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光・闇・時  作者: 地遊流
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第一話

(くっそぉ・・・なんだこの痛みは!?)

全身が、熱を帯び、傷口は痺れるような寒気さえする。葉と葉の隙間から降り注ぐ暖かな木漏れ日さえ、今の彼には苛立たしい存在だった。

薄れていく意識の中、遠くから誰かの声が聞こえる。それが自分に向けられている事にさえ気付かずに彼の意識は完全に闇の中へと引きずり込まれていった───



それは左頬を優しく撫でた。何度も。不規則に。次に感じたものは、暖かな陽の光。眩しさを確めるように静かに瞼を開く。頬を優しく撫でていたものが窓から吹き込む風と分かると周りを見渡す。が、思い付いた様に突然全身に伝わる痛み。それでも、以前感じたほどの痛みは既になく呻き声一つで我慢出来た。

(どこだ・・・ここは・・・)

身に覚えのない痛みに耐えながら辺りを改めて見渡す。差し込む日差しに邪魔され白くぼやけて見えるが、そこは明らかに今まで居た世界と異質な印象を与えた。思考も視界も次第にはっきりし始め状況把握へ勤しむ。

(待て待て待て待て。なんだこの部屋!?)

そこは小さな部屋だった。丸太を組み合わせた壁には額に入った風景画と黄色い花が飾ってある。先程、頬を優しく撫でてくれていた風が今は白いカーテンを優しく揺らしていた。ベットが軋むのを気にせず立ち上がり窓際に立つ。そこから見える景色は剥き出しの褐色の地面と二、三十歩歩離れた場所にある雑木林だけだった。

(なんか、すげぇな・・・)

無意識に深く息を吸い込む。今まで感じたことの無い透明感のある空気に驚きを覚えた。

「はっ、朝方の空気なんて目じゃねえな。」

不意に、背後の扉が音を立てる。使い込まれた木製の扉が無造作に開き一人の少女がボウルを持って姿を現した。年の頃十五、六といったころか。茶色いロングスカートに白いハイネックのシャツ、肩からは赤いスカーフをかけ胸元でリボン状に結んでいる。青い瞳に赤みがかった金髪、日焼けした肌が健康的でまだ幼い印象を強く残していた。

少女は起きている男を見て驚いたのか、慌てて部屋を飛び出して行ってしまった。落とされたボウルは甲高い音を鳴らし中に入っていた液体は床を這うように黒い染みを広げていく。間もなく、先程の少女が別の女性を連れて帰ってきた。白いふわっとした長いスカートにフードの付いた太股くらいまである麻色のローブの様なものを着ている。こちらは綺麗な金髪で透き通る様な白い肌が先程の少女とは対照的だった。瞳は同じ様に青く、柔らかい物腰は優しい印象を受ける。

『あら?本当ね』

『でしょ?もう大丈夫だよね?』

『そうね。血色も良さそうだし。でも念のためウィル先生を呼んできてもらえる?』

(!?!?!?!?)

少女は大きく頷くと再び部屋を飛び出して行った。

(何語!?)

『あなたのお名前は?』

優しさは分かるが何を言ってるのかまったく分からない。黙り込み情けなく首を左右に振ることしか出来なかった。

『仕方ないわね』

女性はそうポツリと呟くとこちらも首を左右に振り諦めた様に立ち上がると落ちたボウルを拾い溢れた水を布巾で吸い取り始める。

『新しいの持ってくるわね』


改めて新しく持ってきた水に乾いた布を浸すと力強く絞り男の体を拭き始める。慌てて抗うも女性の静かで優しい一声に彼は身を任せるしかなかった。ふわっとした髪から香る匂いに思わず顔を赤らめ男はうつむいてしまった。

一通り拭き終わる頃に先程部屋を飛び出した少女が今度は一人の男性を連れてきた。年の頃は三十前くらいだろうか。踝まである土色のローブを着ていて短い銀髪に青白い顔色がなんとも頼りない印象を与える。男は起きている青年を見ると嬉しそうに近づいてきた。

