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バツ

「はあ、今日はどっと疲れたな」


ようやく1日の授業が終わり、ニーナと一緒に帰る。よく考えたら女子高生と下校するなんて、かつての俺にはほとんど経験がなかったもんだから一瞬心が踊ったが、今の俺はニーナと同じ女の子、もっといえば義理の姉妹になってしまったんだから何とも空しい話である。だいぶ前からこの流れを何度も繰り返してる気がするが、実際俺がこっちに来てからまだ数日しか経ってないのだ。慣れる方がどうにかしているだろう。


「転校生って大体そんなもんなんじゃないの?、まあシャルルのせいもあるんでしょうけど」


シャルルの名前を出した途端ぷんすことあからさまに敵対心を出すニーナ。一応俺とあいつは友達になったんだし、義理もあるだろうからさっきニーナに誤解を解いてやろうとしたんだが、まだ完全には信用しきれないようだ。よっぽど腹が立ってたらしい。


「当たり前じゃない!だって、事あるごとに突っかかってくるのよ!?訓練の時だけならまだしも、最初の頃なんて休憩ごとに毎回来たし…」


それはただ話したかっただけなんじゃないのかなぁ……。まあ、言わないけど。こう聞くとなんだか微笑ましいものである。

いつか勝手に仲良くなる日を願おう。


と、そろそろ屋敷に着く頃だろう。何回か出たり入ったりしてるから、少しだが覚えてきたぞ。

この道を曲がれば……うん、やっぱりそうだ。これが屋敷の塀だから、あともうちょっとまっすぐ行けば門だ。


今日は部屋でゆっくりしても問題ないだろう。こっちに来てからミノタウロスに追われるわ迷宮に連れ込まれるわアニスに襲われるわ、まったく気の休まる暇がなかったからな。そう考えたら俺だいぶがんばってるんじゃないのか?


とか考えていた時、ふと辺りが騒がしいことに気がついた。人がというより、なんか工事してるみたいな…。


そのことをニーナに聞いてみたら、


「…たしかにそんな感じね。ていうか、これウチからなんじゃないかしら?」


「あ、ほんとだな。お前んち改築でもするのか?」


「いえ、そんな話聞かされたこともないけど…。アンタが増えたからって言っても、部屋自体は余ってるからそういうわけでもないと思うんだけど」


「そうだよなぁ。昨日あてがわれた部屋使ってなかった感じだし…」


そんな話をしながら門をくぐってみると、


「「……はい?」」


そこにはなんとも奇妙な光景が広がっていた。


複数のつなぎを着てるおっさん達(ここは元の世界と似たような感じである)が、地面を掘り起こして何かを埋め込んでいたり、鉄の棒を機械(これもドライヤーと同じように魔力で操作してるんだろう)で加工したりしていた。


その中心であれこれ指示を出していたのは、紛れもなくフンボルトさんであった。


俺たちが呆然と立ちすくんでいると、向こうが俺たちに気づいてきて、


「やあ、もう帰ってきたんだね。できたらその前に終わらせようと思ったんだが、ほら、どうしてもうるさくなってしまうからね」


「い、いや……パパ、これは一体何をしているの…?」


「何って、見ての通りじゃないか。庭を改築してるんだよ」


「これ改築じゃないでしょ!明らかに何かトラップみたいなの仕込んでるじゃない!」


トラップ、という言葉は自分の家のくせに的確に表現できている気がする。なんせ、地面に埋め込まれた何かは、さらに上から土や芝生を被せられてなかったかのようにされているからである。


「トラップだなんてそんな野蛮なことするわけないじゃないか。……ただ、正規の手段じゃない方法で家を出ようとした場合、屋敷の窓から門まで全て開かなくなるようにしてるだけだよ」


「……は?」



またもやニーナが素っ頓狂な声をあげる。そういう俺もフンボルトさんの話が一切理解できなかった。


が、彼は正しい判断をした、というように空を仰ぎ見て、


「僕もね、最初はやりすぎかなとも思ったんだ。しかし最近、大学生のミランダも中学生のナターシャも夜遊びとかばかりだし、ニーナも好奇心が強いというかすぐに危険な行動に出るし。極め付けは昨日、一昨日の迷宮に忍び込んだ件だよ。あれは本当にやりすぎだった。僕も一晩考えて、それでもあれは見過ごせないという判断を下したからこそこういう行動に打ってでたわけさ」


ものすごい勢いでまくし立ててくるフンボルトさん。一見爽やかな笑顔に見えるが、目が笑っていないのが非常に怖い。


そうか、昨日俺にだけ罰があってニーナになかった理由がやっと分かった…!昨日の時点でフンボルトさんの様子おかしかったもの!その時にはもうすでに計画を始めていたに違いない!


