どこ?
肌寒さで、ゆっくりと目を覚ました。
微睡みの中でぼんやりと考える。今は初夏だろう。しかも部屋の中なのになんで寒くなるんだ。もしかして冷房でもつけっぱなしにしてしまったんだろうか。
それだったら大変だ。貧乏とまではいかないが節約するに越したことはない身分なんだ。急いで消さないと。
そう思い、意識を覚醒させて目を開く、と。
ーーーそこには、真っ暗な洞窟が広がっていた。
「………は?」
洞窟というのは語弊があるかもしれない。床も壁も天井も灰色の石でできていて、おそらくここは建物の中なんだろう。そして俺はその建物の中の廊下のような細長い通路にいるようだ。
電気もついていないため真っ暗だ。なんとか見えるのは俺がここで長時間居座ってたから目が慣れたんだろう。
……なんていうか、うん、怖い。
まさに俺がもっとも恐れてる場所にいるわけなんだが。ゲームですら大嫌いなのに実際に目の当たりにするとか何の罰ゲームなんだ?
というか何でこんなとこにいるんだ。たしか俺は昨日部屋でゲームしてただけだぞ。その後飲み会に行ったりだとかましてや廃墟探検会的な集いに参加した覚えなんて一切ない。
まさか拉致られでもしたんだろうか。こんなどこにでもいるような大学生を?
どうすることもできずに、起きた時から全く動かないまま時間だけが過ぎる。
こんな淡々としてるけど実際はハンパなく怖がってるからもたれてる壁からすら離れられない状態で本当にどうしようか、なんて考えてると、ふと物音が聞こえた。
気のせいだろうか。いや、たぶん本当だ。俺が今座ってるところはT字路のちょうど交わっている場所だが、その正面の遠くの方から音がなっているようだ。
反響してるせいでよく分からないが、なんというかその、足音のような……。
瞬間、汗がぶわっとふきでる。俺みたいな怖いもの嫌いな奴にとっては、いやそうじゃない奴もかもしれないが、見知らぬ場所で何かの気配がした場合そいつは俺にとって害のあるものだと想像してしまう。決して楽観的な思考になれはしない。
そして、俺みたいな奴はビビりすぎて動けなくなる。
やがてその音がどんどん近づいてくると、はっきり聞こえるようになってきた。
その足音はズシン、ズシンと重厚に鳴り響いていて、それの正体が巨大でやばいものだということが俺にでも分かる。
やばいと理解していても、俺はやはり動けない。そんな状況がしばらく続き、ついに俺はそいつの姿を捉えられるような位置にまで迫られた。
俺はそいつを見てーーー絶句する。
低くはない天井すれすれの巨体。牛のような頭に、二本の巨大なうねった角が生えている。体は人のようだが、それにしてはあまりに筋肉が肥大しすぎている。そして首周りや腕、下半身には毛皮がびっしりと生えていた。また、腕と足首には千切れた鎖がくっついていて、こいつはどこかに縛り付けられていたんだと分かる。
あとはーー手にしている、巨大な斧。
こんな生物、地球上に存在していいのか?もしかして政府が秘密裏に育ててたとか?そんな馬鹿な。
じゃあどうして。なんでこんな奴が。なんでこんな世界が。
もしかして、俺。
ーーー異世界に来たのか?
と、思考がそんなことを導き出したところで俺はハッとする。こんな危なそうな化け物の目の前で何してるんだ。早く逃げないと。
震える足を無理やり立たせ、俺は右手の通路の方へ逃げた。
ここが分かれ道でよかった。行き止まりとかだったら完全につんでいた。
しかしなんなんだ。あいつは俺を殺そうとしてるのか?何のために。チラリと振り返ると、……奴はめっちゃ走って追いかけてきていた。
「うわまじか!!」
思わず叫んでしまう。
しかしあれだ。こんな場面なんてめったにないから分からなかったが、実際あってみると火事場のクソ力?とかそういうものを実感する。明らかに体力測定で出た以上の記録をぶっちぎって走ってる自信がある。めっちゃ震えてるけど。
「ガアァァァァァァ!!!!」
牛頭が爆音で叫びながら斧を振り回す。通路を通れるギリギリの図体のくせにそんなことやるもんだから、あちこち壁が力任せにぶっ壊されていく。石つぶてが飛んできてすんごい痛い。
見ると血が滲んでいる。やばい、泣きそうだ。なんでこんな目に合わなきゃいけないんだ。俺なんかした?
何度目かの曲がり角を曲がると、その先に下りの階段があった。安全度外視で歩いてるのか落ちてるのか分からないくらいの早さで駆け下りる。
そしてついに踏み外して俺の体が宙に浮いた時ーー階段の終わりが見えた。
その先には、壁。
「ええっ!?ちょ、まっーーー」
階段の先が行き止まりってどんな設計ミス!?でも飛んでるからもう止まれないんですけど!!あ、やばい、これは死ーーー
壁にぶつかる寸前、俺は目をつぶりせめてもの足掻きで体を丸めた。
どうせ意味ないだろうけど。
それで結局ーーー想像してたよりもちょっと遅く、そしてちょっと柔らかく激突しーーー
俺の意識はまたもや落ちた。