『ああ、本当に目を覚ましてますねよかった。これであの剣の出所がわかりますね』

『でも話せないみたいなんです』

『ええ、それも含めて診てみます』

金髪の女性と二、三言葉を交わすと銀髪の男は一言、青年に声をかけ口を開ける仕草をした。つられて彼も口を開ける。男は声帯を覗き込みなにやら二人の女性と話し始めた。

『ん〜声帯は異常無いようなのでおそらく言葉が通じてないんでしょうね』

『どうにかなりますか?』

『ええ。大丈夫ですよ』

そう言うと、彼は瞼を閉じると指を二本だけ立てた手を自分の顔の前に持ってきた。静かに、それでいて深く呼吸をする。手を素早く、まるで宙に図でも描くように動かす。

『《我は理を解する者。風は流れ音は響く。されどそれは変わり我に伝わらん。》』

それは、不思議な旋律だった。その場に居合わせている全員が理解出来ない響き。女性と少女は顔を見合わせお互いが少しだけ強張らせている事を感じた。と、ほんの僅に、気を抜くと気付かない程度の時間だが、辺りに沈黙が流れる。

『《解語(リ・ナード)》』

途端、奇妙な耳鳴りと共に辺りの空気が弾ける様な錯覚を全員が感じる。

「さ、もう大丈夫。私たちの言葉は分かりますね?私はウィル。貴方のお名前は?」

「うわあ!な、なんで!?」

驚愕。その一言に尽きた。

「初歩的な魔法ですよ。半日程しか持たないですけど。それで?貴方は何者ですか?」

少々苦笑いしながらウィルはなだめる。後ろの二人も安心した様に微笑み合っている。

「魔法!?いや、まあそれは後でいいや・・・」

暫く悩む。どう考えてもこの状況は異常すぎる。馴染みのない風貌に情景、更に訳の分からない身体中の痛み。おまけに明らかに自分の身体が自分の物でない違和感。

(ちょっとサイズがデカイよな・・・なんかゴツいし・・・それに魔法!?ありえないって・・・)

「どうしました?」

銀色の瞳に覗き込まれてびくっとする。状況が飲み込めない以上、下手な事は言えない。思考をフルに働かせなんとか切り抜けられる言葉を選ぶ。

「・・・悪い。思い出せない・・・ここはどこなんだ?俺はどうなったんだ?」

顔を見合わせる三人。一様に困った顔をしている。森から聞こえる鳥の囀ずりと草木の音色だけがが室内に響く。沈黙を破ったのは銀髪の男性が洩らした溜め息だった。

「あの傷だから仕方ないかもしれませんね・・・いいでしょう。暫く私の家で面倒みましょう。」



「カコンッ」

薪を割る音が不規則に裏庭に鳴り響き、それに合わせる様に森の小鳥達が囀ずる。そこには葉と葉の隙間から降り注ぐ暖かい木漏れ日に肢体を包まれ汗で輝く一人の青年の姿があった。彼が目を覚まして半年の月日が経っていた。その間、ウィルが《解語》の魔法をかけつつ言葉を教えてくれていたお掛けで今ではまったく会話に支障は無くなっている。

「エーゼ〜。お昼ご飯持ってきたよ。一緒に食べよっ。」

ひょっこり、一人の少女が裏庭にやってきた。赤みがかった金髪が日焼けした肌によく似合っている。少女は名をリーナと名乗った。森で傷つき倒れていた彼を自分の家まで母親と運んでくれたようだ。父親は、十年以上前に大戦に行ったきりだそうだ。寂しくないのか聞いた時、この村の人はみんな温かいしお母さんもいるから、と寂しくも嬉しくも取れる表情が彼の心を締め付けた。

『エーゼ』とはリーナが名付けてくれた名前だった。名前なしでは何かと不便だからと。そのせいか自分より年上のエーゼを弟の様に扱う時がある。何かと世話をやいてくれているから悪い気はしない。何よりこの世界については彼女の方が遥かに詳しい。

裏庭の隅にある井戸につるべを落とし水を汲み上げると、エーゼはそれを頭から浴びかいた汗を一気に流す。リーナが用意してくれた布を受け取ると濡れた体を拭きながら家に入っていく。

