始まりの日
2012.1.20
サブタイトルを他のものと間違えていたので直しました。
部屋の中で二人の女が緊張を持って、赤子を取り出そうとしていた。部屋の外でも湯やタオルなど必要なものを集めるために、女たちが忙しなく動いている。
今日父親となる男は、脂汗を浮かべ力んでいる妻の傍らに寄り添っていた。
国の風習で、男でありながらも夫だけは出産の場に居合わせることを許されている。しかし、だからといって男には何もできず、だだそばに居て気をそぞろにしているだけであった。出産の苦しみはどれだけ想像しようしても、男である彼にはうまくつかめるものではない。
愛する妻と、自分と、同じ血を持つものが生まれる。
それは言いようにないほどの喜びだ。しかし、苦しみ、血の臭いを発している妻を見るのは恐ろしかった。神に祈る。どうか妻が無事でいることを、命を落とさないことを。我が子が無事に生まれてくることを。
男は妻の手を握り、目を閉じた。
はじけるような叫びが部屋に響く。息をしようと懸命に泣く、我が子の声であった。生まれました!生まれました!と女の歓喜の声があがった。大義を終えた妻が微笑む。その目からは喜びと安心のためだろう、ほろほろと涙が零れ落ちた。妻の髪に触れ、ほおに触れ、涙をすくう。そして赤子の元へ近づいた。
目の色は、髪の色は。
そのことが何より知りたかった。目の色はまだ分からないだろうが、それでも。
男は我が子を抱く年配の女に声をかけてから、そっと、我が子の顔をのぞきこんだ。
◇
陣痛が始まってから、すばやくタクシーを呼び病院に向かった。
陣痛は休み休み起こるが、それでも今まで体験したことのない種類の痛みは想像以上にきつかった。助産師が励まそうと大きな声をかけてくれるが、そんなものを聞いている余裕はない。むしろその声こそが鬱陶しかった。鼻からスイカ、とはよく言ったものだ。顔が痛みに歪む。
我が子が生まれる。そのことはわかっている。しかしここまでの痛みを持ってなおその実感はわかなかった。10ヶ月以上、腹に命を宿し、重い身を引きずった。胎教も周りに言われて様々なことを試したし、酒やタバコはもちろんのこと、お茶も控えた。
しかし、やはり、いざ生まれてくるというこの状況にしても、夢じゃないだろうかと考えてしまう。
女は助産師の指示に従い、大きく息を吐いた。
夫は仕事でこの場にはいない。連絡はいっているだろうか。
「生まれましたよ!元気な女の子です!」
ぎゃあぎゃあと泣き叫ぶ子の声と助産師の高い叫びに、ようやく終わったか、と安堵した。下半身は引きつれたような不快な痛みが残っている。疲れ果てて、手一つ、口一つ動かしたくなかった。
助産師は嬉しそうな顔をして生まれたばかりの子を母に見せるよう隣に寝せた。女の目に真っ赤なしわくちゃ顏が映る。
(私の娘……)
夢じゃなかったのか。女はそっと我が子の頬に触れた。
読んでいただき、ありがとうございます。
もう一つ連載してる小説『反転青春』をメインに書いていく予定なので、こちらはスローペースになると思います。
それでも良ろしければ、宜しくお付き合いください。