新生活
「おはようリサ。……て、どうしたのアンタ」
「聞くな…」
翌日。まだ早朝といった時間だったが、ニーナに叩き起こされた。その時にはもうすでにアニスはいなかったのだが、その惨劇は俺を見てありありと伝わったようである。
ニーナも何かしら心当たりがあるのか深くは聞いてこなかったが、代わりにこう言った。
「パパから聞いたわ。アンタ学校に通えるようにしてもらったそうじゃない」
「あ、ああ。そうなんだよ。いつかは知らないけど、とりあえずゆっくりでも用意しないとな」
「え?アンタ何言ってんの」
「え?」
「学校、今日からよ」
………。
「いやいやいや!早すぎだろ!昨日の今日でどうにかなるもんじゃないたろそれ!」
「早いに越したことはないの!ほら、8時半には学校つかないといけないのよ?8時に出発するとして、今6時前。ぐずぐずしてる暇ないのよ!さ、まずお風呂入るわよ!」
「いやだから急っていうか、って風呂!?」
「当たり前じゃない。アンタ昨日も入ってないんでしょ?そんなんで登校させてられないわ!」
「あ、いや昨日トイレイベントとアニスイベントというどぎついの2つ経験してもうお腹いっぱいだから、うん、ちょっとこの体に直面するのはまた後日にしたいところで」
「バカ言ってないで、さ、入るわよ!アタシが洗ってあげるから!」
「そういう問題じゃなーーーい!!」
そんなこんなで風呂に連れ込まれた。そこでの出来事は割愛させていただくが、まあ幼い少女だったなとか、どうせならおっぱいもう少し大きかったらよかったのにとか、そんなことを思ったことだけは伝えておく。
ちなみにニーナはタオルを巻いていたので裸は見れなかった。見られ損。
そんなこんなで風呂から上がり、髪を乾かしてもらう。まんま元の世界のドライヤーみたいなのがあったが、電気を使ってるわけではなく中に埋め込まれた魔石に魔力を流し込むことで温風をだしているとのことだった。
なんというか、何から何までやってもらって申し訳なくなる。
「というかこういうことってメイドの仕事なんじゃないのか?ニーナって自分でやってるのか」
庶民というか大抵の人間にとっちゃあ自分でやるのが普通だろうが、異世界のコテコテ金持ちなら全部お世話してもらってそうなものである。その割にはニーナの手つきは手慣れている。
「やってもらってるわよ。今はアタシがいつもやってもらってるのを真似してるだけだから、全然うまくないんだけどね」
「へえ。すごいうまいから習ってんのかと思ったよ。やっぱお前飲み込みがいいんだな」
「バッ………!」
「ん?」
「なんでもないわよ!」
ちらりと見てみたら顔が真っ赤になっていた。こいつはきっちり風呂に入ってもないだろうにのぼせたのか?変なやつめ。
そうして完全に乾かして軽く整えてもらったあと、まずリビング?へと向かった。食事よりもまず、ということらしい。
「どうしたんですか?」
「なに、今日から学校に通うんだからね。それの用意を済ませておいたんだ。制服と、教科書一式だね」
「おお…本当にありがとうございます」
今日は朝から申し訳なくなりっぱなしである。今後自立できたら出来る限り恩返ししていかねばならないな。
「制服はアニスが用意してくれたよ。女性のものは女性に任せるのが一番だからね」
なんだこのおっさん。紳士すぎるんちゃうか。
というか簡単にアニスとか言ってトラウマをほじくらないでほしい。
「まあ、でかけるまで一時間もないからね。早く着替えてきなさい」
「はいパパ」
「あ、うっす」
などと言ってあてがわれた部屋に持って行ってはや数分。制服および下着類を前にして、なんともいえない気分になっていた。
なんたって、女物の服装である。何もここまで立て続けに女の子になっちゃった時のあるあるイベントをこなさなきゃならないんだろうか。
特に着せられるならともかく、自分から着るとなるとなんか一線こえた感じがして嫌だ。
…嫌だが、やらねばならぬ時もある。学校とはそういうところだ。
着ていた部屋着を脱ぎ、箱にまとめて入っていた服を取り出す。俺の幼い体に似合った可愛らしい下着に、小さな制服。見た目から判断して中学生のものでも用意されたらどうしようかと思ったが、どうやらニーナと同じもののようだ。もちろん、異世界の学力的には中学どころか小学生にも劣るだろうが、知り合いもなしに自分とかなり年の離れた子供たちと馴染める気がしない。高校ならこないだ卒業したとこだし、まだなんとかなるだろう。
