終結
中に入っていたものは、金属やよく分からない素材でできたアクセサリーのようなものがいくつか入っていた。てっきり伝説の武器みたいなのが入ってると想像していたから、思わず拍子抜けしてしまった。
「リサ、早くしなさい!」
「あ、ああ!了解!」
訝しがってる暇はない。何の力を秘めてるかはしらないが、それらを片っ端から拾い上げる。
「リサ、早く!!」
「分かってるよ!!」
そして最後の一つを拾い上げ、
「よし終わったぞ!今からそっち向か……あ」
「リサッッ!!」
後ろを振り返る。そこにいたのは、走りながら横薙ぎにフルスイングしようとしている、ミノタウロスの姿が。
まずい。だが、躊躇なんかしていられない。魔法具とやらの使い方も分からない俺にできることは、これらをニーナに届けることだけなんだから。
奴が斧を振り抜く前に、その懐をくぐりぬけてやる。炎の供給が止まってるのに相変わらず体中が燃え盛っていて近づこうものなら焼かれるが、今更そんなことくらいならぶった切られるより全然ましだ。
「うおおおっ!」
俺は思いっきり踏み込み、駆け出す。
「……は?」
何の冗談か。俺の体は空高く舞い上がっていた。
体力も足も限界をむかえていて、さらには両手いっぱいに魔法具を抱えているのに。どこに俺はこんな飛び上がる力を携えていたんだろうか。……て、魔法具?
「これが魔法具って奴の力か……!」
よく見てみると、抱えたアイテムの一つが小さく光を発していた。どうやら、これが俺にこんな所業をさせてみせたらしい。
とにかく、俺はミノタウロスの頭上高く舞い上がり、見事その攻撃を空振りに終わらせてみせたようだ。なんて爽快な気分だ。こんな絶望的な状況なのに思わず笑っちまいそうだ。
勢いのあまり踏み込んだ時にいくらか落としてしまったみたいだが、それでもいくつか魔法具?は残っている。こんだけあれば一つくらいは奴を倒す力を秘めてるに違いない。……って。
「ええええっ!?」
そんな馬鹿な、という光景が目の前に広がっていた。というのも、俺がようやく着地する地点が、まさに崖のちょうど真上だったのだ。
この魔法具、そこまでジャンプ力あげるものだったのか?さっき俺は崖から一番離れてる宝箱のとこにいたはずなのに。すでにミノタウロスは遠く離れていたが、崖に真っ逆さまなんて本末転倒だ。
「嫌だあああ!死にたくない!」
「リサーーっ!なんとかしなさいよ!」
「なんとかってーーわあっ!?」
ニーナの無責任な言葉にバタバタと空中で足を動かした。すると、またもやさっきの魔法具が反応し、俺の足から途端に地面を掴んだかのような感触を得て、今度は前方に勢いよく吹っ飛んでしまった。
俗に言う二段ジャンプか……なんてことを思わず呆然と考えていたが、
「ちょ、リサっーーひぎゃっ!!」
「あ、待っ……へぶっ!」
見事に着地点ちょうどにニーナが突っ立っていて、そこにジャストヒットした俺と仲良く吹っ飛んだ。衝撃で魔法具がまたもや転げ落ちる。ああ南無三。
「何すんのよバカ!」
ごろごろと抱き合いながらすっ飛んでいき、瓦礫に頭をぶつけてようやく止まった。より強くぶつけたニーナが涙目で俺に突っかかる。
「いや、俺にもどうしようもなく…あ、これ!」
言い訳ついでにニーナに戦利品をみせた。もたもたしてても仕方がない。ニーナも不服そうな顔をしながらそれらを眺める。
「もう、どれがいいのか分かんないわよこんなの!とりあえずあるだけ使うわよ!」
「お、おうっ」
腹立たしげにニーナが叫ぶ。やっぱ見た目ではわからないもんなんだろう。ニーナで無理なら俺がどうにかできるはずがない。
ガチャガチャとニーナが手と指と首回りがアクセサリーだらけにしてる間に、ミノタウロスがついにあと僅かなところまで迫ってきていた。
くそ、このままじゃなんとかする前に全滅だ…!
