メイドアニス
「……で?どういうことなんだ?」
ニーナの部屋に戻り、他に誰もいないことを確認してからそう切り出す。ニーナはベッドに座り、俺の方を見ずに言った。
「……何が?」
「何がって……。さっきお前が言ってた作戦だとか、ていうかそもそも何でそんな迷宮行きたがるのかだよ」
「何よ。すぐにでも迷宮行かなきゃいけないのはアンタの方でしょ。疑う必要なんてないじゃない」
「別に俺は行きたくないし俺の問題は関係ないだろ?お前個人の理由を聞いてんだよ」
「…………」
「そもそも、お前が俺を助けてくれたのは迷宮でだろ。てことは、何かしたいことがあってわざわざ忍び込んだんじゃないのか?」
そう問い詰めるとニーナはしばらく黙りこくってしまったが、俺が辛抱強く待っているとやがてニーナは観念したようにため息をついた。
「はあ、分かったわよ。仕方ないから教えてあげるわ。……その前に」
などと言って取り出したのは、先ほどの能力測定魔具。ニーナはスイッチを入れ、今度は自分で取っ手を握った。何をする気なのか。
すぐに測定完了の音がなる。それを聞き、ニーナは俺の方に魔具の全面を見せてきた。
見ると、どの数値もなかなかに高いように見える。どれもバランスよくのびていて、特に魔力と技術に関しては俺の敏捷程ではないが頭一つ出ている。
…が、ぼんやりとは分かるが具体的にはよく分からないので潔くニーナに聞く。
「……これは?」
「結構高いでしょ?こう見えてアタシ、この地区で一番名門のクーロイツ学園の一年生の中でトップなんだから」
急に自慢してきた。しかしまあ、名門校でトップというのはやはりすごいことなんだろう。日本だったら学校にもよるが東大とか狙うレベルだろう。
実際、ニーナを見てみても鼻高々としている。…が、すぐにまた意気消沈した。浮き沈みが激しいやつだ。
「……でもね。アタシとしてはトップの誇りはあっても、別に他の人を馬鹿にしてるつもりはなかったんだけど。アタシに因縁付けた何人かが……アタシの裕福な家柄のこともよく思ってなかったみたいなんだけど、お前みたいな奴ほど実戦では役に立たないんだみたいなこと言ってきてね」
「……え?それで迷宮に?」
喧嘩っ早すぎないか?いや名門高校生とはいえ一年ならそんなもんなのか?
「アタシだってバカだとは思ってる!けどね…ちょっと頭にきて、アタシなら迷宮だって攻略できる…って言っちゃって」
「……引くに引けなくなっちまったってわけ?」
「……まあ、簡単に言えば……」
俯きかげんで顔を赤らめるニーナ。俺はまたもや呆気にとられてしまう。
いや、喧嘩くらい別にやっても構わない。むしろそんくらいの方が元気があっていいだろう。
……しかし、だからと言って命の危険すらあるようなとこに乗り込むか普通。いくら異世界的価値観とはいえ、命を大事にっていう作戦命令はどこでも基本スタンスかと思ってたんだが。
俺の呆れた顔を見てか、ニーナはバッと立ち上がって弁明しだす。
「もちろんそうとられてしまうのも仕方ないし実際そういう面もある!でもやっぱりアタシにだってプライドがあるの!それにそこまで頑張ったのはアタシが冒険者を目指してるからで……その一歩として学園で自他共に認められるような人になりたいの!だからこそ一度言ったことを曲げるようなことはしたくない…!」
「………」
「……ただの負けず嫌いなだけかもしんないけどさ……でも、正直アタシの実力を試してみたい。それで攻略できたら…アタシは冒険者に一歩近づけると思うから……」
必死な顔で、まっすぐに俺を見すえてそう心の内をさらけ出す。
……ニーナの言っていることを、子供の戯言だと払いのけることは簡単だ。しかし、彼女の真摯な思いをまっすぐに受け止めて、それを時には肯定してあげることも年上として必要なことではないだろうか。
少なくとも、ニーナは熱くなっても自分を客観的に見る能力を持ってる。そしてその目で見て、改めて迷宮に行きたいと心から願っているのだ。
……なら、俺が言うべきことは一つだ。
「……分かったよ。そこまで考えてるんなら、俺が口出しするようなことじゃない」
「……!リサ……!」
ぱぁっと顔を明るくするニーナ。俺も太陽のような優しい顔で微笑み返す。
「行ってこい…!俺抜きで!」
