バトル
柔道の試合くらいの広さの枠内に入る。シャルルはとっくに準備していたようで、すでに俺の前に仁王立ちで待っていた。
シャルルの手には細い杖が握られている。ニーナも持っていたが、魔法使いのジャンルごとに持ち物は変わるんだろうか。キリは本だったし。
俺は木でできた短いナイフを持っている。もちろん足首にはあの魔法具が付けられているが、あえてあいつに教える必要もあるまい。
ナイフを持っているのは、俺自身に決定打を出すような力がないからだ。まあ、あくまで保身用だ。
「逃げずに来たことだけは褒めてあげますわ」
「いや逃げさせてくれなかったんじゃ?」
「御託はいいですわ。さっさと始めましょう」
「……」
こいつ、ニーナより増して話聞かないぞ。貴族ってのは少なからずこういうもんなんだろうか。
と、クランが審判として枠の線辺りまで近づいてきた。
「一応ルールの確認するぞ。武器は自由。この線より外に出たら負け、あとは気絶させるか降参させるかで勝利となる。なんか質問あるか」
「大丈夫ですわ」
「大丈夫です」
「よし。じゃあ早速いくぞ。……始め!」
クランがそう言うや否や、シャルルはいきなり呪文を唱え出した。この最中に近づいてKOさせられるなら何の問題もないのだが、シャルルは俺を見据えて俺の一挙手一投足を見逃すまいという顔をしていた。下手に近づけば、魔法を変えて軽い技で牽制してくるだろう。
ニーナが言うには、あいつは爆炎魔法を得意としているらしい。爆炎といっても、ジャンルとしてはニーナが得意なものと同じ生成魔法の一種だが。空間を指定して、そこを爆発させる攻撃をしてくるらしい。なんともおっかない。
ところで、一口に生成魔法と言っても、実はこの魔法が一番応用が効いて幅広く使えるため、能力が複雑らしい。もちろんその他の魔法も応用できないわけではないが、使い方がこれと単純化されている場合が多い。キリの罠魔法とか、見たことはないがクランのエンチャント魔法がそうだ。…そうらしい。
その能力の複雑性から、生成魔法系の実力を伸ばすのも一部に絞った方がやりやすいそうだ。シャルルの爆炎魔法のように。
それに比べ、ニーナは生成魔法の属性を多数同時に使用している。しかもそれだけならまだなんとかなるが、全ての属性の理解度・実力が軒並み高いのだ。さらに一部の他ジャンルの魔法も、生成魔法程ではないが平均並み、またはそれ以上使いこなせているらしい。まさにチートと言っても過言ではないんじゃないだろうか。
まあ、それもニーナの努力の賜物だと、この話をしたクランは締めくくっていたが。
「随分と余裕がおありのようですわね!これを見ても同じ顔ができるかしら!?」
と、呪文の詠唱が終わったようで、シャルルが杖をこちらに差し向けてきた。
……くる。
と同時、俺は全力で右前方に飛んだ。飛んだ、というのもあながち間違った表現ではない。なんせ、魔法具の力で跳躍力を底上げしているんだから。
そうして俺がさっきまでいた場所から離れた瞬間、ドカン!!と強烈な爆発が起こった。俺は空中でそれを見ながら、いやこれ気絶じゃすまないだろうと内心肝を冷やした。ある程度は威力を抑えてくれると信じたい。
この魔法を避けるタイミングが完璧だったのは、やはりニーナの助言のおかげである。勉強熱心な性格はこういうとこにも反映されていて、クラスメイトの能力、癖や弱点なんかを自分なりに研究しているらしい。なんかすごいを通り越して気持ち悪く見えてくる。なんというか、普通の進学校で一人だけ東大目指してる奴と会話してるみたいな。
とにかく、シャルルの魔法は杖を指して場所を指定してから実際に爆発するまで、少しのタイムラグがある。いまだ軽めの魔法でもそれは克服されていないようなので、気を抜かなければ当たらないとのことだ。まあ、普通の人なら対策しとかないと少なからず爆風を受けるだろうが。
俺が空高く飛んだのを見て少し驚いたようだが、シャルルは続けて、
「なるほど、それがあなたの能力ですのね!でも空中なら避けられないですわ!くらいなさい!」
杖をまたこちらへと向ける。先ほどの呪文の詠唱は複数回有効なのだろう。…が、タイムラグはおそらくシャルルの爆発場所の距離指定によるものだろう。特に今のように動く的であれば、より複雑になるはず。
……このまま突っ込んでも勝てるだろうが、ちょっと小細工をしてみる。
爆発の瞬間、俺は勢いよく後方へ飛ぶ。俺の能力がただジャンプするだけじゃなくて複数回行えることに気づいてるかは別だが、悪くても目くらましにはなる。
爆炎で自分の身を隠し、今度は真下へ全速力で急降下する。地面が急速に近づいてくる感覚にちょっと体が竦むが、きっちりと足で着地すれば魔法具が吸収してくれるから何の問題もない。
地面に着地すると同時、俺は今度はそのまま前方へと駆け抜ける。そこで一歩遅れてシャルルは俺がすでに下にいることに気づいたようで杖を水平に向けてくるが、こうなってはもう遅い。
距離指定をやたらめったらにして爆発を放ってくるが、俺がすでに通り過ぎたところや、やたら距離が離れたところで爆発が起こったりする。
瞬く間にシャルルが眼前に迫った時、
