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【 XXiii 】 捕縛。

 いつの頃からか急に辺りの空気が張り詰め、肌寒くなった。

 西から吹いてくるそよ風が頬を掠める度に体温が刈り取られていく。

 懐かしい故郷・飛鳥賀よりもずっと綺麗に星空が見えているが、雲一つないにもかかわらず何故かしとしとと雨が降り続けている。


「……この縄、緩めて貰えないかな」



 ◆◇ ~ 三十分前 ~ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇  



 ソルフィネに入れないことが分かると、僕達は早々に紅葉樹の下で夜を過ごすことに決めた。

 少女曰く『一番近い村に行くには最低でも二日はかかる上に、丘陵をひとつ越えなければならないので夜に進むことは難しい』とのこと。

 この状況で別の場所を目指して出発することも検討していたのかと一瞬末恐ろしくなったものの、もう何かを考えること自体が怠かったので二つ返事で了承した。



「……雨が降りそうだな」

「そうですね」


 僕が焚き火に使う枯れ木を両腕一杯に抱えて戻ってきたところで、紅葉樹にもたれ掛かりながら少女とクライが天候を気にしていた。


「空も澄んでるし、雨なんて降らないと思うけど……。あ、これ適当に集めてきた」


 草に火が燃え移らなさそうな場所を見つけて枯れ木をおろす。集めていたときは結構な量があると思っていたものの、改めてみるとそう多くはない。一晩保つかどうか微妙なところだ。

 もう一抱えくらい集めてくるべきか悩んでいると、クライがてててと歩いてきた。障害物がないこの辺りではひとりでも歩けるらしい。


「おつかれさまです、ヴァクス君」

 

 柔らかな微笑みを浮かべてふわりと一礼。


「こんなにたくさん、大変だったでしょう。……すみません、お手伝い出来るとよかったんですが」

「ちょっと暗くて手こずっただけだから、クライが気にする必要はないよ。星の光が思ったよりも強くて割と明るいし」

「そうなんですか?」


 ふたりで談笑していると、少女が慣れた手つきで機関銃の手入れをしながら、わずかに眉をひそめてちらりと枯れ木を一瞥した。

  

「それで……何だ、その腐ったような木は。腐った家でも作る気なのか」

「……は、ははっ」


 喉の奥から引きつった笑いが漏れる。頬の辺りが若干痙攣しているのが分かった。

 ……いや、今回は何としても引き下がるわけにはいかない。僕は枯れ木を一本取ると、少女に歩み寄ってその目の前に突きだした。


「ほら。枯れ木」

「……銃を持っている相手に丸腰で宣戦布告とは良い度胸――」 

「違う違う! ……そうじゃなくて、僕に『火を焚くから枯れ木を集めてこい』といったのは君じゃないか」


 文句を言いつつも、命の危険を感じたのでそっと枯れ木をしまう。

 そう、この闇の中にこの腐ったような木を集めさせたのは他でもないこのひとなのだ。

 少女は冷え切った視線を銃に落として淡々と連射用の弾丸を装填しながら、大儀そうに返答する。


「火を焚くのは明日の朝だ。雨が降りそうだと言っているだろう」 

「そんな馬鹿な」

「空気の湿度を感じ、草のしなりを見れば分かる」

「しつど……!? いやいや、流石にありえない」


 不快そうな面持ちの少女の前に枯れ木を置き、紅葉樹の下から出て空を仰ぐ。

 雲の欠片ひとつない夜空には数億の星がきらめいていた。


「ほら、雨なんて――」


 したり顔で『降らない』と続けようとしたまさにその時、po.と頭に何かが当たる感触がした。

 嫌な予感。

 そしてその感触は徐々に回数を増していき、嫌な予感は確信に変わる。


「クライ、先に樹の下で休んでいるといい。その男は焚き火をするそうだ」

「そうですか。ヴァクス君、頑張って下さい」

「え? あ、あぁ。うん」

 

 くすくすと楽しげに笑いながら紅葉樹の陰に戻っていくクライ。

 おそらく彼女は僕も少女も単に冗談を言っているようだけだと思っているのだろうけれど、僕には手入れを終えても銃をホルスターに戻さないアレは本気・・にしか見えない。


「…………」

「…………」


 両手に機銃を提げて微動だにしない少女と、小刻みに震えながら雨に打たれる僕。

 クライは疲れていたのだろう、地中から浮きでた木の根を枕にして早くも眠りに落ちたようだった。


「あ……あの、フルーシャさん?」


 クライを起こさないように控えめに声を掛ける。


「……まさかクライが眠っている場所で休めるとは思っていないだろうな」

「いや、これ本当に寒いんだけど……」

「あぁ……それなら」

  

 僕が先程置いて行った枯れ木を拾い上げ、こちらに投げて寄越す。


「腐った家でも作ればいいだろう」


 この少女にはもう二度と逆らうまい、と僕は固く誓った。



 ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ 



 澄み渡った夜空から降ってくる雨の冷たさに耐えきれず少女に懇願した結果、(『樹に縛り付けられる』という条件付きで)木陰で休めることになった。

 自尊心なんて皮膚を貫く絶対零度の雨粒の前には無力だ。

 クライの安全確保という大義名分のもと、少女はウェストポーチに括り付けていた鞭らしき縄で僕と紅葉樹をぎっちりと縛り付けた。


「ぐ……、なんでこんなもの持ち歩いて……ッ」

「捕縛用だ」


 言いながらクライに自分の上着をかけて、少女は樹にもたれかかるようにして座った。

 『捕縛用ってなんのだよ』というツッコミと『君がいる以上クライに近づけるのはこのそよ風ぐらいだよ』という皮肉はもちろん心の奥底にとどめておく。





「…………名前」


 闇と眠りが入り混じる沈黙の最中。不意にそう少女が呟き、それきりまた黙り込んだ。

 その姿はこちらからは見えないものの、珍しくどこか躊躇っているような歯切れの悪い話し方だった。

 何かあるのかとしばらく耳を傾けていたが、なかなか続きを話す気配はない。

 押し寄せてくる疲労と睡魔に身を委ねようと目を閉じる。




「本当の名前は何だ。――前の世界での・・・・・・」 


 今度は躊躇いの中に僅かな確信の色が感じられた。

 眠ったふりをすることも出来る。むしろ僕はそうする方が性に合っているし、普段なら迷わずそうする。

 だけど今日は――疲れているせいか、心の内にいろいろと溜め込んできたせいか、どこか儚げな少女の声のせいなのか――本当にどうにかしているらしい。


「……この縄、緩めて貰えないかな」


 少女が立ち上がる。

 草原が雨に打たれ風に吹かれる音を聞きながら、きっとこの静かな夜のせいだと僕は思った。 

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