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鍵のありか  作者: 伊川なつ
街歩き篇
13/27

静かな部屋

「石は寝たか?」


 数分前まで三人でいた部屋は、一人減っただけで不思議と広く感じさせる。地味ながら存在感のある女だったのだな、とユアンは感心した。主にその色のせいではあるが。

バーレンはユアンの問いに唇を歪める。


「石って言うなよ」

「先に言ったのはお前だろう。美しい宝石か。お前に女たらしの才があったとは知らなかったけどな」

「やめてくれ」

バーレンはオーバーに肩をすくめた。


 確かにおかしな表現をした自覚はある。しかし万が一に手紙が人目に触れたとしても問題がないよう、かつユアンが気に留めるような不可解な言い回しを目指したものだ。


そうでなければこの友人に会うことなんてそうそうできない。小さな体躯に生意気な目つきの少年だが、こう見えて最高レベルの要人である。


「宝石を見にこいなんて男からの手紙にあるなんてな。貴族の令嬢に見られようものなら大騒ぎだ」

「俺だってお前みたいな男よか、村にいる可愛い女性に送りたかったよ」

お互い目を合わせないまま苦笑しあう。


「で?」

ユアンは首をかしげた。

「あの子どもを連れてきたのはどういうわけだ? しかもそうそうに身分をばらすことになるなんて」

「グラスは自分からとったじゃないか」

「しょうがないだろ。あんな色の目……グラス越しで見るわけにはいかない」

ユアンは苛つきの色を隠さず吐き捨てるように言った。


「あと、子どもなんて言ってやるなよ。確かに成人はしてないが、お前よりは年上だ」

バーレンがそうフォローをいれると、ユアンはぱっと目を見開いた。歪んでいた唇もその拍子に緩まる。

「まさか」

「もう15だよ」

ユアンは再びむっと唇を曲げた。しかしいつもとは違った雰囲気の曲げ方に、バーレンは気づく。

「でも俺は成人している」

拗ねたような言葉にバーレンは呆れてしまった。


 この国では貴族と庶民で、成人年齢が違う。庶民は働き手として一人前と認められる17歳。そして王族貴族は13歳が成人となる。庶民と違い、血になによりも重きを置くが故だ。


「そういえば、前の月で13になったんだったな。村まで式典の噂は届いていたよ」

「ああ。おかげでこんな森の訓練場に逃げてる。城にいると夜会だ姫だと周りが煩い」

肩を竦めるユアン。バーレンは変わらないな、と笑った。

 成人しても幼いままの王子は、まだ色事よりも武術のほうが愛しいようだ。


「そうか。13か」

バーレンはやおら床に膝をついた。庶民は両足、貴族は片足、と幼い頃に教会でならった作法に倣う。そうして頭を低くした。


「ユアン第二王子。遅くなりましたが、成人の祝いを述べさせていただきます。この国が貴方とともにありますように」

ユアンが突然のバーレンの行動に驚くことはない。静かに垂れる金髪に、微笑んだ。

「この国が我ら一族と、国民とともにあるように、尽くそう」

面をあげよ、という声にバーレンはようやく顔を上げる。


「まぁ、王座につく気はないけどな。目標は騎士団隊長だ」

「まだそんなこと言ってたのか」

ふんと鼻をならして、「当然だ」とユアンは笑った。


「話を戻すぞ。何故あれを連れてきた」

「……どうすればいいか、分からなくてな」

バーレンはふとため息をつく。ついていた膝をあげ、ソファに座り直した。柔らかくバーレンを受け止める生地に、身を預ける。

先ほどまで膝をつき首を垂れていた者と、同一と思えないほどの脱力ぶりだ。


「先ほども言ったように、あの子はヴァイツ家が拾った子だ。そして、異世界から来たという。まぁそれが本当かどうかは分からないけれど、記憶が混乱しているといったことはないと思う。一年以上一緒にいるけど、頭は悪くない。知識に偏りはあるけど……偏り方がおかしい。

それにあの髪と瞳の色だ。確実に、ミスリー国の者じゃない」


バーレンは、静かに聞くユアンにちらりと視線をやりつつ、続けた。


「あの髪と瞳の色じゃなかったら、このままヴァイツの家にいていい。今は兄妹として過ごしているけど、結婚して仕事をすることだってできる。現に俺の親はそれを考えているようだしね」


(恋人じゃなかったのか)

ユアンは驚いたものの、それを表に出すことはなく先を促した。


「でも少し考えれば分かるだろう? あの色のせいで、あの子は表に出られない。今回は馬車を借りて、髪を隠して外に出したけど、目の色は隠せない。……まぁお前みたいにグラスで隠すのもいいが目立つだろう。ミスリー国はもちろん、外国でも目を隠さなければ、あの子は生きれない。ラッシュ村にさえろくに下りられないよ」


バーレンはぐりっとこめかみを押して呻いた。

今まで一人で溜め込んでいたのだろう。


「どうすればいい。正直、俺には手に負えないんだ。なんで黒なんだ」

「……」

バーレンの言葉が止まれば、もう室内に音はなかった。


 すでに暖炉の火は消え、ランプの小さな明かりのみ。二人とも声をあげず身じろぎもせず。外からかすかに聞こえる夜鳴き鳥の歌だけが、唯一の音だった。テーブルに置かれた茶はもう冷めている。


そのしじまを先に破ったのはユアンだった。

「あの女は、この国の言葉は問題なかったのか?」

少しの間を持って、バーレンは頷いた。

「会って少ししたら話ができた」

「あの黒は天然だな」

「見た通りだよ。瞳はもちろん髪も」

「本当に15か?」

「……本人の言葉を信じれば。会ったときは14。それから一年たった」

そうか、とユアンは頷いて目を閉じた。

そしてまた問う。


「あの女、くれないか」


また、静寂。次は先ほどとは違い、白々としたものだった。

「どういう意味で?」バーレンは少しの間のあと、我に返り問うた。

「いや……冗談だ」

「ユアン」

「俺も少し、考えさせてくれ」

ユアンはカップを手に取り、ソファから立ち上がった。

「待っててくれ。すぐに客間の準備をする。明日の予定は?」

「エーデンタークヘ」

「……都に連れていくのか?」

「頼む」

「……カーディスを付けよう。俺も一度城へ戻る」

「すまない」


 しばらくして、バーレンは客間に案内された。燭台の灯りを移して借りる。

「今日は突然、悪かったな。それから馬車の件、助かった」

「貸しとく」

「……みみっちぃ王子様だな」

睨み合ったのち、軽く笑って手をあげた。

「じゃあ明日」


 扉を閉める、直前。

「バーレン」いつになく硬い声だ。「最後に一つ」

「なんだ」

「俺の勘違いかもしれない。しっかり調べる必要がある。……今言うべきではないかもしれないが……」

ユアンの視線がうろつく。


「十年以上前の話だ。傍系王族の、魔導師の幼い姫が一人、出奔している」

バーレンは目を見開いた。驚きのあまり全身を強張らせる。からからとのどの奥から乾いていき、固唾を飲んだ。


「確証はない。年齢も合わない」

「でも……」

咄嗟に口を挟むバーレンに、ユアンは静かに首をふった。

「他言無用だ。王宮でも口にすることは禁じられている。……調べてみるから」

扉が音をたてて閉じられる。


 ゆらり、揺れる燭台の灯りを見つめ、ユアンはその場を後にする。小さくため息をついた。

「なんで黒なんだ、か。俺が聞きたい」

呟きは硬く冷たいまま、闇に溶けた。


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