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【 iX 】 生存。

「それで――貴様、人間か?」


 僕に短機関銃を連射した挙げ句、牢獄にぶち込んだ可憐な少女は確かにそう言った。

 いや少なくとも君よりは人間的だと思うよ――とはまさか言えるはずもなく。

 何せ彼女、目が怖すぎる。

 元々切れ長なのだろう目を更に細め、睨むというより観察するような視線を浴びせてくる。

 令嗣よりジョークが通じそうにないな、この娘。


「それは……どういう意味かな」


 底冷えがするような視線を、柔和な微笑みで受け流しながら問う。手錠がkashanと揺れた。


「言葉通りだ」


 少女は苛立ちを見せる様子もなく、背筋を伸ばし直立した姿勢のまま淡々と切り返す。

 廊下に備え付けられたランプの灯りが、風もないのに少しだけ揺れた。


「現場に散らばっていた大量の血液。あれは貴様のものだった」


 数枚の書類を鉄格子越しに投げ入れる。

 拾って読もうとするが、そこに書かれている言語は勿論というべきか読めなかった。

 だが読めないはずの言語は脳内で自動的に変換され、意味のある情報へと化する。

 言語が翻訳されるのか?

 実に便利な事だが、多分後ろで糸を引く者がいるのだろう。

 《那由他路》で、帽子屋は僕達をこの世界へと招いた人物は別にいると言っていた。恐らくその人物による計らいと推測できる。もしかすると帽子屋自身の気遣いかも知れないが、別にその辺りはどうでもいい。

 書類には先程の少女の言葉が科学的に立証されていた。

 つまり現場の血液鑑定の結果と、僕の身体検査の結果の合致証明だ。

 コンピュータ処理されたような電子図と写真も備え付けられている。


「衣服も大型の槍で突かれたように破損、背面まで貫通。その他の状況証拠も含め、導かれる事実はひとつだけ」


 少女が一瞬言葉を句切り、薄い唇をわずかに引き結んだ。


「だが……その事実の中に貴様の生存はありえない」


 『生存はありえない』。

 それは言葉通り、僕の存在に対する疑念と拒絶。

 僕自身、それを否定するつもりはない。何故なら僕も先程からずっと考え続けていた事だったからだ。

 貫かれたはずの左胸には傷一つ残っておらず、心臓が変わらず拍動している。

 少女はもう何も言わず、ただ僕が話し始めるのを冷然として待っていた。

 ……やれやれ、勘弁して欲しいね。

 だけど、この少女は焦っていたのかひとつだけミスをした。

 ひとつ大きく息を吐いて、静かな水面のような深青の瞳に向かって呟く。


「蠍」


 少女に稲妻の如き戦慄が走った。瞳は小刻みにぶれ、細い肩がびくんと跳ねる。

 それらはほとんど一瞬の出来事だったが、僕はそれを見逃すほど甘くも鈍くもない。

 やはりこの少女はあれ・・を知っている。

 

「……何の話だ?」


 少女は険しい表情を見せた。

 嫌悪感と懐疑心を顕わにし、それでかすかに残っている動揺を覆い隠そうとする。


「蠍の話さ。赤い月の夜のね」


 そう言い終わるか否かの刹那、鉄格子の向こうでダークブラウンのジャケットが突然はためいた。

 それが背面のホルスターから銃を引き抜く動作によるものだった事を僕が理解したのは、交差された少女の両手の黒光りする短機関銃を目の前にした時だった。


「脅し? 無駄だよ。君は僕を殺せない」

「…………」


 少女の目が鋭くなった。

 努めて穏当な声と表情で、緊張の糸が切れる寸前のギリギリの状態を保つ。


「『とある街で、血生臭い殺人現場が見つかった』」


 少女は沈黙してはいるが、狩人が獲物を狙うような視線を僕に向けたままだ。

 僕はそれに気付かないふりをして、天井のランプをぼんやりと見つめながら言葉を紡ぐ。

 

「『ところが不思議な事に、現場には死体がなかった。捜査の結果、現場の血液や装飾品は、一週間前に失踪した人物・Xのものだと判明。当然周りは、Xが殺されて死体が隠されたのだと思う。しかし、ある日突然正真正銘のXが傷一つ無くひょっこり現れた』――この時点で周りの人間が疑問に思うのはどういうことだろうね?」


 不可思議な紋様の羽根の蛾が、閑散とした雰囲気を愉しむように舞っている。

 少しもぶれずに僕の眉間に向けられた銃口から、無言を貫く少女の意志が伝わってきていた。

 あまりに頑ななそれに苦笑しつつ、僕は先程の書類を手の甲で叩いてみせる。


「『Xのものとしか思えないあの現場は一体どうやって作られたのか?』だよ」

「――――!」


 実際にXは生きているのだから、人が真っ先に疑うべきは証拠の確実性――つまり血液や装飾品は偽物ではないのか、という事だ。仮にそれらが本物であったとしても、普通はあらかじめ用意していたものを準備したと考えられる。Xの協力があれば一層その方法は現実的になるだろう。


「ところがある人物・Yは、血の滴る現場は本物で、Xはその被害者だと考えた。ピンピンしてるXを前にしてね。そんな異端者Yの人物像は?」


 そこで初めて僕は少女に顔を向けた。

 冷え切ったまま何の感情も浮かんでいない表情の彼女に、微笑んでチェックメイトをかける。 


「その状況下からの生存がありえるかもしれない・・・・・・・・・・と思っている人物。……Yさん、ここは情報交換と洒落込もうか」

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