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光・闇・時  作者: 地遊流
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第四話

頭の位置まで剣を上げ、鋭く尖った剣先を真っ直ぐ頭だけの男に向ける。爪先から生まれた力の回転は腰に、そして上半身に正確に伝わり一気に剣から解放され、突き抜けた刃に気付かないまま、男はこの世から姿を消した。流れる動きはそのまま骸骨へと向けられる。視界に入るぽっかり空いた瞳。カタカタ笑う様に揺れる口元。

『魔力は集い不可視の盾となれ!ラディード!』

突然のウィルの叫び声。そして僅に遅れて重なる骸骨の叫び。辺りに散らばっていた石が勢いよくエーゼへ襲いかかる。が、先に呪文が完成していたウィルの魔法に遮られた。

怯まず止まらず、エーゼは何も着けてない骸骨の足をめがけ剣を流す。その結果を確かめる間もなく弧を描きならが大剣を骸骨の頭上から振り下ろす。耳を覆いたくなる断末魔を上げながら、永年この部屋の主で居続けた人骨の戦士はその身を粉に変え、そしてその粉さえ、霧の如くこの世から消えてしまった。

演舞とも言える戦闘を終わらせたその部屋をティムはくまなく調べると一つの疑問に突き当たった。先程まで部屋の中心を調べていたのだが、その場に佇むと暫く西側の壁を見つめる。すると今度はしゃがみ込み何やら床に書き始めた。部屋の入り口に寄り掛かってその様を眺めていたエーゼが近づき背後から覗き込む。

「見取り図?」

一瞬、びくりとしたが感心したようにティムは頷いた。それもその筈だ。見取り図と言っても本人にしか分からないように書いていたのだから。

「ん。やっぱりこの部屋は一階より広いんだよ。ひょっとしたらこの部屋に一階に降りる階段があるかも・・・」

立ち上がり西側の壁を丁寧に調べ始める。苔がこびりつくのっぺりとした壁におもむろに腰から抜いた短剣を突き立てる。剣先は弾かれる事なく壁に突き刺さる。いや、正確には差し込まれたのだ。何も見当たらなかったこの壁に。テコの原理で短剣を横に倒すと壁の一部がコトンと抜け落ちる。ぽっかり空いた穴に手を差し込むと中から輪っかの付いた鎖を引き出してエーゼに持たせた。

「思いっきり引っ張ってね。」

言われるがまま、引っ張る。すると埃と音を立てて床に人ひとり通れるほどの階段が現れた。

「ほらね。」

「ふん?よん出来ました。」

勝ち誇った様に鼻をふふんと鳴らすティムにエーゼは赤子をあやす様ににっと笑いかけた。後で頭なでなでしてやる、と付け加えるのを忘れずに。

隠し階段から降りた三人は相変わらず目立ったモノが無い部屋に少々拍子抜けしていた。特に宝の山を想像していたティムの落胆ぶりは大袈裟にさえ受け止められる。

「な〜んもないね〜・・・」

溜め息混じりに出された言葉にはまるで生気を感じられない。

「ん?でもなんかあるぞ?燭台?」

それは、おそらく銀で造られた燭台だった。腰ほどまであるそれは埃まみれで本来蝋を置く場所には拳大程の黒い球体が置かれている。何気に手に取ったエーゼは思わず奇妙な叫び声を上げてしまった。

「なんだこりゃ!?」

それはゴムより硬く石より柔らかい不思議な感触だった。ウィルとティムが慌てて駆け寄り様子を伺う。この魔術師にはそれが何なのか一目で理解した。昔、まだ見習いだった頃に一度だけ見たことがあった。巨大な魔力が渦巻くそれを魔導の理を理解する者にははっきり目に映る。

「それは賢者の石!?なぜこんな場所!?」

あまりにも意外だったのだろう。普段では出さない音階の声を張り上げる。驚きを隠せないウィルの横でティムは歓喜を上げている。

「これが?やったー!来た甲斐あったよ〜!」

うっすら涙さえ浮かべている。なんでもここで見付からなかったら三連続で無駄足だったそうだ。

「賢者の石ね〜?何に使えるんだ?」

「さあ?お金になる以外はさっぱり?先生〜教えて〜。」

「あ〜。はいはい。そうですね〜?有名なところでは魔力を帯びた鉱石が簡単に作れます。あと、小指の指先程度の欠片でも術者の魔力を飛躍的に増大させたり。あ〜あと石っころでも金に変えたりすることも可能です。」

