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キリ

ぐずぐずしてるとバレて捕まる可能性もあるので、痛みを我慢して早々に出発する。初めての異世界外出がこんなお忍びなんてとんだ災難である。


屋敷の庭に植えてある木や草の陰に隠れながら慎重に進む。……と、



「よおニーナ。お前面白そうなことしてんなぁ」


どこからか女の声がした。俺たちはもう気づかれたのかと焦って辺りを見回してみたが、誰も見当たらなかった。おや?


キョロキョロしていると、また声が聞こえる。


「こっちこっち」


今度ははっきりと聞こえた。上だ。

見上げると、木の枝に座って足をぶらぶらさせている何者かがいた。まさか刺客かなんかか。


ニーナの名前を呼んでいたのでちらりと見てみると、なんだかやれやれみたいな顔をしていたのでどうやら知り合いのようである。


「アンタ何でここにいるのよ…キリ」


キリと呼ばれた女…歳はニーナと同じくらいだろう。夜だというのもあり、木の影で全身が闇に溶け込んでよく見えなかった。忍者みたいな奴だ。彼女はその言葉ににんまりと悪どそうな笑みを浮かべ、


「お前、何かおもしろそうなこと企んでんだろ?わたしも混ぜろよ」


「アンタねぇ…別に遊んでるわけじゃないんだから。また今度にして」


「おいおい。知ってるぞ、今朝ニーナが何してたかさぁ」


ピクリと固まるニーナを見て、またにやにやするキリ。


今朝というと、例の失敗した迷宮探索か?


「ど、どうしてそれを……」


「今朝もここ遊びに来たんだけどさぁ、こそこそ家を出るとこ見たから何してんのかなーって思って後つけてったらまだ立ち入り禁止の迷宮に警備隊の目を盗んで忍び込んでるのをバッチリ目撃しちゃったわけよ」


「むむ……」


警備隊なんて強そうな人らを掻い潜れることはできたのにキリとやらに気づけなかったのか。ニーナの注意力が足りなかったのか、それともキリがすごいのか。


「わたしもついてこうと思ったんだけどもう隙なくなっちゃってさあ。仕方なく隠れて待ってたんだけど、またしれ〜っと出てきたと思ったら何か抱えてきてんじゃん」


「俺か」


「そ。てかお前すごい気になってたんだけど、後で詳しく教えろよー?後お前自分のこと俺っていうのなぁ。男勝りな喋り方じゃあかわいい顔が台無しだぞ?」


相変わらず人をおちょくったような笑みで俺にそう言うキリ。男勝りな喋り方はお互い様だと思う。やたら間延びしてるけど。


「……それで?アタシ今日また出発するなんて誰にも言ったつもりないんだけど」


キリを威圧するような声で話すニーナ。不法侵入とはいえそこまで怒るものなのか?いや普通は怒るけどお前がその点で責めても説得力がないぞ。


「どうせお前のことだからまた行くんだろーなーって思ったからな。ずっと張り込みしてた」


「………え?ずっと?」


「おう」


「………アタシ、帰ってきたの昼くらいなんだけど」


「だからずっと」


あっけらかんとした感じで「そうですけど何か?」みたいな表情をするキリにニーナは思わず面食らったような顔になっていた。まあ、俺も正直驚いている……こいつの馬鹿さに。


