第2話 (9)
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ヴィンセントの背丈の二倍はある紅い大扉を開けば、謁見の間がある。
正面に進めば王が座る玉座が備え付けられている。そして長テーブルの両端を挟むように、数個の椅子が七つ置かれていた。もうすでに6人集まっており、それぞれ暇を持て余していたが国王アルバードを見るなりそれぞれの席についた。
「すまない。遅くなった」
アルバードは爽やかに謝罪すると、スタスタと玉座の方へ歩む。
ヴィンセントは謝罪こそしなかったものの、どうもどうもと軽い挨拶を交わし、自分のは席へと座らず、アルバードの左横に立つ。
バレッツは謁見の間に入る前にヴィンセントから耳打ちされ、入らずに何処かへと行ってしまった。スイレンはフードを被らずにヴィンセントのあとを追いかける。
そのため、王とサリヴァンを除く五人の視線は、ヴィンセントとスイレンを交互に見ていた。
「ヴィンセント、お前がちゃんと会議に出席なんて珍しいなあ。瘴気の雨でも降るのか?」
軽口を叩く男は既に腰を下ろしており、頬杖をついて気だるげである。
細身の身体に厚い鎧を付けてはいるがそこまで飾り気がなく、シンプルなデザインは動きやすさを重視している。平民特有の黒髪黒目で寝癖が所々目立つ。鎧の上から黒いローブを羽織り、胸元の紋章には"狼"が描かれている。
男、カーリス・モリーは視線をスイレンへと移す。そしてほほう…と品定めするかのように上から下までじっくりと見た。
「これは上玉だなおい」
「カーリス、俺の部下にセクハラはやめてください」
ヴィンセントは笑いながら軽く流す。スイレンは複雑な面持ちでヴィンセントを睨んだ。
アルバードは全員が席に座るのを確認してから、号令して会議を始めた。
ウェルシエル王国には国王が選出した騎士団ーー"七騎士"が存在した。
アルバードの先代からその七騎士に平民が加えられるようになったのは、国中を騒然とさせたものだ。以前までは七騎士は有名貴族が加盟するのが暗黙の了解であったが、全国王から考えが一転したのだ。
七騎士にはそれぞれ役割が与えられ、国王の命令を直々に受ける。そして自らの部下達と共に日々の仕事に励んでいた。
第一騎士 獅子の紋章を掲げる貴族 ベルベット・アルフォンス
第二騎士 猫の紋章を掲げる魔法使い サリヴァン・インタール
第三騎士 狼の紋章を掲げる平民 カーリス・モリー
第五騎士 蛇の紋章を掲げる貴族 グラオルド・ベナルド
第六騎士 魚の紋章を掲げる平民 リール・マリオッツァ
第七騎士 兎の紋章を掲げる平民 カトリナ・エンヴィール
そして第四騎士に名を置くのが鳥の紋章を掲げるヴィンセントだ。
それぞれが己の実力を買われ、アルバードによって選ばれた者達だ。それは国王を始めとするウェルシエル王国民から絶大な信頼を寄せられていた。
「まず、急な招集に応じてくれて感謝する。みんなに集まってもらったのは、先の件の報告だ。…ヴィンセント」
「はい」
ヴィンセントは1歩前に出てツラツラと先の件ーースイレンが囚われていた見世物小屋についての大まかな報告をした。
「まあ死傷者は出ず、何事もなくぶっ潰してはきたが、いくつかの問題が浮上している」
ヴィンセントは腕組みをし、気だるげに話す。スイレンはそんな彼の背中をただじっと見つめていた。
「まずひとつはさっきも言った通り、合成獣の複雑な術式。この国の科学者でも手こずるほどだ。相当面倒な奴と関わってるのは目に見える」
はあ、と溜息をついてやれやれと頭を振る。
「その合成獣に関しては私も見たわ。…そこら辺の魔法使いがかけられるほどの物じゃないのは確かね…結構古い術式よ」
サリヴァンが相変わらず露出の高い服を着て、しかし腰は椅子に下ろしていた。