いやでもニーナのいる高校ってだいぶ名門って言ってなかったか…?それはそれで馴染めないんじゃないのか…?イジメ怖い。
そんなことを言っててもどうしようもない。覚悟を決めて制服に腕を通す。
スカートの前後とかあるのかとかそういう疑問点を無視すれば、着替えは特に問題なく行えた。疑問点を無視したらどこに問題が発生するのかとか聞かれても困る。
それにしても、このスカート短すぎるんじゃないのか?丈が膝よりだいぶ上なんだけど…。くそ、これもアニスの策略かよ。
出来る限り足が隠れるようにスカートをずり下ろし、着替えを完了させる。これだけでも結構な時間を食ってしまったから、急いでさっきいたところに戻った。
「遅いわよ。…でも中々似合ってるじゃない」
「お、おう。それはよかった」
「さ、早くご飯食べなさい」
「ああ」
時間はまだ7時半。8時に出ると言ってたから、まだちょっと余裕はある。
さっきまでやたらと慌ただしかったから、少し休息をとれ……。
「あ」
「?どうしたのパパ」
「…そういえば転校初日は早めに来てくれ、という話をされたのを今思い出したよ」
「え、何時?」
「8時」
なるほど。確かに準備とか説明で時間がかかるんだろう。30分早いというのも頷ける。
……て!
「じゃあもう出発しないといけないじゃないですか!」
「いや、普通に歩けば20分もあれば着くからまだ大丈夫さ。用意はメイドに頼んでおくから、早くご飯を食べれば問題ない」
「な、なるほど」
そういうわけで急いで口にかきこむ。が、小さい俺の口ではなんとも進むペースが遅かった。
□■□
そんなこんなで結局時間ぎりぎりになってしまい、全力で走って走って、学校に着いた頃には7時57分だった。本当にぎりぎりである。
もちろん、ただでさえ早い俺の脚プラス例の跳躍力が増す魔法具を使えば一瞬で着くのだが、いかんせん場所が分からない。というわけでニーナに着いてきてもらったため、結局この時間になったということである。
「はあ、はあ…。流石に誤算だったわ…。でも何とか着いたわね。職員室はこっちよ、着いてきて」
門をくぐると、俺はその光景に思わず圧倒された。もちろん、名門の学校の周りということで、そこそこ辺りの建物も立派なものではあった。だが、このクーロイツ学園とやらは格が違った。
赤レンガで統一された巨大な建造物があちこちに建っていて、地面には芝生が敷かれている。建物同士を繋ぐ通路も建物と同じレンガが用いられているし、その両脇にはバラのような花々が咲き乱れていた。校庭の中央には、これまた立派な彫刻が施された噴水がどどんと置かれていた。
まだ8時という早めの時間だからか人はまばらだが、ちらほら見かける人も教養が感じられる。……まあ、これに関しちゃキリみたいな大雑把な奴もいるし、見かけで判断するべきでもないんだろうが…。
辺りの建物見物をしながら職員室へと向かう。イメージの中世西洋って雰囲気以外は普通の職員室だった。
失礼します、とこれまた普通な挨拶とともに、ニーナが職員室の扉を開いた。
それに気づいた中の教師達の数人がこちらへと振り返った。俺もその人物達を一瞥する。
まず、一番手前の男。新任だろうか、まだ20代くらいなように見える。青い髪を右に流していて、切れ長な目と合わしてクールな印象を受ける。
次に、その隣に座る中年のおっさん。短い金髪はぼさぼさで手入れの雑さが伺える。がっしりとした体型で、結構教師歴も長そうである。
そして、その席の向かいに座る緑髪の女性。頭のうしろで二つくくりにされていて、なんとなくおっとりしてて優しそうだ。おっぱいでかいし。こんなのが保健室の先生だったら最高という他ない。
奥の方の人はよく分からんが、またすぐに会うことになるんだろう。
そのうちの青髪の男が立ち上がり、俺達の前まで歩いてきた。
「おはようさん。君がニーズベルグさんの言ってた娘さんか。思ってたよりちっちゃいな。俺はクランという。ニーナと同じウチのクラスになるからよろしくな」
「あ、よろしくお願いします」
