開戦
「な、んっ……!?」
グラグラと上下左右に揺さぶられ、まともに立っていられない。その間も何かが地面に直撃したような……あるいは、何かが地面から生えてきたような……そんな轟音が立て続けに鳴り響く。
この世界にも地震とかあんのか、と一瞬馬鹿な考えに気を取られたが、すぐにハッとして、
「ニーナ!大丈夫か!?」
「当たり前でしょ!」
「これ一体何なんだ!?」
「アタシにも分かんないわよ!こんなの初めてだわ…!」
と、地面に手をつきながらふと前を向いた時……俺は、目を疑うような光景を目にした。
それははるか遠くの外壁……そのさらに向こうに、外壁を優に越え高くそびえ立つ何かが立っていた。
ちょっと前までは確実になかった、不自然なまでに煙を纏わせ不気味な雰囲気を漂わすそれはまさしく、
「迷、宮………!?」
俺たちが驚いたのはそれだけではなかった。その迷宮が、外壁の外あちこちからいくつも出現していたからだ。黒々とした煙は街の周囲から一定の間隔をあけて立ち上り、空を覆っていく。
「どうなってるんだ…?迷宮の出来方っていつもこんなんなのか…?」
「そんなわけないでしょ!あんな巨大なのが何個も…それも街を囲うように!?一体どうなってるのよ…!」
どうやらこの世界の住人にとっても異常事態のようだ。轟音や地震はいつの間にかおさまっていたが、やはりあれは迷宮誕生のせいで起きていたものらしい。
「なんかよく分からないけど…こんだけでかいのが何個もあったら、冒険者達も嬉しい…んだよな?なら、俺らが忍び込んで一個なくしたのもどさくさに紛れるんじゃ…」
「だったらいいけどね…。なんか、イヤな予感がプンプンするわ…!」
ニーナは周囲の奇妙な静寂の中で、警戒しながら辺りを見回していた。俺もゆっくり立ち上がって観察してみると、あちこちの家の窓や扉から住人が外の様子を確認しに出てきていた。
気がつくと大勢の人間が外に出ていたが…誰も、なぜか何も言わない。家族や隣人同士で顔を見合わすだけだった。まるでこの静寂を破ることが、自分達の平穏をぶち壊してしまうと感じているように。
そして、その疑念が現実だと報せるように…街路にある鉄柱に取り付けられていたスピーカーから、ガガッと音が鳴った。
全員が一斉にそちらを向く。そこから発せられる音を一つも聞き漏らさないために。
すぐさまスピーカーから雑音混じりの音が響いた。
《只今の地震によりファルメリーダ外壁で発生した迷宮中から、次々に魔物が外に出てきています!地域の住民は駆けつけた警備隊の指示に従い、速やかに避難してください!繰り返します、只今の地震によりーー……》
「……なんだって?」
迷宮から魔物が出てきている?ニーナ達の話じゃ、そういうことはほとんどないんじゃなかったのか?それも、今の放送の焦りよう…。EだかFだかのランクの魔物ってだけなら落ち着いて対処できるはずだろう。…ということはつまり、出てきているのは少なくともDやC、もしくはそれ以上ってこともあるんじゃないのか…!?もしミノタウロスみたいな奴がいたんだったら、たとえ外壁があったとしてもぶっ壊されてしまう!
「あっ…………うわああああああ!!!!???」
「きゃああああああ!!!!」
ワンテンポ遅れて、住人達が一斉に悲鳴を挙げた。無理もない、よく見るとこの地区も外壁から結構近くの場所だったから。
警備隊の指示に従えと言われていたのに関わらず、我先にと街の中心に走り出す住人。
「わっ、ちょっと!」
もはや逃げることしか頭にないのか、ものすごい表情をして走るうちの一人に突き飛ばされた。俺は勢いよく尻餅をついてしまう。
と、目の前には俺の姿がが見えていないのであろう、全力で走ってくる住人の群れ…。
「リサ様、こちらです!」
アニスが俺の服の襟首を掴み、アパートの壁の近くに引き寄せてくれた。その次の瞬間には、さっきまでいたところを人々が勢いよく駆けていく。
アニスが助けてくれなかったら、今頃はどうなっていたか分かったものではない。大勢の人の群れに踏み潰されて、骨の一本や二本折れててもおかしくなかっただろう。俺はその情景を想像してしまい身震いする。
「アニス、ありがとう」
「礼なら後で結構です。それより、この状況…やばいですね」
そう言ってアニスはスピーカーを指差した。住人の混乱を避けるためか、さっきから延々となり続けている。もっとも、少なくともこの地区においてはすでに意味のないものだったが。
聞いてみると、
《只今警備隊とギルドが協力して安全の確保に動いています!住民の皆様は警備隊の指示に従い、くれぐれも外壁や外門には近づかないようお願いします!繰り返します、ーー……》