サリヴァンの意見も聞き、ヴィンセントは更に顔を険しくする。何か考え込むように1度視線を落とすが、すぐに前に戻す。
「合成獣に関しては今は科学者の報告を待つしかない。…問題のふたつめはーーグラオルド、貴殿だ」
鼻で笑いながらヴィンセントは長い髭を生やした男ーーグラオルド・ベナルドに目を向ける。
グラオルドは険しい顔付きで、ヴィンセントを睨みつける。
「不正な見世物小屋のあった地区は貴殿の領地内だ。なぜ少なからず3年もの間、それに気が付かなかったのか」
3年と言えばスイレンが捕らえられてからだ。国の対応が遅れたのは最近になって見世物小屋が裏話として有名になりつつあったのが要因だろう。
ヴィンセントの刺のある物言いに、スイレンは少し恐怖を覚えた。
「それは貴殿もお察しの通り、その見世物小屋とやらが最近になって公になりつつあったのが原因ですよ」
皺くちゃな顔に更に皺を刻み、グラオルドは不敵な笑みを浮かべる。
しかし、ヴィンセントは彼の言い訳を鼻で笑う。
「なにが可笑しい…」
「これは、俺が件の小屋に行く前に盗賊から得たものだ」
ポケットから取り出した物を全員に見せつける。
それは手のひらサイズの金貨であった。
それを見たグラオルドを始め、他の騎士たちも動揺の色を浮かべる。
「このメダルに刻まれた蛇の紋章…貴殿の騎士紋様と酷似しているとは思わないか?」
他人を挑発するような笑みを浮かべるヴィンセント。それを見たクラオルドはみるみる顔から血の気が引いていく。そして勢いよく椅子から立ち上がった。
「そ、そんなものは偶然だ!お、俺は本当に、なにも知らない…!」
「知らない、か…では貴殿の把握不足ということだな」
嘲笑うかのようにグラオルドを見下すヴィンセント。それを見たグラオルドは青かった顔が湯気が出そうなほど赤くなる。
「き、貴様!俺を見下すのも大概にしろよ!」
唾が飛び散るほど叫ぶグラオルドに、ヴィンセントの表情が一気に冷める。
罵声を飛ばすグラオルドを無視して、ヴィンセントはアルバードに向き直る。
「国王、グラオルドの奴はそれなりの処分を下した方がいいかと思いますが?」
笑みを浮かべてはいるが、ヴィンセントの目は笑っていない。冷ややかで刺さるようなその鋭さに、スイレンは身震いする。
「貴様…!身分を弁えろ!俺になんて口を聞くのだ!」
「言葉を慎めグラオルド」
ピシャリ、と大きな空間に放たれた言葉が空を切る。
グラオルドはその威圧に言葉を詰まらせる。
「七騎士において…否、国王のご好意から、この国は"有能な人材が成り上がる国"へと変わったのだ。貴族平民などと身分で相手を押さえつけるな」
鋭い碧眼をさらに細め、第一騎士であるベルベット・アルフォンスはグラオルドを睨みつける。
有名貴族でありながら、平民と同位にいることに対して何も言わない者は数少ない。
ベルベットは貴族の中の純血貴族で、剣の腕前は国の五本指には入るほどだ。そんな彼が貴族の自分ではなく、平民の…更に"呪われた家系"であるヴィンセントの肩を持つのだ。グラオルドはショックでその場に倒れそうになるをぐっと堪える。
「べ、ベルベット殿、その件に関しては頭を下げる…が、見世物小屋の件に関しては私は無関係だ…それなのにヴィンセント殿の言い掛かりで処分が下るのは納得がいかん」
ベルベットに対しては、しどろもどろになり上手く話せていない。
グラオルドは助けの気持ちを込めた目でベルベットとアルバードを交互に見やる。
「本当に、"無関係"だったならな」
そんなグラオルドの心情など完全に無視して、ヴィンセントは不敵な笑みを浮かべる。
再びグラオルドが口を開こうとしたその時ーー謁見の間の扉が開かれた。
「待っていたぞ、バレッツ」
嬉しそうに自らの臣下を手招きするヴィンセント。
バレッツは一礼し、歩を進める。
その後にもう1人ーー件の小屋の主人を引き連れて。