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お嬢様

「よし、入ってきていいぞ」


という声が教室内から聞こえたため、俺は扉をあけた。


ガラガラと横にスライドするタイプの日本の教室と同じような扉を抜けると、それまた同じような教室が広がっていた。


教室の一番手前に教卓があり、その後ろが黒板。教卓の奥には生徒が並んでいて、男女ばらばらに大体30人くらいだろうか。机も同じような形だ。


日本と違うところと言ったら、やはり目につくのは髪の色だろう。金髪どころか銀、黄、赤、青、緑、オレンジ……あ、あれはニーナか。教室の一番窓際の真ん中らへんに座っていた。あとキリもいた。そういやクラスメイトとか言ってたっけか?同じ学校とは覚えていたが同じクラスってのは忘れていた。


まあ、知ってる奴が二人もいるのは気が楽だ。フンボルトさんの計らいなんだろうか、というか貴族といえども親一人が計らったところでクラスとか決められるもんなのか。


……そんなこと言ったら俺が新連載漫画のヒロインよろしくこんな急に転校してること自体おかしいのだが。


「じゃあ、自己紹介頼む」


クランに促されて教卓の前に立つ。思ったより高くて肩くらいまであったので困ったが、こんなとこで詰まるわけにもいかない。学校とは最初の自己紹介が大切なのだ。


というわけで、屋敷でフンボルトさんとニーナであらかじめ決めていた設定を語る。


「は、はい。えーと、リサ・ニーズベルグです。ニーナさんとはいとこの関係なんですけど、色々あってこちらに移させてもらいました。勉強も魔法も苦手なんですけど、がんばります。よろしくお願いします」


ふう、詰まらずに言えた。この自己紹介、俺の本来の名前に一切かすってないのにこれでいくことを認めてる感じになってるし、どことなくつっこんではいけない空気醸し出してるし、若干媚び売ってて自分で心苦しいのだが、仕方ないのである。必要悪なのである。


さっとみんなの顔を確認してみたが、可もなく不可もなくという評価な感じの表情だった。一部男がなんか邪悪な顔をしてるような気もするが、ロリコンでないことを願いたい。


「よし、じゃあ席はとりあえず、一番後ろの窓際から二列目のとこに座ってくれ。今から授業までの時間はリサと仲良くなるなりなんなりしといてくれ。じゃあ解散!」


解散って飲み会帰りじゃないんだから。普通起立礼着席じゃないのか。


まあそんなどうでもいいことはともかく、言われた席に座る。元々の生徒数の関係か、俺の右には席がないがありがたい。囲まれたら視線が気になって仕方ないし。


………て、おや?やっぱり視線を感じる。


というか、一番後ろの席だから視線というか体ごとこっちに向けてきている。俺に対する興味がまんま見た目に出ていてなんか怖い。


なんでだろう。俺の自己紹介は普通オブ普通だったはず。そんな後ろ振り返ってまで興味をそそるほど魅力的な存在か、俺は?


ちょっと違うこととしちゃあ、見た目が中学生だか小学生だかでまあ俺的にも可愛い感じで、この町の貴族であるニーズベルグ姓で、学年トップのニーナのいとこ……。


いや思ったより普通ではなかったわ。


クランが教室から出るやいなや、クラスメイト達がわっと俺の席の周りに集まってきた。


「ねえねえ、君ほんとに高校生!?」


「ニーナのいとこってことは昔からあってたの?昔のニーナってどんな感じだった?」


がやがやと質問攻めしてくる。本当に高校生かどうかと聞かれたら高校生ではないのだが、彼女の質問はもっと幼いだろみたいな意味だろうからなんともよく分からないことになっている。


「高校生だよ。親戚で集まったりもしなかったから、ニーナと会ったのはつい最近だよ」


俺がそう言うと、周りの空気がぴたりと止まった。どうした?俺なんか地雷でも踏んじまったんだろうか。


内心ドキドキしていたが、


「声可愛い~!!ほんとに小学生みたい!」


「なんかもう妹にしたい気分だわ!ていうかいいよね!?いいよね!?」


「ちょ、女子だけずるいぞ!お兄ちゃんの役割はオレがもらうぞ!」


「は?うわっ、ちょっとやめっ!?」


急にもみくちゃにされ始めた。がやがや感がより一層増し、俺の視界が人で埋め尽くされる。

男のラッキースケベ狙いを巧みにブロックしつつ、女子は普通に俺の体を触りまくっていた。


「だ、誰か助けてー!ニーナー!」


頭をわしゃわしゃと撫で回されながら、なんとかニーナに助けを求める。が、ニーナはやれやれと我関せずといった顔でこちらを見ていただけだった。

ついでにキリも見てみたが、ニヤニヤしながらこっちを面白がっていた。


つ、使えない奴どもめ…。


為すすべなしと諦めかけたその時、鋭い声が教室内に響いた。


「静かにしなさい!!」


その瞬間、ぴたっと空気が止まった。途端に俺にべったりくっついていた奴らがバツが悪そうに少し距離を置く。


さっきまでとはえらい空気の差である。その声の主の方を見てみると、そこには一人の女子生徒がいた。


金髪の碧眼の美少女。長い髪は外側に軽くはねている。かわいいというより美人というのが似合う容姿だが、明らかに不機嫌そうな表情をしていた。


よく通る声で続ける。


「いくら転校生だからといって、誇りあるクーロイツ学園の生徒がやかましく騒いでいい理由にはなりませんわ。自覚が足りないのではないかしら。浮き足立って目の前のことばかり囚われずに、少しは勉強なさるべきではなくて?」