「これがどうだっていうんだ?実際そうなんだろうし、俺たちにできることは指示を守ることじゃ……」
「ここから見える範囲だけでも12の迷宮が発生しています。規模からして、その全てから魔物が出てきているとなると大変大勢の人員が必要です」
「その全てを警備隊とギルドが対応しきれると思う?いや、できるできないじゃなくてできなきゃなんないんだろうけど!でも人出が多いに越したことはないでしょ!」
そのニーナの言葉に一瞬耳を疑い、すぐに思い直す。こいつは、ニーナはそういう奴なんだろう。思い至ったらすぐ行動するタイプなんだ。
「……は?だから俺たちが助けに行こうってか?さっきキリの家で話したこともう忘れたのかよ!俺たちじゃどうしようもないし、これ以上勝手したら最悪もっと処罰が重くなるぞ!」
「だからどうしたのよ!そんなのアタシ達が動かない理由にならないでしょ!アタシ達は力を手に入れた!下手したらちょっとした冒険者よりも上なのよ!なのにどうして動かないでいられるの!?」
ニーナは俺の胸ぐらを掴み、顔を近づけてそう叫んできた。すごい形相で思わず驚いてしまったが、ここで引いたら負けだと俺もニーナの肩を掴んだ。
アニスが落ち着かせようとしているのは感じたが、まずはニーナを言いくるめるのが先だと無視して、大声で言い返す。
「俺たちは善意で動けるかもしれないけど、向こうは住民を守る義務があるんだぞ!統率とれない俺らがいるんじゃ、無駄に人員割かざるを得なくなって余計カツカツになるだろ!」
「割かなくてもいいような実力を見せつけたらいいでしょ!魔法具でドカンと一発かませばいいのよ!」
俺たちがこうしてる間にも、煙がどんどん空を覆い、夕方のオレンジ色をどす黒く染め上げていく。煙はなぜかそのまま残り続け、次第に空が見えなくなっていく。
俺はニーナをじっと見据えて、言う。
「俺たちはただの学生なんだぞ」
ニーナも一歩も引かずに俺を睨みつけて、
「ホントにそう思ってる?一人は名門クーロイツ学園一年主席、一人は怪力で鉄壁。そして一人は異世界から天使に呼ばれてきた人間なのよ?どこにただの一般人がいるってのよ」
「自分を過信してんじゃねえぞ。……それに、ミノタウロスがいたらどうするんだ。それだけじゃない。何体もいるかもしれないし、同じくらい強い別の魔物もいるかもしれない。一回死にかけた俺らがどうにかできんのか」
「そんなの行ってみないと分かんないじゃない。てか何よ、やけに知ったような口して。つい最近こっち来たばっかの……」
《現状をお伝えします、只今外壁周辺にミノタウロス他B級の魔物が出現しています!こちらで応戦していますが、万一に備えくれぐれも外壁には近づかないようお願いします!……》
「だとよ」
「……」
なんともタイミングのいい放送がきた。しかし、こんなこと正直に放送する警備隊サイドも問題あるぞ。ただでさえパニックになってるのに、それを煽ってどうするんだ。
ニーナはしばらく押し黙って何か逡巡しているような表情を浮かべた。何かを喋ろうとし、しかし途中でやめて。………やがて口を開いた。
「……アタシは、何かできるのに何もしないのが大っ嫌いなの。経験を得た、力を得た。……それでやることが、一般人と一緒に避難?ふざけないでよ」
「俺はできもしないことを無理やりやることが大っ嫌いだ。大抵ロクなことにならないんだ。確かに人助けは重要だけど、それは今じゃないだろ」
すぐさま俺が反論すると、…なぜかは分からないがニーナはひどく傷ついたような……そっくり自分自身を根本から否定されたみたいに辛そうな顔をして、諦めたようにため息をついた。
「……もういいわよ。アタシ一人で何とかする。アンタは黙っていてくれればそれでいいわ。この腕のとは別に雷の魔法具も借りっぱなしだったけど怒んないでね」
「おい、俺はそういうこと言ってんじゃ…」
「昨日一緒に戦った時は、アンタはやる時はやるヤツだと思ってたんだけど、違ったみたいね。信じたアタシがバカだったわ。じゃあね」
そう言ってニーナは…俺の手を振りほどき、右手の魔法具を展開させた。そして鞄から杖と指輪を取り出し、それも装備する。そしてすぐに俺に背を向けて歩き出した。
「おっ、おいニー……」
「止めないでよ!アタシは行かなきゃいけないのよ!コレはアタシの問題なの!」
「そういう問題ではありませんのでお待ちください」
いきなり俺たちの会話を遮ってアニスが飛び出してきて、ニーナを瞬く間に引きずり倒してしまった。まったく姿を追えなかった。ニーナも同じようで、驚いて声をあげた。
「はっ、ちょっ!?」
