第2話 (4)
「ーーあのクソ野郎!」
男は瞳に怒りを宿して、机を力一杯叩きつける。長いひげ面に煌びやかな装飾の付いた服を着て、指にはいくつもの指輪がはめられていた。それだけ見ても男が有名貴族なのはわかる。しかし、貴族特有の余裕な雰囲気とは反対に、荒々しい雰囲気だった。
「あの忌々しい呪いの一族め…いつもいつも俺の邪魔ばかりしやがって!」
「グ、グラオルド様…!落ち着いてくださーー」
「落ち着いてなどいられるものか!」
グラオルドと呼ばれた男は報告に来たのであろう兵士に怒鳴り散らした。その気迫に負け、兵士はその場で腰を抜かしてしまう。
「彼奴め…俺を陥れるつもりだな…」
歯が欠けるのではないかというくらい噛み締める。行き場のない怒りがより一層高まっていく。
机の上にある一枚の報告書が彼をそこまでさせたのだ。
≪不正な見世物小屋の報告≫
≪緊急会議を開く 早急に集合せよ≫
国王からの招集状。
それだけならば、何の変哲もないただの招集状だ。
しかし問題なのは、≪不正な見世物小屋≫と、それを粛清したとされる人物ーー≪報告人:ヴィンセント≫
グラオルドはより一層、握られた拳に力を入れた。
***
「今日は濃いな…」
ヴィンセントは空を見上げて言葉を漏らす。
瘴気が濃い時は雲が厚く空を覆う。国から警報がかかっていない為、そこまで注意はしていないが、最近のでは1番濃いような気がする。
荷車の中でバレッツとスイレンが何かを話している雰囲気は、ヴィンセントも感じ取っていた。バレッツのことだから自分の素性のことでも話しているのだろう、と予想がついた。
(隠しているつもりは無いし、アイツから話してくれた方が楽だから良いけど)
ヴィンセントは再び空を仰ぎ見る。
厚い黒紫色の雲が、光を遮断する。
いつから夢を見ていないだろうか。
ヴィンセントは目を閉じて深く深呼吸をする。あともう暫くすれば自分の城が見える。城へと帰れば自分を迎えてくれる仲間がいる。ヴィンセントはそのことを有り難く思い、そしてゆっくりと目を開ける。
真っ暗闇から視界が開け、光が差し込む。
昔の自分を思い出せば、少しは歩き出せただろうか。
答えのないヴィンセントを励ますかのように、馬が呻いた。