くどくどくどくどと、高貴な口調で悪口や小言をまくしたてる。こんなお嬢様口調現実に遭遇するとは思わなかった。なんせ貴族のニーナですらあんな感じなのだ。小言を言われているのは置いといて物珍しいのでじっくりとそいつを眺める。


「な…何かしら?それに、あなたの方こそですのよ?ファルメリーダの誇りある貴族のニーズベルグの姓を持つあなたが、なぜ勉強も魔法も苦手などという事態になっていらっしゃるの?それなのにへらへらしていられるなんて考えられませんわ!あなた現状についてどう思ってらっしゃるの!?」


「え、いやまあ、このままじゃだめだなーとは…」


「いいえ!本当にそう思ってるならば今すぐにでも本を開き勉強しているはずですわ!そうしないのはただの怠け!少しはニーナさんを見習ったらどうなのかしら!?」


「ご、ごめん…?」


段々ヒートアップして金髪お嬢様が俺にどんどんと近づいてきて、ついには顔をつきあわせて睨んできた時、バン!と大きな音がした。


またもや全員が驚いて押し黙る。その音がなった方を見てみると、今度は話に上がったニーナだった。

大きな音は机を勢いよく叩いた音だったらしい。


「あなたこそ静かにしてくれないかしら。そんなに勉強したいなら、今から次の授業の予習でもしといた方がいいんじゃない?」


ツーンとした態度でそう言い放つニーナ。なんだこいつ、学校ではこんなキャラで通ってんのか?…いや、俺を助けてくれてるのか。


「……、そういえばニーナさん?あの話は結局どうなさったのかしら?すぐにでも証明してやると息巻いていらしたけど」


「…もちろんすぐに行ったわ。でもアンタの言う通りだったようね。実戦で確実に使えるのはまだまだだったわ。単純に、アタシの力不足よ」


そう言い切るとニーナはもう会話する必要なしといった顔で分厚い魔道書かなんかを開いた。金髪お嬢様はそれを見て顔を真っ赤にして何か言いたげな表情を浮かべたが、プイと顔を逸らして自分の席へ戻っていき、机の中から教科書を数冊取り出した。そして、ニーナの言葉にそのまま従ったのか本を開き大人しく勉強し始めた。


そうして、俺を取り巻いていた生徒たちもどうしていいか分からそうに、自分の席へとぽつぽつと戻っていった。教室内が重々しい空気に包まれる。


………いや、この中で一番正しいのって、転校生をもてなそうとしてくれた普通の生徒達ではないのか……?ちょっとやり過ぎな面はあったし俺も困りはしたけど。転校生きた日の休み時間まで勉強しかしないクラスって方が怖いんだけど……。


俺の心の叫びは何人に届いたのかは分からないが、結局この空気は教師が来て授業が始まるまで続いていた。



□■□



「いやまったく、初っ端からあんな奴に絡まれるなんてついてないなぁ」


昼休み。授業の間の休み時間は毎回俺がクラスメイトに質問攻めされまくってちょっと困っていたんだが、昼休みはその包囲網が形成される前にニーナが連れ出してくれた。今は中庭のベンチに座っている。


ついでにキリもついてきて、三人で飯を食うことになった。


「というかニーナってあんなガリ勉キャラだったのか?なかなかピリピリしてて怖かったんだけど」


「別にそんなんじゃないわよ。勉強は普通にしてるけど。あの時はアンタが絡まれてたから助けてあげたんじゃない。アタシは遊ぶときは遊んでるわよ」


「なんだ、やっぱそうだったのか。ありがとな。……そういやあのお嬢様なんだったんだ?誰かれ構わず当たり散らしてたじゃないか。カルシウム足りてないんじゃないか」


「……まあ、あいつはいつもああよ。シャルル・アザリアって名前なんだけど、同じ貴族でもわりと名のあるウチが気に入らないのか、よくアタシにつっかかってくるやな奴よ」


「へえ。あいつも貴族なのか。…って、この学校そこまで貴族とかいるわけじゃないのな」


貴族なら、あんな喋り方の奴がいてもおかしくないのかもしれない。


「そうね、もちろん他の学校よりは多いと思うけど、普通の家柄の人の方がよっぽど多いわ。名門校って言っても、真面目な奴も不真面目な奴もいるわ。…まあ、今朝のはちょっとやりすぎだった気もするけど」


