賊の遺品であるメダルと古びた紙に目を通していた。
"公演"と呼ばれる催し物が夜中に行われるらしく、これには物珍しい"品物"が見られるらしい。
長々と書かれている説明文は全て反吐がでるほど腐った内容だった。
"軍事兵器にも負けない生命力"
"兵隊100人をも超える戦力"
"さあ、来れよ我らが楽園へ"
ヴィンセントは舌打ちをしてその紙をクシャクシャに丸める。メダルは入場証の役目があると仮定された為、フードの下の自身のウエストポーチへと仕舞った。
荷車から馬の方へと顔を出せば、辺りはもうすでに真っ暗で、新たな森の中を進んでいた。
ヴィンセントの気配を感じたのか、バレッツは振り返らずにもう着きます、と告げた。
ヴィンセントは荷車の中に戻り、腰に携えた剣に触れる。まるで生きているかのように、その剣には僅かな熱を感じられた。それを確認したあとに再び外に顔を出す。
森の中に怪しく輝く様々な色の光。不正な見世物小屋であるわりに隠密精神の欠片が微塵も感じられなかった。
大きな様々な配色のテントが一つ、森の開けた場所にその存在を主張している。それの印象は、時折ウェルシエル王国にも訪れる大道芸人を思わせる、まさに夢園の名に相応しいふざけた外見をしていた。
"客人"がチラホラと見受けられる。
見たことのない他国の軍人、ドレスを着飾った貴婦人、貴族を主張する無駄に飾り気のついた服を着た男など、様々な人々がいるが皆共通して言えるのは、全員仮面をしていることだった。
"裏の世界の取引"では顔を隠す者が多い。公には決してできない不正な金のやり取りや人身臓器売買が行われているため、身元を晒すのは危険極まりない。
二人は馬車をテントから死角になる森の中へと隠し、あらかじめバレッツが用意をしておいてくれた顔の上半分が隠れる仮面を付ける。
知っている者が見ればヴィンセントの素性はすぐに暴露る。
黒いフードを再確認し、二人はテントへと近付いていった。
***
テントの中に入れば、中央にあるステージを取り囲むように客席があり、すでにそれはほぼ埋まっていた。同じように仮面をつけた人々から嬉々とした感情が感じられた。
バレッツとヴィンセントは敢えて少し人から外れ、席には座らず影で"公演"が始まるのを待った。
パチン、と今まで付いていた照明が一気に消え、ステージの方だけを煌々と照らした。
「今宵も夢を見る為、たくさんの方々に来ていただき、誠に感謝申し上げます」
ステージに現れたのは背が低い小太りの中年男性だ。頭を深々と下げて一礼する。彼の登場に会場内が騒めく。
「まず大一品は、軍事兵器にも負けない威力と生命力を持つ合成獣ーー熊兵器!」
彼の一声と共に下から檻が表れる。
それを見た客人は大きな歓声をあげた。
2メートルを軽く超える熊…しかしその熊の両手の爪は異様に変形して大きくなりすぎ、重たそうに地面に手を引きずっている。背中には軍事兵器のような大砲が一つ、そして小型のガトリング砲が腰あたりに二つそれらは生えていた。
頭には通常の熊にはない山羊のような角がその存在を主張していた。
獣二匹と軍事武器の融合
醜く痛々しいもの以外の何物でもなかった
「あのゲス豚野郎…斬ってやる」
「隊長、この"公演"が終わるまでは様子見の予定ですよ。頭をお冷やしください。」
柄を握り、今にも斬りかかろうとしたヴィンセントをバレッツが制する。バレッツの言葉にすまない、と短く謝罪をした。
「我らが研究部で初めて…いや、人類初の獣と兵器の融合に成功しました。たくさんの失敗を重ね、今こうして生きた獣兵器第1号が誕生したのです!」
それに食いついて見ているのは恐らく軍事関係者であると想像がついた。
隣国との紛争が絶えない地域では多額の金を出してでも勝利の切り札は手に入れておきたいのだろう。
「ではスタートは200万ゴールドから!」
その合成獣がいくらで、そして誰に買われたかはヴィンセントは覚えていない。というよりか始めから聞いていなかった。