「……じゃあ、この子がどういうのかも全然聞いてはないの?」


この子、の部分で俺に指さすニーナ。


「だから後で教えろよって言っただろー?何も知らねーよ」


その言葉にしばらくニーナは固まっていたが、やがて観念したのかため息をついて、


「仕方ないわね……。アンタの努力に免じて、今回は連れてってあげるわ」


「おお!さすがニーナ、話が分かる!」


「その代わり、迷惑になるようなことしちゃダメだからね!あと危険なんだから慎重に進むように!」


「ダイジョブダイジョブ〜。少なくともずっとつけてたわたしを見つけられなかったニーナよりかは回り見えてるからなー


「何よ!」


「事実だけどー?」


「失礼ながらお二方。まだ我々は屋敷からすら出ていませんが」


「……あ」


いきなり喧嘩をおっ始めそうな雰囲気だったが、アニスの介入によりなんとか気をおさめることができたようだ。


「じゃあ、気をとりなおして行くわよ。ほら、キリもいい加減木から降りなさい」


「それは無理だなー」


この後に及んでまだ足止めするキリ。一体ニーナに何の恨みがあるんだろうか。俺としてはまあありがたいことなんだけども、そろそろニーナを見るのが怖い。


キリもそれには気づいたようで、バツが悪そうな顔で二へへと笑った。


「いやぁ、違うんだよ。登ったはいいものの……降りられなくなってまってさぁ」


「……は?」


「いやー慣れないことはするもんじゃないなぁ。ちょっと降りるの手伝ってくれ」


……馬鹿がいた。


最初見たときは忍者かと思ったのに、現実は違うものだ。


というかたとえ馬鹿だとしてもニーナが使ったみたいな魔法使えば一瞬じゃないのか?それにキリが座ってるとこから地面までそこまで距離があるわけでもないだろうに。


「わたし風の魔法苦手なんだよなー。別にできなくはないんだけども両手使って集中しなくちゃいけないからさ、ここじゃあちょっと危なっかしくてできやしないんだなぁこれが」


「自信満々に言うなよ」


思わずツッコミを入れてしまう。


ニーナはもう話すのも面倒くさいと思ったのか、すでに魔法の詠唱に入っていた。さっきと同じように身体が淡い赤色に発光する。


そして今度は身体ではなく地面……キリの落下地点に向けて魔法を放った。すると、その辺りに向けて風が集まっていく。


「うし、毎度すまんなぁニーナ」


毎度こんなんやってるのかこいつは。


キリはそう礼を言うや否や、言葉の不遜さとは真逆のかわいい女の子らしい体制…というか、びびりながら木から不恰好に飛んだ。どちらかと言えばずり落ちたという方が正しいか。


地面に着地する寸前、見えないクッションのようなものに守られてぼよんと身体が浮く。と、キリの下敷きになっている風の魔法がパンと音を立てて小さく破裂した。それによってキリは尻もちをつく。


「いてー…。相変わらず荒っぽいなあ」


「魔法使ってあげただけ感謝しなさい。ほら、降りたんだからさっさと行くわよ」


そのツンとした態度に、キリは立ち上がって尻についた砂を払いながらへいへいと気のない返事をした。



□■□



「……で、結局キリはニーナとどういう関係なんだ?」


俺たちは夜の街を話しながら歩いていた。はたから見れば黒服集団なので怪しさの塊だろうが、幸い人通りは少ないような細い路地を進んでいた。そういう道を選んでいるんだろう。


街並はまんま中世な感じである。明日には大通りとかを大っぴらに見てみたいものである。


「お、気になっちゃう君ぃ?そうだよな、憧れのお姉ちゃんのことは何でも気になっちゃうよな。しかしわたしとニーナちゃんの関係は一言では語り尽くせないほど深い深ーい……」


「何バカなこと言ってんの。ただのクラスメートよ」


「あ〜んいけずぅ」


相変わらずふざけた態度を崩さなキリ。どうでもいいけど憧れのお姉ちゃんとは何だ。俺の方が年上だぞ。


……まあ、初対面の人にとってはそういう風に見えて当たり前なんだろう。俺だって他人だったら分かるわけない。


「てかさぁ、わたしのことなんてどうでもよくて君のことが知りたいんだよぉ。そんなかわいいのにどうして男みたいな喋り方してんだ君?」


「いや、それには色々あって……」


本日3回目の説明なのでちょっと面倒になってきたので掻い摘んで説明する。


それを聞いたキリは……ついでにアニスも非常に驚いた顔をしていた。


「へえ、そんな突飛なことがねぇ……」


「リサ様には何かただならぬ事情があるということには気づいておりましたが、それは大変でしたね」


二人ともそれぞれ感想を言ってるが、どちらも俺の身に起きた魔法があり得ないなどと言うことはなかった。ニーナには散々馬鹿にされたのに。デマかこの野郎。


そういう気持ちを込めた目線を送ったが、逆にニーナに笑い飛ばされてしまった。


「アタシじゃなくてこの二人の意見が変なの。ていうか言ってないだけで不可能ってのは二人とも分かってるから」


「いやーニーナちゃんさぁ、そう決めつけるのはよくないぜ?若返りなんて非常に夢があるだろ?」


「キリ様の言う通りでございます。ニーナ様は今のままでも充分お美しいですが、あと三、四歳若ければもっと魅力的に」


「それはアンタ個人の嗜好でしょうが!」


俺にとっては切実な問題なのに、こいつらは笑い話になってしまっている。というか、やはりこの世界の住人にとってはあくまで「夢のある話」なのか。非常にブルーになるな。


もうしばらく歩いていると、外壁の前まで来た。……外壁?


