決行
そんなこんなで部屋を出て行ったアニスはともかく、ニーナは部屋の中で着々と準備を進めていった。
俺は持ち物なんて何もないので、手持ち無沙汰になってニーナの物をぼーっと眺める。
コルクで閉められた、様々な色の液体が入ってるガラス瓶。見た目は回復薬って感じだがそんなものが実際にあるのか?白いチョークなんてのがあるが魔方陣でも書くんだろうか。30センチくらいの長さの木の棒はおそらく杖だろう。魔法使いっぽい。
後は水筒くらいで、目につくようなものはそんなにない。というかそこまで荷物は多くなかった。長旅をするわけでもないし、迷宮探索だから機動性が求められるんだろう。
ニーナはそれらを革の鞄に詰め込み、ふうと一息ついた。
「まあこんなとこね。あとはパパ達に気取られないようにしたらオッケーよ」
「そうか。うーん、俺嘘下手だから変なこと口走っちゃうかもなぁ」
「喋ったら一週間アニスに預けるからね」
「……気ヲツケマス……」
じろりと睨みつけられてそう言われた。なんだよどんだけやばいんだよ。
「さて、もう7時前ね。7時には夕飯が出るから行きましょ」
「分かった」
7時というのはもちろん19時のことである。口頭でわざわざきっちり言わない。
しかし、今日お邪魔したどこの誰かも分からないような奴を食卓にあげてもいいんだろうか。流石に俺にも遠慮という言葉はある。
そう言うと、ニーナにそんなことを気にしているのか、と呆れたような顔をされた。
「パパはそんなこと気にしないし、いいって言ったことはまったく曲げない人よ。その辺は信用していいから」
当たり前のように父親自慢するニーナ。なんだかんだいい家庭である。金持ちで性格までいいとはできた家族だな。
□■□
ニーナに連れられて部屋を出る。こいつは迷いなくすいすいと進んでいるが、俺には全体像がまったく分からない。これで二回目だから当たり前なんだけど。家の中で分かれ道なんてできる方が異常なんです。まだ俺は外の景色を見てすらないから基準を知りたい。
ニーナの背中についていくことまた数分、両開きの扉の前に辿り着いた。おそらくここが家族でご飯を食べるところなんだろう。
しかし、部屋からここまでこんなに遠いとか不便じゃないのか。トイレとかもれそうになったら場所によっちゃあ大変だろう。
まあそんなことはともかくとして、俺たちは中に入る。そこには白いクロスがかけられた長いテーブルが置いてあり、その一角に書類を持って真剣な顔をしているフンボルトさんが座っていた。こんな時まで仕事なんだろうか。ずいぶん熱心な人だ。
フンボルトさんの他には誰もいない。メイドとかは別の場所で食べるんだろうが、他の家族はどうしたんだろうか。
「やあ、来たね。ではいただこうか」
パパさんはこちらに気づいて顔をあげ、書類を脇に置いた。もう書類を読んでいた時のような真面目な表情ではなく、優しそうな温和な顔だ。
ニーナが定位置っぽいとこに座ったが、俺はどこに座ればいいかよく分からなかったのでとりあえずその横に座る。他人の家族と一人で同席ってだいぶ気まずい。
そんな俺の心情を読んでか、パパさんは空気を和ませるかのように俺に話しかけた。
「いつもは妻や他の娘達も一緒なんだがね。今日は偶然予定が重なって今屋敷にいないんだ。いずれ紹介しよう」
「そうなんですか。娘ってニーナ以外にどれくらいいるんですか?」
「三姉妹でニーナは真ん中なんだ。姉は大学生で末っ子が中学生。あと、成人して仕事をしているからもうこの屋敷にはいないが長男もいる」
そうなのか。まあ、他の人らがいなくて助かったかもしれない。ニーナみたいな人が三人もいたらすごいやかましそうだ。気疲れはアニスでもう充分してるけども。
なんてことを話してたら、メイドが料理を持ってきた。俺たち三人の前に一品ずつ。
まずきたのはサラダだった。レタスっぽいものが盛られていて見た目的には俺が慣れ親しんだものと大体一緒だが、所々に青色をした野菜もある。なんだこれは。
食べるとなんとも言えない味がした。とはいえまずい訳ではないので気にせず食べる。
というかこれコース料理なのか?流石は金持ち、何でもない日にこれとはやりよる。
予想通り次にスープが運ばれてくる。これはトマトっぽい味でおいしかった。食材とかも大体一緒なんだろうか。
