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【 V 】 邂逅。

 視界一面に、銀色が広がっていた。

 それも光をそのまま反射して輝くような、金属的な銀色ではない。

 優しく陽を受け止めて、どこか儚げな雰囲気を醸し出している銀の灰。

 

 そんな色の空だった。


 白い雲が、霞んでしまいそうなほどの高みでゆったりと泳いでいる。

 その向こうに浮かぶ月は淡い青色と濃い橙色の二種類。僕達が見慣れている月と違って、日中においても確かな存在感があった。

 暖かな陽射しを地表に浴びせる太陽は、銀の指輪のようにも見える。


「おお……まごう事なき異世界だねー……」


 僕はどこかの草原に横になっていた。

 うららかな陽気の中、ひやりとした草のベッドと微かに吹く風が心地よい。

 しばらくの間、のんびりと空を眺めて過ごす。

色も雰囲気も違うのに、こうして空を見ていると落ち着いてくるのだから不思議だ。

 海や山や空……荘厳な自然の前に立つと穏やかな気分になるのは、どこも共通らしい。


「令嗣、起きてる?」


 むくっと起き上がり、隣に寝そべっているとばかり思っていた友人にそう声を掛けようとして。

 そこで初めて、令嗣がどこにもいないことに気付いた。


「…………え」


 ほとんど跳ね上がるように立ち、辺りを見渡す。

 どこまでも続く草原は、一直線に続く地平線で銀の空と交わり、建物どころか人影すら確認できない。

 《那由他路》で垣間見たものとは別の種類の、無。


「れ、令嗣……?」


 Feow...と少し強めの風が吹いた。



 ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ 



「令嗣ー。 いないのーっ?」

 

 当てもなく辺りをぶらぶらと歩いて令嗣を探すが、まったくと言って良いほどに何の気配もない。

 陽も徐々に暮れ始めていた。


「どこ行っちゃったのかな、令嗣……迷子?」


 自分で言ってみて、デパートの人混みの中であたふたとしている令嗣を想像する。

 ぱたぱたと手を振って必死に僕を探している脳内の令嗣に失笑。


「……って何を笑ってるんだ僕は」


 脱力気味の自己突っ込みも、虚しく大草原に飲み込まれていった。


 歩き始めてから4時間も経つと完全に陽が沈み、夜の帳がおりた。

 いくら何も見つからない草原とはいえ、暗闇の中で歩き続けるのは危険だろう。

 適当な岩を探して腰を降ろし、夜が明けるまで待つことに決める。

 少し眠ろうかとも思ったが、夜になってから急速に気温が下がってきていた。朝方にはどの程度の寒さにまでなっているか分からないし、目が覚めたら凍死していたなんて洒落にならない。


「今夜は寝たらまずいか……」


 額の汗を拭い、夜空を見上げた。

 限りなく広がる宇宙のキャンバスに散りばめられた、無数の星々。

 僕達の地球から見るよりもずっと数が多く、どれもが爛々と光り輝いている。

 そして僕のほぼ真上に浮かぶ月は、どこか生命の明るさを感じさせる星々と対照的に、鈍く赤黒い光を放つ。

 昼間に見た青と橙の月とは全く異なる、死を象徴するかのような三つ目の月。


「――――!」


 その月明かりに照らされながら、僕は《黒蠍》と邂逅した。



 ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ 



 鋼の如き漆黒の甲殻は闇を吸収しながら、赤き月光に輝きを得る。

 その体躯は一般的な自家用車ほどはあろうか。

 何もかもを切り裂いてしまえるかのような鋭利な鋏は、肥大しているというよりはシャープな印象で、どこか日本刀を思わせた。

 尾は巨木を彷彿とさせる太さで、その先についた鋭い毒針は真っ直ぐに標的ぼくを向いている。


 ――『蠍』。


 果たしてそれ・・をそう呼んでいいのか分からない。だけど、大きさや殺戮に特化された構造を無視すれば、その形は間違いなく死の蠍アフガン・デスストーカーだった。 

 

「…………」


 呆気にとられて、しばらく呆然と蠍を見つめる。

 夜空に向けていた顔を下げた途端、視界に飛び込んだそれに対する思考処理が追いつかない。

 貪欲に輝く赤き月を背負い立つ、巨大な黒蠍。

 月を死の象徴とするならば、それはまさに死を具現化した存在。

 

「……あぁ、そうか」


 だが――全く以て不思議な心持ちだった。

 覚えたのは恐怖や戦慄ではなく、むしろ何か懐かしみのような何か。

 自分でも訳が分からない。突然現れた『死』にこんな気持ちを抱くなんて、理解不能だった。


 石像の如く不動のままの大蠍に歩み寄って、そっとその額に触れる。

 Docn-Docnという生命の躍動が、蠍の内から僕の手を通じて僕に流れ込んだ。


「そうか……君は――僕なのか」


 全く無自覚のうちにぽつりと呟く。

 そうする事が必然であったかのように、口を突いて出た言葉。


 黒き蠍の激しい咆哮が、夜空に響き渡り――次の瞬間には、その尾が僕の左胸を貫いていた。


 最期に見た月の輝きは、哀しいほどに美しい深紅だった。

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