陽の光
暗い…暗いよ....
暗く何もない闇の中、『声』が聞こえた。
「どうして世界には何もないの?どうして僕はこんな真っ暗な世界に住んでいるの?」
『声』は聞こえるものの気配がしない。
まるで、誰もいないかのようだ。でも、確かに声は聞こえる。男の子のような『声』だ。
「僕は生きているの?僕は生きているって言えるの?食べ物もない。遊ぶものもない。友だちも。そもそも誰もいない。僕は生きてるっていえるのか?」
『声』の悲痛な叫びともいえる問いに答えるものはいない。
「だれか!誰でもいいから、返事してくれ…」
その声は、紛れもなく自分の声だった。
何もないこの暗い世界で自分の姿が見えない僕には、今までの『声』が自分のものであると認識することさえ容易にできなかったのだ。
「ほら、自分の声すらわからないんだ。僕という存在は...」
そのときだった。僕の『眼前』に一筋の『光』が見えた。僕はその瞬間、確かに自分の『眼前』というものをすぐさま認識している。今まで自分の『声』を認識するのも容易ではなかった僕にとって、一筋の『光』は僕の希望の光でもあった。
僕は走った。その『光』に向かって走った。
わかる、わかってくる。自分という存在が少しずつはっきりしてきた。『光』に近づけば近づくだけ、僕という存在を認識する。僕は今ここに存在してるのだ。
『光』を求め走り続けて、幾分か時間が経った。
僕の眼前に小さな穴がひとつある。どうやら『光』はそこから漏れ出ているようだ。
僕は何も考えずにその穴を覗いてみる。
それは『陽の光』だった。とても温かくて眩しい。『陽の光』に包まれた広大な世界だった。
僕はその世界に憧れを抱いてしまう。この『陽の光』のおかげで僕は自分の生に実感を持てた。だから、この穴の向こうにある世界に行けば、自分の存在は今よりも遥かにはっきりと認識できるのではないかと考えたのだ。
どうにかして、どうにかして行けないものか....
「あの世界に行こうと考えてるなら、やめとけ」
『声』がした。今度は僕の声ではない。あたりを見渡すものの誰もいない。
それもそうか。今までもずっと一人だったじゃないか。ここには誰も....
「これこれ、どこを見ておる。私はちゃんと存在しているぞ」
また声が聞こえる。けれど、誰もいない。
「もう少し下をみるんじゃ」
下?下か。『声』に言われたとおり、下を見てみるとそこには『何か』が存在している。
「うわぁぁぁ!?」
思わず声をあげてしまった。
「気づいた途端、叫び声をあげるとは失礼な。人をまるで幽霊のように」
僕はぶつぶつ呟いている『何か』をまじまじと見た。シワだらけの顔に僕の半分くらいの背の『何か』であった。
「す、すみません!今までずっと独りだったから、驚いてしまったんです」
謝っているのに、笑みがこぼれた。
「笑いながら謝るなんて、それもまた失礼だ」
と『何か』は笑いながらそう言った。
確かに笑いながら謝るのは失礼だ。しかし、先ほどまでは自分の声すら認識できず、天涯孤独で漂っていると思っていたのだ。それがどうだろう。今は自分の声どころか、自分の生を実感して、さらに自分以外の誰かがいた。これを笑わずにはいられなかった。
「まあ、よい。自分の名前を言うのも久しぶりじゃな。私は影爺と呼ばれておった者じゃ」
『何か』、影爺はそう言った。
「呼ばれていた?」
僕は影爺に訊ねた。
「そうじゃ、かつてここには多くの仲間がいた。私は皆をまとめる長だったのじゃ」
影爺は言った。
「昔はたくさんいたんですか!どうして今は?」
聞いてはいけないことを聞いてしまう。
「よかろう」
そう言って、影爺は話し始めた。
「私たちも君のように最初は暗闇の中で自分の生を実感することができなかったのじゃ。自分の声が認識できない。自分という意思はある気がするが何も見えないからわからない。皆、そうじゃった。そんなとき、この無数の小さな穴が現れた。穴から『陽の光』が差し込み、私たちは自分自身を、そして仲間を認識することができるようになったのじゃ。私たちは助け合って、ここで生きてきた。上手くいかないこともあったが、皆がいるから頑張れたのじゃ」
そのときのことを思い出してか、影爺の顔は幸せそうな顔だった。しかし、そのあとすぐ影爺は顔を歪めて話を続けた。
