魔物
まあそんな驚きの事件はあったものの、誰にも気づかれることなく街の外まで出ることができた。
そういえば外壁の穴の外側だが、辺り一面背の高い草が生い茂っていたし、それに結構大きな岩がすぐ近くにあってよほど近くまで来ない限りは見つからないようになっていた。正直ここから敵とか攻めてくるんじゃないかとか思ってたが一応安心である。いや塞いだ方がいいとは思うけど。
「で、迷宮ってのはどの辺にあるんだ?」
「ここからもうちょっと南に行ったところよ 」
キリの質問にニーナはすぐに返事した。西やら南やら、よくこんな平地で分かるもんだ。
とにかく、こっからは街の人らにこそこそ隠れて歩く必要はないわけだ。ようやく落ち着ける場所までこれた安心感から、俺たちは各々身体を伸ばしたりした。
いまだ緊張を解かないニーナだけ、ピリッとした空気で俺たちを咎める。
「ちょっと。街の人はもういないけど、外にだって見回りの警備隊がいるかもしれないのよ。もっと警戒しときなさい」
「大丈夫だって。警備隊の奴らだって、迷宮の姿も見えないし門の近くでもないようなとこまで来ねえだろー?」
「念には念を入れろって話よ!アタシだってそんなこと分かってるわよ!」
「お嬢様、お声が少々大きいかと」
「〜〜〜〜〜!!」
緊張すべきところなのにそれにそぐわない呑気な態度でいるキリやアニスに、ニーナは憤慨しながら叫びそうになるのを必死で抑えていた。顔が真っ赤である。
「もういい!とにかく行くわよ!」
声を抑えながらもあからさまに怒ってるような口調でそう言って、勝手に歩き出してしまった。俺たちもそれについていく。
俺は歩きながら外の景色をキョロキョロ見回してみた。そこは街中とは違い、ずいぶんと草原が広がっていた。
ぽつりぽつりと木や岩があるだけで、あとは何もない。とはいえ、こんな広いところでピクニックでもしたらすごく気持ちよさそうだ。
だが、ふとあることが気になった。俺はニーナに確認してみる。
「迷宮に怪物がいたのは見たけど、街の外とかにはいないのか?」
「ああ、魔物のことならもちろんいるわよ。まあ色んな強さがいる迷宮の中の魔物より、外のやつらはもっと弱いのばっかりだけどね」
「へえ。じゃあ、比較的外ってのは安全なんだな」
「一概には言えないけどね。たまに迷宮から魔物が出てくることもあるにはあるし」
「まじかよ…。そうなったら結構やばそうだな。街の被害とか」
「まあ、めったにない事件よ。普通、迷宮が出現した時点ですぐ警備隊が中を調査するし、その後は我先にって冒険者が押し寄せるしね。だから、外に出た魔物っていうのは冒険者から逃げて間違って外に出ちゃった、E級かそこらの弱めのやつだけ」
「ふーん…。むしろ魔物の方が世知辛いのな…」
迷宮と一緒に魔物も出現するようだが、いざ外に出た瞬間に殺される側になるとは。意気揚々と生まれたのが馬鹿みたいじゃないか。
……まあ、幽霊だとかアンデットみたいな奴はぜひ早々に退場していただきたいものだが。
そういえば言い忘れていたが、いくら怖いものとかが嫌いな俺でも種類によるのだ。異世界に来て直後の時に出た牛頭のあいつは、正直フォルムに関しては絶対に無理というわけではない。
ただ、あの時はわけの分からない状況に陥って間も無かったうえに、辺りは真っ暗で雰囲気も怖かった。そこに斧持った怪物が俺を殺そうと追いかけてくるんだから、それは誰でも怖がるもんだろう。だから俺は悪くない。
俺が本当に苦手とするのは、場所とか雰囲気とかも含めて、幽霊だとかゾンビだとかのホラー系。それ以外ならまあ何とか…誰か頼れる人がいれば…何とかなる、と思う。
だから今向かっている迷宮も…俺があったあの魔物だけであるならば、はぐれたりしない限り大丈夫だと思う。少なくともその努力はする。
学年一位だとかいうニーナや、やたら筋力が凄まじいアニスがいるので一応は安心できる。
そんなことを自分自信に言い聞かせながら歩いていると、今度はニーナの方から話しかけてきた。
「さっきのE級っていうので思い出したけど、魔物って強さによってSからFまで階級が決められてるのよ。街の外にぽつぽつといるのが、大体がFとかE級の弱めのヤツ。で、迷宮の中にいるのが、EからSまで様々って感じ。正直、B以上ともなると化物ね。高校生程度の実力じゃ手も足も出ないわ。相手するのは上位冒険者レベルじゃないと許可ももらえない。アタシ達じゃあ、まだC級もキツいと思うわ」
「へえ……S級とかともなると、ハンパなさそうだな」
「当たり前よ。そこまでいくとドラゴンとかヤバいのしかいないわ。最近じゃあ出現してないようだけど、もし出てきたら街の一つや二つは破壊されるっていう話よ」
「話って…あくまで噂なのか」
「それだけの力があるっていうことよ。それに、一昔前の文献にはそういうことも載ってるんだから。……で、そういえばまだ聞いてなかったんだけど、アンタ迷宮の中で魔物とは遭遇したの?」
「え?……まあしたけど」
「やっぱりそうなのね。どんな特徴だったか分かる?もし戦いになったら、種類が分かってたらある程度対策できるわ」