「金!?」

「私は出来ませんよ。そんな知識は持ち合わせてませんから。専門的な設備も必要になりますしね。」

「つまり今は何も出来ないってこと〜?」

「はい。」

一瞬、瞳が金のように輝いた少年はきっぱり言われがっくしと肩を落とし、その頭をぽんぽん叩くエーゼを見ながらバツが悪そうに先を続ける。

「何にせよ取り合えずその依頼人にこれを届けましょう。換金するにしても魔術師の資格が必要ですしね。これでも賢者の石は管理が厳しいんですよ。製法がいまだに解明されてませんし。」

次に目指すは依頼人が待つ『夕暮れの街ダナズ』─

三人はこの塔で朝を迎える事にし、一階の入り口付近で保存食をさっさと平らげるとそのまま眠りについた。堅い床は冷たく、先程の戦いで火照った体の熱を気持ちよく取り除いてくれた。

(朝から体がこわりそうだな)

そんな事を思いながらいつの間にか眠りにつく。寝息を立て始めたエーゼとは別にウィルとティムはそれぞれの疑問に頭を働かせていた。

(やはり一度きちんと話をした方がよさそうですね。自覚がないにしても自分の性質を理解していた方がいいでしょうし・・・もしもの場合は敵ですか・・・少々気が引けますね・・・)

(あっ!思い出した!あの剣あれだ!でもなんでエーゼが持ってる?確かにあの剣は行方しれずになってたけど、見つかった話は聞かないしな〜?模造品?そんな風には見えないけど・・・あ〜も〜エーゼってばなんであんなに不思議なの!?暫く一緒に行動してみようかなぁ・・・お金も大切だけど好奇心は何物にも代え難いしね〜。)

床の冷たさが体温に近づいた頃、いつの間にか二人とも睡魔に身を委ねていた。一つだった寝息は二つ三つとなる。

それぞれが持つ歯車は確かに噛み合い静かに動き始めている。この世界にいるはずのない一人の男によって。動き始めた歯車がこの先何を動かすのだろうか。



月の光が葉の隙間からこぼれ落ちる様に降り注ぐ中、空を斬る音が不規則に流れる。剣の鍛練は体が動くようになってから毎日の日課になっている。さぼると、なんとなく不安になるのだ。元の世界に戻る為に必要になりそうなものは積極的に身に付けるようにしていた結果、そう感じるのかもしれない。

「精が出ますね。」

一息ついたようだったので声をかけてみた。反応は、想像よりも落ち着いていた。

「ああ、また変なのが出てきても平気なようにな。」

ちょっと苦笑いを浮かべ、近くの岩に腰を下ろす。すぐ横を流れる小川のせせらぎが、心地よい。塔を出てから既に三日ほどたつが未だに森を抜け出せずにいた。

「滅多に遭遇しませんがね。」

側に寄り、水と布を渡すとウィルもエーゼの横に腰を下ろした。

「一つ、聞いてもいいですか?」

「なに?」

「あなたは、誰ですか?」

真っ直ぐ見据えられる瞳に、少々怯むと暫く黙り込む。辛抱強く待つウィルに根負けしてエーゼは口を開く。

「ふぅ。そうだな。いつまでも黙っとくわけにはいかないしな。」

渡された水を一息に飲み干すと話を続ける。

「正直、分からない。リーナに森で見つけられるまで、俺はまったく違う世界でまったく違う人物として生きてたんだから。」

見開かれた瞳が驚きを物語っていた。

「え?ちょっと待ってください?今のあなたは別人と言うことですか?」

「ああ。魂だけ、この肉体に入れられたって感じだな。」

(なるほど。それで納得がつく。彼のアンバランスな部分はこの為だったのか─)

「続けるぞ。それでな、俺がいた世界では、こんな世界はお伽噺だったんだ。なんて言うか、世界の在り方が根本から違うんだ。魔法なんか存在してないし一部の人々だけが神の存在を信じてる。言ってる意味、わかる?」