見た目からしてやたらキザな喋り方なのかと思ってたが、案外フランクな人である。若いから感性がまだ似通ってるのかもしれない。ちっちゃいは余計だが。
「今日からさっそく授業にも参加してもらうが、システムとかどのくらい知ってるんだ?ニーズベルグさんの話じゃ、今まで学校に通えてなかったとか」
「えーと…そうですね、あんまり分からないのでできたら最初から教えてほしいです」
「なるほど、了解。まあなんだ、まず1日の授業だが、基本的に一限から六限まである。まず普通の座学だが、国語、数学、理科、社会の必須4つと、選択で外国語を一つ、あと芸術も一つ、で体育もある。んで魔法学に関しては、授業としては座学か実技。座学は魔法学概論とか魔法史とかみたいなのも含んでる。実技は模擬訓練みたいなのとかもあるし、自主練みたいな感じの時もある。……ま、色々だな」
「は、ははぁ……」
一気に説明こられた。
まあ、基本的なのは元の世界と大体一緒っぽいな。違うとしたら、英語……いや、外国語か……が必須じゃないのと、あと魔法学に重点置かれてるカリキュラムってことか。
必須授業に関しても元の世界とは全く違うと考えていいだろう。国語は作者が違うんだから当たり前だし、数学はどうなんだろうか。大体一緒かもしれないが、まず文字が違ったらどうしようもないな。社会も歴史そのものが違うし、理科だってこの世界独自の法則があるだろう。
つまり、俺が高校を卒業したことは何のメリットにもならないということだ。なんとも世知辛い。体育と芸術くらいは一緒であると願いたい。
「あとは校舎だな。ここは職員棟。二階は生活指導室と生徒会室とかだな。正門入ってまっすぐ行ったとこにある一番でかくて立派なのが教室棟。一階は多目的室とかで、二階から順に一年、二年、三年の校舎。そんで右手にあるのが体育館、その地下が魔法訓練室。左手がホール。あとは…まあ、とりあえず今はそんくらいでいいか。何か質問あるか?」
「いえ、今のところは」
「うし、ならよかった。というかお前、見た目に反して礼儀正しいな。もっと子供っぽいかと思ってたが」
「はは…」
俺に可愛げを求められても困るけど。
そんなこんなで話してるうちに時間が近づいてきたので、ニーナが先に教室へ行った。その後少ししてから俺とクランという教師も向かう。
「そういや言ってなかったが、俺は座学は数学を教えてる。得意魔法はエンチャント系。ニーズベルグ…は紛らわしいな。リサでいいか?」
「はい」
「よし。リサは何か得意な魔法とかあんのか?」
「得意?」
得意とかそういうの以前に魔法を使えない俺に分かるはずもない。キリの罠魔法とかだろうか。
「例えばそうだな…ニーナの奴は割と器用だからな、何でもうまく使いこなしちまうが…あえていや、火か雷とかの生成魔法だろう。他にもめっきり伸びてるのはキリって奴の罠魔法とかな」
まさにその名前が出た。
というかなんなんだ。こいつ全員のこと名前で呼んでるじゃねえか。とんだジゴロだ。
「特に…というか、魔法あんまり使えないんですよね」
隠しててもどうせばれるので、今のうちに言っといた方がいいだろう。そう思って正直に言った。
が、それを聞いてクランは怪訝そうな顔をする。
「そうか…?聞けば聞くほど妙な話だな。学校に通ってなかったし、魔法もとは…」
「い、いやぁ……」
「よっぽどの箱入り娘だったんだろ。大変だなお前も」
「え!?あ、そうです、そうなんですよね、はははは!」
急に推測が突拍子も無い方へいってくれたおかげで助かった。この一瞬でわんさか嫌な汗かいたぞ。
と、ついに教室に着いたようだった。同時にチャイムが鳴り響く。
その音を聞き、クランは俺の肩をぽんぽんと叩き、
「じゃあちょっとしたら俺が呼ぶから中に入ってくれ。そしたら自己紹介とかさせるからよろしく」
と雑な段取りを説明し、さっさと教室へと入っていった。
ホームルームが始まったということで、途端に廊下がしんと静まり返った。なんだか急に緊張が押し寄せてくる。
「……まあ、大丈夫だろ」
そう俺は呟いて緊張をごまかし、教室の扉を見据える。
この奥に新たな生活が待ち受けている。この世界で生きる第一歩なんだから景気良くいこうじゃないか。
俺は大きく息を吸い込み、より気を引き締めて呼ばれるその時を待った。




