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【 XXiX 】 神木。

 武道の達人や熟練の兵士が人間の『気配』を察知する――というのは、漫画や小説の世界だけでなく現実にありうる事だと思う。例えば視線を感じるのも人の気配のひとつだろうけれど、あれは二つ横に並んだ点に過敏に反応する生物的な仕組みに基づいているらしい。要はそういった装置がいかに研ぎ澄まされているかの問題なのだろう。

 ではこの時僕が感じたものも第六感的なセンスによるものかと言われたら、残念ながらそれは違う。


 ――喰い殺せ。


 心臓の鼓動と共に頭に響き渡るその声を振り払えなかっただけなのだ。



 ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ 


 

「ふむ……つまり貴様の中の黒蠍がざわついている、と」


 ユウィルはすっと眼を細めて僕の目を覗き込む。疑念を隠そうともしない厳しい視線だったが、一笑に付されてしまうよりは格段にましだ。まだ話を聞いてもらう余地がある。

 僕は傍から見れば穏やかな会話に映るように意識して、微笑を浮かべたまま唇をしめらせた。


「正直言えば僕にも訳が分からない。まして当事者でもない君が信じられないのも当然だ。……だから、信じてくれとは言わない」

「…………」

「だけど利用させてもらう・・・・・・・・よ。それが昨日の契約のルールだからね」


 自分でも笑えてくる。こんなのは詭弁にもならない、不格好な屁理屈だ。普段の僕なら適当に理由をつけて突っぱねるだろう。

 それでも――


「判った。私も信用はしないが、協力はしてやる」


 それでもユウィルは、首を縦に振ってくれた。


「……恩に着るよ」

「礼はいい。第一、貴様が意味不明な妄言で私を担ぐほどの度胸がない事は分かっているからな」

「せめて分別があると言って欲しい。否定はしないけど」 

「あの、ヴァクス君」


 思わず安堵の溜め息を漏らした僕のコートの裾をクライが引っ張る。

 よほど不安なのだろう、ほとんど泣きそうな顔になっていた。何かすごい罪悪感。


「本当に囲まれてしまっているのなら、目的はなんでしょうか?」

「理由は分からないけど十中八九は僕達を捕らえる事だろうね。ひょっとしたら殺すつもりかも」

「そ、そうですか……」


 クライの顔からみるみる血の気が引いていくのを見て、僕は慌てて言葉を付け足す。


「でもここに居る間は無茶な事はしてこないから大丈夫。確実な作戦を練る時間くらいはある」

「しかし、奴らは私達に気付かれていないと思っているのだろう。ならば一気に片を付けに来ても良さそうだが」

「僕もそう思っていたけど、包囲網の厚さと強い殺気の割には様子を伺っている時間が長すぎる。……って事は、何か別に要因があるんだよ」

「別の要因、ですか」

「…………」


 クライは唇に人差し指を当てて首を傾げ、ユウィルは口許を手で覆って少し顔を伏せた。

 ……考え込んでしまった二人には悪いけれど、謎々で言ったつもりもないので先に結論を述べる。


「その要因というのは、おそらくこいつだ」


 頭上で木漏れ日を紅に彩る幾万もの紅葉。僕はそれを奴らに悟られないように視線で指し示した。

 

「紅葉樹……! なるほど、そういう事か」

「え、えっ、何ですか。どうしたんですか」

 

 流石と言うべきか、ユウィルは僕が言わんとすることを一瞬で察してくれた。

 アイコンタクトが通じないクライにも僕に代わって要領よく説明する。


「紅葉樹はこの重要な都市の象徴だ。ほぼ神格化していると言っても過言ではない。……つまり奴らがソルフィネ側の人間であれば、戦乱に紅葉樹を巻き込みたくないと考えているはずだ」

「あ……」

「そういう事。皮肉にも紅葉樹の精霊は僕達に味方してるみたいだね」



 ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ 

 


「あちゃ~……なんや、バレとったんか。えらくキレる奴もおるもんやなぁ。その通り、このご神木のせいであいつら・・・・はずーっとモジモジそわそわしながら陰からガン見しよるんや。正直気持ち悪すぎたから、オレこっそり抜け出してきたわ」


 不意に上から降ってきた若い男の声。

 それはあまりにも場にそぐわない飄々とした口調で、今にも笑い出しそうな含みがあった。


「――――!」


 即座に反応したユウィルが十文字に背負った二丁の機銃を引き抜き、声の出所へ向けて構える。

 ほとんど目にも止まらぬ早業だったが、引き金を引く寸前で僕はそれを制した。


「待って、撃っちゃだめだ」

「何っ!?」

 

 虎も檻の中に追い返せそうな物凄い剣幕で睨み付けてくるユウィル。

 まさかの味方に対する恐怖に戦きながら、紅葉樹の上のその男と対峙する。

 紅色で賑わう幹の上に蹲踞の姿勢で座ってこちらを見下ろしているその男は、逆光になって表情が読み取れないのと対照的に纏った純白のローブが照り輝いて異様に浮き出して見えた。 


「この人ちょっと気が短いからさ、そういう登場はやめてほしいんだけど」

「……かっかっかっ!」


 瞳孔が開きかけて一触即発の状態であるユウィルを諫めながら僕がそう言ってやると、男は可笑しくてたまらないといった様子で奇妙な笑い声を上げた。

 そして音もなく幹から飛び降りてふらりと僕達の前に着地し、道化師のようなおどけた調子で芝居がかった大袈裟な挨拶。

 

「いやいや、驚かせて悪かった! ――初めまして、殺人者諸君!」

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