交差する
「おい、いつまで泣いてるんだよ」
(男の子の声……?)
呆れた声色にマナは顔を上げた。
混乱が落ち着き、ようやく目の前に立つ少年を瞳に写す。マナの黒い瞳に映った彼は一風変わった見た目をしていた。マナは瞬きを繰り返し、少年の顔を見つめる。
マナと同じか少し低いかといった背丈。錆びたようなくすんだ赤い髪は短く、硬い髪質なのかところどころ跳ねている。腕はその背丈に見合わず、筋肉質でしなやかだ。そこまではどこにでもいる普通の少年である。
しかし唯一、少年の顔の三分の一ほどを隠すグラスが異彩を放っていた。グラスの色は深い緑。光を反射しており、少年の瞳を隠している。
(スキーのゴーグルみたいな形……。この世界にこんなに綺麗にガラスがあるんだ……)
そんなことを考えて、呆としているマナの肩を、バーレンは指でつついた。
「コイツが俺が言ってた友達だよ。コイツのおかげで助かったな、マナ」
そう言われて、マナは少年の持つ弓に気づいた。
「初めまして。俺の名前はユアンだ」
少年は挨拶の言葉にしては、朗らかとはいい難い声で名乗る。
「は、初めまして。マナと申します。助けてくれてありがとうございました」
お礼とともに、ぎこちないものの笑顔を浮かべるマナ。
しかし少年ユアンの口元が緩むことはなかった。
「これがバーレンが言ってた"宝石"か?」
突拍子もないユアンの言葉にマナは首を傾げる。
バーレンは「珍しいだろう?」と笑みを浮かべた。
「あの……?」
あまりにも二人に凝視され、マナは眉をひそめる。
するとユアンはにやりと唇を歪めた。
「ああ、失礼。実はバーレンから前に手紙を貰っていたんだ。"珍しい色の石を拾ったので見せたい"というなんとも情熱的なやつを。
ーー本当に珍しい色だ」
ユアンはおもむろにグラスを顔から外した。そこで初めてユアンとマナの視線が交わる。
そのじっと見てくる黒の瞳に、マナはようやく彼の言う"宝石"が自分の瞳を指すことに気がついた。
◇
ユアンの側に控える銀髪の男の名は、カーディスというらしい。カーディスは挨拶もそこそこに、賊をエーデンタークへ連行すると、マナたちが乗ってきた馬車で去って行った。マナが、彼は何者なのかと問うと、ユアンが「小うるさい世話役だ」と言い捨てた。
「さあ、いつまでもこんなところにいてもしょうがない。案内する」
ユアンは先頭立って森の入り口へと足を向けた。ざり、と小さな石を踏む音が鳴る。バーレンもそれに続く。
しかしマナはとっさにバーレンの服の裾を掴んだ。
「待ってバーレン。私たち、エーデンタークへ行くのではないの? どこへ行くの?」
驚き惑い、早口で問うマナに、バーレンは「ああ」と声を漏らした。
「悪い。実はエーデンタークに行くっていうのは口実だ。今から行くのはユアンの……家みたいなところ。母さんたちにユアンのこと説明できなくて騙してたんだ。ごめんな」
あっけらかんとそんなことを言うバーレン。そこに後ろめたさは微塵も感じられない。
そんな様子にマナは少なからず衝撃をうけた。
「バーレンったら、嘘つきだわ」
基本的には誠実で真面目。彼にそんなイメージを抱いていたマナは、少しの悔しさを感じて俯き、唇を尖らせた。
「全部が全部、嘘というわけではないよ。エーデンタークで公開講義があるのは本当だし、時間が許すだけマナに街を見せたい」
拗ねた妹を宥めるような声色だ。
マナは唇を尖らせつつも、「分かったわ」と顔をあげる。
ばちり、という音が聞こえるのではないかと思うほど、黒い目が合った。
(どうして見られてたのかしら)
マナは咄嗟に目を逸らした。
ユアンも再び前に向き、
「終わったか? さっさと行くぞ」
と歩を進めた。
マナとユアン、出会ったばかりの二人だ。
しかし、ユアンがマナに向ける声や視線は不機嫌な印象で、ともすれば攻撃的である。
(なんだか彼は苦手だわ。友達だと言うバーレンには悪いけれど)
マナはすぐ隣のバーレンには見えないよう、こっそりと眉をひそめた。
ユアンの背を追いかけて森へ進む。道は作られており歩きやすい。
むわりと鼻に感じる木々の匂いは、南の方だからだろうか。清涼な空気に包まれているヴァイツの山とは違う、嗅ぎ慣れないものだった。