かと思いきや、気づけば今度は俺の方に走ってきて、なすすべもなく同様にこかされた。受け身もとれずに勢いよく地面に頭をぶつけてしまった。
「あいたっ」
「ちょっとアニス、何するのよ!」
「落ち着いてください、ということです。二人とも熱くなりすぎです」
「……」
俺たちは地面に寝転びながら、思わず目を逸らした。冷静でないことは意識していながら、それを取り戻す気を完全に放棄していた。
「アニスもリサと同じ意見なの?助けられるのに助けないで逃げるの?」
「逃げるっておい」
「事実じゃない!」
「だからそれをおやめ下さいと言っているのです。……私は、ニーナ様のメイドです。ニーナ様が行くところにいつまでもついていきます」
「だったら…」
「しかし、リサ様の言う通りでもあります。無理を無理やり通してできることはありません。冷静に物事を見るのです。それならば、自ずと答えは見えてきます」
やけに自信ありげなアニスの表情。俺は訝しみながらも聞いてみる。
「……どういうことだ?」
俺が聞くと、アニスは強く頷いて、
「一人で行くことが問題だと言っているのです。四人でいけば怖いものなどありません」
「……は?」
またもや耳を疑ってしまった。唯一冷静だと思っていたアニスが、よもやそんなことを言うとは。
「だからさっきの話聞いてなかったのか?俺たちだけじゃどうしようも…」
「昨日もただどうしようもなかったわけではありませんよ。そして現に今、私は全員無事にこの場にたっています」
「それはディアナが助けてくれたから」
「だとしてもです。そうなるべくしてそうなった、というだけのことです。今あることは全て必然の産物です」
本当に確信しているかのようにそう口にするアニス。宗教か何かの観念なんだろうか。
続けてこう言った。
「それに、昨日のように真正面から向き合う必要はないのです。私達は無謀にも油断してしまい、さらに準備もできませんでした。でも今回は違います。影に身を潜め、できそうなら行き、無理なら撤退する。そうすればいいのです」
「……」
「リサ様。あなたにはあなたの思うことがあるのでしょう。ですが…今回だけは、ニーナ様と私の我儘に付き合ってくださいませんか?あなたがいなければ、やはりどうにもできません」
昨日の迷宮で、俺は何もできなかった。いや、一応倒すのには協力できたけど、それでも危険に飛び込むだけだった。
たったそれだけの俺に、あえてアニスは頭を下げてそう頼み込む。
ニーナは口を噤んで、俺を静かに見ていた。
俺は考える。アニスが言うようにやったとして。…やはり、それでも危険だと感じる。やはり俺たちには実戦経験が少なすぎる。油断するなと言われてまったくしないことはできないし、準備だって結局のところできてないのだ。
……しかし、それでも飛び込まないといけない。暗に、二人はそう言っている。それが自分の使命だと決めつけているように。
そして、それに俺が必要だと。俺がいれば、みんなであれば不可能が可能になると信じている。出会って間もない即席もいいところの四人を。
俺はしばらく悩んだが……大きくため息をついて結局、言う。
「分かったよ。行ってやるよ」
「ありがとうございます。この借りは必ず」
「いいよ別に。借りとかそんなのじゃないだろ。ていうか行くんだったらさっさとキリ呼んでこようぜ」
「ここにいるぜー?」
いきなり下から声が聞こえた。驚いてそっちを見てみると、ニーナの隣に座ってくつろいでいるキリがいた。
「いつの間に来てたんだよ…」
「わりと最初からだぞー。地震があってすぐ来たら、お前らが喧嘩してたから見てたぜー」
まったく気づいていなかった…。なんか恥ずかしくなってくるが、この際どうでもいい。
「まあそういうことなら話聞いてたよな?キリはいいのか?助けに行くか?」
「わたしを誰だと思ってるんだ?そんなおもしろそうな話、乗らないわけないだろー?」
ニヤリと笑ってそう答えるキリ。そうだった、こいつに関しては聞くまでもなかったな…。前の迷宮も、おもしろそうだからですぐさまついてくる奴なのだから。
改めて、またこの四人が集まったわけだ。今度は自分のためではなく、人助けのために。
曇天の中、恐慌を止めるため逃げ道に背を向け、高く立ちふさがる外壁を前に並ぶ俺たちの姿はさながら勇者のようにでも見えるのだろうか。
見回してみると女の子三人しか見えないし、俺なんて小学生もいいとこだから勇者なんて似合わなすぎだな。そんなしょうもないことを考えて、心の中で一人笑う。
ニーナは言った。
「全員揃ったわね。時間食ったしさっさと行くわよ!」
それぞれ武器と魔法具をかまえ、俺たちは走り出した。
続ける気がないわけじゃないです。