「くっ……このっ!」
と、彼女は今度は蹴りを放ってきた。まあたしかに魔法は使いものにならないだろうが、魔法を捨てて物理で殴ってくるスタイルはちょっといただけない。
さすがに、俺もこんな後出し攻撃を食らうこともなく……直前でステップを踏み、シャルルの背中へと回り……
首筋にナイフを当てる。
「降参…でいいか?」
ナイフを当てるとは言っても暗殺者のようにナイフを逆手に持ってやるあんな感じではなく、単純に身長が足りないから背伸びして腕を伸ばしてぎりぎり首に当たるくらいで側から見たらだいぶ不恰好だが、模擬としてはこれくらいでいいんじゃないだろうか。
シャルルは首の裏に当たるナイフの感覚に気づいてぴたりと固まり、続いてわなわなと震えだした。
「こ……降参、ですわ……」
「そっか。よかった」
案外物分かりがいい奴で助かった。俺は安心してナイフを下ろす。
と、シャルルはいまだ信じられないと言った顔で、
「……どうして……ですの…どうしてこんな舐めてかかってくる未熟者に……」
と、何やら独り言のような声で呟き始めた。
「別に舐めてたわけじゃねえよ。ニーナが対策を教えてくれた。だから余裕を持ってた。それだけだよ」
「……そうですの……。ニーナさんが……」
俺の言葉を聞くや、今度はほっと表情を緩めるシャルル。……なんだ?ニーナと仲違い、というか険悪な仲なんじゃないのか?なんだその反応。
が、俺の疑問などまったく考えも及ばないというように、シャルルは晴れやかな表情を浮かべた。
「……仕方ありませんわね。私が間違っていましたわ。やはり私は未熟者ですわね」
「……?いや、たしかに勝ったのは俺だけど、ぶっちゃけこれほとんど俺の力じゃないからな。ほんとに一人の力でやってたら、俺はあっさり負けてるよ」
これは本当のことだ。ニーナの助言だけでなく、魔法具に関しても。そもそも、俺の元の脚力自体努力なしで手に入れたものだ。散々努力してるんであろうシャルルからしたら、この力こそチートみたいなものだ。
「……まあ、努力について俺をどう言おうが全然構わないんだけどさ。ニーナのことは認めてやってくれよ。付き合いはお前より全然短いんだけど、あいつはほんとに努力してるし、それに今朝は謙遜してたけど、実際あいつは実戦とかそういうのも考えて、実際そう行動できてるからな。お前が貶すほど、あいつは弱い奴じゃ…」
「……はい?私、ニーナさんを一度も弱いなどと評価したり…ましてや貶すなどした覚えはありませんわ」
「ん?いや、ニーナがそんな感じのこと言ってたような」
「…ああ、この間の口論のことを言っていらっしゃるんでしたら、勘違いなされてるのでは…。まず誤解しないでいただきたいのは、私はニーナさんを下に見ているわけではなく、むしろ尊敬しているんですわ」
と、何やらシャルルは顔を近づけて、俺にしか聞こえないくらいの声で教えてくれた。
ちなみに、もう決闘自体は終わったくせにもたもたしてるもんだから、クラスメイトはおろかクランまでもがどうしようか困ってる様子。
それは置いといて、シャルルの言い分とニーナとの以前の会話を擦り合わせた結果、おそらくこういう流れだと思われる。
前の魔法実習の授業で、ペアでやれと言われたときのこと。
「おーほほほ!ニーナさん、私がお相手になってあげてもよろしくてよ!」と謎のツンデレを披露するシャルル。
この時点で喧嘩を売られたと勘違いしたニーナだが、一応了承。
ある程度時間が経った時、「攻撃が来ると分かってから実際に発動するまでにラグがあるわ。魔物と対峙するまでには、ここを直さないと使えないわ」とニーナ的には親切に言ってるつもりだが若干角が立つセリフ。
で、なるほどと思いつつ恥じらいと対抗心から、「ご忠告感謝しますわ。ですが、あなたはどうかしら?複数種類を伸ばすより先に決め手がなければ器用貧乏になるのではなくて?」とシャルル。ついでに他クラス合同訓練でガヤを入れる取り巻き。
プライドがやたら高いニーナが、売り言葉に買い言葉で「アタシの能力は充分に通用する」と息巻き、シャルルはやってしまったと後悔するが時すでに遅し。シャルルの内心の心配をよそに、ニーナは迷宮につっこんでいった。
……というわけである。
うん、なんというか。
「お前ら、不器用すぎるだろ……」
素直に言葉を吐くことができないシャルルに、勘違いと早とちりが過ぎるニーナ。
……まあ、こいつらの喧嘩はこいつらに任せよう…俺は大したことはやってないのにどっと疲れた気分だ…。
□■□
結局シャルルがニーナを嫌っているわけではないということが分かったが、そのことをニーナに伝えようとしたらシャルルに止められてしまった。
理由はというと、
「だって…恥ずかしいじゃありませんの!ニーナさんは私の目標であり、尊敬すべき方なのですわ!お慕い申し上げておりますが、そのことを伝えるのは私からでないと…」
「へえ…?じゃあ、お前から言ったら?」
「まだだめですわ!まだだめですわ!」
ということらしい。なんかよく分からんが、きちんと実力をつけてニーナと並べるようになるまではダメ、なのだそうだ。よく分からないがえらい立場の人はそう思うんだろうか?