「いやアンタもよ」
どさくさに紛れて付け足してみたが、急に冷たい顔に戻ったニーナに速攻でつっこまれた。
「ええ…?いや俺は行く必要ねえよ…。大人しく警備隊の報告待つよ」
「ダメよ。アンタじゃなきゃいけないところもあるかもしんないでしょ。それに、アタシ一人で行かせるわけ?男の名が廃るってもんじゃないの?」
「ないよ…俺は何の特徴もない一般人だよ……。というか都合のいい時だけ性別の扱い変えるのやめろよ…」
冒険者なんて危険なところに好き好んで入っていく人種にはなれそうもないしなりたくもない。俺は大人しくパン屋でも営みたい。
そんな理想を俺が胸に抱いたのを見透かすかのように、今度はニーナが呆れた顔つきで、
「もしかしてアンタ…怖いの苦手なの?」
「!?は!?そ、そんなわけないし!全然普通だぞ!怖いのも暗いのも狭いのも気持ち悪いのも全然得意だから!はぁ?馬鹿なこといってんじゃねえよ!」
「……アンタって死ぬほどウソが下手ね…」
「………いやそんなことは……」
「ま、大丈夫よ。一人じゃないんだし、本当に危なくなりそうなら深追いせずに帰るから」
「いやそういう問題ではないんだけど…」
お化け屋敷とか一人は無理だけど二人ならとかそんな気休め程度では意味ないぞ俺には。
「なりません、お嬢様」
と、いきなり目の前に現れたメイドっぽい女の人がそう言った。
まったく気づかなかったからめっちゃびっくりしたんだが。なんだこいつ忍者か?メイドで忍者とはやりおるな。
「いえ、私にそのような能力はございません。あなた方が話に夢中になるあまり私が入って来たことに気づかなかっただけでございます」
「あ、そうなの…」
当たり前のように俺の心を読んでくるメイド。まったくもって当たり前ですというような顔で逆に俺の方が間違ってるんじゃないかという気分になる。
「な、何でよアニス!」
「何でも何もありません。旦那様からのご命令です」
ごもっとも。
とはいえさらなる新キャラにまた置いてきぼり食らうのは賢いとは言えないので早々に聞いて置くことにする。
「あ、あの…?」
「あ、ああ。アンタはまだ知らないのね。この人はアニスっていう、ここの専属のメイドよ」
「初めまして。基本的にはニーナお嬢様のお世話をさせて頂いております。以後お見知りおきを」
そううやうやしく挨拶してきたアニスは、立ち振る舞いや服の着こなしまで、どこからどう見てもメイドといった感じだった。メイド服は膝丈までしかないが、18歳くらいに見える彼女にはよく似合っている。綺麗な金髪は頭の上で纏めあげられている。二重まぶたで吸い込まれそうな黒い瞳。
ニーナや俺はどう頑張っても可愛い系という感じだが、アニスは凄まじく美人だ。この世界には可愛い子しかいないのか?ゲーム基準だからそんな優しい世界なのかもしれない。…まあ、そんなことはないとそんなしばらくはしないうちに気づくことになるのだが。当たり前ですね。
というか普通にメイドがいることに驚きだ。たぶん他にもわんさかいるんだろう。こんな広い屋敷だしな。
まあそんなことよりも。
「あ、これはどうもご丁寧に…」
「ってそんな挨拶今はどうでもいいの!アンタはアタシのメイドでしょ!ならアタシの願いを優先しなさいよ!」
「旦那様がお雇いなさっておられますので。いくらお嬢様といえどそこは譲れません」
キーッと喚くニーナなどどこ吹く風といった感じのアニス。彼女に感情はないのか、それとももうニーナの破天荒ぶりには慣れてしまっているのか。まあおそらく後者だろう。どことなくアニスからニーナをからかっているオーラが感じられる。
「……今回だけだから…。お願い、見逃してくれない?」
急にまたもじもじモードに入るニーナ。こいつはこれしか頼み方を知らないのか。
「お嬢様、その言葉を信じるなら三年程前から見逃すことはできなくなります」
なんだそれは。よく分からんがニーナは毎回のように今回だけだからとか言ってるということか。頭いいらしいのに残念な奴だな。
ていうかそれならアニスは三年以上ニーナの今回だけだからを許してあげてんのか?なんだかんだこいつ甘くないか?こんな簡単に旦那様の命令を無視していいのか。
というかその旦那様は毎回命令を破るメイドをつかせてんのか?
