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避けられぬ戦い

「っ、リサ様避けてください!!」


「え?うわっ!!」


アニスの声にはっとして前を向くと、彼女の誘導から漏れたミノタウロスが俺に気づき、斧を振り下ろそうとしていた。俺は慌てて奴から距離を取る。


「申し訳ありません。抜かりました」


言うや、アニスは懐から短刀を取り出してミノタウロスに投げた。矢のようにまっすぐと飛んでいき、吸い込まれるかのように斧を持っている右腕に突き刺さった。


「グオオオッ」


少しは効いたようで、奴は雄叫びをあげた。が、それによってまたアニスに標的を定め、攻撃をより強めていった。


「まったく、こうなるのであればもっと準備をしておくべきでしたね…」


ここにくるまでずっと余裕さを浮かべていたアニスだが、ミノタウロスを目の前に少しずつ体力を削られているようだった。燃え盛る炎によって服が焦げ、飛び散る石つぶてで擦り傷が増えていく。


…お、俺だって、囮になるくらいなら……!


「アニス!準備できたわ!下がって!」


「こっちも完了したぜー!」


と、魔法の詠唱を終えた二人が同時に叫んだ。そしていち早くキリが分厚い本を突き出して、唱える。


「氷牢鎖!」


唱えた魔法により、太い氷の鎖が地面から何本も生えてきてミノタウロスの全身に絡みつき、奴の動きを封じた。


今度はニーナが杖をかかげて、叫んだ。


「グラン・フロスト!」


身動きが取れない奴の胸の中心に小さな氷のつぶてが生じ……すぐさま爆発したかのような勢いで巨大化し、その巨体を氷で包み込んだ。


「魔封!」


だめ押しのようにキリが新たな呪文を唱える。何の呪文かは分からないが、巨大な氷が一瞬紫色に輝いた。


「魔法の離散を止める魔法だぜー」


「え?どういう…」


「まあ、氷を解けにくくしたってことー」


とにかく……やったのだろうか。小さな棘程度では一瞬で蒸発してしまうレベルの炎だったが、ニーナとキリの全力の魔法によって奴の体を覆う火は完全に消えているどころか、完全に静止したように見えた。


石を砕く音と炎が滾る音に包まれていたこの広間も、打って変わって静寂に包まれていた。


「やったの…かしら?」


「死んではないかもしれません。が、とりあえず現状は動いてこないようですのでさっさと用事を済ませましょう」


「そうだなー。宝さえとれば迷宮攻略で奴も消えるんだし早いとこやっちまおう」


油断は出来ないが、氷が無事なのは一応なんとかなっている証拠だろう。俺たちは全身に被った砂埃を払い、宝箱の元へ歩み出す。


ちらりとアニスを見てみると、先ほどの戦いによって身体中から血が出ていた。俺含め他の三人も怪我がなかったわけではないが、前線で攻撃を防いでいたアニスは比べ物にならなかった。経験とかに差がありすぎて、俺がなんとかしなければっていうのはおこがましい話だが、それでも何もしなかったというのは心苦しいものだった。


その様子を感じとったのか、アニスが俺の横に来て肩に手を置いた。


「何も気にやむことはありません。リサ様が無事なことが何よりなのですから」


「それでも…」


「あなたはあなたがやれることをすればいいのです。戦いに参加することが全てではありません」


「そっか…そうかな」


「あなたがやるべきことは、無事に帰って私の怪我の手当てをすると共に、夜のお供になってくれるだけでよいのです」


「それは本当に勘弁してほしい…」


「アンタ達、バカなこと言わないで。それより前見なさい」


「え?……うわ」


全然気づいていなかったが、ミノタウロスが広間の真ん中から出現した拍子に、部屋を分かつように床が真っ二つに割れていた。下の階はそんなに高くないはずなのに、崖の下は真っ暗で底が見えなかった。これも迷宮の仕様なんだろうか。


