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鍵のありか  作者: 伊川なつ
山暮らし篇
6/27

豪気な少年

 ヴァイツ一家の山から馬車で一日かけて南東へ進むと、王都エーデンタークに入る。


 エーデンタークは王都にふさわしく、人口が多く活気がある街だ。海に面しているため国の玄関口でもあり、港からは様々な地域の流行や品物が流れてくる。街の中心に王宮が吸えられ、警備力もトップクラス。軍隊の駐屯地もある。人は多いものの、大陸の中では比較的治安の良い街として有名だ。


 そこからさらに少し南に下ると、とある貴族の別荘地だと噂される場所がある。大きな森と厳重な警備に囲まれ、一般の者にその内部は見ることはできない。



 ヒュンッと空を裂く音。射った矢は、木に括り付けたボードの真ん中に命中。微かなブレもなく、ボードに対して直角に刺さっていた。


「おみごと」

ぱちぱちと控えめな拍手の音が森に響いた。その音に、矢を打った赤毛の少年は顔をしかめた。構えたままだった弓を下ろす。

「やめてくれ。このくらいで拍手なんて」

その言葉を受けた30ほどの男は困ったような苦笑いを浮かべた。

「なかなかの上達だと思いますが?」


「……ではカーディス、お前の弓の腕前を10としたら、俺の弓はどうだ?」

そう返されて、カーディスト呼ばれた男は叩いていた手を口元にやり考え込んだ。

「……7、いや6といったところですね」

その言葉に、少年は渋い表情をしつつも「だろうな」と頷く。


「しかし、貴方の槍の腕前は弓と比べればずっと良い。一芸を磨くというのも一つですよ」

赤毛の少年はその言葉にも良い顔はしない。首すじの汗を布で拭い、弓を片付け始める。


「では、もう一度聞くがお前の腕前と比べては、どうだ?」

少年の挑戦的な黒い瞳を見て、カーディスはうっすらと静かな笑みを浮かべ、こう答えた。

「槍は9、剣は8といったところですね」

「槍でも超えられないか」

「弟子が師匠を超えるのはそう甘いものではありませんよ」

涼しい顔でそう言い放ったカーディスに、少年は思いきり不満の視線を送った。元々のきりりと強い目付きが、さらに釣り上がる。


「試してみるか」

少年は腰に下げた剣に手をかけた。カーディスは涼しい顔のままその姿を見やるだけで、身じろぎすらしない。

「交えますか?」

そう問いかけるカーディスの目を見て、少年はぐっと怯んだ。途端、真剣な色を帯びるカーディスの青い瞳。


 少年は少しの思案の後、剣にかけていた手を下ろした。

「やめますか?」

「ああ」

「怖気づきましたか?」

カーディスの淡々としたその言葉に、少年はふんっと鼻を鳴らし、口を開いた。

「負ける戦いに挑むのは犬以下だ」

カーディスは満足そうに頷いた。

「もしこのまま剣を交えることになれば、私の今までの指導を後悔したでしょう」


 少年は「言っとけ」と吐き捨てて、そばに置いていたボトルを手に取り、水に口をつけた。火照った身体が周りの空気と、喉に直接触れる水によって冷やされる。その心地よさに少年はうっすら笑みを浮かべた。


「弓といえば、大会まであと少しですね」

少年は首を傾げたが、すぐに思い当たり「ああ」と頷いた。


「街の弓始めか」


 弓始めとはエーデンタークの祭りの一つだ。一言で言うと未成年者による弓技大会である。

 元々は狩猟の成功を祈る儀式だったが、それが長い年を経て、今では子どもが中心のイベントとなっている。親にとっては我が子の勇姿を見て、その成長に涙ぐむイベントでもある。内容が内容なので参加者の大多数が男となるが、女の参加も受け付けられている。


「今年の参加者にも女はいるのか?」

「ええ、ここ例年必ず5人程度はいます」

「シェリーの影響か」

少年の呟きに、カーディスは頷いた。


 シェリーとは今から15年以上も前に、弓始めで優勝した女の名だ。彼女の当時の年齢は若干6歳だったという。今でもその名は最年少優勝者であり女性初の優勝者であると記録に残っている。彼女の影響で、弓始め優勝を目指す女児は少なくない。彼女の優勝以降、女の参加者は途絶えたことはなかった。

 少年は、シェリー優勝当時は生まれてすらいなかったので、噂にしか知らないが。


「それから弓始めの数日後に、学院での一般公開講義があるそうです」

カーディスのその言葉に、少年は

「そっちはあまり興味ないな」

と首を振った。

「一般公開なんて名ばかりだろう。庶民に理解できるような講義をするとは思えない」

「まぁ、そうですね」


 カーディスの言う学院とは、王都にある唯一の国立学院である。国の中でも特に優秀であり、かつ特に地位のある生徒のみを集めた場所だ。国の学問の粋を極めた場所である。

 この国の庶民の間には、学問はそう広まっていない。女の識字率は未だ半分越えていないほど。そんな状態なので、一般公開とは名ばかりの、少しばかりの学を鼻にかける貴族が集まる、社交界の延長のようなものだ。


「貴方は行かれないのですか?」

カーディスのその質問に、少年は、口を歪めてせせら笑った。

「誰が行くか。貴族どもの集まりなんて、夜会の顔見せだけで十分だ」


「少しは口を慎まれてください、王子」

カーディスの心底呆れたといった風の小言を、少年は聞こえなかったかのように無視した。


 少年は筒状の革の入れ物に手をかける。中からでてきたのは、控えめながらも見事な装飾がなされた槍だ。ところどころに傷のついたそれを少年は手にとる。

「そろそろ休憩は終わりにしよう。稽古を再開してくれ」

静かに、しかし強く燃えるような少年の黒い瞳に、カーディスは笑みを深めて頷いた。

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