俺たちは決闘?が終わった後、変に勘ぐってくるクラスメイト達をよそにそのままペアで訓練する体を装って、さっきの話の続きをしていた。
「まあ、悪い奴じゃないってことは言っといてやるよ」
「ほ、本当ですの!ありがとうございますわ!…でも、悪い奴と思われてたんですのね…」
と、感謝と悲哀の両方を浮かべるシャルル。その辺は自分の不器用さを怨んでくれ。
「そういえばさっきから気になっていたんですが、あなたってそんな喋り方でしたっけ?」
「?そうだけど?」
「自己紹介の時とかはもうちょっとお淑やかだと思いましたのに」
おや?そんなつもりはなかったんだが。まあ、大勢の前で喋る時は若干かしこまるから、敬語を使ってて気づかれなかったのかもしれない。
「まあ元々こういう喋り方だから、気にしないでくれよ。俺もこれが慣れてるし…」
「それはいけませんわ!」
と、急に声を荒げてくるシャルル。
「あなたのように可憐なお姿をしてる方が!ましてやニーズベルグともあろう方がそのように野蛮な殿方のような口調であるのは、私が認めませんわ!ニーナさんもそれでお許しなさってますの!?」
「へ!?いや、まああいつも慣れてるんじゃないかな…?」
「ダメですわ!リサさんもこの現実を重く受け止めるべきですわ!一体どうしてそうなったんですの!?もしかして、ファルメリーダに来る前に住んでらしたご実家でそう教育されましたの!?」
まあ、大部分の説明をはしょったらそれで間違いはないかな…?
しかし、元々男だからこういう喋り方が普通だし、他の奴らも最初は変に思ったみたいだがすぐに慣れてくれたから大丈夫かと思ってた。というかキリの語尾も〜だぜとかだから全然大丈夫だと思ってた。
あとシャルルのニーズベルグに対する絶対的な信頼感はなんなのか。思ってたより大貴族なのかニーズベルグ。
「そうですわ、そうですのね!全て繋がりましたわ!ご実家が殿方ばかりであったため、淑女として正しく教育を行わせてもらえなかったのですわ! お屋敷に閉じ込められて勉学に励むこともお許しになられなかったのですね!お体も年相応に成長なさられなかったのですわ!その結果無意識に脚力を爆発的に増強させる魔法に目覚めてお屋敷を脱出してニーナさんの元へ逃げ込んだ、そういうわけでしたのね!」
「すごいぶっ飛んだ把握の仕方だし全然違う!」
無理があるだろその説明!
「でも大丈夫ですわ!ニーナさんやご家族の方は無理に勧めていないようですが、私がきちんと淑女の嗜みを教えて差し上げますわ!不肖この私、礼儀作法は厳しく躾けられておりますのできっとリサ様を望むべくご成長差し上げられますわ!卒業まで、いえ一年もすればあなたのその小学生体型からも卒業できて、見事な淑女になることができますわ!」
「いやいい!大丈夫!間に合ってる!俺はこれで満足してる!というか淑女になるための躾で体型に変化は生まれないから!」
これはたぶん元々だから!
が、シャルルはもうすでに話を聞いておらず、一人で勝手に盛り上がっていた。俺がいくら止めようとしても奴は振りほどいて妄想世界にトリップしている。
だめだこいつ…。
本日何度目かになるのかニーナに助けを求めたが、話はおそらく聞こえていないだろうが相変わらず馬鹿を見るような顔をするばかりで相手にしてもらえなかった…。
ついでにキリのものらしい爆笑の声も聞こえていた……。
……もういいか、どうにでもなってくれ……。
こうして、転校初日のごたごたは幕を閉じたのだった。