「で、でもパパ!これはほんとにやりすぎよ!これじゃあ逆に安心して住めないわよ!」


「そーだそーだ!」


とりあえずガヤを入れてみる。


「大丈夫だよ。外にしか設置してないからね」


「そんなこと言ったって、こんなことするパパを簡単に信じられるわけないじゃない!」


どさくさに紛れて父親に精神攻撃するニーナ。絶対に大して気にしてないだろうことをさも本当のことに言う卑劣な作戦である。


が、すでに覚悟を決めたフンボルトさんにはそんなことものともしないようで、


「だから大丈夫さニーナ。見なよ、今作業してくれてる人たちを。窓に鉄格子をつけて、庭に細工した魔石を埋め込んで、重量や熱を感知した場合僕に連絡が送られるようにしてくれてるんだ」


「普通に変態的だなそれ!」


思わずつっこんでしまった。


と、その言葉に反応したのかフンボルトさんは俺を見て、


「もちろんリサもだよ。家族になったのは昨日とはいえ、やっぱり立派な家族の一員なんだ。家の決めたことにはきっちり決めてもらうよ。他の娘達も今日か明日には帰ってくるからその時また紹介しよう。さ、一度確認するよ。学校からは寄り道せずに帰宅すること。出かけたいなら一度言ってくれたら考えよう」


「は、はは……」


初めて会った時の親バカ感が俺も巻き込まれてしまった。かわいた笑い声しか出てこない。


ニーナはその言葉にプルプルと小刻みに震えて、何やら呟く。


「こ、んなの……」


「に、ニーナ?とりあえず落ち着こう。どうするかはまた考え……」


「認められるわけないでしょー!!」


「へ?」


急に腕を掴まれたかと思いきや、ニーナは大声を張り上げて180度回転し、全速力で逃げ出しはじめた。とっさに思考が遅れた俺は腕だけ持ってかれそうになり、慌ててニーナの後を追う。


「ニーナ、待ちなさい!話はまだ終わってないし許可のない外出は禁止だよ!」


「そんなの決められてきちんと守るバカいないわよ!」


もっともである。

優等生のニーナでさえそう言うなら間違いないかもしれない。


「くっ、いきなり計算が狂った!アニス、二人を追いかけなさい!」


「かしこまりました」


フンボルトさんの言葉と共に、どこからともなくアニスが襲いかかってきた。昨日一緒に行動してたアニスを起用するのは人選ミスのような気がするんだが、ちょこちょこフンボルトさん詰めが甘いというかポンコツだな。


まあすぐさま俺たちに追いついてきたことは単純にすごいと言えるが、


「アニス!今からキリと会う約束してるの!昨日の話の続きよ!」


「ニーナ様。私は旦那様にニーナ様を追いかけるよう指示を受けていますが」


「追いかけるだけでしょ!これはついていけってことよ!」


「たしかにそうですね。かしこまりました」


「ああっ!?アニスが命令を聞かないだと!?」


やっぱりフンボルトさんあんまり考えてないじゃないか。娘のこととなると思考の弱体化が著しい父親である。


結局、俺たちは帰宅早々外出を余儀なくされたのである。



□■□



「そんでうちにいたのかー。まあいいけどさー」


そういうわけで俺たちはキリの家にお邪魔することになった。学校から帰る前はニーナの家で話をする約束だったのだが、屋敷がああなってしまえば仕方ない。帰宅途中だったキリを発見し、そのまま家に入れてもらったというわけである。


