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【 XVii 】 名前。

 根本から仰ぎ見れば、世界の全てを覆い尽くしているようにも見える巨大な広葉樹。

 成人した男達でも囲もうとすれば五、六人は必要そうな太い幹とは対照的に、一枚一枚の葉は子供の手くらいの大きさで細かく葉脈が走っている。

 草原を駆け抜けてきた微風は頬を優しく撫で、溜まった身体の疲れを掠め取っていくようだ。

 

「おい、貴様」


 背中から声が掛かる。……この無味乾燥な口調から想像される人物は二人。

 一人目は僕の友人、鴉名令嗣。

 江戸時代、徳川に仕えた暗殺専門の忍『暁鴉』の末裔にして、名家・鴉名の若き当主でもある。

 《那由他路》から更に時空を超え、僕とともにこちら側・・・・に飛ばされてきたとみて間違いないのだけれど、未だ再会を果たせていない。頭脳明晰で戦闘能力も抜群、何かと危険なこの銀世界で最も頼りになる、僕が今一番会いたい人ナンバー・ワンだ。

 二人目は短機関銃少女。

 危険度リミッター振り切り。

 さて、この声の主はどちらだろうか?


「……聞こえていないのか?」


 僕は木漏れ日に目を細めながら考える。

 こういう場合は前向きに考えなければならない。ただでさえこの訳の分からない状況なのだから。

 別にあの少女がどうだというわけではない。ただほんの少し、僕は僅かな可能性に懸けたいだけ――。

 僕は口許に微笑を浮かべて振り返った。


「やぁ令嗣。久し振りだね、元気だっ――」

「出発だ。準備をしろ」

「了解」


 無表情のまますたすたと脇を通り抜けて行く。数万もの葉が風にそよぐ光景はなかなか迫力があるが、全く興味を示す様子がない。常識、冗句に加えて情緒も分からないらしい。

 

「クライ。体調はどうだ?」


 近くの切り株に腰を降ろし、ぽうっと気が抜けた顔をしているクライに声をかける。


「あ、フルーシャさん。大丈夫ですよ、道中色々とヴァクス君が気を遣ってくれましたから」

「ヴァクス……? 黙示録の白銀龍の事か?」

「はい。彼の名前は『とても長い時間』という意味だそうですから、『永遠』を表すヴァクスを当ててみたんです。ヴァクス君も気に入ってくれましたから」

「なるほど……ヴァクス、か」


 ちなみにこれは、僕達を銀世界に『招待』した人間が特定できない以上、明らかに目立ってしまう本名は出さない方が無難だと考えての計らい――なのだが、少女は何とも皮肉っぽい視線を浴びせてきていた。

 おおかたこの世界の神話で英雄視されているヴァクスと僕とのギャップをあざけっているのだろうけれど、僕はそれ以前に彼女の感情が宿った目が意外だった。

 クライと居るときだけは、彼女はきっと少しだけ普段より安らげているのだろう。


「立てるか?」

「ゆっくりなら一人でも大丈夫ですよ……――っ!?」


 クライが盛り上がった木の根に躓いてバランスを崩したところを少女が優しく受け止める。


「気持ちは分かるが、無理しなくていい。まだ旅には時間がかかるからな」

「あ……ありがとうございます。そうですね、怪我しちゃったらもっと大変ですもんね」


 上手くクライをリードしながら、静かに歩き出す少女。そのコバルト・ブルーの瞳から冷たいナイフの光は消え、今までで一番優しげな色を帯びていた。 


「――ところで僕、君の名前まだ知らないんだけど」

「そうか」


 どうしてここまで扱いに差があるのだろうか。



 ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ 



 《 古刃連盟極東第一監獄炎上事件についての概要 》


 施設において最重要収容人とされていた『ローリエ・ヴェン・ドルチェリア』の覚醒による一連の事件。発生時刻は昨夜未明と思われる。

 調査が不完全である為、当資料は判明した事実のみを綴るものとする。



【Ⅰ】収監されていた囚人三名のうち、牢番号《一一六四四》内で一名の死亡を確認。焼死。遺体の破損が大きかったが、調査班による科学鑑定結果から『バイシルル試作体Ⅰ』であることが判明。身体構造等において利用価値があるとして調査班による解剖を進める。   


【Ⅱ】上記一名を除く二名『ローリエ・ヴェン・ドルチェリア』『クライ』は未発見である。既に逃亡している可能性が高いと思われる。以後諜報員による追跡を続ける。


【Ⅲ】監守室内にて看守『グルーディス・コールハート』の大量の血液を発見。出血量から死亡していると思われるが、死体は確認できていない。



                         以上




 更なる究明を重ね順次報告する。



                           《 諜報部隊 白銀龍 》                           

                          

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