とかいう予想を覆し、次に運ばれてきたのは紫色をしたリゾット的な何かだった。見た目は完全に毒物なんだが、ここの世界では寒色には食欲を減退させる効果はないらしい。タダで食わしてもらってる分際で文句を言うのは失礼なのでそういうことは顔に出さずに食べる。
味は普通にリゾットだった。
まあ、アメリカなんかだとやばい色をしたケーキとかもあるみたいだしな。その写真を見たことがあるがアレは食い物ではなかった。そんな禍々しいもんじゃなくて助かったと思っておこう。
その後なんだかよく分からないデザートを食べ、パパさんに一言挨拶してからニーナの部屋に戻った。緊張して思わず計画とかぽろっと言っちゃいそうだったからその心配がなくなってほっとする。
「さ、そろそろ行くわよ。用意しなさい」
ニーナが俺の目も気にせずに着替え始めたので、慌てて後ろを向く。今は同性だからといって流石に俺は裸まで見るほどは割り切れない。
ちょっと赤くなってしまったのを感じて恥ずかしくなり、思わず関係のないことを言う。
「フンボルトさんの目は気にしなくて大丈夫か?」
「パパにはもう寝るって言っておいたし、たぶん大丈夫よ」
「本当か?あのおっさんのことだから逐一チェックしてきそうだけどなあ」
「部屋に入ったら口きかないって言ってるからその辺は問題ないわ」
あっけらかんとした表情でそう言うニーナ。女って怖い。
と、アニスも荷物を背負って部屋に入ってきた。……って荷物がやたらとでかい。ニーナと対照的すぎて逆に心配になる。
ニーナも同じように思ったようで、
「アンタ、何をそんなに持ってきてんのよ。忍び込むんだから荷物は最小限にしときなさい」
「そうかとは思いましたが、お嬢様のお世話のためには必要かと存じまして」
「?たとえば?」
「携帯用トイレや料理器具など…」
「いらないわよ!てかアタシを何だと思ってるの!」
「そうだと思いまして、あらかじめ分けておきました」
鞄を下ろして中から小さめの袋を取り出すアニス。それがいらない分かと思ったらそっちが本体らしかった。地味にボケてくるなこの人は。
「さて、出発……と行きたいところですが、リサ様。あなたはその格好でお出かけになさるのですか?」
「え?………あ」
そうアニスに言われて俺の服を見てみると、ずっと着ていたワンピース型の寝間着のままだった。動きずらいし、その上白だから目立ってしょうがないだろう。言われるまでまったく気づかなかった。
ニーナとアニスを見ると、二人とも活動しやすそうな、かつ目立たない暗めの色の服を着ていた。この方々は準備がいい。
「どうしよう……。俺服持ってないんだけど、なんか貸してもらえるか?……いや!服ないんだし、今日は俺留守番しとこうかな!いやしょうがないなぁ行きたかったなあ」
「そう言うだろうと思ってちゃんとリサ様のお召し物も持って参りました」
「え、あ、そう……」
ラッキーなことに断る理由が出来たと思ったら一瞬で解決策を提示された。しかも思わず行きたかったなあとか言っちゃったので引くに引けなくなってしまった。俺の馬鹿野郎め。
アニスはいらないもの認定した方の鞄を何やらごそごそしだした。おそらく俺の分の服を入れておいたんだろう。なんでこのメイドは気配りの良さをボケで包み込むんだろうか。
「じゃあん。これです」
完全に棒読みで効果音をつけながら出した服は、なるほど暗躍には都合の……
「まったく良くないよねそれ!?」
……完全に機能性を考えていないだろう、いわゆるゴスロリ服だった。なんで持ってきたのそれ。
「アニス……そういうのは帰ってからいくらでもやればいいから、さっさとちゃんとしたの着せてあげなさい」
「え、いや着ないからなそんなの。絶対着ないからな!」
「了解しましたリサさん。楽しみにしておいてくださいね」
「まったく了解してないよねそれ!?あ、いや別に自分で着れる……」
またもや唐突に始まるボケタイムは終わったのか。と、ちゃんとした服を出したと思ったら今着てる服をいきなり脱がされた。完全に油断していたのでやばい貞操の危機、とか思ったけど気がついたら着替えが完了していた。
隙あらば手を出すとかはしてはいけないという判断はできるらしい。それはいいことだ。いやだからといって後でやることを許したつもりもないけど。あと早着替えさせはメイドの嗜みとかそんなのなんだろうか。
