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危機一髪

「おい……キリ、これは……」


「大丈夫大丈夫。これで合ってる」


ミノタウロスに追いつかれそうになっているこの状況で、行き止まりにたどり着いてしまった。


途中に分かれ道なんて一つもなく、最後の十字路あたりにはミノタウロスがとっくに追いついているだろう。


なのに、なぜ合ってるんだ?


「ここからは、本当に静かにな」


言うや、キリは呪文を唱え出した。俺は何をすることもできず、ただつったっているだけになってしまう。


足音はどんどん近づいてきていた。むやみやたらに探し回っているのか、それとも侵入者に対して追いかけるためのルールか何かに基づいているのかもしれない。

どういう理由であれ、奴は間違いなく俺たちの元に来ようとしている。


「……"幻視"」


呪文を唱え終わったキリは、そう口にした。すると、通路に半透明の膜が出現した。


通路の壁と膜で、小さな部屋のようになる。


「こ、これは?」


「幻視……まあ、幻を作る魔法だよ。こっちからは半透明だけど、向こうからはこの石壁に見えてる」


「つまり、もうちょっと向こう側に行き止まりがあるように見えるってこと?」


「そういうこと」


「これで騙せるのか?」


「たぶんな…」


そう言うや、俺たちは押し黙る。もはや足音は無視できないレベルにまで達していた。あと数十秒もすればここまで来てしまうだろう。


「………っ!!」


そして、まもなく奴は姿を現した。


牛の頭、二本のうねった角、人間の何倍もある巨体。


つい今朝?出会って逃げ帰ったこの化け物と、また邂逅することになるとは夢にも思ってなかった。


俺たちはその圧倒的な威圧感に息を飲み、一歩も動くことができない。この膜はあくまで幻だから、息を吸う音ですら奴に聞こえないだろうかと心臓が破裂しそうになった。


ミノタウロスは膜の目の前に立ち、しばらくそれを見つめていた。奴からこっちは見えないらしいが、俺たちからは透けて見えているので奴に見つめられているようで非常に居心地が悪い。


奴は辺りを見回し……踵を返し、来た道を引き返していった。


やがて姿が見えなくなると、俺たちはようやく解かれた緊張から地面にどかっと座り込んだ。


「はあ、まじで死ぬかと思った……」


「アンタ、どうしてこっちの道選んだのよ。行き止まりだって分かってたの?」


「まあ、なんとなくなー。あいつはこの迷路を休みなく巡回してるんだろうけど、重要度によって注意の仕方は変わってくると思ってな」


「なるほど。それで、通路がどの程度使用されていたかを見ていたというわけですね」


「そうそう。罠があるの分かったのはジャマーとしての感覚だけど、そっから色々考えたわけー。そんな使われてない通路だったら、そっちは避けられない罠か行き止まりがあるはず。ってなると奴もそこまで鮮明に記憶してるわけじゃないだろーって」


ただおちゃらけてるだけでなく、一歩間違えれば、さらにすぐに選択しなければ死んでしまうような切羽詰まった状況でよくそこまで考えられるものだ。この世界じゃ高校生すらそんなレベルでないといけないんだろうか。

あとプロとかになるとどんな化け物だらけになるんだ。


「特に、罠がある通路はきれいすぎる。一応ごまかしてるみたいだけど、わたしからすりゃ丸分かりだぜー。…ということを踏まえ、行こうぜ」


「そうね。アイツもまた戻ってこないとは限らないし、急いだ方がいいわ」


キリが幻視とやらの魔法を解き、俺たちは再び進み始めた。


先ほどの十字路まで戻ってきて、キリの進むまま左に進む。


そういやさっき来たときは右か左かちょっと迷ってたけど、それも罠か行き止まりで迷ってたんだろう。

もしキリが誤った判断で右に進んでいれば、俺たちは何かしらのトラップに引っかかって最悪死んでたかもしれないわけか。


こんな死と隣り合わせの中で平然としてるこいつらはなんて肝が座ってるんだ。バカか。


「うーん…」


と、キリが歩きながら小さくうなり始めた。


「どうしたの?」


「いやぁ、こっちではあってると思うんだけど…認識錯乱魔法でも働いてんのか、段々アタシが使ってる魔法がバカになってきてな…。そろそろ、まともに機能しなくなる」


「え、そんなの使ってたのか」


「当たり前だろー?使える時に使っといての魔法だぜ?…所詮一高校生の魔力でできることは限られてる。冒険者の実力ある人らならこんなん目じゃないんだろうけど…うん、ここだ」