たしかに平然とセクハラされる状況が普通だったらちょっと考えを改めたい。


「あ、あとあいつだったのか?ニーナが迷宮に忍び込む原因になったやつって」


今朝のシャルルとニーナの会話を思い出す。あの話がどうとか、実戦で使えなきゃ意味ないとかなんとか。


俺がそう言うと、ニーナはちょっと口を尖らせてこう返す。


「…そうよ。この間もちょっと口論になって、売り言葉に買い言葉で…。アイツに弱み見せるわけにはいかないって思っちゃって」


「……あれで本気にするってのも、お前もだいぶ喧嘩っ早い性格してるなぁ…」



いやしかし。あのシャルルという女、少なくともニーナに対してはそんな敵対心を感じなかったけど。もちろん俺とか他の生徒には勉強勉強って言ってくるが、ニーナは学年トップなんだろ。


「そういやお前、にゅー生活はどうなんだー?授業ついてけてんのか?」


と、キリがそう言ってきた。


「ああ、魔法学以外は意外と何とかなってるよ。驚いたんだけど、なぜかこの国の文字読めるんだ。明らかに元いた世界のとは違うんだけど、これは天使のおかげかな。だから思ってたよりは楽だよ」


この世界は魔法には特化しているが、科学の面では地球の方が何倍も優れていたからな。数学やら理科やらは、ある程度なら理解できることも多かった。


「なんだ。てっきり泣きついてくるかと思ってたわ。……とにかく、シャルルには気をつけなさいよ。さっきまでは大人しくしてたけど、次は魔法学実習の授業よ。何ふっかけてくるか分からないんだから」


心底気に入らないという顔でそう忠告してくるニーナ。いくらなんでもクラスメイトをそんな目の敵みたいな扱いしなくてもいいのにな。

ふっかけてくるとは言っても、どこぞの魔法学校みたいに決闘挑んでくる訳でもないだろうに。あのくらい可愛いもんだろ。


俺がそう楽観的に口にしたが、


「だといいけどね……」


ニーナはやれやれと首を振るだけだった。



□■□



「決闘ですわ!」


マジで挑んできた。


いやそんなベタなことを昼休み明け早々言ってくるとは思わなかった。ニーナに目で助けを求めたが、やつは胸の前で小さく罰印を作るだけだった。こうなったらこいつは止められないのだろうか。勘弁してほしい。


「あのーシャルルさん?さっき言ったと思うんですけど、魔法できないから勝負にならないと思うよ?」


「そんなはずありませんわ!いくら魔法もできないポンコツだからといって、何もないはずないでしょう!何か隠してるに違いありません!悔しかったらそれを見せなさい!」


「悔しいってそんな…。て、ていうか今授業中でしょ?さすがにこんな身勝手なことでき…」


「別にやっていいぞ。本気で危なそうなら止めるが、これも一種の魔法力を伸ばす方法だな。それに実際、お前の力がどんなもんか見ときたいしな」


というクランのありがたいお言葉。いや実際俺の力とかゼロに等しいんですけど…。


「ルールはもっとも単純なもので行いますわ!フィールドは床に赤い線で書かれた枠内!武器は自由、勝敗は相手に負けを認めさせるか気絶させるか!よろしいですわね?」


「展開はやいっていうか、気絶させられたくないんですけど…」


「五分後スタートしますわ!さっさと準備なさい!」


話を聞いてくれよ。

周りの奴らが面白がって囃し立ててくる中、ニーナが近づいてきた。


「大丈夫?…なわけないわよね」


「当たり前だろ…。相手は変な奴だけど貴族のエリートなんだろ?魔法使えない俺にどうしろっていうんだ」


「まあたしかにそうなんだけど。でもあいつこそ実戦慣れしてないわ。型に忠実というか、奇策に弱いってとこあるし」


「それを理解してるお前は何なんだ…。型に忠実だろうが、俺はその型自体知らねえんだって。それに魔法無理なんだし、殴って倒せっていうのかよ…」


「あ」


急に間抜けな顔をするニーナ。俺は怪訝に思って聞いてみる。


「どうした?」


「それよ!」


「何が」


「だから、魔法が使えないんだったらそれ以外でやればいいのよ!アンタ、今迷宮で手に入れたあの魔法具持ってるでしょ?」


「え?ああ、一応」


ポケットから白とエメラルド色に輝くアンクレットを取り出す。他の魔法具は天使が持ってて、昨日以来会ってないから取り出しようがない。


ニーナはそれを見てニヤリと笑う。


「それがあれば勝てるでしょ」


「…え?魔法使わなくていいの?それに、魔法具使うのもなかなかずるい気が」


「何でもありって言ってたでしょ?」


「……まあ、仕方ないか…」


やるしかないだろう。どうせあいつ、てきとうに降参しても認めてくれなさそうだし。


無抵抗で気絶させられるわけにもいかない。ここはひとつがんばらねばいけないようだ。

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