着替えさせられた服は手足をすっかりと隠すようなもので、全体的に暗色のものだ。下はスカートではなくズボンなので、精神衛生的にも助かる。ゆったりとしていて柔らかい生地だから非常に着心地がいい。逆に上半身はけっこうぴっちりとしていているのは、動きやすいし衣擦れの音も抑えられるからだろう。
しかしこう体のラインが出る服を着ると、俺の体の凹凸のなさがはっきり出てしまう。どうせ女の子なんだからもっとおっぱいでかかったらよかったのに。あったらあったで邪魔なのかもしれないが。
腰に巻いた革のベルトにはいつの間にか短剣がおさめられていた。いざという時にはこれを使えということか。しかし、経験もないのにこんなのが役に立つとは思えないが……まあ、ないよりかはマシだろう。
「よし、今度こそ準備完了ね。さ、出発するわよ」
「ええー…本当に行くのか…?明日でいいんじゃないの…?」
「今更泣き言言わないの。明日にはパパが警備隊に知らせちゃうんだから今日しかないの」
「むむむ…」
やっぱり行きたくないんだがなぁなんて思っていると、ニーナ達はドアではなくなぜか窓の方へ歩いていった。
「アンタも早く来なさいよ」
戸締まりはしっかりみたいなそういう感じかと思ったが違うようだ。ニーナは当たり前のように窓を開けた
。なんで外を覗き込む必要があるんだろうか。見張りを警戒してるのか。
そんないまいち察していない俺を察して、ニーナは呆れたように言った。
「馬鹿ね、玄関からなんて出られるわけないでょ?」
「え…まさか、窓から飛び降りるの…?」
嫌々ながら俺も窓から顔を出す。悪い予感はしていたがやはりその通りで、ここは3階で段階的にも飛び移れるようなものもなかった。
……つまり、一気にまっさかさかということに。
俺は血の気が引いていくのが分かった。普通に危ないのになんでこいつらは平気な顔してるんだ。
「風の魔法使えばゆっくり降りられるわよ。見てなさい」
そういうと、ニーナは小さく何かを唱えだした。呪文のようなものなのだろうか、ニーナの体がぼんやりと淡い赤色の光を発した。
と、いきなりニーナの体がふわりと宙に浮いた。とはいえ数センチだけだったが。しかし、魔法というものを初めて目の当たりにした俺は思わず驚きで声をあげた。
「おお、こいつはすごい……!」
俺の賛辞にドヤ顔をしたニーナはそのまま軽やかに飛んで窓から飛び降りた。
その様子を見ようと窓から身を乗り出して確認すると、ピーターパンのようにとはいかなかったが普通よりもゆっくりと地面に下っていき、地面に静かに着地した。
これが魔法か…すごい無限の可能性を感じるぞ!
初めての魔法を見てまだ興奮冷めやらぬ俺を見て、アニスが補足で説明してくれた。
「今のは初級魔法の風の力で体を押し上げて体重を軽くしたりするものです。自身の体の回りに集中して風を閉じ込められるのはお嬢様の優秀さ故です」
なるほど。俺の言葉に妙に誇らしげな顔をしたと思ったらそういうことだったのか。学年トップは伊達じゃなかったんだな。
「では、私達も行きましょう。リサ様は私が一緒にお運びします」
「おお、ありがとう。……ん?」
俺もさっきの魔法をかけてもらえるんだろう、いやぁ気持ちよさそうだな…とか思ってたら、なぜかアニスは俺を脇に抱えた。アニスは女性としては身長が高めなので、小さい俺はどうにも動けなくなる。
よく分からないが、一緒に飛び降りるんだろうか。人にかけた魔法を維持するのは難しいとかそんな理由なのかな、なんて想像する俺をよそにアニスはためらいなく窓枠に足をかける。
「さあ、行きますよ」
「……え?魔法とかかけないの?え、ちょっと待ってそのまま飛び降りるとかそんなん聞いてな、あっ、ちょっ…………」
アニスは俺の制止をまったく気にせず、力強く夜空へジャンプした。
少しの浮遊感のあと…当然のごとく自然落下。
「あっ……うわああああああああああああ」
ダンッ!!!という地面に両足で着地した重い音が鳴り響く。
当たり前のように反動で俺の腹に抱えられているアニスの腕が食い込んだ。
「ぐほっ!」
「ご無事で何よりです。さあ、参りましょうか」
アニスに優しく地面に降ろされたが、食ったばかりのものが胃から出そうになるレベルの衝撃をくらってまともに立てない。もちろん、いくらか軽減してくれたんだろうが。
……その衝撃を直に受けてさらりと何事もなかったかのように振る舞うアニスはどんな身体をしているんだろうか。ニーナとは別の意味で化物である。