「ニーナんちと比べたら何もないんだけどなー、お茶くらいなら出すぜ」


と、高級とは言わなくてもなかなか品のいいカップに紅茶を入れて持ってきてくれた。口調に似合わず小洒落た対応である。見習いたいものだ。


「そういやキリって1人暮らしだったんだな。高校でそれって珍しくないもんなのか?」


「うーん、ちらほらいるくらいかなー。ま、学校から近い方が何かと便利だしなー」


へえ、と思って部屋の中を見回してみる。当たり前にニーナの家ほど広くはないが、俺の元の世界の一般家庭のアパートくらいはあるんじゃないだろうか。相場とかは知らないが、案外この辺の地価は安いのかもしれない。

その部屋の中は、キッチン以外は大量の本と紙でごった返していた。壁一面に本棚はあるもののきちんとしまわれてないようで、机の上に積まれていたり雪崩れて床を見えなくしたりしていた。キリ曰く、これはこれで分かりやすいから大丈夫らしい。それ片付けできない奴の言うことだぞ。


一冊手にとって開いてみたが、案の定魔術関連のものであった。日本語ではなくても謎の力で読めるものの、そもそも内容を理解できないので意味がない。誰か入門書持ってこい。


俺が難しい顔をしていることに気づき、キリが教えてくれた。


「そりゃジャマー向けの上級魔法書だぜ。読めなくても仕方ねーよ」


事も無げに言う。この本の量といい、こいつも勉強熱心な奴だ。クーロイツ学園の奴は抜けてたりもするけど実はみんなそんな感じなんだろうか。


「まあそんなことはどうでもいいだろー?本題に移ろうぜ」


「ああ、そうだったわね。本題っていうのはもちろん昨日の迷宮でのことなんだけど…」


「そうだな、やっぱあの天使がいないことには始まらないな…」


そう、俺たちが今日集まったのは迷宮で起きたあれこれに、時間をかけて話合うためだ。迷宮からとってきた魔法具に加え、天使の件など言いたいことはたくさんあったのに警備隊に見つかったせいで全然時間が取れなかったのだ。まあ不法侵入してる時点で捕まるのは当たり前だし、魔法具とか没収されなかっただけでも幸運といえるだろう。


「魔法具もほとんど天使が持ってるんだろー?」


「そうだな…。俺のアンクレットとニーナの指輪以外、全部あいつが持ってくれたらしいけど」


「昨日の警備隊に見つかった辺りからずっと姿消してるのよね。もしかしたら、呼んだら来るんじゃないの?ほらリサ、やってみてよ」


「どうして俺なんだよ」


「だって、アンタをこの世界に読んだのがあの天使なんでしょ?だったらアンタの呼びかけにも応じるでしょ」


「そういうもんかなぁ…。まあやってみるか。おーい、天使〜」


よく分からないのでとりあえずてきとうにやってみる。…が、やっぱり現れて来なかった。


「ほら見ろ、出てこないぞ」


「アタシに言われても知らないわよ。呼び方が悪いんじゃないの?」


「だったらどうしろってんだよ。召喚魔法とか知らないぞ」


「そんなのしなくてもいいんじゃないのー?天使なんだし、てきとうに敬っとけばくるだろー」


「そんなバカなことあるわけないでしょ」


「まあやってみるか…。天使様ー。哀れな子羊の前に姿をお現しになってくださーい。…よしどうだ」


「雑!」


何が雑なんだ。完璧な祈りだったろ。

…まあ、こんなのにほだされてくるんだったら、天使はニーナの言う通りよっぽどの馬鹿に違いない。


俺たちはなんとなく期待して待っていたが…来ない。


「やっぱり舐めすぎだったのよ。普通にやりましょ」


「普通ってなぁ…」


どうすれば"普通"という括りになるのかよく分からない。何でもいいから早く出ろやこの馬鹿野郎、なんて思っていた次の瞬間。


『ばばーん!哀れすぎて泣けてきちゃう子羊ちゃんのために、この心優しい大天使サマが救いにきてやったぜー!』


と、やたらテンションの高い天使が鱗粉を撒き散らしながら突如空間に出現した。


…いやまじで本気にしたのかよ!


俺たちは心の中で同じツッコミを同時に繰り出していたのだった。

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