いい男
部屋から出ると、これまたすごそうな廊下に出た。目立つようなものは置いてないが、建物全体が高級感を醸し出してるし、埃一つないところから手入れの丁寧さがうかがえる。すごい。語彙がない。
「そういやさっきの部屋ってニーナのか?」
「そうだけど、何?」
「いや、ベッドとか使わせてもらって悪いなと思ってさ。割とシンプルな部屋なんだな」
「べっ…別に、当たり前でしょ!ぬいぐるみとかアタシ興味ないし!ていうか中身が男なんだったらそういう気持ちでベッドにいてたんなら殺すからね!」
「い、いやそんなこと言ってないし思ってないですよ…?」
またもや急にキレだすニーナ。何が気に障ったのかさっぱり分からない。つくづく女の子は謎である。まあ俺も今はそうだけども。
そんなプンプンしてるニーナの後ろをついてくこと数分、なんかの部屋の前に辿り着いた。ここがニーナの父親の部屋だろうか。
ううむ、女の子の父親ってちょっと緊張するな。コンコン、お父さん失礼します、君にお父さんと呼ばれる筋合いはない、いえ私は娘さんのことを……
……ないな。とりあえずこの見た目では。
というかこうも身長が違うと歩きづらいな。さっきも何度こけそうになったことか。
コンコン、とニーナはドアをノックしながら言う。
「パパ、入るわよ」
「ニーナか。入りなさい」
ドアの奥から男の声。低い、落ち着いた感じのいい声だ。ニーナの親だしさぞやイケメンおっさんなんだろう。
中に入ると、俺の想像に違わぬなかなかのいいおっさんが革張りの椅子に座っていた。口ひげを蓄えていて、なかなかに渋い。髪もひげも茶色だから、ニーナのオレンジ髪は母親ゆずりなんだろうか。
ここはどうやら書斎のようで、壁一面本で埋まっている。普通の本もあるようだが、中には魔術関係のもあるようで、それだけにニーナの部屋程ではないがなかなかに広かった。
おっさんは手に持っていた本をパタンと閉じて言う。
「やあ、目を覚ましたようだね。怪我はないようでよかった。調子はどうだい?」
「あ、おかげ様ですこぶる快調です」
そう言うと、おっさんは意外なことを聞いたかのように目を丸くした。何か変なこと言ったか俺。
「あの…?」
「!ああ、すまないね。君の外見で判断していたより落ち着いていて礼儀正しかったものでね。最近の子供はそういうものなのかな?」
「ああ…いや、それには事情がありまして……」
チラリとニーナの方を見ると、ため息をつきながら勝手にどうぞ、とでもいうかのような態度をしていた。
いや俺一人じゃ納得させられなさそうだから助けを求めたんだけど…まあいいか。
おっさんだけあってもしかしたらニーナの知らないような魔法の知識を持ってるかもしれない。
俺がここに来たいきさつだとかこんな体になったこととかをできる限り詳細に伝えると、おっさんはううむ、と唸りながら、
「そうだね…正直、君の言っていることは突拍子もないように思える…。そんな魔法は見たことも聞いたこともない…」
「…やっぱりそうですか…」
「…ふむ、しかし。ニーナの様子を見ると、君は彼女には信じてもらえたようだね?」
「えっと…一応」
ニーナの様子を伺いながら言う。信じてるよね?俺は俺を信じるお前を信じてるぞ?
「…なら、私もその子の父として信じないわけにはいかないな」
「!あ、ありがとうございます」
なんだかよく分からないが、いいおっさんなようだ。
「とすると、君は身寄りかないのか。ならしばらくこの家にいるといい。君のような幼い子を外に放り出すわけにはいかないからね」
ニコリ、と渋スマイルを発揮するおっさん。ニーナからは聞いていたが、ここまですんなり行くとは思わなかった。この国の人はみんなそうなんだろうか。
「だけど、ただ…」
笑顔を絶やさぬまま、俺の方に近づいてきて肩に手をポンと置いた。そしてニーナには聞こえないように耳元で、
「もしお前が男として、ニーナに手を出すようなことがあれば…どうなるか分かってんな?」
ドスの聞いた声でそう言ってきた。完全に予想外だったのであやうく漏らしそうになった。
俺が目を見開いて固まっていると、おっさんはすっくと立ち上がり、
「はっはっは!冗談だよ冗談!じゃあ、これからしばらくよろしくね!」
先ほどのヤクザと見紛うような顔とは見違えるほど素敵な笑顔で笑っていた。聞こえていなかったニーナは頭にはてなを、浮かべている。
……前言撤回。こいつ、ただ親バカなだけだ。