ええ、分かります、と答え暫く宙を見つめる。はたっと気付き聞いてみた。

「ですがあなたは魔法や魔物に対する知識があるように感じたのですが?」

「あ〜それね。元いた世界には存在してないけど認識はされてるんだ。妙な話だろ?存在してないのに殆んどの人が知ってるなんて。」

「それは、あたなが居た世界の過去に実際にあったからではないでしょうか?想像だけの産物がそれだけ多くの人々に浸透するとは考えられませんし・・・」

暫く流れる沈黙。杖先を地面に何度も軽く叩きながらウィルは考え込んでいた。

「駄目ですね。判断材料が少なすぎます。あなたの話が本当なら私の危惧とは離れてるのでひと安心なのですが・・・余計謎が出ましたね〜。ただ、十年程前に違う世界への接触を試みた方がいたと聞きました。師から聞いた話なので詳しくは分かりませんが、後にも先にもその方だけらしいのでその人物を探すのが当面の目的になりそうですね。」

深く何度も頭を縦に振りながら納得したようだ。今までにないくらい楽しそうなのが気になるが。

「それよりその剣術は誰に教わったのです?」

「ふふ〜ん♪実はこう見えても喧嘩ばかりしてたからな。手の延長と思って動かしてる。でもな、これは勘なんだけど、この肉体本来の持ち主もそれなりに剣の使い手だったと思う。でなきゃ筋肉がついてこれる訳ないしこんな変な剣持ってるわけがない。気付いてるだろ?」

「ええ、明らかに、変化してますよね。元々普通の白銀の刃だったのに今では漆黒の刃に。」

「そうなんだよな〜?目を覚ましたって感じだよな?分からないことばかりだな。」

その後、二人は月明かりの中、他愛の無い会話を楽しんだ。主にエーゼの居た世界の話だった。木の陰で密かに会話に耳をたてている者にも気付かずにいたが、おそらく会話に入って来られても二人は気にもしなかっただろう。

(ふへ〜。エーゼってばなんなんだろう?でも二人ともあの剣については気付いてないみたいだね。魔剣は使い手を選ぶって聞いたからもしかしたらと思ったけど違うのかな・・・)

その後の会話にはたいして興味が無いのかティムはひっそりとその場を離れ、野営地に向かう。夕食の準備をしなければならなかったから。二日前にあの二人が料理に向いてないと分かってからは食事の準備はティムの担当になっていた。毒にも近いモノを食べさせられたらかなわない。森の生物達が鳴くなか、彼は足音さえ立てずに戻っていった。



「陛下。準備が整いました。しかし・・・」

「構わん。国を守る為だ。」

陛下と呼ばれた男は苛立ちを隠さす、そう吐き捨てる。名をライザー。今年で齢35になるが年齢のわりに老けて見えるのは彼が今まで歩んで来た人生が苦難に満ちたものだったためだろう。第1皇子で在りながら彼の人生は奴隷から始まった。その後、剣闘士を経て当時の国王の側近を務めつつクーデターを成功させる。それは英雄と裏切り者の二つを同時に手に入れた瞬間でもあった。国王になってからの彼の手腕は目を見張るものがあった。奴隷制度の廃止を初め各国との貿易と国交の強化。国内が一段落したら隣国が抱える問題解決への提言なども進んで行った。自国が抱える傭兵部隊の斡旋なども要請があれば快く貸し出していた。そんな彼が、最も親しい同盟国へ侵攻しようとしていた。

目下に広がる聖地が今は疎ましく思えてしかたなかった。そこは神を慕い出来上がった国。こうして改めて見てみるとそれはなかなか堅固な造りをしていた。

「まさかこの国に攻め入ることになるとは、な。」

自嘲気味に呟く。『神聖国レイダム』この国の最高司祭ルーサーには多大な恩がる。その彼からの「最後」の頼みだった。

《ルーサーを討て》と。

「キツい事を仰有る。」

柄を握り締め深く頭を下げる。様々な記憶と想いを振り切る様にマントを翻すと聖地に背を向け歩き出す。兵達への激励と最後の最も大切な指示を出すために。後は旧友との約束を果たしに行くだけだ。

喉が裂けんばかりに声を張り上げる。それに呼応する兵達の鼓舞。大気は震え敵地からは鐘の音が響き渡る。賽は振られた。この戦が後の人々になんと言われるかは分からない。再び汚名を着ることになるかもしれない。それでもおそらくこの時のライザーはそんな事は気にもしていないだろう。全ては恩ある旧友との再会と約束の為に。


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