そう言って立ち止まったところは、上の階へと通じる階段の前だった。


「この上からはもうゴールに近い…と思う。まあ、それだけにこの迷宮から発してる錯乱魔法も強力になってる。ここから先はアタシは役立たずと思よー」


「ここまでやってくれただけでも十分よ。さ、行きましょ」



階段をのぼりきっても、あいも変わらず迷路が広がっていた。あとは一本道とかだったら楽だったが、そうもいかないらしい。


キリの能力不在ならどれだけの時間がかかってしまうんだろうか。


……と、その時。



ーーーーーー……



「……ん?なんか今聞こえなかったか?」


かすかだが、今まで聞いたことないような…。


「?アタシは聞こえなかったけど」


「私にも聞こえませんでした」


「わたしもー。気のせいじゃねえの?」


「そうか…?」


なんだ、気のせいだったのか…。まあ、聞こえたところでどうしたという話でもあるし…。


ーーーーち、よーーー…


「!?また……!」


今度は声のようなものが聞き取れた。やはり何かある。


「また聞こえたの?変ね…アタシには何も…」


俺はじっくりと耳を傾ける。何でかは分からないが、この音は……声は、俺に語りかけている気がする。



ーーーこちら、です、よーー



「……!!こっちだ……」


俺は言うや否や駆け出した。そうしなくてはならない気がして。


「ちょっとリサ!?」


「……もしかすると、リサ様にだけ感じられる何かがあるのかもしれません。最初にこの迷宮にいたリサ様だからこそ」


「なんだー、リサにしか攻略できないってことかー?何だそのくそ迷宮…っと。リサ、そっちは右だ」


「え?あ、りょうか……うわっ!?」


キリの声にふと我に返って足を止めようとしたが、地面のひび割れに引っ掛けて体制を崩してしまった。


俺はそのまま、前に大きく一歩踏み出して……。


「リサ!!」


キリの制止の声が聞こえたが、俺の体は止まらない。トン、と右足を前に着いた瞬間……ガコンと両側の壁から音が聞こえた。そこに見えるのは、鉄壁とそこにある無数の穴。


これは、トラップ……!?


時間がゆっくり流れている気がする。にも関わらず、体が硬直して動けない。俺は明らかに死が迫っている中、抗いもせずその場にとどまり…。


「リサ様!!」


今度はアニスの声が聞こえた……と思ったら、次の瞬間俺は抱き抱えられていた。そしてすぐさま反転し、来た道へ踏み出す。


「アニス!」


次はニーナだ。彼女の体が淡い赤色に発光する。と、アニスの真後ろに風の塊が出現した。


アニスはそれを強く蹴った。……と、その塊が爆ぜてアニスと俺を大きく吹っ飛ばした。


次の瞬間、俺たちの後ろから轟音が聞こえた。振り返ると、無数の矢が右から左へと物凄い勢いで放たれていた。


「リサ様…ご無事ですか?」


アニスの声で、ふと我にかえる。


「、あ……大、丈夫……」


「こらリサ、勝手に突っ込んじゃダメでしょ!!」


「流石に肝冷やしたぜー?」


「ほんとに…ごめん。なんか、思わず体が動いちゃって…」


今回ばかりは申し訳ないことをしてしまった。本当なら味合わなくていいのに、俺の勝手な行動でみんなを危険な目に合わせてしまった。


「…ま、反省しなさいよね。次も助けられるとは限らないんだから」


「分かった…。……て、アニス!?それ大丈夫っ!?」


ふと目に入ったのは、いまだ抱きしめられているアニスの背中。そこは、間に合わなかったのか服がズタズタに引き裂かれていた。


「ふふ……私はもう、これまでのようです……。最後に、一つだけ頼まれていただけませんか…?」


「おい、そんなこと言うな…!魔法とか、薬とか……!!」


こんなファンタジーな世界だ。傷くらい、すぐにでも回復できるはず…!


「もう手遅れですよ……。ああ……できることならリサ様と…一夜を共に、したかったです…」


「馬鹿っ!!そんなこといくらでもやってやるから、頼むから死なないでくれっ…!!」


「そうですか。分かりましたありがとうございます」


「……え?」


突然アニスはすっくと立ち上がった。傷なんてなんともないようにぴんぴんしている?


「え、は?」


「危うく体ごと引き裂かれるところでしたが、なんとか服だけで済みました。しかし、背中の荷物もいくらかダメになってしまいましたね。非常に参りました。それにしても、リサ様が私を受け入れてくれてよかったです。帰ったら存分に楽しみましょうね」


いきなり説明口調でまくし立てるアニス。え、つまり、アニスは俺の貞操を奪うことに対して了承させるために、こんな一芝居を…?


ちらりとニーナの方を見ると、ああやっちまったなこいつ、みたいな顔をしている……!!


「い、いやそんなの言ってない!!なんだなんだ、そんな証拠でもない限り俺は認めんから…」


「そうですか。では、こんな証拠でどうでしょう」


『リサ様と…一夜を共にしたかったです…』


『馬鹿っ!!そんなこといくらでもやってやるから』


カチリ、とアニスが何かのボタンを押すと、さっきの俺たちの会話が鮮明に流れだした。


「さて、証拠も揃いましたし…今夜が楽しみですね」


にこりと笑うアニス。俺はもう抗う気力もなくし、


「ああ…」


力なく頷いた。

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