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【 XViii 】 地力。

「あの……いま不思議な感じがしませんでした?」


 大樹の木陰で休息をとった後、歩き続けて三時間ほど経った頃だろうか。

 クライが首を僅かに傾げながらそんな事を僕に言ってきた。

 

「不思議な感じ? 僕はとくに感じなかったけど」

 

 先頭を黙々と歩き続けていた少女――名前は結局聞き出せていないが、クライはフルーシャと呼んでいる――がついと振り返って、僕を睨め付けた。

 ……あ。もしかしてこの視線はあれか。少しは察しろという事か。なるほど、確かにいたいけな少女にぶっ通しで三時間も歩かせるのは酷だろう。


「ちょっと休憩にしようか」


 僕なりに気を遣ったつもりだったのだけど、なぜか少女の視線に鋭さが増した。


「じきに目的地に着く――が、日が傾きかけている。ぐずぐずしていると野宿するはめになるぞ」 

「……え? いや、だけど」

「わたしは平気ですよ」

「クライは強いな。それに引き替え……情けない男だ」


 溜め息混じりに吐き捨てる少女。

 僕が『そうかなぁ気にならなかったなぁはいレッツゴー』と言っていたとしたら、この少女は空気の読めない男だ、とか何とかで嘲笑していたのではなかろうか。間違いない、今の状況は致死率百パーセントだった。 


「クライ、今の感覚はサトロを完全に抜けた為に生じたものだ。これから身体は徐々に軽くなってくる」

「あ……なるほど。『サトロの地力』がなくなったんですか」


 合点がいったと言わんばかりのクライの表情とは対照的に、僕の頭は一気に疑問符で埋め尽くされた。


「さとろ? ちりょく?」


 思わずぽつりと呟いた言葉をクライが捉え、えぇっ、と驚きと非難が入り混じった声を漏らす。


「ヴァクス君……知らないんですか」

「貴様には一般常識が著しく欠落していると見える」


 いつの間にか少女も歩みを止めて、僕に冷たい視線を向けてきていた。急いでるんじゃないのか、とか初対面の人間を射殺しようとする奴に言われたくない、とかいった言葉を飲み込んで苦笑だけ浮かべる。


「わたしがお話しましょうか? 歩きながらで良ければですが」

「うーん……でも疲れるんじゃ……」

「いえ、何か話をしていたほうが気も紛れますから。遠慮なさらず」


 そう言って控えめに微笑むクライは、両目を覆う包帯のまがまがしさも浄化してしまうような優しげな表情だった。 

 彼女に余計な労力を使わせてしまうのは申し訳ないけれど、こちらの世界の常識を備えておく事も重要だろう。折角だから拝聴しておこう。


「じゃあお願いしようかな」

   

 こくん、と小動物的に頷いて、クライは一段落ち着いた声音で話し始めた。



 ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ 



 サトロについての逸話は諸説在りますが、今日は聖戦黙示録に記載されているものを話します。

 古代……この一帯には都市が築かれていました。名をアーツサトロといいます。もちろん、これは近世になってつけられた名前ですので、便宜的な名前ですね。

 東西南北に経路が交差する『十文字貿易』は当時の流通の大部分を賄っていたことで有名ですが、その東の最終地点を担っていたアーツサトロがかなりの発展を遂げていたことは言うまでもありません。他に類を見ない広さも相まって人口も相当数あり、文明もかなり高度なものだったと考えられています。

 ところが、その繁栄は聖戦で一夜にして全て滅んでしまったのです。

 ……え? 『聖戦』の説明からですか?

 ん、と。そうですね。長くなりますので、ここはかいつまんで。

 世界の始まりは無の誕生であり聖である、という言葉が聖戦黙示録の冒頭部分の一節にあります。この場合の無とはゼロではなく無限大の無です。まぶたの裏に染み込んだ闇ではなくて夜空に解き放たれた闇の無です。つまり可能性の問題ですね。分かりにくいでしょうか。すみません、ここはわたしも上手く説明出来ないんです。少し哲学めいた部分ですから。

 その無に秘められていた力――それが『聖』と呼ばれます。この聖というのもとても象徴的なものなのですが、端的に世界の核と言って構わないでしょう。

 聖の中から生まれ出た六体の世界の化身、彼らが『聖獣』です。ただ彼らは同一意志のもとに活動するわけではありません。一種の本能的欲望に従っているのです。

 すなわち――他の聖獣を喰らって全ての『聖』を手に入れること。

 聖獣同士の喰らい合いによって巻き起こされる戦。それが『聖戦』なのです。

 ……少し長くなりました。

 えーと、要約すると、アーツサトロは超越的な存在の戦争で滅んだんですね。

 原因がどうあれ、古代都市が滅ぶのは珍しい事ではありません。ところがアーツサトロの跡には文明の痕跡が全く残っていないのです。ただ夏草が広がっているだけ。そして同時に、動物を一切寄せ付けないという異様な『力』が働くようになりました。それを『サトロの地力』と呼ぶのです。

 ……実際の所、本当の話かどうかは信憑性が薄いと思われています。アーツサトロが存在した事は十文字貿易の相手国から発掘された文献や貿易品が裏付けているのですが、やはり文明が滅んだ理由としてはにわかには信じがたいことでもありますから。黙示録を単なる伝説としか考えていない近代科学の研究者達の間では隕石の衝突や異常気象などの説が有力と思われているようですね。

 わたしは良いと思いますけどね。なんだか素敵じゃないですか、そういうの。

  

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