俺は未だニーナにつけられていない魔法具の中からさっき自分が使ったっぽいものを取り出し、
「ニーナ!これ借りるぞ!」
奴の前に立ちはだかる。少しでもニーナのために時間稼ぎするんだ。
取り出した魔法具をよく見てみると、それは輪っかになっていた。純白とエメラルドのような緑で彩られた…これは、ブレスレット?いや、足に作用するんだからアンクレットなんだろうか。急いで俺は右足首にそれを装着した。
使い方は分からないが、脚力を爆発的に上昇させるもんなんだろう。どうにか思い通り動いてくれよ…っ!
「グオオオッ!!」
斧を真横に振り抜いてくる。何度も見た攻撃だ。それを屈んでやりすごす。奴はそのまま体を回転させ、さらに勢いをつけて今度は起動を縦に変えて振り下ろした。
「うおおっ!」
俺は右前方に飛んで避ける。やはり増強された脚力を前に、斧どころか石つぶてすら置き去りにした。
「す、っげえなこれ!ははっ!」
これなら、もしかしたら……!そう思ったのも束の間、気づいたら目の前に奴の拳が迫っていた。空中で避けようがない。
「リサッ!!」
「っっ!!」
とっさの判断で、俺は奴の拳に向けて足を踏み込む。いわゆる同じ方向に逃げて衝撃を殺すというのをやってみたわけだが、うまくいったのかいってないのか、俺は地面にむかって吹っ飛んだ。
ごろごろと広間を転がり回る。全身に鈍い痛みが走ったが、なんとか拳が直撃することは避けられたようだった。急いで立ち上がり、口から垂れた血を拭う。
「くっそ、流石にそううまくはいかねえな…っ!」
「もう、心配させないで!…よし、できたわ!」
「おお!どでかいの頼むぜ!」
「使い方分かんないわよ!」
「そうだったー!!」
「なんとかなりなさいよ……っ!て、あれ?」
こんな状況にもかかわらず緊張感のないコントみたいなのを繰り広げてたら、ニーナが身につけていた魔法具のうちのひとつである指輪がいつのまにか光を放っていた。
「こ、これよ!さあ、ミノタウロスなんかやっつけちゃいなさい!」
「ニーナ、前見ろっ!!」
「え?…きゃあっ!!」
指輪に気をとられたニーナが、ミノタウロスの手に捕まってしまった。これでは魔法を使おうにも使うことができない。
「い、ったい……!!」
「グオオオアアア!!」
「くそっ…!どうすれば…!」
と、俺は屋敷を出発するときにアニスに持たされた短刀のことを思い出した。急いでそれを鞄から取り出す。
刃物なんて元いた世界じゃあたまに料理するとき以外は使わなかったしそれ以上利用することもないと思っていたが、まさか化け物退治に使うことになるとは。人生何が起こるか分からないもんだな。
「今助けるぞっ!」
俺はそれを逆手に持ち、走り出す。何の理由もなくそんな持ち方したわけじゃない。俺がしようとしていること……俺の狙いはただ一つ、"目"だ。
「うおおおっ!!」
ニーナに気をとられている奴の斜め前から飛び上がり……短刀を振り上げる。
顔面の目の前に来てようやく奴は気づいたようだが、もう遅い。弾丸のような速さで突っ込んで懐に潜りこんだ俺を振り払うことはできない。
振りかぶった短刀を、巨大な目玉に突き刺した。
「グオアァァァッッ!!!」
初めて奴が苦しむ声を聞いた気がした。短刀を突き刺した右目からどす黒い血が溢れ出す。だが、まだニーナは離されていなかった。
「早く話しやがれ、化物っ……!!」
俺は奴の頭を掴み、短刀を勢いよく抜く。そのまま反対の目も突き刺そうとしたところで、
「っっ!!」
ガブリと、奴は俺の腹に噛み付いた。鋭い痛み。尖った歯が俺の体に突き刺さったのを感じる。あまりに痛すぎて力が抜けそうになったが、すんでのところで耐える。
「リサっ!」
「だい、じょう…ぶ、だっ!!」
過剰に振る舞う。そして、改めて俺は短刀を構えなおし、今度こそ奴の左目を突き刺す!