「ある日、穴の向こうに行こうと言い出す者たちがいた。皆賛同したが、私は気が進まなかった。もちろん私も穴の向こうにある『陽の光』に包まれた世界に行きたかった。しかし、嫌な予感が、私たちは行くべきではない気がしたのじゃ」
影爺のシワだらけの顔はさらに歪んでいった。
「その嫌な予感は当たったのじゃ。私は小さな穴を覗いて、なんとか皆が『陽の光』の世界に辿りついたことをわずかに確認できた。皆のはしゃぎ声がして、私はほっとしたよ。しかし、その瞬間じゃった。彼らは皆、『陽の光』に溶けて消えてしまったのだ」
影爺の顔はもう歪みすぎて顔と認識できない。
「おそらく、私たちにとってあの世界は....『陽の光』は強過ぎるのじゃ。それから私は独りでここに住んでおる。悪いことは言わん、この先に行くのはやめとけ」
僕は言葉を発することができなかった。この人は仲間を失ったんだ。僕は仲間を、友達を持ったことがないから、その痛みはよくわからない。でも、今のこの人の感情はよくわかる。この人は....影爺は寂しいんだ。僕と同じように。
「あ、あの!」
「なんじゃね?」
「僕もここに住んでもいいですか?」
それが僕がようやく言った言葉だった。
僕は影爺と暮らすことになった。僕は影爺の手伝いを毎日した。笑ったり、怒ったり、様々なことがあった。
そして月日は流れ、影爺は動けなくなるまでに衰弱していた。
僕はどうしたらいいのかわからず、ただ看病するしかなかった。
そんなときだ。頭に何かがよぎる。
僕が何かを意識したのはいつだっただろうか。
僕が「暗いよ....」という『声』を聞いたのは、発したのはいつだっただろうか。
『声』を聞いたということを認識できるようになったのはいつだっただろうか。
『陽の光』を見る少し前だったのだ。
あのとき『声』を聞くまで、発するまで、僕は何も感じていなかったのだ。つまり、『陽の光』を見る少し前に僕は生まれたことになる。
だとしたら、あの『陽の光』は。あの無数の小さな穴の向こうは。
「....ひ、ひの、ひのひかり」
影爺の『声』がした。影爺も消えた彼らと同じように『陽の光』をこの小さな穴からではなく、穴の向こう側から見たかったのだ。
そして、僕は決めた。
「『陽の光』に包まれた世界へ行こう」
僕は寝ている影爺をおぶって、消えた彼らが通ったという道へ行った。
そこは『陽の光』が全く届かないところで昔のように自分がいるのかよくわからない感覚に陥ったが、それでも僕は影爺をおぶって歩いた。
だんだん『光』が見えてきた。きっともうすぐなのだろう。
「う、うぅ、ここは?」
どうやら影爺が起きたようだ。
「もうすぐ、向こう側に辿りつくよ。『陽の光』をちゃんと見たかったんでしょ」
と僕は言った。
「確かに、そうじゃが。馬鹿、もんが、これでは、お前も」
影爺はそう言った。
「いいんだよ、影爺。僕は影爺と一緒に『陽の光』を見たいんだ」
と僕がそういうと影爺は今にも泣きそうな声で
「お前ってやつは....」
と言った。
前が眩しくて見えなくなってきた。出口だ。
「影爺、行くよ」
「あぁ」
そこは輝いていた。暗い世界で生きてきた僕と影爺にとって、そこはとても眩しかった。
広大な土地に広がる自然。そして、僕たちの目の前には今にも沈みそうな太陽が、『陽の光』があった。
僕は影爺を見た。影爺の目から涙が流れていた。影爺は『陽の光』から目を離さず、ずっと見つめていた。
「本当にすまない。お前まで…」
影爺は泣きながら言った。
「さっきも言っただろ。僕は影爺とこの景色が見たかったんだ。それにこれは終わりじゃないよ」
「それはどういう」
影爺が僕に訊ねようとしたとき、僕たちの終わりが始まった。
「時間だね…」
「そうだな」
僕たちはお互いを見あった。
「影爺、ありがとう。僕は影爺と暮らせて幸せだった。影爺のおかげで僕は独りじゃなかったんだ」
涙が溢れてくる止まらない。
「いや、礼を言うのは私のほうじゃよ。お前は私を孤独から解放してくれたのじゃ」
どんどん身体が消えてゆく。
僕たちは涙を流しながら、笑い声をあげた。
ずっとずっと笑った。
そして、僕たちは『陽の光』に消えた。
読んでくださった方々、ありがとうございます。
初めてちゃんと書いた物語でした。
自分の文章力のなさに泣きたくなりますね(笑)
少しずつ文章力アップをはかろうと思います。
コメントなど、気軽に書いてくれるとうれしいです。
ありがとうございました。