「お疲れ様。支度出来てるわよ。」

そこには食卓に昼食を並べている金髪の女性と椅子に座ってなにやら古い書物を広げている銀髪の男性がいた。レーナとウィルだ。ここはウィルの自宅なのだが何故か今日みたいにレーナとリーナは昼食を作りに来てくれている。銀髪の男ウィルはこの村で医者のような存在でなにかと村人の面倒を看ていた。エーゼも、この男に救われた。リーナに発見された時、全身に刀傷や火傷、さらに凍傷という不思議な戦傷があり特に左肩から右脇下まで斬られた傷が酷かったらしい。

「とんでもない体力ですね。普通なら死んでましたよ。」

そう言いながら魂まで覗き込む様な銀色の瞳に奇妙な好奇心を感じたのを覚えている。

食卓には山羊のミルクと茶色く焼き上がった胡桃のパンに玉蜀黍のスープが並べられている。スープの芳ばしい匂いに力仕事で疲れた体にさらに食欲が沸き起こる。ウィルの正面にリーナが座りエーゼの正面にはレーナが腰を下ろした。男二人は、いつもありがとう、とお礼を言うのを忘れずに。

食事が始まると同時にエーゼがウィルに話しかける。

「何見てたんだ?」

「剣を覚えてますか?」

『剣』とは、エーゼが握り締めていたのだそうだ。血や体液で錆びていたらしくウィルが知り合いの鍛冶屋に研ぎ直しを頼んでいたらしい。微かに母娘がビクッとするが、二人の男はそれに気付かずにいる。

「ああ。あれか。なんかわかった?」

「研ぎ直し、と言っても錆び取りだけだったんですけど、結論から言うとあれは魔剣です。しかもかなり強力な魔法がかかってます。それで刀身に描かれている呪式を調べていたのですが、こちらも複雑すぎで私ではわからなかったのです。」

まだまだですね、と溜め息混じりに呟く。

「それで一ヶ所だけ、気になる箇所があったので調べていたのですが───」

そこで黙り込みエーゼの瞳を覗き込む。

「この剣についてなにかわずかでも、思い出した事はありますか?」

少々怯みながら、千切ったパンを口へと運ぶ。何度となく、今までも聞かれた質問だった。その度に、すまない、と答えてきた。そしてそれは今回も。仕方のない事だ。本当に分からないのだから。

「そうですか・・・気になった箇所がなんなのかちょっと思い出せなくて随分古い文献を広げていたのですが、分かりましたよ。」

ミルクを飲み干し一息入れる。母娘の緊張とエーゼの反応。それはあまりに対極だった。

(随分、落ち着いている。と言うよりまったく興味ないようですね。どうやら本当に分からない・・・?)

小さい溜め息を一つ吐き出すと話を続ける。

「書かれていたのは言葉。読み方は《ライ》意味は、異界です。どうやらこれは神話時代の言葉のようです。今では使える者は皆無でしょうがね。その意味がわかりますか?」

「遥か昔の貴重な資料、だろ?でも読める者はいない。肝心の所有者は記憶が無い。現状打つ手なし、か?」

「その通り。唯一の手がかりはあなたの記憶です。剣の謎が解ければ神話時代に何があったか分かるかもしれない。どうです?少しは興味を持ちましたか?」

「まあ、な。」

少々曖昧な返事をする。母娘が気になったから。レーナがちらっとウィルを見る。それにリーナが寂しそうな眼差しを向けている。

やっぱりな、

と思う。自分に対する感情ではない。レーナと大戦に行った主人、そしてウィルの三人は幼馴染みだったそうだ。ウィルの言動を見ていると分かるが謎の為にこの村を出ていくつもりなのは明白だった。そんなウィルにレーナは帰らぬ主人と重ねたのだろう。二度と会えなくなるかもしれない辛さを、この母娘は知っている。

(いつまでもこの世界にいるわけにもいかないしな・・・)

一つの決断は、いくつかの不幸を連れてくる。しかしそれはその後の選択で減らす事も出来る。自分の意思で誰かの不幸を消す事が出来るのは人間だけの特権なのだから。


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