「グガアアアアッッッッ!!」
ようやくダメージが効いてきたのか……奴の噛む力が弱まったのを感じた。口が開いた隙に、俺は奴の牙から脱し、地面へと転がり込む。
「グ、アアッ」
両目を潰したからか…ミノタウロスはニーナと同時に大斧すら手放し、目に手を当てて苦しんでいた。
ようやく束縛から解放されたニーナだが、俺もそれを受け止める気力はない。勢いよく尻餅をついていたが、それくらいは勘弁してほしい。
「痛た…リサ、ごめんありがとう!!今度こそ行くわよ!!」
「ああ……!!」
腹の痛みから弱々しい声しか出なかったが、にやりと笑って見せて、応える。
「なんか分かんないけど、呪文だけははっきりと頭に流れ込んできたわ…!喰らいなさい!!"トール・ライト"!!」
ニーナが指輪をつけた右手を天に掲げた。
その刹那……天井から極太の雷がミノタウロスを飲み込んだ。
今までで最大音量の轟音が広間をつんざく。あまりの眩しさは目を瞑っても分かるほどで、その音と光で一瞬全て消し去ってしまったのではないかという錯覚に見舞われた。
しばらくして、ようやくそれらが収まり…うっすらと目を開けると、そこには目の前を見て呆然しているニーナがへたり込んでいた。
俺はその視線の先を追うと……黒焦げになったミノタウロスが、身動き一つせず立ちすくんでいた。
「やった………の、か?」
「やった………のかしら」
俺とニーナは思わず顔を見合わせた。これまで散々ぬか喜びさせてきたこいつだから、何が起こっても不思議ではない。……だが、何も起こらないでほしい。
と、奴の体がぐらりと傾いた。俺たちはさっと身構えたが……黒炭になったその体は、そのまま倒れ……ガシャンと、崩れ落ちた。もう、生物の姿を留められはしなかった。
「やった……やったのよ!すごいわ!アタシ達、あのミノタウロスをやっつけたのよ!!」
真っ先に放心から解放されたニーナが飛び上がった。俺もそうしたかったが、腹を抉られた傷でそんな余力は残ってなかった。どうせ火を纏ってるんだから止血してくれればよかったものを、片目潰した時点でだいぶ火が弱まっていたんだろうか。
「っ!!そ、そうだ!アニスは!?キリは!?」
「!!そうだったわ!おーい!どこにいるのー!?」
生死を彷徨いすぎて忘れていたが、二人の安否がもっとも重要なことだ。勝利ムードから一変して、慌てて二人の名を呼ぶ。
「いえーい…わたしはここにいるぜー。心配すんなー。てか、やったようだなー」
「キリ!よかった、無事だったのね!」
「わたしは一番無事だぜー。だけど、早くこっち来てくれー…。アニスも一緒にいるぜー…」
「っ!!分かったわ!」
ニーナがすっ飛んでいった。俺もよろよろとだが、そっちの方に駆け寄っていく。
そこには、真っ青な顔したキリと、背中の応急処置をされているアニスがいた。
「アンタ、アニスの手当てしてくれてたのね…!助かったわ、ありがとう!でも顔真っ青よ!?」
「いやぁ、さっき言った通り魔力尽きてなー…。まあちょっと吐いたくらいだから大丈夫だぜー?ただ魔力瓶余ってたらくれ…」
吐いたのかよ。この世界、魔力ってのは生命活動的にも大事なようだな…。
ニーナは鞄から青い瓶を取り出し、キリに渡した。そして、新たな魔法の詠唱に入る。
「アタシ回復魔法はまだあんまり得意じゃないんだけど…ヒールっ!」
ニーナがアニスの背に手を当てると、傷が黄緑色にぼんやりと輝いた。じわじわとだが、傷が治っているようだった。
「しっかりしなさいよっ……アンタが生きてくれてたら、最高の結果なんだからっ…!!」
必死で呼びかけながら回復を続けるニーナ。だが、アニスは起きる気配を見せなかった。
「アニスっ…!おい、起きてくれよ……!お前が死んだら、謝れないだろっ……!」
俺も傍に寄り、呼びかけに参加した。俺のせいでこんな目にあったのに、アニスは笑って許してくれた。俺はまだちゃんと謝るのも礼を言うのも足りないのに。
「もうっ……起きて、起きてよっ……うっ」
ガクリと、ニーナは身を崩した。
「こんな時に…魔力が、もう…っ」
「くそっ……どうしようもねえのかよ……っ!?」
このままアニスを見捨てろっていうのか…!?そんなのできるわけがない!でも、どうすれば……。
どうにかしなければいけないのに、どうしようもない現状。諦めなければならないのかという考えがよぎった瞬間、声が聞こえた。
『仕方ないですねー。ちょっとだけワタシが力貸してあげますね』