「確かにな。あの魔物はよく覚えてるぞ。牛の頭に悪魔みたいなねじれた角で、でかい人間みたいな身体に黒い毛皮が生えてた。腕と足に千切れた鉄の枷が付けられてて、そんででっかい斧を持ってた」
こんだけ言えばこいつのことだし、何て魔物か分かるだろう。そんな気持ちだったんだが、ふと見ると三人とも目を見開いて固まっていた。
「そ、それってまさか……」
「……そうだと思われます、ニーナ様…」
「そんな奴のとこに今から行くってのか…?正直、リサちゃんがいたとこだからそこまでやばくないって思ってたんだけどー…」
「は…?そんなにやばい奴だったってのか…?」
「やばいも何も、アンタが逃げ帰れた方が奇跡よ!」
ハハハいやそんなまさかみたいなノリで言ったら、ニーナにキレ気味に言い返された。
「そいつはミノタウロス……B級でも上位の化け物よ!」
「……え?」
び、B級?さっきニーナがB以上は化け物って言ってたが、その上位の魔物だと?……んな馬鹿な。
しかし、そう言われたら納得してしまえる。あんな化け物が逆にEとか言われたら絶望でいっぱいになるもの。
さっきまでは、やたら自信ありげな三人の雰囲気に飲まれ俺も安心しきっていた。だが、それが事実に裏付けされていないただのやる気だけだったとは……。
いや、普通ならこんな化け物が出ること自体稀だったのかもしれない。
「ていうかリサちゃんよぉ、よくそんな奴から逃げ切れたな。正直わたしなら死を覚悟するぜー」
「そこまでかよ……。いや、何でだろうな」
「何言ってんのよ。アンタ、敏捷だけはトップレベルだったでしょ。それでよ」
「ああ、そういやそうだったな」
なるほど、謎に敏捷値が高かったからそれでミノタウロスとやらに追いつかれずにすんだのか。前の身体じゃそこまで足速いわけではなかったのに、俺の怖いのから逃げたいという精神から敏捷値の超増加を引き起こしたんだろうか。
神様的な奴が俺を勇者よろしく転生させたんだとしたら、そんな配慮だけじゃなくてチートレベルにしてくれたらよかったのに。こんなの勇気ないのを加速させるだけだぞおい。勇者とは真逆だぞ。
……自分で何言ってるんだろうか。
「なるほどなぁ。ま、だからって悪い状況なのには変わらねぇよなー」
「そうね…。アタシ達が束になってかかったところでどうにかできる相手じゃない…」
「そうだな。うし、帰るか!」
「それはない!」
それはないのかよ……。てっきり帰る流れかと思ってめっちゃ元気に言ったのに速攻で否定されたぞ。
「…お嬢様。私もこの状況では迷宮へ乗り込むのにはやはり賛成できません。お嬢様の身に何かあれば旦那様に申し訳が立ちません」
「大丈夫よ、相手にはならないなら、相手にしなければいいのよ!物音を立てないようにそろそろ歩く!何かが近づいてきたら逃げる!そしたらいけるわ!」
力強くそう語るニーナ。まあ、確かに迷路みたいな内部だったからそれもできるのかもしれないが。
「……分かりました。ですが、決して無理をしてはいけませんからね」
「……分かってるわよ。アタシだって別に死にたいわけじゃないもの」
そんな何とも言えない雰囲気になったが、一応そういうことで話がまとまったので、一旦みんな沈黙した。そうしてしばらく黙々と歩いていると、大体20分くらいしてようやく巨大な建造物の姿が見えてきた。
「あれが……迷宮か」
それからもう少し近づいた俺たちはひとまず岩場の陰に隠れて、その全体像を眺めることにした。
横に広い、5、6階建てのマンションみたいな建造物の端を突き破るような形で円柱型の塔が生えていた。全体が灰色で、陰鬱とした雰囲気が漂っている。
その建物の周辺には、深夜近いというのに何人もの人がうろうろしていた。おそらくあれが警備隊という奴らだろう。
……そういえば。
「特に気にしてはなかったんだが、警備隊ってどういう奴らなんだ?」
「んーそうね、仕事といえばさっき言ってたみたいな新迷宮の内部調査くらいかしら。それだけ知っとけば充分よ」
「ちなみに内部調査というのは、索敵能力などに秀でた者が魔物のレベルなどを総合して迷宮のレベルを決めるというものです。あまり奥までは立ち入らないので、あくまで目安となりますが。他には街の中の治安維持や街周辺の魔物退治なども行っております」
普通に補足してるように見えて地味にニーナの説明をディスるアニス。いや自然にやってるのかもしれないけど。
「で、どうやって忍び込むんだー?今朝もわたし入る隙なくて諦めたぞ?」
「そこは大丈夫。安全に入れるわ」
キリの質問にやたらと自信ありげなニーナ。一応その道のプロ的な人達なのに、高校生程度が付け入る隙があるんだろうか。
微妙に信じきれてない俺たちを察してか、ニーナはさらに付け加える。
「いいからアタシを信用しときなさい。黙ってついてくればいいのよ」
具体的ではないが、ここまで言い切れるのはニーナの勝気な性格故か。なんだかんだ頼りがいのあるのが、彼女のいいところなのかもしれない。
俺たちはニーナを先行させ、腰を屈めながらひっそりと近づいていった。