「飛び越えられないこともなさそうだけど、ちょっと怖いな…」


「浮遊の魔法使うから大丈夫よ。ちょっと待ってなさい」


「おっけー」


ニーナが詠唱を始める。


何となく後ろを振り返ってみる。ミノタウロスは相変わらず氷漬けにされていて、動く気配を見せなかった。


「……あれ?」


ふと、赤いもやのような物が氷の上空を漂っていることに気がついた。あれは一体なんだろうか。


もやがより上の方へと繋がっていて、その後を追ってみると……


天井のシャンデリアがあった。


「どうしたんだリサー?……て、おい」


「……これは……まずいですね」


赤いもやは瞬く間に増え、氷全体を覆い隠した。そして次の瞬間、もやは燃え上がり、回転を始めて炎の渦を生み出した。


「考えてみれば当たり前だったわ…最初にああしたのは、あのシャンデリアだったものね……」


それに気づき、詠唱を止めたニーナが呟く。


全員、やばいとは分かっていた。だが、疲労と絶望から思わずその光景をただ呆然と見ることしかできなかった。


炎の竜巻から、ゆっくりとその巨体を現した。氷は完全に解け、奴は復活してしまった。


あの規模の氷が蒸発したからだろう、部屋はこれまで以上に熱くなり、身を焦がすような熱気が充満した。汗で服がべたつき、玉のような汗が全身を伝う。


「どうするよ…正直、もうわたし魔力も体力もカス程しか残ってないぜー」


「それでも、やるしかないでしょ……っ!また同じ作戦で行くわ!アニス、悪いけど頼んだわよ!」


「もちろんです」


アニスが懐から短刀を二本取り出し、両手でそれを持って駆け出した。機動力を削ぐためか、右太ももに向かって投げたそれはやはり正確さを持って根元まで突き刺さる。


ミノタウロスは挑発に乗り、アニスを追いかけ始める。


「まずシャンデリアをぶっ壊すわ!アイスカッター!」


ニーナが天井に向けて氷の刃を飛ばした。少し逸れたが、一部を切り落とすことに成功した。


「やったわ!この調子で…」


「!!ニーナ様!」


「え?……ってちょっとぉ!どういうこと!?」


アニスが足止めをしていたはずなのに、それを無視してミノタウロスはニーナの元へ駆け出していた。力の供給を止めようとしている者を優先的に倒すようできているのか、アニスが背中にナイフを突き刺そうとその勢いは止まらなかった。


「何なのよっ…!」


必死で逃げるニーナだが、すぐに追いつかれてしまうだろう。そして、奴の斧は彼女の背中を真っ二つに引き裂いてしまうだろう。


このままでいいのか?いや、そんなわけない。見ず知らずの俺を助けてくれたニーナを、離れて見るだけなんて。


俺は震える足を無視して、ミノタウロスとニーナの間に入って叫ぶ。


「おい化け物!お前の相手は俺だろ!俺を捕まえてみろ!」


確信も何もないが、奴と最初に出会ったのは俺だ。気をちょっとでもひけたらそれだけでニーナが逃げる隙を作れる。


「ちょっとリサ!?何やってんのよ!!」


「大丈夫だって…!逃げ足には自信あるから……!!」


こんな虚勢をはるなんて、俺はどうしてしまったんだろうか。ヒーロー気取りなんて俺らしくないが、異世界の気に当てられたのかもしれない。


化け物の相手なんて現実どころかゲームでもやったことないが、異世界記念に奇跡でも何でも起きてくれ…!


「グオオオアアア!!!」


俺の思惑通りか、奴は咆哮して斧を俺に向かって振り上げた。よく見ろ、見てからでも何とか避けれるはずだ。


ミノタウロスはそのまま縦に振り下ろした。俺は真横に飛び、何とかそれを避ける。


今度は斜め横に振り上げた。俺は地面に這いつくばって躱す。


と、左手がこっちに向かって伸びていた。俺を握りつぶすつもりか。そんなのは死んでもごめんだと、思わずその場で前転して奴の懐に入り、そのまま脇を通り過ぎる。


「ほら、後ろだぞ牛野郎!ロリ一人捕まえられねーのか!」


本当に俺は頭がどうにかしたようだ。なぜかハイになってきたぞ。


「リサ!危ないことはやめなさい!」


「止めんなよニーナ!俺の最初で最後の見せ場だぜ!こんなこと二度とないぞ!」


「もうっ…!アイスカッター!」


諦めたようで、ニーナはさっきと同じ魔法をまた放った。今度は四つの氷の刃が天井に向かう。


ミノタウロスで精一杯でまったくそっちの方を見れないが、ガシャンと大きな音を立てたのが聞こえた。どうやらぶっ壊すことに成功したようだ。


「よし、炎の供給は止めたわ!」


「リサ様、もう大丈夫です!私にお任せください!」


「そっか!なら……あっ」


瓦礫に蹴躓き、今度は俺が転んでしまった。ミノタウロスは今まさに斧を振りかぶっている。


いや、まだ大丈夫だ。冷静に、立ち上がって、そんで…あれ。





足が、動かない。



「あ、ちょっ……」


おいおい、今更本来の俺の性格が出てきたのか?一番来てほしくない時に。参ったな、震えが止まらない……!


「リサ!?バカっ、何してんの!!」


「くそ…氷牢鎖!」


キリがまた氷の鎖を出現させた。だが詠唱が足りないのか魔力が尽きかけているのか、さっきよりも細く数が少なかったそれでは奴を止めることはできず、鎖は一瞬で砕かれて斧はそのまま俺を狙っていた。


「ニーナ、ごめっ……」


思わず、そう口にしたが…言い切る前に、奴の斧は振り下ろされた。

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