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鍵のありか  作者: 伊川なつ
山暮らし篇
3/27

娘二人

2012.2.14

矛盾した点があったので直しました。

内容に大きな変化はありません。

 バーレンの母リサは、娘ミリアの上着の破れを繕っていた。まだ両手で数えても指が余る歳の娘はとても活発で、外を駆け回っては服を汚すか破くかして帰ってくる。それがここ最近のリサの悩みだった。

 もう少し落ち着きのある女の子になってほしいと常々思っている。

 夫マルクスは娘可愛さからか「子どもは元気でいることが仕事だ」と嬉しそうな顔でミリアの頭を撫でるだけだ。確かにその通りだとは思うものの、このままお転婆が治らなければ村の男衆の目に留まらないのではないかと心配しまう。そう言うと「気が早すぎる」とマルクスは大きな口を開けてまた笑うのだ。


 リタは、ふぅ、と小さなため息をつき、針を動かす手を止める。


「お茶をいれましょうか」


 マルクスのマグが空になっていることに気づき、湯を沸かそうとヤカンを手にとる。ヤカンはところどころ凹んでいる年代物だがリサの手によって光るほど磨かれている。田舎で育った人間の、物を長く使う質素ながら堅実な様子が見てとれた。


 マルクスは「頼む」と言って、マグをリサに渡した。ぐっと伸びをして「さぁ!」と大声を出す。

「それ飲んだら仕事戻らねえとな」

「ミリアも後で掃除の手伝いだよ」

母にそう命じられたミリアは「はぁい」と不満げながら応じた。


「ねぇ、兄さんとお姫様は?」

ふとミリアは、ここにいない家族二人について尋ねた。朝から姿を見ていない。


 リサがきりりと目を釣り上げた。ミリアは「まずい」と思い口を塞ぐ。しかし一度出た言葉は手遅れだ。


「あんた、まだそんなお姫様なんて馬鹿なこと言ってるのかい!あの子は王族のお方とは違うんだよ!ここにいる限りは私たちの家族だと口を酸っぱくして言っただろう!」

びりりと耳が震える。地声が大きなリサが怒鳴ると、それはもうカミナリのようだった。


「ごめんなさい」と素直に言うと、すぐにリサは落ち着き、

「バーレンの家の掃除の手伝いに行ってくれてるよ」

と教えた。リサは怒りっぽく小言が多いたちだが、その怒りがすぐに落ち着くところが良いところである。


「ねぇ、掃除はきちんとするから先に二人のところへ行ってもいいでしょう?」

ミリアがそう頼むと、リサは苦い顔をしたが「二人の邪魔をするんじゃないよ。三十分までに戻ってくるんだ」と許可してくれた。

 ミリアはぱっと顔を明るくし、リサの腰に抱きついたかとおもうと、すぐに身を翻して外へ飛び出して行った。


「ああ、ああいうところが……治ってくれれば……」

とミリアの所作についてぶつぶつ呟くリサ。マルクスは茶を飲みつつ

「お姫様か…。ミリアはあの子によく懐いてるねぇ」

と呟いた。


 一年ほど前に、息子バーレンが山道で拾った身寄りのない少女。

 それがミリアがお姫様と呼んだ少女だ。


 外国の者なのか、ここの国の者なのか分からない少女は、見事なほどの濃い黒髪と黒眼を持っている。それは確かに「お姫様」と呼んでしまう気持ちも分かるほどの素晴らしい黒だった。


 土地も文化も街の名前もなに一つ分からないという少女。分かるのは自分の名前と歳だけで、どこから来たのかという質問に対する答えも要領を得なかった。しかし言葉も文字も操ることができ、頭の回転は早く、学なしではない。


 そんな少女をヴァイツ家は受け入れ、今は家族としている。

 初めは「得体のしれない」と言って強く反対したリサも、大人しい彼女を気に入って、「バーレンの連れに…」などとマルクスに相談してくるほどだ。

 マルクスは変わり身の早い妻に呆れつつ、最近はそれもありだなと考え始めている。そうした場合、ヴァイツ家へ嫁ぎたいと思っているであろう村の家庭には悪いと思うが。


 マルクスは窓の外に目を向ける。そこからは小屋と言った方が正しい大きさの小さな家ーーバーレンの家が見える。そこにいるであろう息子と、全く異なる髪色の娘二人を思って、眉を下げつつ微笑んだ。


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