なんだか謎は尽きない。
「……ただ、まあ」
フッと急に表情が柔らかくなるアニス。それを見て、ニーナはパッと顔を明るくした。
アニスは続ける。
「全部終わったあと、そちらのリサ様を一晩貸して頂けるなら今回ばかりは見逃してあげます」
「………え?」
ん?急に矛先が俺に回ってきたぞ?
ニーナはその言葉を聞いて顔を青くしている。
「三年くらい前からお嬢様は成長期でぐんぐん育っていってしまいまして……。私のタイプから外れてしまったのでそれまで大目に見ていたことも厳しく取り締まりましたが、丁度いい子が入ってきましたね」
「ん、あ、そうね……?」
「え?何、どういう……?」
今だによく事情が掴めない俺に、ニーナは憐れむような顔で肩に手をポンと置いた。
「ごめん……今回だけ犠牲になって。この借りは必ず返すから…」
「は?いやだからどういうことか説明してくれよ」
「リサさんと言いましたね。ご安心してください、悪いようには致しませんから。あなたのような子は大好物ですので、忘れられない夜になるでしょう」
にっこり、と俺に笑いかけるアニス。……ん?それは、つまり?
……俺がアニスにチョメチョメされるということですか?
全身にぶわっと汗が広がる。その結論に至った結果、あらゆる疑問のピースがかっちりとはまった。
まず、アニスはロリコンだということだ。それも重度の。その矛先は以前はニーナに向いていたんだろう。今でも別に幼くないということはないが、アニス的には三年くらい前から対象外となった。
それと同時に甘かった態度も一変してニーナを厳しく見張っていたようだ。だからこそ、フンボルトさんはアニスをニーナの元につかせているんだろう。……まあ、アニスがレズということまでは知らないだろう。知ってたらあの親バカが許すはずがない。
そして、今……。新たなターゲットとして、俺が現れた。俺の今の姿は再三言ってるだろうが贔屓目に見ても可愛い。そして俺の実年齢に見合わず幼女。……これがアニスにとってドストライクだった、というわけか。
……………。
「いやいやいや!!そんなの認められるわけないだろ!何俺抜きで決定してんの!?」
美人な女性があんなことやこんなことをしてくれるなんてご褒美じゃね、と言われるかもしれないが、冗談じゃない。アニスの顔を見ればわかる。奴は……どう見ても俺を狩る目をしている。おそらく、一度襲われたら帰ってこれなくなる……どこからか。
全身を襲う悪寒がその印である。俺の幼女的センサーが真っ赤になってアラートを鳴らし散らしている。
「耐えてリサ!これは必要悪よ!」
「何でだよ!百歩譲って目の前で契約すんなよ!」
いや目の前じゃなくてもダメだけども!
「さあ、そうとくればさっそく準備に取りかかりましょう。用意は早いに越したことはありません」
「え、アニスもいくの?」
「当たり前です。お嬢様の身をお守りすることが第一の使命ですから。これは譲ることはできません」
三年前ニーナにトラウマ植え付けさせるのは身を守れてないんじゃないだろうか。
「ていうか、それならなおさら俺が行く必要ないな。じゃあ、二人で頑張ってく……」
その間に逃げよう。とか考えていたが、アニスがすかさず、
「あら、それでは私も行かないことにしましょう。リサ様と二人でお嬢様の帰りを待つことにしますね」
「一瞬で使命破ってるし俺の貞操の危機が早まってる!?」
「……しょうがないわ。アタシ達三人で乗り込む。これが最善よ。じゃあ、各自用意してご飯を食べてからパパにバレないように出発よ!」
「おい締めにかかるな!絶対俺は行かないしアニスに捕まるなんて嫌だからな!?絶対だぞ!!」
俺の悲痛な叫びをよそにいきなり各々準備し出す二人。どう考えても、どう足掻こうが俺の運命は変わらない気がする……。
……どうしたらいいんだろうか。