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奮起

死んだ。




そう思った。もうダメだと目を瞑った。……衝撃で吹っ飛ばされ……だが、体を引き裂かれたような痛みはいつまでたっても感じることはなかった。


代わりに、何かが俺に抱きついている感触があった。


「え…?」


おそるおそる目を開けると……そこには、アニスの姿があった。どうやら、間一髪で俺を突き飛ばしてくれたらしい。


「何とか間に合いましたね…危ないところでした」


「アニス…!本当にごめん、ありが……あ、れ?」


ぬちゃりと。アニスの背中に回っていた俺の左手が、何かぬめっとした感触のものを触っていた。


何か、液体のような。


それは、まるで、血……


「アニスっっ!?せ、背中がっ!!」


慌てて見てみると、その背中は一直線に切られていた。深くはなさそうだが、背中を大きく抉られてその傷口を焦がされていた。


「大、丈夫ですよ……。私は、人より丈夫ですので…。このくらいでは、死ぬことはありません……」


「で、でもっ…」


「言ったでしょう…皆様をお守りするのが私の役目です……。気に病まないでください……」


「……アニス……ごめん、ごめん……!俺のせいで!!」


息をするのも辛そうなアニス。こうなったのは、全部慢心で調子にのった自分のせいだ。


「もう、どうしろっての……!メル・フロスト!!」


ニーナの声が聞こえた。と、ミノタウロスが苦しんでいる。奴を氷漬けにした魔法よりかは威力が弱いようだが、効果はあったようだ。


「リサ!謝るのは後にしなさい!今は距離を取るのが先よ!」


「で、でもっ!」


アニスをこの場に放っておくなんて。この場でぐずるのも足手まといでしかなかったが、それでも見捨てるなんてできなかった。


「分かってるわよ!スルーエア!」


新たな魔法をニーナが唱えた。すると、俺の体を風が包み込んだ。


「持ったものの重量を軽くする魔法よ!即席だから弱いけど、何とか運びなさい!」


「わ、わかった!」


すぐ様アニスを背負う。たしかにちょっと軽くなっている感じはするが、この体ではそれでも重かった。だが、そんなことも言ってられない。俺は必死で走り、ミノタウロスから離れた。


「リサ様…申し訳ありません…」


「喋らなくていい!それに、俺のせいなんだから…!」


瓦礫が詰まって、物陰になっているところまでなんとかたどり着いた。アニスをそこで慎重におろし、そのまま俺もへたり込む。


「はあっ、はあっ……早く向かわないと…!」


アニスを頼れない今、囮になれるのは俺しかいない。体力はもう残ってないが、みんなも同じはずだ。怖いなんて言っていられない。なにより、何もかも俺のせいなんだから。


「……リサ様….。人に、失敗はつきものです…」


「かもしれないけど、今は俺が何とかしなきゃ!!」


「……でしたら、囮になるよりも、希望が見えることがあります」


「!!何なんだそれ!」


「迷宮の宝箱です…。あの2人ではたどり着く前に追いつかれるでしょうが、リサ様なら可能でしょう……。ミノタウロスの動きを封じる前に宝を取っても迷宮が活動を止めることはないでしょうが、もしも強力な魔法具が入っていれば、何とかなるかもしれません…」


