第1話 宝石の眼
城から出て馬小屋へと行けば1人の男が近付いてきた。
「隊長、言われていた通り"例の件"について調べておきました」
「おう、サンキューな。帰って身支度を済ませたらすぐにでも出発する。バレッツ、お前も一緒にいくぞ」
ヴィンセントのことを隊長と呼んだ男ーーバレッツは、180センチ後半近くある背丈で強面な顔、その上顔には額から左目を通るように大きな傷痕まで刻まれている。見た目は30代後半で、明らかにヴィンセントよりも年上だった。
背中には大剣が背負われており、ヴィンセントと同じく黒いフードを着ている。
それぞれ馬に跨ると、商人や他の異国の者が通る大門とは違い、裏道のような小さな門をくぐって王国ウェルシエルを後にした。
ウェルシエル王国を出てすぐに大きな森がある。その森を半分ほど進んだ頃、小さな城が見えてくる。
ここがヴィンセントが住まう城だ。
ウェルシエル王国の城と比べれば天と地のような差だが、頑丈に作られた城壁や丁寧に整えられた畑や馬小屋を見ればそこまで質素な感じはしない。
「たーだーいーまー帰ったぞー」
「あっ、隊長だ!」
洗濯物を干していた少女は嬉しそうに手を振っている。
「なんだリン。お前だけか」
「はい、他の人たちは買い物とか周辺調査に行ってますよ」
リンと呼ばれた少女は洗濯物を干し終え、ヴィンセントとバレッツが乗ってきた馬を馬小屋へと誘導する。
ヴィンセントはそうか、と頷いて自分よりもはるかに小さいリンの頭を撫でる。
「これから任務に出る。3日くらい帰ってこないが、城のこと頼んだぞ」
「了解です、隊長」
右手で敬礼し、ニコリと笑うリンに、ヴィンセントもつられて笑顔になる。
しばらくして身支度を簡単に済ませ、馬車に荷物を詰め込む。日帰り任務以外では荷車に食料や簡易テント等を準備する。
荷車にヴィンセントが乗り、バレッツは馬を発進させた。
ここ数年で広がり始めた瘴気の影響は、世界中に大きな打撃を与えた。
自然は破壊され、難病に苦しむ人が増えた。また、最近では瘴気に侵された生き物が暴走を起こして小さな村や町が被害を受けている。
ヴィンセントは王の命により、何度も他の地へと赴いていた。
瘴気は有害な毒ガスで、瘴気が濃くなってしまった地域ではガスマスクなしでは入り込めない危険地域になっている。
しかし、今回の件は瘴気関連ではなかった。不正に合成した合成獣や捕獲禁止の絶滅危惧種を捕らえて、どうやら見せ物小屋を催しているらしい。それらは大金で売られ実験に使われたり、戦争に使われたりする。最近では人身売買、臓器売買までもが噂されていた。
そして厄介なことに、この見せ物小屋があると言われている地域は、ウェルシエル国の領土内にあるという。大国ウェルシエルの領土内に規定違反の見せ物小屋があると知られればこれからの国の存続にも関わる。それを危惧した国王アルバードはヴィンセントに命を下したというわけだ。
「その領土を持つ"奴"が未だ粛清してないってことは、そいつも一枚噛んでるな?」
「粛清どこか国王様のお話ではその見せ物小屋の話題も未だ出てないご様子です。一枚どころでなく裏柱になっている可能性が高いでしょう」
バレッツの考えを聞いてヴィンセントは鼻で笑う。
「まあ今回の件が公になれば少しは大人しくなるだろうよ。俺は奴に嫌われてるからなあ」
「隊長、到着するのは夜中になりそうです。今のうちにお休みください」
バレッツの気遣いを快く受け取り、ヴィンセントは目を閉じた。優しく揺れる馬車に身体を預ければ、心地よい眠りに誘われるーーはずだった。
目を閉じて間もなく、ヴィンセントは素早く起き上がる。それとほぼ同時に馬車は止まった。
バレッツも気付いたようだ。
ヴィンセントは素早く荷車から出ると体勢を低くして馬に近付く。
バレッツも馬から降りており、背中に担がれた大剣の柄を握っていた。
すでに森を抜けており、周りには何もない草原が広がっている。陽はすでに落ち、辺りは薄暗くなっていた。
ヴィンセントとバレッツは息を潜め周りに神経を尖らせる。
人間か生き物か、盗賊か商人か、敵か味方かわからない。だがしかし、確実にこちらに意識を向けてきているのは経験から汲み取ることができた。
途端に破裂音と目の前の草が跳ねた。発砲されたことにすぐに気がついた。
突然の発砲に驚いたのはヴィンセントでもバレッツでもなく馬の方で、暴れ始める前にヴィンセントが宥める。
「よう、その馬車を置いて行ってもらおうか」
闇の中から声が聞こえる。前方から四人、顔を布で隠した状態でジリジリと近付いてくる。
どうやら盗賊に出くわしたらしい。
闇に目が慣れてきてその四人をしっかりと目視できるようになる。
1人は始めに発砲してきたであろうライフル持ち。
残りの3人は小型のナイフを両手に構えていた。
「痛い目に遭いたくなかったら大人しく置いていけ」
「無理だと、言ったら?」
「ハッハッハッ、可哀想になあ、ここが手前の墓場だ。行くぞ野郎どーーー」
リーダー格の盗賊が指示を出し終わる前に、彼はその生を終えた。
周りの3人は何が起こったかわからず、ただただ目の前の光景に唖然としていた。
「前置きが長いんだよ」
「ヒッ…!!」
3人は我に返って声がした自分たちの後ろを振り返る。
あり得ない、あり得ない、あり得ない。3人全員がそう思った。
今まで前にいた奴が、
たったの数秒で距離を詰めてしまった。そして自分たちは全くその早さについていけなかった。
その一瞬の出来事で、彼らは自分たちが勝てないことを痛感した。
「う、うわぁぁああああ!!!」
ドガン、と再び発砲音がする。
銃を持っていた盗賊が恐ろしさのあまり至近距離で発砲したのだ。
肩で息をしている盗賊は、手応えを感じたーーーが、目の前の光景にさらに青ざめた。
草むらに転がる、薬莢。
それらは綺麗に真っ二つになっていたのだ。
「さあ、もういいだろ。20秒待ってやるからさっさと失せな」
ヴィンセントは笑顔でそう告げる--が、明らかに目が笑っていなかった。怪しく光る金色の眼が細められる。
それを見た盗賊は有無を言わずに背中を向けて逃げていった。
「いいのですか、逃がして」
「良いんだよ…それよりこれ、見てみろ」
バレッツにほれ、と死んだ盗賊の所持品であろう物を見せる。
それは手のひらサイズのメダルで、中央には蛇のようなものが刻まれていた。
さらに今度は古びた紙を手渡す。
「これは…」
「どうやらそれは入場証みたいな物らしいな」
紙には大きくこう書かれていた。
<<来れよ!幻の夢園>>