潜入
「で、俺たちはどこに向かってるんだ?」
意気揚々と歩くニーナに連れられていった先は、なぜか迷宮とは少し離れた場所だった。見張りもこないような距離だし、こんなとこに来て何の意味があるのか。
「まあまあ。それにはちょっと説明が必要なのよ」
「もったいぶんないで教えろよー」
「そう急かさないの。…言ったかどうか忘れたけど、あの迷宮って一つじゃないのよ。古い迷宮をぶっ壊す勢いで新しい迷宮が現れたのね」
聞いたっけな。忘れたな。
「その古い迷宮っていうのはだいぶ前に攻略されて機能はしてないんだけど。ああ、迷宮にも攻略されて崩れるタイプとそのまま残るタイプがあるんだけど……今は関係ないか。とにかく、古い方にはもう魔物はいないってわけ」
「それが見張りを掻い潜れるのとどう関係があるんだ?」
「だから早いのよアンタらは。で、運がいいのか悪いのか新しい方の迷宮の入り口が古い方の建物に隠されちゃってるわけ。だから、入るにはまず古い迷宮に入らなきゃいけないの。……なんだけど、警備隊は正規の入り口しか使ってない」
「正規の?ってことは正規じゃない入り口もあるってことか」
「そういうこと。まあ元々知ってる人は少なかったんだけど、アタシも偶然知っただけだし。警備隊でも知らないのか覚えてないのか、そっちの抜け穴には目もくれてない。……それが、これね」
そう言ってニーナは何やら地面をゴソゴソしだしたが、程なくガコンと重々しい音が鳴った。
草原だから相変わらず草が生い茂っていて見えづらいが、近寄って覗き込むと確かに鉄の蓋で閉じられた横穴があった。
当然、中は真っ暗。蓋?扉?…を開けたことによって、洞窟内からは冷たい風が吹き抜けていった。非常に不気味である。
「ここを……通っていくのか?」
「大丈夫よ。今朝アタシ通ったけど何もいなかったし。それに中に入っちゃえばもうこっちのもんよ。こんな時間だし、警備隊も安全優先で調査はやってないだろうから」
そんなことを言いながらニーナはさっさと横穴の中に入ってしまった。アニスとキリがそれに続き、しょうがないので俺もいやいやながら入る。
穴は狭く、俺の身長でギリギリくらいだった。なので、他の人らはちょっと屈んで歩かなければならない。迷宮まで結構距離があったし、こういう時は背が小さいほうが便利だな。
また、穴の中は石壁というわけではなくただ地面を掘り返してできたような感じだった。正直ここは迷宮じゃなくて、どっかの冒険者が近道を作ってそのまま放置したとか言われた方がしっくりくる。というか実際そうなんじゃなかろうか。
まあ、そんなことは迷宮に忍び込む分には関係ないんだけど。
地上から見た感じではそこそこ歩かなければいけなそうで、その時間暇なので俺は何となく気になったことを聞いてみる。
「魔物がどうこうって言ってたけど、食用の肉とかってのはどうなってんだ?魔物食ってんの?てか魔物って食えるの?」
「バカ、そんなわけないでしょ」
ただの興味から聞いただけなのにバカとかひどい言われようだ。俺はここに来て日が浅いどころか初日なんだぞ。
「リサ様。魔物というのは魔力で身体が形作られている生物のことです。そうでない動植物ももちろん多数存在しております。」
そんな傷心な俺をアニスが慰めるように説明してくれる。やはりできた奴である。性癖以外。
「つっても人間も魔力持ってるんじゃないのか?魔法とかって魔力使ってるんだろ?」
「もちろん我々も持っていますが、それは身体を動かすエネルギーとしての働きであり、その意味において魔力は貯蔵するものです。それとは別に、魔物は身体そのものが魔力でできています。つまり、皮膚も肉も固体化した魔力のようなもの、ということです」
「へえ、そんな区別があったのか。…しかし魔力でできてるって何か強そうだな。人じゃあいくらか使ったらなくなっちまうようなものをめちゃくちゃ持ってるってことだよな」
「もちろん魔物の体はすごく硬いわ。でも、天然でできたものだからあんまり精錬された魔力じゃないのよ。だからアタシ達の魔法で倒せるのよ。……まあ、もちろん普通の人じゃあ勝てないから冒険者や警備隊がいるわけだけどね」
説明を求めたら貶されたから代わりにアニスに聞いていたのに、放置されると自分から言いにくるとは何と気まぐれな奴なのか。優等生としての血でも騒いでるんだろうか。
「まぁ、鉄鉱石を鍛えた剣でぶっ壊すみたいなもんだぜー」
キリの要約。一瞬剣で鉄の塊をぶっ壊せるんだろうかとか思ったが、まあ壊せるかもしれないしあくまでイメージだろう。分かりやすいのは分かりやすい。
「密度の違いです。魔物の魔力はすかすかなのに対し、魔法はするどく洗練されているのです。とはいえ、使用者によって魔法の威力にも天と地ほどの開きがありますが」
そんなことをアニスが言い終わったあたりで、ようやく旧迷宮にまで到達したようだった。洞窟の壁が途中から石レンガに変わっている。
