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【 XX 】 絶句。

「すっ、すみません! その、あまりに衝撃的でしたので、あのっ」


 五分後。正気を取り戻したクライが身振り手振りを交えてあたふたと僕達に詫びていた。


「仕方ないよ。普通の女の子は怖がってあたりまえの話だったから」


 敵兵の死体に剣を突き刺していくなんて、クライのようにいかにも深窓の令嬢みたいなタイプには縁もゆかりもない話だろう。ショックを受けて当然だ。

 まぁ、その……程度は別にして。

 僕が苦笑していると、わずかに眉をひそめて少女が睨んできた。


「まるで私が普通ではないかような言い方だな」

「じ、自覚なし……これは思った以上に重症だ……」

「……? 何だ?」

 

 言いたいことがあるなら言えとばかりに目を覗き込んでくる少女から視線を逸らし、嘆息する。基本的に人形みたいな無表情だから、じっと見つめられると結構怖いものがある。いや、機関銃を携帯している分だけ人形より怖い。

 困ったように曖昧な笑みを浮かべているところを見ると、クライもそう感じている節はあるらしい。 


「えーと、それで目的地とやらはまだなのかな?」


 しばらく少女は物言いたげな様子だったが、やがて諦めたようについと前を向いて黙々と歩き始めた。

 僕とクライもそれに続く。陽はもう殆ど沈みかけていて、夕暮れに染めた世界を今度は静かに夜へと誘い始めていた。


「あ。虫の声が聞こえますね」


 不意にクライが嬉しそうな声を上げた。


「虫の声……?」


 促されて耳を澄ませてみるが、風が草木の間を吹き抜ける細波のような音以外は何も聞こえない。


「……駄目だ、分からないな」

「えぇっ、聞こえますよ。フルーシャさんはどうですか?」


 クライがちょっとだけ不満そうな表情になり、前を歩いていた少女に水を向ける。

 少女は少し聴覚に神経を集中させる素振りを見せたが、すぐにかぶりを振った。


「いや、私も分からない」

「えぇー」


 少女が不満げな声を漏らすクライをなだめるようにやわらかく微笑む。 

 やはりクライと話しているときは表情が豊かになるみたいだけれど、多分本人は気付いていない。


「この辺りまで来れば昆虫の数も増えてきているはずだ。クライが聞こえるというのなら間違いないのだろう」


 なるほど、これもさっき言っていた『サトロの地力』とか何とかから抜け出した影響のようだ。

 そこでふと少女の妙な口ぶりに疑問を覚える。


「『クライが聞こえるというなら』って?」


 僕の問いをさりげなく無視しようとする少女の代わりにクライが答えてくれた。


「わたしは見ての通り耳が良いんですよ」

「…………」


 絶句フリーズした。

 とりあえずその自慢の耳を確認してみるが、何の変哲もない普通の耳だ。身体と相応に小さくて形は整っているものの、別にうさぎやら猫やらの耳がぴょこんと生えていたり集音器を装着していたりするわけではない。

 僕は曖昧な微笑を浮かべたまま動揺するというシュールな状況に陥りつつ、ひとつの可能性に行き当たった――つまり、もしかするとこれはこちらの世界の慣用句ではないのか。

『足が棒になる』とか『骨が折れる』のように、陰喩や過度な表現を用いることによって字面から一段掘り下げたニュアンスを――


「クライ、そこの男が薄気味悪いにやけ面で変なことを考えている。気をつけろ」


 僕を肩越しに軽蔑の眼差しで睨みながら少女が冷たい声色で呟くと、クライが一瞬怯えたような戸惑ったような表情になった。


「ど、どうしたんですかヴァクス君」

「ちょっとフルーシャさん微妙に当を得ながら誤解を生むような発言は慎んで下さい」


 少女は無表情のままでフッと鼻で笑って僕の抗議を一蹴し、またすたすた歩き出す。

 もう本当にどうして時々突然絡んでくるんだこのひと。  

 気を取り直して、分からないので正直に聞いてみることにする。


「えぇと、ごめんクライ、見てもよく分からなかった」

「……? 何の話ですか?」


 クライが少し小首を傾げる。関係無いけれど、こういう小動物的な仕草はクライによく似合っていた。  

「ほら、さっき『見ての通り耳が良い』って……」

「…………」


 数秒間の沈黙。 


「ご、ごめんなさい! わたし、たまに話を略しちゃうんです!」


 その後数分にわたって、実際は『見ての通り目が見えないので、代わりに聴覚が研ぎ澄まされているから耳が良い』と言いたかったのだということを一生懸命説明された。その慌てぶりは見ていてこちらの方が可哀想になってくるぐらいで、落ち着かせるのが一苦労だった。

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