「な、なるほど…!」


「頼みました……申し訳ありませんが、私はこれまでのようです……」


「!?」


アニスの声はどんどん弱々しく、目も開かなくなっていた。


「くそっ…!アニスっ、死ぬな!帰ったら俺に好き勝手するんだろ!?ここで死んでちゃ何もさせないからな!!」


「ふふ……楽しみに、してますから……」


その言葉を最後にアニスは気絶したようだった。


だが、落ち込んでる暇はない。俺はすぐさま戦場へと戻る。


ミノタウロスの猛攻を、ニーナとキリが前へ後ろへ交互に入れ替わり凌いでいるようだった。


「やっと戻ってきたわね!感傷は済んだ!?」


「ああ!今どんな感じだ!?」


「補助魔法を二人にかけて何とか攻撃避けてる状況よ!攻撃魔法詠唱する時間なんてこれっぽっちもないわ!」


「やっぱわたしらじゃ体力にモノ言わせた行動は向かんぜー!バトンタッチしていいかー!?」


「悪い、もうちょっとだけ粘ってくれないか!?」


「何よ!なんか策があるっての!?」


「ああ…宝箱の中身とってくる!その時間を稼いでほしい!」


俺の言葉に二人ははっとした。すでにいっぱいいっぱいだろうが、それでもこの作戦に可能性を見出したらしい。


「たしかに、魔力尽きかけのアタシ達がこのままやるよりか数倍マシね!…でも分かってるかしら!?シャンデリア撃ち落そうとした時みたいに、確実に奴はアンタに気づいて止めに入るわ!」


そりゃそうか。この迷宮を守ってるミノタウロスが、宝をみすみす見捨てるなんてそんなヘマはしないだろう。


だけど、それでもだ。


「ちょっとでも時間稼げたら十分だ!そしたらぱっと取ってぱっと帰って来てやるさ!」


俺が笑ってみせると!つられて二人もにやりと笑みを浮かべた。


「なら…行くわよ!アイスバレット!」


小さな氷の弾丸がいくつもミノタウロスに向かって飛んでいった。詠唱を唱える時間はないと言っていたが、簡易的な魔法なんだろうか。


「それくらいならわたしも使えるぜー。アイスバレットー」


それに応じて、キリも弾丸を出現させて奴に放った。二人が生み出す無数の弾丸で奴を撹乱している。


「頼んだぜ!」


俺もすぐ様行動に移す。奴の視界から外れた瞬間、俺が出せる全速力で宝箱に向かって駆け出した。


「……っ!」


すぐ様難所が目の前に立ち塞がった。すなわち、巨大な崖。


だが立ち止まってる余裕はない。より走りに力を込め、勇気を振り絞る。


この貧弱体型に唯一残った長所なんだ。ちょっとくらいいいとこ見せてくれ……!


幅跳びが得意なわけではないが、崖のギリギリまで走り、飛び上がる。浮遊感に見舞われ…下を見ると、底の見えない崖の真ん中だった。途端に足がすくんだが、飛んでいる今ではどうにも変わらない。できることは、渡りきってからまた全力で走ることだけだ。


「あと、ちょっと…!」


もう少しでたどり着く。足を出して着地の準備をする。


着地。右足を出して踏み込もうとする。が、思ったより衝撃が強くてよろけてしまった。


「うわっ!」


そのまま勢いよく転がってしまったが、なんとか体勢を立て直しそのままの勢いで立ち上がり、走るのを再開する。ちょっと目が回ってしまったが、まっすぐ走れないほどじゃない。


よし、あとちょっとで宝箱に…!!


「リサ!ごめん、そっち言ったわ!」


「うおっ!まじだ!」


ついに俺に気づいたようで、ミノタウロスが俺に向かって走ってきていた。


奴もまた崖を前にしたが、その巨体では大した足止めにもなっていない。右足を大きく踏み出し、軽々とそれを飛び越え……


「氷牢鎖!」


とキリの叫ぶ声。見るのも三度目になる氷の鎖が、今度は踏み出す右足に集中して絡みついた!


やはりすぐさま砕かれてしまったが……それによってバランスを崩すことに成功したようで、奴はぐらりと体を前に倒した。


そのまま崖に落ちそうになったが、崖のふちに手をかけてそれを防いだ。落ちてくれてたら万々歳だったが、これだけでも十分な足止めだった。


「ひー、これでほんとに尽きたわー。吐きそ…」


へろへろとしたキリの声が聞こえる。これからは俺とニーナだけで何とかしなくてはならない。


そして……。


「よっしゃ、たどり着いたぞ!」


ついに宝箱の目の前に来た。だが感慨にふける時間はない。情緒も何もなくて悪いが、早々に宝箱を開ける。


「おも、い……!」


物語にでも出てきそうな宝箱の蓋は開けない程ではなかったが予想以上に固かった。だが死が目前に迫っている今、そんなことも言ってられない。息が激しくて吐きそうだが、精一杯の力で開ける。


ガコン、と重々し音をたて、蓋が開いた。


中に入っていたものは……。







「なんだ、これ?」

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