もう少し進むと、行き止まりに辿り着いた。道間違えたのかと一瞬思ったが、通った洞窟は一本道で間違えようがなかった。それに、ニーナが平然とした顔をしてるのでこっちであってるんだろう。
予想通り、ニーナは一番奥まで行ってから天井を手で押し上げた。すると石レンガでできた板が、ズズズと持ち上がった。
……が、すごく重そうである。
「だ、大丈夫かニーナ…?」
「い……いける、わよ……。これでも、今朝は持ち上がったんだから……」
そうは言っても、顔を真っ赤にしてすごい形相をしているニーナはあんまり大丈夫ではなさそうである。今朝いけたというのも、それでだいぶ体力は消耗したに違いない。
見かねたアニスがニーナのそばに行き、加勢し始める。今度はまるで発泡スチロールのように簡単に持ち上がった。というか最初から頼めばよかったのに。
やたらリーダーぶりたい性格なんだろう。もちろん今リーダーなわけだけども。
出てきたところはどこかの小部屋だった。蓋が開きっぱなしで空っぽの宝箱が置いてあるだけの小さな部屋である。本当に抜け道通ってきたんだな……。
そこを出て、通路を右に進む。途中の扉も見向きもしてないのを見ると、ニーナは新迷宮の場所をしっかり覚えているようだ。一度しか来てないのによくやるな。てか、数日かけても警備隊が見つけられなかったような迷宮の入口をニーナは朝の数時間、ともすれば数十分で見つけたんだろうか。それは流石に学年トップというだけじゃ片付けられない能力なんじゃなかろうか。
まあそれはさておき、突き当たりの扉を開けると今度はとても広い場所に出た。何と言えばいいのか…ゲームに出てくる王様の城みたいに、正面の階段が左右に分かれて二階の壁沿いに繋がっている。ここに漂う陰鬱とした雰囲気は王城と真逆であるが。俺たちはその広間の、階段の右側に出てきたようだ。
さらにその階段を上がり、左側の通路へ向かう。そして手前から二番目の扉を開けて奥へと進む。
そんな調子でどんどん進んで行くこと大体30分くらいか、どんだけ奥なんだよ帰りてぇいやそうでなくても帰りてぇなんて思い始めた時、ニーナがぴたりと足を止めた。もしかして着いたのか、と思って先を見てみたが、通路の先には何もなかった。なぜ立ち止まったんだろうか。
「どうしたー、ニーナ?」
「着いたわ。ここよ」
まさか本当に着いたらしい。とはいっても、左側の壁がちょっと余分にヒビ入ってるくらいで、あとは扉も何もないように見えるんだが。
「あの壁よ。ちょっとヒビ入ってるでしょ」
当たってた。俺の着眼点もなかなか捨てたもんじゃないのかもしれない。
つっても、だからどうなのかさっぱり分からない。
「あのヒビ割れがどうかしたのか?」
「アンタ覚えてないの?あれ、アンタが激突した跡よ」
「……え?いや、俺階段から落ちてその正面の壁にぶつかったはずだけど……」
「そうよ。だから見てなさい」
そう言ってニーナはヒビのある壁とは反対側の壁に近づき、それに手を当てた。
……いや、すり抜けた。
「!?」
ニーナの肘から先がすっぽりと壁に埋まっている。知らないうちに魔法でも使ったのかと思ったが、それも違うようだ。
「ここの壁だけ偽物なのよ。魔法で壁を映してるようね」
「そんな魔法もあるんだな…。しかし、お前よく見つけれたな」
「だから、アンタがすっ飛んできたからよ。偶然目の前を通りがかってたんだけど、壁の奥から叫び声が聞こえてね。その途端に壁からアンタが回転しながら飛び出してきたから、魔法で受け止めたの。……とっさすぎて、受け止めきれずに突き破って、結局思いっきり壁に激突して気絶してたけど」
「そ、そうだったのか…」
そういえば、壁にぶつかった時予想より遅く壁に激突した気がするし、一瞬スピードがゆるまったようなそうでないような気もする。なるほど、壁をすり抜けて向こう側まで行ったというのなら納得である。
「……ま、そういうわけで偶然迷宮の入口を発見したの。ちょっと覗いてみたけどやばそうな雰囲気だったし、アンタを放置するわけにも行かなかったから一旦帰ったってわけ。思えば階段の下までミノタウロスが来てなくてよかったわ。来てたらアタシもリサも仲良く死んでたわね」
「はっはっは!たしかに!」
その言葉にキリが愉快そうに笑いだす。いや笑えない冗談だぞこれ。
「……ま、これからその危険に自分から乗り込むわけだけどなー」
急に真剣な顔つきになるキリ。余裕そうな笑みは消えていないが。
「そうね。……みんな、覚悟はいい?」
「まだもうしばらくかかりそうだから一旦帰ろう」
「リサ以外」
「おーいっ」
本当のことを言ってるだけなのに人権無視される俺ってだいぶ不憫なんじゃないだろうか。こんなの強制労働だよ。ストライキ起こすぞ。
まあ何を言っても乗り込む事実は変えられないんだろう。覚悟を決めるしかないようだ。
「……行くわよ」
「おー」
「はい」
「…ああ」
おのおの返事して、俺たちは壁の中へ……死と隣り合わせの迷宮へと足を踏み入れた。
話書いてる時はここに書くことも考えてるんですが投稿するとなると忘れます