周りの音という音を遮断し、目を閉じる。すると世界にポツリと取り残されたかのように、意識は奥の奥へと沈んだ。
ただ静かに、坦々と。ヴィンセントは腹の中に収まらない怒りを鎮めた。
それから幾らかの合成獣が同じように売られ、"公演"は終盤を迎える。
「楽しい時間はすぐに過ぎてしまうもの…本日は誠にありがとうございます。これが最後の目玉の品でございます。」
同じようにステージの下から新たな檻が表れるーーが、それは今までとは異なり、鳥籠のような形をしていた。
そして、会場が今日一番にどよめいた。
ヴィンセントもまた、意識をその鳥籠へと向ける。
今日唯一の人間。
その華奢な身体からすれば鳥籠の形をした檻は大きすぎるように見えた。
この大陸では見たことがない白髪は、照明の光をいっぱいに浴びてキラキラと輝いている。
質素な服から覗く手足は細すぎて今にも折れそうだ。
「コレは残念ながらお売りする御予定はございません。しかし、みなさんに本当の幻想をこれからお見せ致しましょう。さあ、瞬きせずにご覧ください!」
小太りの男は目隠しの布を外す。
その場にいた全員が、息を飲んだ。
形容し難いその深い青が二つ、ゆっくりと開かれた。星を散りばめたような輝きをもつその眼は、その場にいる全員の目を奪った。
(あの、眼…は、)
ヴィンセントは頭がズキズキと痛むのを感じる。内側から容赦なく叩きつけられるその痛みに、堪らず膝をつく。バレッツは慌ててヴィンセントに合わせて自分も膝をつく。
「隊長?!…どうされましたか?」
「ゔ…ぐ、」
ーー…か、…なま、…だ
ーーま…、くる………ら
ーーとも、………な
頭の中に何かの映像が流れる。
それは決して鮮明なものではなく、何かを話しているようだが聞き取れるものではない。
しかしその映像はなんの前触れもなく収まり、それに伴って頭の痛みもなくなった。
ヴィンセントは自分が肩で息をしているのに気がつく。まるで夢で魘されていた頃のように、身体中冷や汗でいっぱいだった。
バレッツに大丈夫だ、と告げて立ち上がろうとした刹那ーー地面が爆音と共に揺れた。
会場が一気に騒ぎ出す。小太りの男も何事だと慌てふためいていた。
「なんですか、今のは…」
「ーーっ、バレッツ伏せろ!」
ヴィンセントの声が響いたすぐに第二波が放たれた。ヴィンセントたちがいた反対側の入り口が派手に爆発したのだ。
煙が上がり、火薬の匂いが鼻を刺激する。煙から現れたその姿に、全員が震え上がった。
熊兵器が、先ほどの2メートルを倍は超える4メートル近くの大きさになっていたのだ。
「なっ、なぜ檻から出ている…!」
今はそれだけの問題ではない。
熊兵器の背中に埋め込まれた大砲からは煙が上がっている。二つの砲撃音はあの合成獣がやったということが一目瞭然だった。
会場はその存在を確認すると一斉に出口へと向かって逃げ出す。ヴィンセントとバレッツはその波を掻き分けながらステージへと上る。
「あっ、ああ…お、終わりだ…あ、ああ…」
先ほどまでの余裕がある顔とは違い、今は青ざめて冷や汗をたっぷりと掻いている。どうやら腰が抜けてしまったようで、逃げ出すことができないようだ。
「隊長…あれは…」
「ああ…瘴気に当てられたな」
先ほどまでは気がつかなかったが、熊兵器は黒紫色のオーラを身体中に纏っている。
瘴気に当てられた生き物は自我を失い、破壊の衝動に駆られる。それによって幾つもの村や町が滅びている。
ヴィンセントは仮面を剥ぎ捨て、剣を抜く。
「なっ、なんだお前たちはっ!」
「このふざけた見世物小屋をぶっ潰しにきた者だよ」
ニヤリと小太りの男に顔を向ければ、その男はアワアワと口を開けたまま唖然とする。
どうやらヴィンセントの顔を知っているようだ。
「おま、おま…おま、え…は!」
「俺の名前はウェルシエル王国第七騎士の一人、ヴィンセント。我が君主の命により、今から粛清を始める」