神前騎士団
死ぬ前に俺が覚えているのは、男の笑い声だけだ。
なぜ、俺が死ぬ前と言えるかといえば、明確に死んだということを認識できているからに他ならない。
そう、俺は生まれ変わったのだ。
転生したともいえるだろう。
現世では用心棒として、その筋には名が知れていたが、死んだあとはお世話していたうちの一人だけしかいつも墓参りに来ない。
ただ、他の奴らも一応、たまに命日に、花を手向けに参ってくれるから、まあよしとしよう。
さて、死んでからの俺は、神のみ前に立たされた。
閻魔王などの裁きもあったのだが、その途中、別の神に呼ばれてそちらへ行くようにと言う沙汰があった。
行くと、そこは一般的な概念の天国であり、あちこちに無意味な薔薇の花弁や天使の舞踊りがなされていた。
「…ここは、どんな場所なんだ」
「糸井鷹田さんですね」
名を呼ばれて、俺はそちらへと向く。
白い羽を背中からワサワサと突き出している人がいた。
間違いなく天使だ。
「…俺はやはり死んだんだな」
「ええ、勇敢に闘い、そして命を散らしました。ですが、単に転生して、同じ人生が歩めるとも限りません。そこで、ご提案があるのです」
その提案を聞く前に、俺は一つ確認をした。
「さて、その前に一つ」
「なんでしょうか」
「もし仮に、ここで転生することを選べば、俺はどうなる」
「今でしたら、女児に生まれ変わることになります。アメリカ合衆国ニューヨーク在住の中流家庭に産まれます。名前はジェニファーですね」
「…なら、俺は転生しない方を選ぼう」
天使は、にこりと微笑みかけてくる。
「賢明な選択でしょう」
どっちを取っても、必ずそう言うに決まっている。
俺はそう思ったが、言葉にはしなかった。
「では、こちらに来てください」
天使に案内されて、フワフワした綿菓子のような道を、足を取られながらも歩いていった。
白亜の宮殿とは、このことであろうという、巨大な建造物が、俺を圧倒する。
「こちらへ」
天使の案内で、俺はその建物の中を、あっちの階段、こっちの廊下を通り、一つの俺の背丈の何倍もの高さがある、絢爛豪華な扉の前についた。
「さあ、どうぞ中へ」
天使が扉をわずかに明けてから、一気に全開にした。
メモくらやむばかりの宝石や金銀財宝の数々が、俺を待ち構えていた。
さらに奥にも部屋があるらしく、財宝には目もくれずに天使は歩いていく。
「私が案内差し上げられるのはここまでです。それでは、部屋の中へお入りください」
扉は先ほどよりは小さなものではあったが、それでも俺から見れば巨大なものに変わりない。
恐る恐る扉を開け、中にだれがいるかを確認した。
玉座に座る一人の人物と、その前に二人の騎士が立っていた。
「入るがよい」
玉座の人物に、直々に言われる。
「…失礼します」
思わず固まりながら、緊張の極致で部屋へと入る。
少しでも気を抜いたら、倒れてしまいそうだ。
「おぬしが、糸井鷹田だな」
左の騎士に聞かれる。
「はい、そうですが…」
口ごもっていると、右の騎士が言った。
「神よ、我々はこの者に忠誠を誓うべきなのでしょうか」
「うむ、我の見立ては違いない。この者こそ、次なる団長である」
神が宣言をして、俺が何を言っているのかわからないと、急に騎士二人が臣下の礼をとった。
「われら騎士、神前騎士団は、糸井鷹田団長に、一切の忠誠を誓う。我ら神前騎士団、神の守護者たれ」
「…どういうことですか」
俺は神に聞く。
「現世へ転生をしないという選択をした時点で、君の運命は決定されたのだよ。糸井鷹田君、きみには、我がこの玉座を離れる間の守護を頼む」
神は玉座から立ち上がる。
俺はそんな神に告げた。
これ以外の選択肢は、どうも俺にはないようだ。
「分かりました。何処の神かは知りませぬが、その頼み、承知いたしました。神前騎士団団長の職、お引き受けいたします。団員ともに、この玉座を守りましょう」
「ありがたい」
一言だけ言うと、霧のように掻き消えてしまった。
神がいなくなると、俺は目の前にいる二人の騎士団員を立たせて聞いた。
「では、団員を全員集めてくれ。いろいろと確認したいことがある」
「御意に」
俺の意思は神の意思とでも言った感じであろう。
すぐに行動をしてくれる。
こうして俺は、神前騎士団団長として、天国で生活をすることとなった。
こんなところまで玉座を取りにくるような奴らはいないとは思うが、約束をした以上は、この命に代えても守らなければならない。
その意志は、強くあった。