ラスト
「ここは…広場か?」
「そうみたいね…気をつけて進みましょ」
扉の奥にあったのは、これまでとは打って変わって円形の広い部屋に出た。壁にはぽつぽつと光が灯ってあり、天井には魔法の力なのかやたらと赤く光るシャンデリアまである。さっきまでの薄暗い通路とはえらい違いだ。
そして、その一番奥に見えるのが…。
「あれ、宝箱…か?」
「宝箱だわ!ついに来たのね!」
「長かったなぁ…もうへろへろだぜー」
「なんとかなるものですね」
やはりようやくゴールについたようだ。これまで長かったが、案外高校生だけでいけるもんなんだな。こいつらがすごいのか、そもぞ楽な部類の迷宮だったのか。
まあそんなことはどうでもいいんだ。さっさとこんな生と死の狭間でわたわたするのは終わりにしたいものだ。
「じゃあ、さっさと行こうぜ。あれをとったら迷宮クリアなんだろ?」
「そうね。あの中にはすごいアイテムが入ってるはずよ!」
「なんか知らんが罠の気配もないしなー。ぱぱっと行くかー」
キリのその言葉もあり、俺たちは意気揚々と歩き出した。1人の犠牲も出ず、すごい物も手に入る。ニーナは当初の目的通り学年一位の実力とやらを示せるし、こんなによくできたこともないだろう。
………そう、よくできすぎだ。
考えてみるべきだった。この迷宮の何が怖ろしいのかを。学年でも上位に位置しているらしいキリだが、それでもたかが高校生風情の奴が全部突破できた罠か?もちろん、この迷宮に関係あるかもしれない俺がいるってのも理由だろう。だが、それもやっぱり微々たるもんだろう。
この迷宮の最大の敵はもちろん、あいつだ。
B級上位に位置するというあの怪物が迷宮をうろついたまま終わるはずがなかったんだ。俺たちはそうとも知らず、広間を突っ走ってしまった。
その結果……いや、これはキリいわく罠ではないのか。だとしたら、ただの仕様か。
3分の2くらいの地点まで到達した時、途端に地面が赤く発光しだした。
「っ!?みなさん、戻ってください!!」
いち早く異変に気付いたアニスがそう叫んだ。言うが早いか、俺たちはすぐさま入り口に向かって走った。
足の速い俺が一番に広間の端までたどり着き、後ろを振り返る。
赤く光る床は広間の丁度中央を分かつように隆起していた。石のタイルがひび割れ、ボロボロと崩れていく。そして、強烈な破壊音と共に地面を割って出てきたのが……。
「ミノタウロス……!!」
肩や頭に乗った石を払いのけようともせず、俺たちをまっすぐに見つめる化け物。この世界に最初に俺が見たとき同様、その巨大な姿と双眸が直感的に死を感じさせてくる。
恐い。
奴は手に持っている斧を頭上に掲げた。すると、天井のシャンデリアがより強く光を放ち、斧へと集まっていった。眩しいまでの光が斧を、そして奴の身体へと伝わっていく。魔力の供給でも受けたのか…斧を振り下ろすと、光が真っ赤に燃え上がる炎へと変貌を遂げた。
「うへえ…ただでさえやばいのに、炎を纏いやがったぜあいつー…」
準備は出来たとでも言うように…奴は大きく息を吸い込み、
「グオオオオオオオ!!!!!」
咆哮した。
耳が割れそうになる程の轟音。ここで、呆然と見ていた俺たちもはっと気がつく。
「逃げるぞ!」
俺たちは扉へ向かい、開けようとした…だが、固く閉ざされていた。
「おいおい……ボス戦ってことかよ…!ゲームじゃねえんだから…!!」
「こんなのどうしろってのよ!!」
「っ、みなさん!来ます!」
準備する間もなく、ミノタウロスが突進を仕掛けてきた。対処しようもない俺たちは慌てて右へ左へと突っ走る。
そのすぐ後、奴は地面に大斧を振り下ろした。強烈な力の前に石床は軽々と砕かれ、纏う炎に焼かれて変色していた。
「あんなの食らったらひとたまりもねーなー…」
「普通の状態でも十分やばいってのに、なんで燃えてんのよ!!」
「かすっても火傷じゃ済みそうにありませんね…」
振り向きざま、俺とキリが逃げた右側へと奴は斧を横薙ぎに振った。俺は足を信じて走って奴のリーチの外に逃げ、キリは屈んで間一髪で避けた。
自分に精一杯すぎてみんなの心配をする余裕すらない。こんな化け物、負けイベントでもない限りあり得ないんじゃないのか。
そのまま次の攻撃を俺たちにしようと前に進み出した時、
「っ、アイススパイク!!」
反対側に逃げたニーナが呪文を叫んだ。数本の氷の棘が奴に向かって飛んでいき、その背中にドスドスと刺さる。ミノタウロスはその勢いに思わず一歩前のめりになったが、炎によってすぐさま溶けてしまった。
「何なのよこいつ!強すぎじゃない!」
大したダメージではなかったようだが、奴は矛先をニーナ達に変え、ゆっくりと向き直った。斧を大きく振りかぶり、縦に振り下ろす。
「っ!!」
炎の軌跡を描き、地面を砕く。ニーナは必死にそれを避けるが、ミノタウロスはそのまま連続で振り下ろした。轟音と石つぶての中、三撃、四撃と何とか避けていたが、ついにニーナは砕かれた床に足を取られて転んでしまった。
「ニーナ!!」
間一髪でアニスがニーナを抱え、すぐさま横に飛ぶ。砕かれた石が二人を襲ったが、何とか逃れたようだ。
アニスはそのまま俺たちの元へ目にも留まらぬ速さで走ってきて、抱えられたニーナを下ろした。
「相変わらずアニスすごいな…」
「世間話は後にしましょう。今は、ここをどう切り抜けるかです」
「どうって…どうにかなんのか?」
「それでも、どうにかしなければならないのです。皆様をお守りするのが私の役目ですので」
「……っ」
ここでも未だ冷静なアニス。一体どうすればここまで落ち着いて……人の心配をできるんだろうか。
相変わらず自分のことしか頭にない俺とはえらい違いだ。自分がひどく小さく見える。
「とりあえず、私がミノタウロスの気を引きます。その間に、ニーナ様とキリ様で出来得る最大の魔法を詠唱してください」
「、分かったわ!」
「りょうかいー」
「っ、俺は…」
「リサ様は魔法を使えませんので、できる限り安全な場所へ避難してください。客人のあなたを危ない目に合わせるわけにはいきません」
「え、でも……」
「今はごたごたしてる暇はないわ!行くわよ!」
俺が躊躇している間に、三人は各々の役割を果たし始めた。
ニーナとキリが少し離れ、それぞれ詠唱を始める。今までのような簡易的なものではないのが明らかに伝わってくる。
それを守るように…意識に入れないように、アニスはミノタウロスを相手取る。背後に回ればニーナ達を目に入れることになるから、真正面で奴の猛攻を防ぎきろうとしていた。
そして俺は……何もしない。
恐いものが嫌いだから。この世界に来たばかりだから。散々愚痴を言って、そのくせたまに前に出てはみんなの足を引っ張り。極めつけは、みんながピンチの時に何もできやしない。
当たり前だろう。本当はただの一般人なんだから。