「そういやこの街ってどんくらいでかいところなんだ?」


気づいたら街の中にいたし、外を見たのもこんな真っ暗になってようやくだ。いまいち全貌が分からなかったので今更気になった。


「ここはファルメリーダという地域です。規模はそれなりに巨大なものとなっておりまして、近隣の町や村の中では最も栄えています。建物の大半はなだらかな平地の上に建てられておりますが、一部の上流貴族の屋敷などは北の少々急な斜面にあります。ニーズベルグ家の屋敷もそこに建っております」


何気なく聞いたことなのにすごい丁寧に解説してくれた。


やっぱりニーナの家柄っていいとこだったのね。屋敷のでかさから簡単に想像はできたけど。


「で、この辺りは西の方角ね。……で、この辺りなんだけど……あ、あったあった」


キョロキョロと見回してたニーナだったが、ふと何かを発見してそっちに駆け寄っていった。


俺たちもそれに続くと、なぜか誰かの家の裏側へと入っていった。


今まで通っていた路地よりもさらに細い、道とも言えないような外壁と家との隙間で、そこには使えなくなった家具や燃えないゴミが捨てられていた。普通に捨てればいいのに。


ニーナはこんなところに何のようがあるのか、と思ったが俺の疑問などどこ吹く風という感じですいすい進んで行く。そして、真ん中辺りまで進んだとき、ぴたりと止まった。ニーナの目の前には小さめのタンスが置いてある。


それを、ニーナは押してずらし始めた。中々重いのかズズズとゆっくりと滑っていく。


すると、タンスで隠れていた外壁の一部があらわになった。……そこには亀裂が走り、小さな穴が開いていた。ちょうど一人通れるくらいの。


「さ、ここよ」


ニーナが当然のように指差す。俺は思わず本気で呆れた。


「お前なぁ……ここまでお転婆だとは正直思わなかったぞ」


「え?……いやアタシが作ったんじゃないわよ!偶然見つけて……ちょっと広げただけよ!……うん、ほんのちょっとよ!」


「その間はなんだその間は」


「ニーナ様、帰ってから少々お仕置きをする必要がございますね」


「だ、だから違……」


誤魔化せないと悟ったのかぐったりとうなだれるニーナ。というかその原因は八割方アニスのせいな気がする。どうなお仕置きかは知らんが頑張ってくれ。あわよくば俺の分まで。


「まあまあ、そんなん後でいいから早く行こーぜ。わたしははやく迷宮に入ってみたいんだよー」


「あーはいはい、了解了解」


穴は中々小さく、人が頭から入ってようやく通れるという程だ。ちょっと太った人どころか成人してる男だったらもう通れないんじゃないだろうか。普通はこんなとこ通る機会ないだろうけども。


最初に元気が有り余ってるキリが抜けて、次にニーナ、そして俺。俺は当たり前に体が小さいからすんなり通れるし、キリもニーナも胸はそんなに大きくないから何とか通れた。どちらかといえばキリの方がでかいかな。


なんて見比べてたらニーナに射殺すような目で睨みつけられた。怖い。


……おや?胸といえば……。


「……む、おかしいですね。つっかえました」


やはり……というべきか何というか、アニスが穴に見事にはまっていた。原因はどうみても胸である。おっぱいですね。


つってもアニスが爆弾レベルで大きいという話ではなく、あくまで穴が小さいということだ。もちろんアニスの胸が大きいという事実に変わりはないが。


ふと殺気を感じると思ったらニーナとキリだった。こんなところでおっぱいに対する敵意を剥き出しにしなくてもいいのに。仲間割れする場合ではございませんぞ。


しかし、これではどうすることもできないんじゃないのか?まさかアニスをこのまま放っておくわけにもいかないし。


なんて考えていたが、


ガガガガガッ!!という突然の何かを削る音。


びっくりして音源を見ると、そこには穴を突破したアニスが立っていた。


……え?今の音は何ですか……?


先ほどの穴を見てみると、穴の下側に二本のレールが新たに生まれていた。


こ、これはつまり。……おっぱいの通った跡ということですか?


外壁という名前に恥じない結構な分厚さの壁なんだが。


驚きと恐怖の目でアニスを見ると、彼女は何食わぬ顔で、


「メイドの嗜みとして、当然のことです」


………そんなメイドはいません。


………ていうか二話連続アニスオチかよ……。

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