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鍵のありか  作者: 伊川なつ
街歩き篇
15/27

街歩きの終わり1

 いつまでも絡むような旅芸人の熱い視線に、ふと恐ろしさを感じた。マナは慌てて足を動かし、その場をあとにする。数歩離れてカーディスが着いてくる気配がする。かつかつと足早に石畳をたたく。


「どうしたのです、急に」

通りの角を曲がり、喧騒から少し離れたところで二人は足を止めた。

むっつりと黙るマナに、カーディスは流石に口を開いた。

「あの歌、気に入っていたのでは?」

「情熱的すぎるわ」

マナは斬り捨てるように呟く。ふるりと首を左右に振った。


「ねぇ、あの人、私を見ていた。自意識過剰と思うかもしれないけど……でも、確かに。瞳の色、を」

「落ち着いてください。大丈夫ですよ、追ってくる気配もありません」

眉を寄せるマナに、彼はあやすような声色で続ける。


「もしかしたら恋じゃありませんか。あれほどの歌です、惹かれ合うものが出てきてもおかしくはありません。旅芸人との恋は正直、勧められるものではありませんが」

おどけたような口調。厳しい彼の顔つきからそのような言葉が出てくることは思わず。

なによりもその言葉の意味に、マナは愕然とした。


「何をおっしゃるの? あの方、女性だったじゃない」

ぱっと顔をあげてカーディスを見やる。マナは自分の服の裾を引っ張って見せた。

「私の男の格好、そんなに似合っているの?」

カーディスは、そのまんまるとしたその黒い瞳に虚をつかれたが、すぐさま、また笑った。

「貴方はどう見ても男装したお嬢様ですよ。それは向こうも分かっていたでしょう。……しかし若い女性は好きでしょう。ああいった細く背の高い男女が」

まぁ、とマナは口を開ける。

「それはもしかして、王宮のお話?」

「どこだって同じですよ。若い娘さんの特権です」


ひょうひょうと言ってのける彼を見て、マナは心中こっそり呆れた。

王子付きのお硬い強面男だと思っていたが、もしかしたら思っているより年若いのかもしれない。


ほんの少しの呆れと親しみを同時に抱き、マナは小さくため息をついた。

「変わった方ね、あなた」

「あの王子の臣下ですから」

その即答に、たまらずマナは噴き出した。




 落ち着きを取り戻したマナは再び大通りに出た。

 今のところマナが使った硬貨は、先ほどの旅芸人に対してのみだ。

日も傾き始め、あまい匂いを漂わせる露店の焼き菓子やお茶が、少女の心を揺らす。しかしマナはカーディスに勧められても頷きはしなかった。

馬車を借り、王都に来られただけでも今までにない贅沢である。無駄遣いを敵とする丘での暮らしに、マナはすっかり染まりきっていた。


「そろそろバーレンは戻ってくるかしら」

「そうですね、後の夜会までは参加しないでしょうし」

カーディスの頷きに、マナの唇は、自然、緩んだ。

おや、とカーディスは瞬き一つ。

「貴方は本当にバーレン様を慕っているのですね」

マナは当然のように頷く。

「ええ、そうよ」

「てっきり若い女性は、そういうものはひた隠しにするものだと」

マナはあはは、とついに声をあげて笑ってしまった。

「カーディス様は若い女の方にいろいろ考えがあるんですね。誰か、特別な方がいるの?」

マナの笑いに対し、そうかもしれませんねぇと彼の方は顔色一つ変えない。


「だってカーディス様」

とマナは構わず続ける。

「バーレンは私の兄なのよ。とても大切な人。好きに決まってるじゃないですか」

「……血は繋がっていないと聞いていますが」


「そんなことは関係ないの。あの人が、自分は兄だと言った。だから私は」

にっこりと微笑む。

「彼のために何だってできるの」


 その微笑みを、カーディスは何処かで見たことがあると、確かに感じた。

どこだったかを瞬時に思い出すことはできなかった。彼女との付き合いはまだ浅い。当然である。


「きょうだい愛というやつですか、自分にはあまり分かりませんね」

「きょうだい、いないのですか?」

「いえ、いるにはいるのですが、どこでなにをしているのかーー」

 カーディスは突然、そこで言葉と足を止めた。

大通りの真ん中で立ったままになった二人を、周りの人間は訝しげに、あるいは無関心に通り過ぎ、流れていく。


「カーディス様? ごめんなさい、私、余計なことを言いました?」

マナが彼の顔色を伺う。

光をたたえたその青い瞳に、マナはぶるりと震えた。

「あ、の……カーディス様……?」

「静かに」

打ちつけるような重い声色。

「ーー狙われてます」

屈んでそっと耳打ちされる。その意味を理解し、マナの顔も強張った。


 そのまま二人は通りにそって歩みを進めた。カーディスは先ほどの眼光を消し、たわいない話題をマナに向ける。

 しかし、マナにとっては気が気ではない。ただ歩くだけでも、足を絡めやしないかと不安になるほど、動揺していた。先ほどまで耳に騒がしかった街の喧騒も、どこか壁のあるように遠く感じられる。

「ですから、私たちきょうだいはそうーー」

マナを落ち着かせようとする柔らかな声を、彼女はさえぎった。

「あの……カーディス様、狙われてるって、私ですか?」


ややあってカーディスは応えた。

「さぁ、どうでしょう……。男装した女性と分かっていて狙っているのならそれなりの家柄、下手すれば王家に通じるものかもしれませんし」

ええ、とマナは声を出してしまい、慌てて口に手を当てた。

「どうして」

「変装している人間は、身分を隠すほどの家柄か、よほどの悪人。もしくは先ほどのような旅芸人のいずれかです。うっかり貴族や王家でも襲おうものなら、仕返しで潰されます。そこらへんのゴロツキなら手を出さないのが不文律なのです」

なるほどと納得してマナは頷いた。しかし


「それなら、どうして。危険を避けるためのこの格好なのでしょう? 王家だなんて、私には関係ないのに」

ふむ、とカーディスは腕を組む。

「ーー狙われてるのが貴方ではなく、ユアン王子の可能性もあります」

マナは眉を寄せ、首を傾げる。

カーディスは、マナの顔色をとりあえずは無視し、「こちらへ」と手を引く。

「……誰か来ますね。敵意は感じられませんが」


「すいません、ちょっとよろしいですか」

と背後からかけられた声は甘いアルトソプラノ。

「ああ、ごめんなさい、驚かせてしまって」

旅芸人の女性が、首を傾げ、微笑んでいた。


「貴方をずっと、探していたんです。

ーーねぇ、その濡れた瞳をもう一度見せていただけませんか?」


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